逆月 - SAKAZUKI

Neu(ノイ)

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一章:起点

始マリハ 01

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 お月様は地上を見下して笑います、嗤います。
笑い過ぎて赤く染まった姿を見た人間は、お月様を畏れていました。


 人間から見えるお月様は、とても綺麗で神々しく、時に恐ろしくなる程の神秘さを纏っています。
人間にとって美しい存在がお月様でした。


 彼等は知らないのです、お月様の本当の姿を。
目に見えない部分がどうなっているのかを。
それを知る人間は、誰一人としていないのです。
私以外には……。


 お月様、お月様。
今日は何して遊ぶの?
鬼ごっこ? かくれんぼ?
それとも、かけっこにしましょうか?


 お月様、お月様。
逆さま、反対、お月様。
逃げたら怒るの? 帰っちゃ嫌なの?
淋しがり屋なお月様。
お月様に拐われた、一人の少女は微笑んだ。


 一度堕ちたら逃げられぬ。
お月様からは逃げられぬ。
鬼ごっこ、かくれんぼ。
必ずお月様が勝つからね。


* * * * * *


1.逃亡と捜索
【始マリハ】


 皓々と月の光が地上を照らす。
太陽が姿を消し、追い掛けるようにして現れた月は、着々と存在を主張し続けていた。


 月が照らす下界では、着物を着た人間共が声を張り上げて走り回っている。
タッタッ、タタッタタッ、と下駄が鳴らす足音がそこら中から聞こえてくる。

「おぉーい、居たかあ?」
「いや、おらんよ!」
「何処さ行きよっただか、彼奴は」
「全くじゃ。こんな暗くなってきよったに、無事だと良いがね」

擦れ違い様に会話を交し合い、提灯を片手にまた走り出していくのであった。




 時は徳川幕府の管轄下に置かれた江戸時代。
世間では神隠しとされる子供失踪事件が頻繁に起きていた。
一度消えた子は二度と戻らず、神に食べれてしまったのだと人々は騒ぎ立てていたのだが、ある一人の子供が消えてから、神隠しは嘘のように起こらなくなったそうだ。


 その子供、史歩(シフ)を捜す為に何人もの村人が村中を駆け回った。
山中や隣町など、範囲を広げ捜索をしたが、結局見付からずじまいであったという。
それから拾年という歳月が過ぎる間に、彼の住んでいた村は廃れてこの世から姿を消した。


 村が消えた後、其処に住み着いたのは世捨て人であった。
彼は自らを茅(カヤ)と名乗っており、真名──本名──は彼の胸の内にだけ秘められたるものである。
村跡には茅以外誰も住んでおらず、隣町に行くのにも結構な距離があり、其処に近付く者は皆無に近い程だ。
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