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ニコチン中毒ではなく、貴方が足りないのです
しおりを挟む本当は好きじゃなかった。
少しの好奇心と、大人になった証にと、一回だけ、そんな軽い気持ちで吸ってみたのが始まりだ。
煙いし苦いし旨くはない。
それでも、何故だろうか。
気持ちが充たされた。
本当は好きじゃなかった。
ただ、あの男(ひと)が吸っている姿を、格好良く思っていた。
煙りは嫌いだけれど、憧れた。
大人の男だな、と。
早く大人になりたかった。
貴方と並んでも相応しい人間に、なりたかった。
二十歳の誕生日を迎えて、自然としたこと。
煙草を購入した。
貴方の吸っていたセブンスターは、ボックスだった。
吃りながらの注文に、年齢確認を生まれてはじめてされる。
酒も煙草も買おうとしたことはない。
当然である。
免許証を見せると、店員は笑顔で「ご協力有り難う御座います」と頭を下げた。
仕事なのだから、お礼を言う必要があるのか、と。
何となく思った。
中には嫌な顔をする客もいるのだろうか。
確かに、年々確認は厳しくなっているようだ。
レジをタッチする一手間が増えたとニュースで見た覚えがある。
慣れてしまえば当たり前だが、昔はタッチしなくても良かったのだ。
店から出て、煙草の箱を胸ポケットに仕舞う。
一緒に購入したライターもだ。
愚かしいと解っている。
貴方は、もういない。
煙草を吸って、大人の仲間入りを果たしたところで、隣に貴方がいなければ意味などない。
足は自然と公園に向かった。
貴方と良く訪れた公園は、変わらずに静かで閑散としている。
ブランコの後ろにあるベンチに腰掛けて、煙草の箱を取り出した。
封を開ければ、煙草独特の苦い香りが鼻を着く。
嫌いな匂い。
貴方の香り。
苦しくなって、一本銜えた。
ライターを取り出し点火する。
先端を炙ると赤く燃えたところから灰になっていく。
すう、と吸い込んで、げほっと咳き込んだ。
咳をする口からは煙が昇る。
旨くない。
それでも、最後まで吸った。
慣れてくると、吸い込んだ煙を上手に唇から吐き出せるようになった。
貴方で充たされたような、そんな充足感に充たされる。
愚かだと嗤うだろうか。
貴方は今頃、美人な奥さんと可愛い子供に囲まれて、素敵な旦那を演じている。
涙など流さない。
元々が遊びだと割り切っての付き合いだったのだ。
泣いてなどやらない。
貴方が足りなくて、どんなに胸が悲鳴をあげようとも、僕は泣かない。
代わりに、セブンスターが僕を埋め尽くす。
煙草が好きな訳ではない。
ニコチンに冒されているのではない。
貴方の想い出に、貴方の香りに、僕は冒されている。
貴方に中毒を起こしたのは、不倫という大罪の報いなのか。
もういない貴方を想って、僕は今日も煙草に犯されるのだ――。
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