35 / 97
一章:SとK
現実逃避 09
しおりを挟む「かかか、かとう君。な、名前、良いの?」
「良いよ、別に。友人、だからね。ボクもクロ君って呼ぶけど、大丈夫?」
照れているのか、顔をフイと逸らすサン。
僕は勢い良く何度も首を縦に振った。
その後、家に上がって貰い、母親とサンと僕の三人で色々な話をしたのを覚えている。
サンは、16時半には帰ったが、家にいてこんなにも楽しいと思ったのは初めてのことだった。
そして、あの時のサンの顔が、忘れられないのだ。
まるで恋をした少年のように、柔らかい表情をみせていた。
今思えば、彼は恋をしていたのだろう。
僕の母親に、彼は惹かれていたのだ。
嗚呼そうか、と合点がいった。
僕はどちらかと言えば、母親似である。
サンが僕に優しくしてくれる理由が、解ったような気がした。
サンは、僕に母を見ているのだと、僕は気付いてしまったのだ。
其処まで考えるのに、時間が掛かった気がしたが、実際は数分のことだったようで、回想から意識が戻るとタイミング良くチケットカウンターの前だった。
継生が大人二枚のチケットを受け取っている。
お金を後で渡さなくては、と思いながら、列から離れた。
「あの、お金」
「良いですよ、誘ったの僕だし。それより、行きましょうか」
エレベーターに乗るのに並ぶ際に、こっそりと耳打ちするも、継生は笑って手を振った。
引き下がる訳にもいかず、反論しようとした。
が、運良くと言うのか、悪くと言うのか、ちょうどエレベーターが到着し、その話は一旦終わらせるしかなかった。
継生の後に続いてエレベーターに乗り込んだ。
何でも全部で四基あり、四季に因んだ内装になっているらしい。
僕達が乗ったのは、夏のエレベーターで、花火が綺麗に彩られていた。
あっという間に350m地点まで到達し、一旦エレベーターから降りる。
此処より上は、展望台になっているようで、別途料金が掛かるらしい。
継生と話し合い、今日は350mまでで良しとした。
その分のお金を買い物に当てることにしたのだ。
僕は東京を一望しながら、サンに何を買って帰ろうかと、ずっと考えていた。
晴れていたからか、遠くに富士山も見ることが出来、とても満足いくものであった。
それでも、本当はサンと来たかったと、心の片隅で思っている自分に戸惑う。
其れを継生に悟られないように、頑張っていつもよりも表情を豊かにするよう心掛けた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
17
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる