SとKのEscape

Neu(ノイ)

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一章:SとK

現実逃避 09

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「かかか、かとう君。な、名前、良いの?」
「良いよ、別に。友人、だからね。ボクもクロ君って呼ぶけど、大丈夫?」

照れているのか、顔をフイと逸らすサン。
僕は勢い良く何度も首を縦に振った。


 その後、家に上がって貰い、母親とサンと僕の三人で色々な話をしたのを覚えている。
サンは、16時半には帰ったが、家にいてこんなにも楽しいと思ったのは初めてのことだった。


 そして、あの時のサンの顔が、忘れられないのだ。
まるで恋をした少年のように、柔らかい表情をみせていた。
今思えば、彼は恋をしていたのだろう。
僕の母親に、彼は惹かれていたのだ。
嗚呼そうか、と合点がいった。
僕はどちらかと言えば、母親似である。
サンが僕に優しくしてくれる理由が、解ったような気がした。
サンは、僕に母を見ているのだと、僕は気付いてしまったのだ。




 其処まで考えるのに、時間が掛かった気がしたが、実際は数分のことだったようで、回想から意識が戻るとタイミング良くチケットカウンターの前だった。


 継生が大人二枚のチケットを受け取っている。
お金を後で渡さなくては、と思いながら、列から離れた。

「あの、お金」
「良いですよ、誘ったの僕だし。それより、行きましょうか」

エレベーターに乗るのに並ぶ際に、こっそりと耳打ちするも、継生は笑って手を振った。
引き下がる訳にもいかず、反論しようとした。
が、運良くと言うのか、悪くと言うのか、ちょうどエレベーターが到着し、その話は一旦終わらせるしかなかった。


 継生の後に続いてエレベーターに乗り込んだ。
何でも全部で四基あり、四季に因んだ内装になっているらしい。
僕達が乗ったのは、夏のエレベーターで、花火が綺麗に彩られていた。
あっという間に350m地点まで到達し、一旦エレベーターから降りる。
此処より上は、展望台になっているようで、別途料金が掛かるらしい。
継生と話し合い、今日は350mまでで良しとした。
その分のお金を買い物に当てることにしたのだ。
僕は東京を一望しながら、サンに何を買って帰ろうかと、ずっと考えていた。
晴れていたからか、遠くに富士山も見ることが出来、とても満足いくものであった。
それでも、本当はサンと来たかったと、心の片隅で思っている自分に戸惑う。
其れを継生に悟られないように、頑張っていつもよりも表情を豊かにするよう心掛けた。
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