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一章:SとK
仲直り 09
しおりを挟むそれでも、何十年も昔のニュースを調べた辺り、偉いのかもしれない。
「そうだろうね。あの事件を語るのは、まだクロ君には早い。受け入れ切れていないんだ、現実を。今日の一件も、其れが原因だよ」
「どういう、ことですか? フラッシュバックと仰いましたが」
「名前の通りさ。意識だけが過去を見ている。其処から引き戻すには、完結させてあげることだ。あの時、クロ君はボクに救急車を呼ぶように頼んで意識を手放した。追体験することによって、自分の記憶に間違いがないと、確認したいんだろうね。……クロ君は、一つだけ記憶を捏造している。其れを思い出したくない彼の無意識がそうさせるんだよ。詰まり、君がクロ君にしたことが、琴線に触れてしまった。そういうことだ」
継生から視線を外し、テーブルの木目を見ながら淡々と語る。
テーブルに肘を着いて、指を組んだ。
「告白を、しました。それで、床に押し倒して。其処から可笑しくなって。何がダメだったんでしょうか?」
「あのね、敷家君。忠告した通り、手を出さなければ良かったんだ。告白なんかしなければ良かったんだ。ボクは最初から教えてあげていたのに、君は忠告を守らなかった。まあ、予測はしていたから良いんだけどね。君は男だろう。だから駄目なんだよ。クロ君は、同性から性行為を思わせるような行動があると、さっきみたいな症状を起こす。けど、記憶の捏造を正すことが正解だとも、ボクは思わない。現実を受け入れて、一体何が残る? クロ君には、苦痛だけが残るんだよ。ボクが彼なら、耐えきれない屈辱だ。忘れていた方が幸せなことも、世の中にはあるんだ」
継生は腐っても精神科医だ。
記憶の捏造のメカニズムも熟知している筈である。
恐らくは、職業柄、捏造を正そうとするだろう。
軽く牽制するつもりで言葉を紡ぐが、本心は変わらない。
ボクも何度か試みたことがある。
その度に、クロは拒絶反応をみせたのだ。
記憶を元に戻すことが、どれだけ彼にとって苦痛なのか、思い知らされた。
記憶に正しいも何もないのではないのか、とも思う。
所詮は脳が選別したものである。
その時点で、正しいのかどうかさえ疑わしい。
ボク達生き物は、脳の中でしか生きられないのだ。
結局、クロのことを見守ることを、ボクは選んだ。
「でも、河東先生。それでは前に進めませんよ」
やはりと言うのか、継生は異を唱える。
精神科医らしい台詞だ。
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