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序章:崩壊
崩壊は突然に訪れる 02
しおりを挟む子供の全身に残る痣、近所に聞こえる大きさで罵倒する叫び声。
虐待をされているのではないかと近所で噂になるのも頷ける。
時には児童相談所の職員が訪ねてくることさえあった。
それでも大人は、形だけの指導をして、「何かを為したつもり」になって帰って行く。
実際には、何かが改善されることなどないし、忠樹に向けられる暴力の原因は注意や罰を与えて無くなる類のものではない。
母に必要なのは、注意でも叱責でもなく、医療機関での治療なのだ。
それを世間の大人は解ってはくれない。
他人事で済まされる人間にとって、他人のことなど本当はどうでもいいことに過ぎない。
いつしか、大人にも社会にも期待することをやめていた。
大人が助けてくれる、そんな間違った認識は葬り去り、毎日諦めもせずに浮かんでくる「助けて」の言葉を殺しては胸の奥深い所に仕舞い込む。
一方的に殴られては家を飛び出し補導され、学校では腫れ物に触れるかのように扱われる。
そんなクソみたいな日常にほとほと嫌気がさしていた。
いっそのこと殺してやろうか、とそんな想いが忠樹を支配しては離さない。
血の滲む唇を指先で撫で、思い立ったように徐にベンチから立ち上がった。
――そうだ、殺してしまえばいい。
頭の何処かで誰かが囁く。
其れはまるで真理だとばかりに忠樹の心にストンと落ちて定着した。
罪を犯すことでさえ正しいのだと認識したのは、それだけ追い詰められていたのかもしれない。
正当化する言葉が次々に忠樹の頭を占領していく。
――殺してあげた方が彼女も幸せで、俺も救われて、みんなが助かる。法律が一体何の役に立った? 守れと強制しておいて、どうして俺はこんなにも惨めなんだ? 助けてくれない法律なら、壊したって構わないだろ。
動悸の激しくなる胸を無視して只管(ひたすら)に自分は正しいのだと繰り返し念じ、来た道を事務的に歩いた。
一歩足を踏み出す度に、心臓が荒ぶり今にも破裂して飛び散りそうな感覚を、発狂して叫び出したい衝動を、自身の捏ねくり回した正当論で捩じ伏せる。
何度も何度も激痛と息苦しさを覚えたが、忠樹の体は進むことをやめなかった。
この腐った世界は壊すことでしか終われないのだ。
誰も壊してくれないのだから、自分の手で終わらせるしかない。
遂に家の前に辿り着き、古ぼけたアパートの扉を開け放った。
すぐに見えたのは、狭いキッチンの卓袱台で酒を呷る憔悴しきった母の姿。
忠樹は今まで一度も握らなかった拳を振り上げ、彼女に詰め寄っていた。
無我夢中で母を殴った衝撃は一生忘れることなどないのだろう。
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