8 / 25
序章:俺、刑事辞めるわ
14:17、地震発生 06
しおりを挟む気を失えたら楽なのに、と痛過ぎて落ちていけない意識を邪魔に感じながら、床に広がっていく自分の血液を眺める。
「君はっ! 馬鹿なんですか!? どうして……」
「はは、オメエでも、んな顔、すんだな。俺が、っ、馬鹿じゃなきゃあ、テメエ、死んでたぞ、コレ。解っ、てん、っ、だろ。寧ろ、これで済んで、っっ、良かっ、た、と思わねぇと、罰、当たるわ」
未だに揺れる世界で、がしりっ、と手を握られ、そちらに目を向ければ定義が顔面蒼白になって慌てているのが視界に入り、つい笑ってしまう。
普段から何事にも動じない男の貴重な表情に気持ちは少しなりとも和んだが、それであれ、どうにも胸を覆い尽くす不安に唇を噛んだ。
痛くて苦しくて泣いてしまいたいのを、ぐっ、と堪える。
此処で泣けば定義は一生引き摺って生きていくのだろう。
それは嫌だった。
そして、この規模の地震である。
恐らく、医療機関も、其処に向かう手段から動線も、何もかもが機能していないと思われた。
揺れもこれでおさまるかは甚だ疑わしい。
命の砦が機能しない状況であっても、怪我人の数は膨大なのではないかと予想出来た。
今すぐの治療は難しいだろうと瞬時に判断した博信は片足が動かなくなる覚悟も決めてはいる。
けれども、覚悟を決めることと実際に現実を受け入れることには大きな隔たりがあるのだ。
恐ろしくて堪らない。
涙を堪えても自然と震えてしまう博信の手を、ぎゅう、と強く握る定義の温もりが余計に恐怖を煽る。
失うものを一つづつ頭に想い描いて目蓋を閉ざした時だった。
「すごい音したけど、大丈夫だったか? っっ! ヒロ君!? ちょっ、血が、足が、っ、っ! ハルちゃん、そっち持って! 俺とハルちゃんで何とか持ち上げるから、署長ちゃんはその間にヒロ君の足を救出してくれ。またいつ揺れるか解らない。急いで!」
揺れがおさまったのを見計らって出て来たのだろう、八潮と榛伊が休憩所を覗きにやって来た。
惨状を目の当たりにし暫時、驚愕に固まる八潮と榛伊であったが、誰よりも早く八潮が我に返り指示を飛ばす。
博信を挟んで八潮と榛伊がしゃがみ、床と自販機の間に手を入れようと試みている。
血でぬめるのか二人の表情は険しい。
「イケそうか、ハルちゃん?」
「何とも。でも、やるしかないですよね」
榛伊とアイコンタクトを取った八潮の口から「いっせーのーせっ」と野太い掛け声が飛び出し、署内でも巨躯を誇る二人が瓦礫を乗せた自販機を少しでも浮かせようと躍起になっていた。
* * * * * *
逞しい腕はいつも博信に安心感を与えてくれる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
21
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる