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一章
踏み出した一歩
しおりを挟むパソコン部屋を完成させる為、朝から一義は美優希と一緒にステーションワゴンで出かけていた。
やってきた先は家具屋、その一角にあるものを見つけた。
「ねぇ、パパ」
「ほう、置いてあったか」
そこにあったのは、車のレースで使用されるレーシングシートの技術を転用して作られたゲーミングチェアだ。
欲しかったのか舐め回すように見ていた美優希は、値札を見た瞬間に顔を曇らせた。
「たっか・・・」
「美優希、欲しいんだろ?」
「うー・・・」
「俺も欲しいから買おう。結局、パソコンに関してはまだ何も買ってあげてないからな」
『こういう時の為に儲けてるんだよ』と言って、美優希に財力を見せつける。
ゲーミングチェアを二つ、奥行六十、幅百二十の机を四つ、三段のカラーボックスを三つ、二階に物を上げる為の作業員費用の二十七万を現金一括で支払った。
「パパすごい・・・」
「美優希、お金は使う時の為に稼いで貯めておくんだよ。よりいいものを買う為、もしもの時の為にね。浪費する為に稼ぐんじゃないんだ」
一義のこの言葉は目の前の家具店員に突き刺さっている。
「さすがは社長さんですね」
この家具屋さんにとって一義は太客で、会社で必要なオフィス用品はここで揃える。だから、この店員は一義のことを知っており、似ている人がいると報告を受けてわざわざ奥から出てきた法人担当だ。
「社長さんの言っていたことをこの前実感しましたよ」
「何かあったんですか?」
「それが、マネージャーがハラスメントでクビになりましてね。生活レベルが落ちてかなり苦しんでいます」
一度上げた生活レベルを下げることは難しい。だったら上げないだけだ。そうすると昇進の度に貯蓄の溜まる速度も上がり、安心感が出て、本当に欲しい物や、本当に便利な物が買えるようになると言うわけだ。
「人のプライドは捨てて、仕事人のプライドを保て、その意味がよく分かりました」
「それは良かったです。じゃぁ、もう一つ、傲慢になった人間以上に、恥ずかしくて、寒くて、かっこ悪くて、ブスな人間はいない」
「クッ・・・」
法人担当は必死に笑いをこらえている。先ほど話に出たマネージャーが割と傲慢で、接客を行う事もあるので実感として分かっているのだ。
「美優希、お前も覚えておけ」
「うん。でも、パパ、傲慢って?」
「例えば、ここで俺が『社長だぞ敬え』なんて言ってたらどう思う?」
「え、やだ・・・」
美優希は本当に嫌そうに顔をしかめた。
「だろ?自信を持っても傲慢になるな。ね?」
「うん」
「間違いないですね。いろんな人を見てきましたが、傲慢さがある人はもれなく嫌われ、下手すると破滅していますからね」
「みんながんばってますからね。当たり前なんかじゃない。お互い認め合って正当に評価し合う。美優希、この世に馬鹿にしていい人間なんていない。馬鹿にされたら相手にしなくていいからな」
「うん。わかった」
会計を済ませるとこの店員は出入り口まで見送りに来てくれた。
昼食を牛丼屋で済ませて家に帰り、一時半、家具屋のスタッフが訪問してきて、二階に購入した物を上げてくれた。
それが終わった頃、人がやってきた。
「美優希ちゃん久しぶりー」
「あ、春香お姉ちゃんだー」
やってきたのは一義の幼馴染、津々見春香、この近くにあるカフェでパティシエールとして働いている。
因みに、優里にも引けを取らないきれい系の女性だが、未だに結婚できないアラフォー、再開の時に仕事に打ち込みすぎだ、と一義の離婚を鼻で笑ったお返しに、一義から鼻で笑われている。
「美優希ちゃん聞いたよー、自由研究評価されたんだって?」
「うん!パソコンまでもらったんだ」
「良かったじゃない。これ、お祝いに持ってきたのよー」
「わー!」
そこにあったのは小さなケーキの詰め合わせボックスだ。
「宝石箱みたい!」
カフェのパティシエールとは言え、春香は大学卒業後にフランスで修業をし、そのフランスで新人賞を取り、帰国後もコンクール入賞の常連だ。カフェで働くようになってからはコンクールに興味を無くして出てはいない。
そんな春香が作るパフェやケーキはここらでは有名で、自身が今も働いている叔父のカフェを立て直す程である。
美優希は幼い頃から春香の作るパフェやケーキが大好きだ。誕生日ケーキが春香の作った物でないと泣き出す程に。
「とりあえず食べようか」
「うん!」
どこかの企業のCMで話題となった子犬のように一義を見つめる美優希、一義は美優希のおしりにしっぽが見えていた。
ダイニングで春香のケーキを頬張る美優希、顔をとろけさせて嬉しそうにしている。
春香と一義は小中高が同じで、互いに気心の知れた仲だった。再会は、春香の叔父のカフェだ。
春香の叔父と一義は昔から知った仲で、こだわりの豆と焙煎で抽出するコーヒーを売りにしていた。経営が傾き、味でも贔屓にしているカフェがつぶれては困ると、資金注入の相談をしていた。
そんな時帰ってきた春香がカフェを立て直して、それが再会となった。それからは仕事でどうしようもない時には、春香に美優希の世話を頼むこともあった。
「なぁ、美優希」
「なーに?」
「パパな、春香と再婚しようと考えているんだ」
「そうなの?」
首をかしげているが、再婚と言う言葉が分からない訳ではない。
「じゃあ、春香お姉ちゃんが私のママになるんだよね?」
「ああ」
「私じゃダメかな?」
不安そうに聞いてきた春香に美優希は首を振って答えた。
「ダメなんかじゃない。春香お姉ちゃんがいい。春香お姉ちゃんじゃないとやだ」
「ほんと?ありがとう」
春香は安心した笑みを浮かべた。
世話を頼む程度なのだ。相性が悪いとは思っていない。それ以前に、美優希は春香に胃袋を掴まれているのだ。拒否される可能性はそもそも低かった。
「じゃ、もうお姉ちゃん呼びはおしまいだな」
「うん。ママ、よろしくね」
「よろしくね」
笑い合う二人を見てホッとした一義は、追加の机と椅子、専用のパソコンパーツを買いに出かけた。ゲーミングパソコンはそのほとんどが受注生産なので、早く一緒にやりたいであろう美優希の為にサクッと自作するのだ。
三時間ほどで帰ってきた一義は、インパクトドライバーで机を組み立てて二つずつ角に寄せてL字配置、その間に新たに買ってきた机を組み立てて配置した。
今度はカラーボックスを組み立てると、横向きにして重ねるように配置し、カラーボックス同士はビスで連結する。
「このカラーボックスは良いわね」
「誰かさんのおかげで、こういうのには敏感になってな。これに合う籠を入れれば」
「便利でおしゃれね。それで、ここはパソコン専用部屋にするのね」
「そう」
椅子を組み立てると早速美優希は座り、回って遊び、机に向かうと肘をついて嬉しそうにしている。
仕方がないので、早速美優希のパソコンを配置して配線してあげる。設定を終わらせると目的のゲームのインストールを始めた。
その間に寝室から一義のパソコンを移動させ、設置と配線を済ませる。
「パパの豪華に見えるー」
「仕事でも使うからな」
液晶ペンタブレットにモニター四枚、うち一枚はノートパソコンにつながるので、豪華に見えても仕方がない。
「これを使いこなせるからすごいのよ?」
「確かにすごいかもー」
「でしょー?そうだ、美優希ちゃん、夕飯用意するから手伝ってくれる?」
「もちろん!」
春香のパソコンを組み立て始めた一義を残して、春香と美優希は一階に降りて行った。
こうなると寂しさを禁じ得ない一義だが、それが安心でもある。すべてのパソコンの設定を終えて一階に降りていくと、コの字カウンターのキッチンで仲良く調理をしていた。
コの字カウンターのキッチンはそう広くはない。なので、いくら小学四年生の美優希とは言え、春香と一緒にいれば狭く感じるはずだ。
それでも楽しそうなところを見ると、その狭さが可哀そうになってくる。
リビングから二人の様子を眺め、一義はもう少し土地の買収を進めることにした。街中は便利だが土地にかかる税金が割と馬鹿になっておらず、優里が選んだ家具が残っていることが我慢ならない。これ自体は春香とて嫌なはずだ。
特にジャストライフを立ち上げてすぐの社員たちは、シングルファーザーで街中だから許してくれているのだが、社長宅が一般と変わらないのに納得していない。それこそ、何かの拍子に一義の給料がばれて怒ったぐらいだ。格好がつかないだろと言って。
五階建ての社宅アパートを立てた後に、七階建ての新社屋を立てていれば、言われて当然である。
「パパーできたよー、食べよー」
「ああ」
お菓子だけでなく料理も上手い春香、美優希はそんな春香に、完全に胃袋を握り締められてしまっていた。
「ママは料理も上手なんだね」
「そうよ」
「パパもママも料理上手とか幸せかも」
夕食後、パソコン部屋で早速三人でゲームをする。
「ママ死ぬの早いー」
「ごめんねー」
春香は今日久しぶりにゲームをする。約二十年ぶりのゲームにかなり戸惑っているようだが、タイトルを変えると元々あった才能を発揮する。
国内トップ争いをするオンラインアクションRPG、昔からアクションゲームだけは得意だった春香は、キーボードからゲームパッドに換えると美優希を驚かせた。
「ママ上手!」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
コツを少し教えれば、こちらはすぐについて来られるようになった。
ゲームはゲームパッドで、コンシューマー機に慣らされている春香は、これが抜けずキーボードマウスの操作に慣れないので、FPSゲームは全くついて来られていない。
パティシエールとして繊細な作業をこなせるので、素養はあると思っている一義は、グダグダということはせず、ただ練習あるのみだと言った。
九時過ぎまでゲーム楽しんだ美優希を風呂に入れ自室に戻した。
「あんなに嬉しそうにしてくれるなんてね」
「俺も一安心だよ」
「久しぶりにゲームやったけど、最近のはすごいのね。グラフィックも内容も、比べ物にならないわ。なんて言うか、一つのゲームで複数のゲームをしてるみたいで、楽しいわ」
「俺としては美優希がFPSゲームに嵌るのは想定外だったがな」
「わかる」
ほとんどのゲームが、結局やってることは殺し合い、それが野蛮だとかであまりいいイメージを持たれない。違うゲームもあるのだが、多くはここに帰結する。
FPSゲームはこれを直接的に描くので、余計にいいイメージがない。
「部屋はぬいぐるみだらけなのに、やってるゲームは硬派とか、ギャップがヤバ過ぎて可愛すぎて私が死にそう・・・」
「なんでお前が死ぬんだよ」
「だってそうでしょ、あんなの可愛すぎて、悶え死ぬ」
ゲームこそ二十年のブランクはあるが、春香はこう見えてもオタクだ。
原因はフランスの修行で、向こうでできた友達にアニメやら漫画やらの質問攻めにされて、答えられるように勉強したらどっぷりとその沼に嵌ったのである。
「ようやくあんたが嵌ってた理由が分かったわ。名作は本当に名作ね。馬鹿にしてたのが恥ずかしいわ」
「美優希もアニメと漫画が好きだから、話し相手になってやってくれ。俺じゃフォローしきれないこともあるからな」
「任せて」
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