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一章
SS:三人のイラストレーター
しおりを挟む「オリジナリティ?」
配信を始めた二年目の夏休み、一義疲労がピークになり、配信を休んだ。休みでも、美優希、輝、野々華の三人は美優希の家に集まって遊んでいる。
トイレからパソコン部屋に戻ろうとして、リビングで美春を抱っこして絵をかく一義に輝は声を掛けた。新居はその構造上、子供部屋とパソコン部屋は、リビングを経由しないとトイレに行けない。
「はい。配信始める時に絵を見せたじゃないですか?」
「見せてもらったね」
「すぐに私が描いたって気づいたのはなんでですか?」
「つまり、なぜ俺が輝ちゃんのタッチを知っているのか、ってことだよね?」
「はい」
少し考えた後、美春に声をかけて、絵をかくのをやめた。
「隣に座ってこれを見てごらん?」
タブレットパソコンに映し出された二枚の絵、輝でも、違う人が描いてることに気付き、片方は自身の母親、涼子が書いたものだと気づいた。
「片方は私のお母さんの絵ですよね?」
「どうして気づいたの?」
「え・・・えっと・・・」
一義に問われて、輝は確かにそうだと思った。見たことのない作品にも関わらず、なぜ自分は母親の作品だと思ったのだろうと。
「じゃあ、まずはどうして違う人が描いた絵だと思った?」
「片方は透明感あふれる絵で、アニメチックです。もう片方は、すごくリアリティにあふれています」
「輝ちゃんのお母さんの絵って、全体的にリアリズムを大事にしてるんだ。片方は俺の何だけど、透明感に世界が透けて見えるように描くんだよ。だから、俺のは少しデフォルメが入ってアニメチックになりやすいんだ。その違いは分かるね」
「はい」
「じゃぁ、あと一枚ずつ見せるね。どっちがお母さんの絵か当てて見て」
そう言われて見せられた絵に、輝は驚愕した。
「本当に違う人が描いた絵なんですか?」
「勿論」
描いている対象や構図が違うが、そこにあるリアリズムはほぼ同じだったのだ。
「癖を知っていれば俺のは絶対見抜けるんだけどね。それはいいや。オリジナリティなんて所詮こんなもんなんだよ。いくらでも真似できるんだ。だけど、よく見てごらん。こっちの絵に違和感はないかい?」
じっと眺めて一分ほど、輝はあることに気付いた。
「人物が際立ってる気がします。背景と人物の間に少しだけ歪みを感じます」
「輝ちゃんのお母さんはね、全体の線画が終わったら、人物と背景を別々に描くの。そして、線画の時に生まれる歪みを修正して一枚の絵にする。だから、背景と人物の一体感が生まれて、リアリティが増すの」
「じゃぁ、こっちがお母さんの絵なんですね」
「そう。俺は時短術が身に付いてるから、どうしても、そう言う考えに至れないの。だから、マネできたとしても、細部に違いが出るんだ。それと、俺の絵の癖なんだけど、大体の絵に猫が入ってるんだ。知ってれば一発で見抜ける。俺の絵のSNSを見せてあげるね」
三割が猫の絵、それを抜いた全体の七割の絵に猫がいる。
「俺はね、猫が好きなんだけど、実家で飼ってた猫が死んだとき、勉強に手が付かなくなるくらいのショックを受けて、俺の一つ上だからな仕方ない。だから飼わないようにしてるんだ」
「ペットロスってやつですね」
「そ、ほとんどの絵に登場させてる白い猫は、昔飼っていたユキなんだ」
「私の名前はそこから取ったの?」
戻って来るのが遅いと思った美優希と野々華が、リビングに様子を見に来た。
「ねーね」
「はーい、美春おいで、お姉ちゃんが抱っこしてあげよう」
「やたー」
一義の膝の上から立ち上がって、美春はとてとて走って美優希に近づき抱っこしてもらった。
「嫌だったか?」
「ううん」
「まぁ、実を言えば意識して猫の名前からとってきたわけじゃない。美しくて、優しくて、希望を見失わないようにしてほしい、そんな願いを込めたら、似てしまったんだよ」
「そうだったんだ」
美優希も野々華もリビングのローソファに腰を下ろして、美春の相手をする。
「その猫が俺のオリジナリティだ。透明感のある絵なんて、色彩の話だから、誰にでも書けるようになる」
「そうなんですね」
「俺は配信で使うキャラクターの絵を見せられた時、真っ先に美優希じゃない事が分かった。美優希の絵のタッチは俺に似てるからな。そして、リアリズムの表し方が輝ちゃんのお母さんに近かったんだ。それで、すぐに輝ちゃんが描いたって、気付いたんだよ」
「なるほどー」
輝は一義のSNSに上げられた絵を、真剣に一枚一枚見て行った。
「決まった何かを必ず入れる。フリーランス時代は、小方修一と言うハンドルネームで、小説のイラストも描いたが、そこに猫は入れてない。と言うか入れられない」
「そうですね」
「その絵だね。出版社に許可をもらって、小説の表紙絵を上げた。でも、俺が描いたんだっていうのは分かるよね」
「はい」
「俺は比較的、目の大きなキャラクターは、ミニキャラとかのデフォルメをしない限り描かない。現実よりも大きめには描くけども。人物イラストに関しては、優里に感謝してる。優里は服のセンスも化粧のセンスも、出会った頃は無難な物しかできなかったからね」
優里のスタイリストとして、メイクや服装に関して勉強しまくってフォローし、売れるようになっている。
「それで、モデルの優里さんとお付き合いできたんですね?」
「そう。それからは、人物のデザインもできるようになっていったんだ。どんな勉強をして、どんな練習をしてきたか、細かいものの積み重ねと、自分の好きな書き方がオリジナリティになっていく。猫が入っているのもオリジナリティだけど、蛇足なんだよ」
「・・・」
「だからオリジナリティは考えなくていいよ。何をどう描くのが好きなのか、それさえ大事にしてれば大丈夫」
「分かりました。ありがとうございます」
家に帰った輝は料理をする涼子の手伝いをしながら今日の事を報告した。
「お母さんの言った通りだったでしょ?」
「うん。なんか、ごめんなさい」
「いいのよ。社長は私が入社した時から、社員のカウンセラーみたいなところがあるの。おおらかでね、私たちがどうやったら気持ちよく働けるのか、常に考えてるような人で、お金に執着もしない。子供を持つ親としても、社長としても尊敬できる人なのよ」
「分かる、かも」
カウンセラーに関しては、輝にも思い当たる節がある。
三人で一生懸命悩んで、一義を頼った時、輝には兄である隼人を世話してくれたから、私も世話してもらえると、どこかで思っていた。
その安易な考えを超えてくるところまで世話された上に、一義はその気持ちを見抜いていた。それこそ、配信を始める直前に自分だけが呼び出されて、『努力の先に結果はない。だが、しない努力は認めない』と言われた時はゾッとした。
「片岡社長について行けば、何も問題ない」
輝の父、龍也はちょうど帰って来たのか、冷蔵庫を漁りながらそう言った。
目当てのビールを見つけ、リビングのソファに座って呑み始めた。
「俺には絵の事が分からない。だから、どうやってフォローしてやるべきか分からず、お母さんに任せっきりだった。それについては申し訳ないと思ってる。だが、絵の仕事がしたいと言うなら、俺は否定するつもりはない。大体、俺はお母さんにフリーのイラストレーターでいてほしかった」
「そうだったの?」
「自分のしたい仕事をして、隼人とお前の傍にいてほしかったんだ。俺は仕事柄残業が多いし、それに、絵を描いてる姿に俺は惚れたんだからな。だから、したい仕事を選べるフリーランスでいてほしかったんだ」
「私は色んな絵の仕事、幅を増やしたかったのよ?それが叶う職場だったのよ。それに、私には正社員経験がないから、受かるとは思ってなかったわ」
実際に、受かったらいいなぁ、程度に気楽に受けていた。
「採用理由は聞いたの?」
「ポートフォリオよ。私はリアリズムを重要視するけど、一方で七色の画風を身に付ける練習もしたわ。得意とする画風も認めて貰えたけど、ポートフォリオには様々なイラストレーターや画家、漫画家の画風を真似た絵が入っていて、それが無かったら採用は別の人だと言われたわ」
その頃の株式会社ジャストライフは、必要な絵はすべて一義が用意していた。その為、絵の方向性が全く違うと、絵で付いているファンが離れてしまいかねず、すぐには任せられないのである。
当時の一義は絵を描くことが苦痛になっており、ストレスを感じていた。医者にこれ以上の体重減は死ぬと脅されており、かなり急務なことでもあった。
「七色の画風・・・」
「そうよ、誰の絵だって真似る事ができる、つまり、どんな絵だって書けることが重要だったみたいね。ぶっちゃけね、イラストレーターのオリジナリティなんて時代に認められるかどうかなのよ。死んでから評価されるって、まさにそうなのよ」
「そうなのかな?」
「まだわからなくてもいいわ」
うーんと悩んでいる様子、龍也がフォローを入れてようやく落とし込めたようだ。
「それで、片岡社長に好きな描き方を大事にしなさいって言われなかった」
「うん、言われた」
「片岡社長も私と同じように七色の画風を持っているわ。だからこそ、一時期、好きな描き方ができなくなったらしいの」
「あの片岡社長がか?」
「ええ、そうらしいわよ」
龍也は『やはり苦労されてるんだなぁ』と、それ以上食いついて来なかった。
「それで、絵を描くことが大変になって辛くなったらしいわ。片岡社長から相談もされて、その延長でオリジナリティについて議論したのよ。だから、画風が違っても、私と片岡社長の絵に対する考え方は似ているの」
「それで、社長にも相談してみなさいって言ったんだね」
「そうよ。片岡社長は人格者である一方で、コミュニケーションを大事される方なのよ。だから遠慮せずに相談しなさい。私たちだからこそ言いにくいことだってあるでしょ?」
輝は頷くことができなかった。
「いいのよ、私だって親に言いにくいことはあったし、お父さんだってあったでしょ?」
「あったなぁ。身近だからこそ言いにくい事ってあるんだよな。特に体のことがなー」
聞かれた龍也は感慨深そうに答えた。
「私も女の子の日が来たことを黙ってて、怒られたこともあるわ。だから、いいのよ。親以外に相談できる大人がいるって言うのは。それに、片岡社長はよほどでないと私達には言わない人よ」
「そうなんだ」
「そうよ。少し違うかもしれないけれど、隼人の遅刻は怒らないであげてほしいと、頭を下げられたぐらいだから。それに、社長は秘密職よ。経営戦略を社長自ら漏らすとか、ありえないでしょ?」
「確かに」
輝と涼子は出来上がった料理を並べながら言葉を続ける。
「それに、私はあなたがイラストレーターになる事心配してないわ」
「なんで?」
「あなたはイラストレーターに必要な知名度と人気を持っているからよ」
料理を並べ終わり、涼子は輝を抱きしめた。
「こうして抱きしめてあげるのもいつぶりかしらね。輝、いいのよ。あなたの将来の夢が何であろうと、私は心配していない。あなたなら大丈夫、悩みなさい」
「お母さん・・・」
龍也は涼子ごと輝を抱きしめた。
「お前の成りたいものなら何でも応援してやる。プロゲーマーに成りたいならプロゲーマーに成れ、イラストレーターに成りたいのならイラストレーターに成れ、好きを仕事にできるって言うのは素晴らしい事だ。好きだから趣味でありたい、それでもいい」
「おとうさん・・・」
「そうよ。私たちの事は良いから、自分のやりたい事、見つけなさい。片岡社長も協力してくれることは、私もお父さんも知っているわ」
「ママ・・・パパ・・・」
久しくしていなかったパパママ呼び、この日を境に、輝は家族といる時だけ、パパママ呼びをするようになった。
そして、デビュー戦を控えた高校二年生の七月、輝はその道へ向かうことを決めた。
「パパ、ママ」
「なんだ?」
「なぁに?」
「私、プロゲーマーを引退したらイラストレーターになる。片岡社長に恩返ししたいから、そのまま株式会社ジャストライフの素材制作部に就職する」
「「わかった。頑張りなさい」」
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