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二章
成人式
しおりを挟む年明け、美優希たちは成人式に参加しなかった。
「行かなきゃよかった」
成人式の翌日、東京に舞い戻った啓はリビングの炬燵でぐったりとしている。体力的な疲れよりも精神的な疲れだ。
「何があったの?」
「友人だと思ってたやつに裏切られたよ」
「詳しく聞かせてくれる?愚痴、聞くよ?」
「ああ、ありがとう」
地元に帰って旧友たちに会い、式に参加、その後、同窓会にも参加するところまでは良かった。
同窓会で話しているとお互いの大学生活の話に、啓は大半の旧友たちに羨ましがられた。
「e-sportsの第一線で活躍してるんだ。ゲーム好きなら美優希の名前を知らない人はいない」
「まぁ、そうだろうね」
だからこそ、美優希たちは参加を見送った。市に、町に、来てほしいと懇願されたが、その時に起こるであろう厄介ごとを、彼らは押さえつけられない事を分かっているからだ。
SPなんて仰々しい人たちを付けると、それはそれで違い、世界大会で優勝してからは、明らかにパパラッチが増えてもいた。そこで何か失言でもしてしまえば、今後の活動に支障をきたす。
一義に何度か相談して、参加しないことを公に告知すらした。
「まぁ、さ、妬むやつはどこにでもいるんだよ」
啓自身、自慢しているつもりはなく、羨ましがっている者たちも、自慢のようには捉えなかった。
しかし、証拠を出せだの、電話をつなげろだの、騒ぎ立てる輩が出現した。
それが一人なら、同調圧力で黙らせることはできたが、騒ぐ輩は数人おり、そう言うわけにはいかなかった。
妹の事を馬鹿にされ、自信を馬鹿にされ、その時には既に、会場の空気は完全に凍り付いていた。
騒ぎ立てる輩は知らないことで、啓は自衛官の父を持ち、躰道、合気道の黒帯を締める有段者、啓がその気になれば、騒ぎ立てる彼らは病院送りどころの騒ぎではないからだ。
「はっ!所詮ゲームの世界でしか粋がれない、不細工なド陰キャオタク女子だろ?どんなにめかし込んでも馬子にも衣裳。高がゲーム、どうせちょっとうまい位ぐらいで、他だって大したことないんだろ?」
「きさま!」
啓が怒り出すよりも早く、啓は旧友に羽交い絞めにされた。
もがく啓の目の前でワイン瓶が割れ、罵声を浴びせていた輩は、ワインでずぶ濡れになり、啓はぴたりともがかなくなった。
罵声を浴びせていた輩は、その痛みに頭を押さえたかと思った瞬間、女子に頬を叩かれ、返そうとした手を弾かれてさらに叩かれた。
目の前で何度も手を弾いては頬を叩く女子、奇妙な光景だが、笑うものは誰一人としておらず、ドン引きだ。
羽交い絞めから解放された啓は、その女子を止めに入った。もう既にやりすぎだと。その際に、肩を突き飛ばして騒いでいた輩を転ばせた。
「ファンのいる前で推しを貶めるなんて、いい度胸してたから分からせた」
これが、後から聞いたその女子の言い分である。
両親ともに警察官で、自信も警察学校に通うこの女子は、学級委員に生徒会長を務めるほど正義感に厚く、こうして突拍子もない行動をする質でもある。
転ばされた方がどんなに喚き叫ぼうと、もう見方はいない。同窓会の主催をしてくれた男の子、同窓会を開く店のオーナーの息子で、彼によって店の奥に連行され、一部始終を見ていたオーナーに、雑巾のように固く絞られた。
とは言え、頬を叩いていた女子はやりすぎだ。
ワイン瓶が割れやすく、石頭だったから怪我まではしなかったのだが、立派な傷害罪である。
出頭すると言ってきかない彼女を、全員で宥めたが説得は失敗、翌日、啓が付き添って彼女の出頭を見届けようと警察署へ、中では何かを揉めていた。
「だから、ワイン瓶で殴られたんだよ!」
「ですから、診断書を出していただかないと、手が付けられません」
深い深い溜息を付いた啓、喚く男に聞こえるように、侮辱罪の告発と名誉棄損罪の告発に来た、と声を上げる。
喚く男はまずいと気づいたのか、逃げて行った。
別室に通されて、音声データを基に昨日の事を説明、証拠はあるが被害届が受理できない状況なので、厳重注意処分と相成った。
被害者不在の為、どうやっても裁けないのだ。
それに、女の子は担当してもらった婦警に、注意と言うよりは、懇々と警察官になる事を解かれていた。
「あー・・・お疲れ様、よく頑張ったね」
「うう、みゆきー、ありがとー」
机に伏す啓を美優希は抱きしめてあげた。
「なぁ、美優希」
「ん?なに?」
「今回の件、墓場まで持っていきたいのと、傷害の被害届が出されたら、音声を公開して相応の対応をしようと思うんだ。俺はともかく、美優希たちどころか、選手全体を貶めてるからな。マネージャーとして看過できない」
「分かった。私からパパに伝えておく」
もう一つ溜息を付いた啓、精神的な疲労以外にも参っている事がある。
「あの野郎を俺がボコボコにしてたら、すっきりしてたのによー」
妹を馬鹿にされたところまでは我慢できたが、彼女を馬鹿にされるのは我慢できなかった。この世にいないのだから、妹が傷つくことはないが、彼女、美優希はそうじゃない。
それに、美優希がどれ程努力して、どれほど稼ぎ出しているのか、近くにいるからこそ、その苦労も分かる。だからこそ許せなかった。
「合法的に潰す方法はないかなぁ」
「あったら世の中大変なことになってる。昔からそんな人だったの?」
「ん?喚いていた奴は高校に入学して変わった。派手なメンバーと付き合いだして、嫌みな陽キャ男子、ヤンキーみたいなこともしてたな」
「それがそのまま二十歳になったんだね」
「悪化して、だな。大学入学に失敗して、地元じゃ有名な半グレになってたんだよ。知ってたら行かなかったのになぁ」
そう言ってまた溜息を付いた。
「で、美優希は、あれだけラブコールされて、どうして成人式に行かなかったんだ?厄介ごとだって起きないかもしれないだろ?」
「起きるから行かなかったの」
「確定事項なのか」
体を起こした啓は、背もたれに体を預けつつ、美優希を不思議そうに見た。
「高校の同じクラスに御堂って女の子がいるんだけど、どう見ても恨まれてるみたいでね。中学の先輩にも恨み買ってて、地元にいるらしくて、そこに私が行くと、復讐される恐れがあるの」
「恨みって、何したの?」
「輝と野々華がね、中学入学してすぐ吹奏楽に入ったの。野々華の左利きが原因でいじめられそうになって、輝が庇うと一緒にいじめられてて、見ていられなくて私が手を出して、徹底的にやり返したの。そしたら、コンクール出場取り消しの上で、強制退部になった」
「美優希らしい」
地元で急速に拡大を続け、雇用を創生する企業の社長令嬢、やっている仕事にマスコミュニケーションも含む。先生たちは揉み消しが悪手になると判断して、いじめに対処せざるを得なくなり、その過程でコンクールの主催にも話が及び、出場できなくなったのである。
「御堂って、女の子は?」
「私が留学から帰って来た時に、ファザコンがばれてね。当時やってことを、何から何までこき下ろしてきたから、カウンターを寸止めしたの。校長先生直々に絞られて、親御さんにも絞られて、大人しくなったんだけど、最近、私に会う為に色々画策してる噂が耳に入ったの」
「なるほど、美優希はその子の事を許してないんだな」
「だって、私以外に、私のリスナーに謝ってないもん。話はそこからだね」
この一言で、啓は美優希が何に怒っているのかよくわかった。
商売人として、演者として、取引相手や客を馬鹿にされていい気はしない。美優希は視聴者を金づるだと思ったことはなく、投げ銭が良くない方向に投げられそうになると、躊躇せずに機能をオフにしてしまう。
「ってことは、その御堂って子は謝りたいってこと?」
「らしいね。だとして、記者含め、他人がいる前で謝罪されたら、許すしかなくなるし、それで終わりになる可能性高いじゃん?それは御堂さんの為にならないし、方々に、一番厄介な人たちを敵に回してるから、そう簡単に許していい事でもないのよ」
「まぁ、な」
「それに、御堂さんに関しては一生許さない。この世の中には馬鹿にしていい仕事なんて一つもないのに、よりにもよって、自分の父親の会社の従業員と、そのお客さんまで馬鹿にしてるの。私が原因で切られた口火だから許さない」
因みに、その時の音声は未だに残してある。
「人間性が終わってるな」
「変わった、って言う噂は聞かないし、どうせパフォーマンスでしょ。容姿は整ってて大学通いながらモデルして、しかも、会社起こしたって聞くし」
「間違いなくパフォーマンスだろうな。モデルしてりゃ体面がどれだけ重要か分かってるだろうし、美優希に過去を暴露されちゃ、かなわないだろうね」
「調子に乗ってるからって暴露はしないよ。身内に同じことを繰り返したら、暴露するけどね」
個人の感情から、足を引っ張りたいだけで、過去を掘り起こすような行動はしない。
「ふと思うんだが」
「ん?」
「美優希って、結局そんなお金使ってないよな」
「いや、ここの家賃で年間三百万越えが飛ぶし、フルオプションの車の維持費だってあるし」
そんなことを言いながら、贅沢品はすべてふるさと納税の返礼品だ。特に今年の美優希の年収は、社長である一義よりも会社からもらっている状況になった。
一義は代表取締役兼社長として、随分前から月額給与が三百万の固定であり、年収は三千六百万となっている。無論、別会社の持ち株配当金はあるのだが。
今年度、日本、アジア、世界で優勝し、その賞金額は合計二億二千万だ。会社は賞金に関して取らない契約になっており、チームとしてもらった物なので均等四分割し、五千五百万が美優希の取り分となる。
これに時給分、配信収入の歩合が付き、優勝の影響から歩合が膨らんで、今年の年収は一億を超えている。まぁ、半分以上が税金や保険で消えてしまうのだが。
「外食は、そもそも時間がないからともかく、俺が来てから出前は取ってないし、お昼は学食利用だろう?割と普通じゃね?」
「ママはともかくとして、パパがおかしいんだよ。そこら辺の居酒屋とか目じゃないくらい美味しいから」
「・・・確かにな」
美優希たち全員の彼氏すら、春香はパフェで魅了した。元とは言え、一流のパティシエールとしては、当然の結果と言えよう。
一義はシングル時代、と言うか美優希が生まれる前から、優里の為に料理の勉強をしていたわけで、離婚前から自身の母親に料理を見てもらってもいた。その母親、美優希の祖母は料理に関しては天才なのだ。こちらもそうなるべくしてそうなっている。
そして、啓は一義が作った料理を食べたことがあるので、同意せざるを得なかった。
「ブランド物とかは?」
「大会後パーティで使うドレスと、取材で着る服とアクセサリーは会社が買ってくれるからさ。まぁ、普段着たり付けたりしたらダメなんだけど」
「興味持ったりしないの?シャメルとかクッチとか」
「ないかな。ブランドロゴが入りまくってるのさ、ダサく感じるし、いやらしく感じちゃって、あと色使いもそう」
「あー」
そう、美優希の思考と絶望的に合わないのだ。仕方あるまい。
そもそも、チーム制服に入りまくっているスポンサーロゴも、スポンサーだから我慢しているし、同じロゴはないから許せている。
「食器系は?」
「機能性重視で、料理が映えないのなら要らないかな。だから、白と黒の食器しかないでしょ?」
「確かに。家具家電は?」
「それは会社の取引関係で、大野家具からしか買わないし、部屋のコーディネートもしてもらってるから、余計な物は入れないの」
「あー、そうか・・・そうだな。スポンサーだし。愚問だったな」
大学入学のお祝いとして、大野家具が配信で使用する机と椅子、配信で使用する部屋のコーディネートを、四月一日電算がセカンダリモニターを、Ryzerがヘッドセットを提供してくれているのだ。
「だから、配信部屋は会社の物か提供された物しかないの。居住スペースが実際にお金出した物だね」
「そう考えたら、そう言うところにお金かかってるし、もういっか、ってなってる感じか」
「そう。趣味がそもそもゲームだから。そっちの課金がえぐいかも」
そう言って、タブレット端末を持ってくると、複数のゲームストアアプリを立ち上げ、プライベートアカウントである事を確認して啓に見せた。
「おーう」
そこにあった額は合計で六桁に達しており、啓は思わず変な声を上げてしまった。
因みに、配信で必要な分は経費行きなので、選手としてのアカウントを見せても意味がない。
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