私プロゲーマーに成ります!~FPS女子の軌跡~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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三章

ラッシュ

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 クリステルの結婚式が行われた翌日、美優希、輝、野々華の三家族がクリステルによってパーティーに呼ばれた。
 奇妙なのはすぐそこで、アレクシアと典昭によるパーティーが開かれている事だろう。

「平屋の二世帯住宅ね」
「うん。実はランドリールームが共有スペースとして繋いでいるんだ」
「ほんとだ。ランドリールームに行くと向こうの声が聞こえる」

 ランドリールームを覗いた輝はそんなことを言った。クリステルはダイニングの椅子に座り、案内をしているのは洋二郎である。

「思ったんだけど、扉が少し大きい?」
「大きいよ。あと、自動開閉機能も付けた。ノブを上に回そうとして見て」
「「おお!」」

 美優希以外はかなり驚いており、雄太と久美は興味津々に動く扉を見つめている。

「車椅子?」
「そう、俺たちは体を二本の足で支えてるけど、クリスは左足だけで支えてる。膝の限界が来るのが早くなるはずなんだ。それに、疲れた時とか、妊娠後期は安全の為に車椅子に乗ってもらうからな。ぶっちゃけ今すぐ乗ってほしいけど」
「分かる」
「とは言えだよ。お前どんだけ運動神経いいんだよ」
「ん?」

 久美を信也に帰して、雄太を抱かせてもらっているクリステルは首を傾げた。
 付き合った当初は甘えていたが、今では階段を健常者並の速さで駆け上がり、キッチンでは本当に右足が動かないのか分からない程よく動く。めっきり怪我をすることもなくなった。

「怪我する前のクリスは何しても一番、小学生の県の陸上大会では敵なしだったんだってさ。ただ、本人に陸上とか運動に未練がないみたい。ね?」
「うん。ないよ。初めて言うけど、運動神経よくなかったら右足だけじゃ済まなかったから」
「それはゾッとするな」
「それに、私は陸上が嫌いで、渋々やってたの。他のスポーツはできなくなったけど、寧ろ清々してる。ただ走るだけの何が面白いのか教えてほしいかな」

 美優希にはその言い分が良く分かった。美優希は一般的なスポーツすべてに興味がなく、面白く感じられたのは武道くらいだった。

「好きな人には悪いけど、私も同意見かな」
「美優希は負けず嫌いだろ?」

 美優希の同意に対して、突っ込んだのは啓だ。

「興味ない事で勝っても嬉しくないから、その性格は表に出てこなかったなぁ。褒められてもうれしくなかったし。やってて楽しくないから、負けず嫌いの前にそれが嫌でしょうがなかった」
「無関心ってやつだ。住めればいい旦那と、高機能な高階層を望む奥様、あるいはその逆、死ぬほどめんどくせぇ」

 目の前で始まる痴話喧嘩に、何度も溜息を付いてきた拓哉ならではの例えであろう。
 その例えに、啓の聞く気を失せさせ、それは啓だけではない。

「おおー、書斎凄いよ。おしゃれなオフィスみたい」

 その流れを切ったは輝だ。同じように家を建てるので、興味津々で見て回っているのである。
 四畳半ほどの広さしかないが、三面が四枚引き戸の窓で非常に明るく、西日が入り難いと言う好立地、二人で使う書斎としてはちょうどいいと言って差支えがない。

「独立して個人事務所にする?」
「いや、個人的に友人から頼まれたりするときの為だな。独立は考えてない」
「いいんだよ?」
「その気があっても当分先の話だよ。所詮、弁護士は人気が商売だし、その時はプロモーションお願いするかもね」
「ちゃんと引き受けるから安心して。支援する」

 その後、全員でアレクシアと典昭が主宰する竣工パーティーへ合流し、今年度最後のイベントは終わり告げたのだった。
 翌月、先月から離乳食を開始した雄太と久美、あまり嫌がるそぶりを見せず、雄太が粉ミルクを飲めるようになって、美優希が一安心した。
 これで、美春や恵美、智香もミルクを飲ませる事ができるようになり、美優希以外が雄太の面倒を見る事ができるようになったからである。
 六月に入り、予定日より少し早くクリスが出産し、その翌月には野々華の妊娠が分かり、なんと双子だった。

「心拍が二つ確認できるから双子だって」

 検査が終わって帰ってきた野々華、美優希たちはわざわざ野々華の住むマンションに足を運んでいる。
 何気に、野々華の住むマンションに来たのは初めてだ。

「双子かぁ、奈央ちゃんと麻央ちゃんみたいに見分けるの大変そう」

 配信の企画として、同じ髪型同じ化粧、同時に喋って視聴者に当ててもらうのをたまにやっている。初めてやる時に、その延長でゲーミング部に仕掛けたら、誰も見分ける事ができなかった。

「それはちょっと不安だなぁ」

 そんなことを言っているが、野々華はさほど不安は感じていない。

「メイドさんいるし、彼女は子育ての経験があるんだって。今は小学五年生だったかな。だからそれ以外に不安はない」

 そう言って、和室から掃除をするメイドを見て行った。因みに、大学時代にお世話になった愛は中絶で妊娠できなくなっており、東京拠点の維持管理をしているので、ここにいるメイドは別人である。
 また、愛の事もあって、メイドの扱いにも慣れて、良い関係を築けている。愛のようにクールな性格ではなく、包容力が豊かで穏やかな性格で、同じように真面目であり、ハーフだったりする。名前は河邉かわべ香蓮かれん

「なら良かった。香蓮さん、野々華と双子の事、よろしくお願いしますね」
「勿論でございます。大事なチームメイト、しかと承りました」
「うん」

 ばっちりと決まった一礼、拓哉はどこから見つけてくるのか不思議であるが、つつかない方がいい気がした野々華以外の三人だった。

「これで、みんなで子供を抱っこして喋れるね。仲良くするんだよ?真理香マリカ

 真理香はクリスの娘の名前である。これも一義が考えており、アレクシアにフランス人の女性の名前を一覧にしてもらって、その中から日本人とも取れる名前を選んだ。これは洋二郎の両親に配慮する為である。
 そんな一義は、この後、野々華の子供の名前に、更に頭を痛めることになる。

「雄太も・・・寝てる」
「久美も寝てるから」
「この頃は寝るのが仕事でございます」
「「「そうだね」」」

 香蓮の育児を聞かせてもらって三人は家路についた。
 数日後、啓に抱かれた雄太は、美優希と美春が夕食を作る姿を、指をくわえて眺めている。

「こうして並ぶとさ」

 啓がしゃべりだすと、二人同時に顔を上げて、つられるように雄太も見上げて来た。

「美春ちゃん大きくなったよね。身長はもう美優希と・・・いや、美優希より大きいか?」
「まーま、ねーね?」
「そう、ママとねーねの事だよ」

 美優希に笑顔を向けられて、雄太はキャッキャと喜んだ。

「でも、よく気付いたね。この前抜かれて、百七十二だっけ?」
「うん」
「美春ちゃんと初めて顔を合わせたのは小学校低学年時だったら、時間の流れを感じるよ。それに、中学生になって急激に大人になった気がする。落ち着きが出たって言うか、余裕が出てきた感じかな」
「そっかな」

 裏を返せば、それまで落ち着きがなかったと言う事だが、照れる美春が可愛くて、美優希は突っ込まなかった。

「「ただいまー」」
「「「おかえりなさい」」」
「あー」

 恵美と智香に撫でられてうれしいのか、雄太は更に上機嫌になった。

「それで、どうだった?」
「ソロ、デュオ、カルテット」
「三冠達成だよ」
「よくできました。お祝いしようね」

 美優希に合わせて、美春はブランド牛の塊を持ち上げて見せた。

「「やったー」」
「たー」

 喜ぶ恵美と智香に合わせて、雄太も喜んでいる。食べられないのだが。
 雄太がいるのでいつもの塊にフォーク差して、なんてことはもうできない。甲斐甲斐しく雄太の世話をしつつ、自分の食事もする。

「ねぇ、美優希お姉ちゃん?」
「美春どうしたの?」
「恵美お姉ちゃんもだけど、そんなに食べて太らないの?」

 そう言われて顔を見合わせた恵美と美優希、啓が笑いをこらえている。そして、智香も同じように思っているらしい。

「昔からだから、私は体質だよ。恵美ちゃんは?」
「私が食べるようになったのは最近、高校入ってから妙にお腹減るんだよね」

 『原因はその胸だろ』と啓と智香は突っ込むのをやめた。

「美春は食べる量減らしてる?」
「うん」
「我慢するくらいなら運動すると良いよ。運動できるゲームあるし、何なら、休日に啓について行って武道習ってみたら?護身術にもなるし」
「お兄ちゃん、いい?」
「いいよ。俺が通ってる道場はいつも定員割れしてるし。休日変更申請出して、通ってからになるけどな。恵美ちゃんと智香ちゃんもどう?早起きする事にはなるけど」
「「行く」」

 翌日、梨々華と話し合って、啓は休日変更の申請を出した。リモートワーカーの申請は、リモート相手の了承が有ればほぼ即日で通る。
 ただ、申請が通ったからと言ってすぐそうなるわけではない。
 一ヶ月新卒の研修が終わった後、三ヶ月後に休日変更の申請が可能となり、八月中旬まで受け付けられ、九月から通った申請が適応となる。三ヶ月と言う数字は試用期間に起因する数字であり、正社員は受付期間内であればいつでも申請可能である。
 学校が夏休みとなった八月、啓のミニバンで道場へと向かった。
 体験入門を啓から入れており、マネージャーとして、美優希、恵美、智香の立場が迷惑を掛けないように、道場生が少ない日を選んだ。

「よう、啓、奥さんと子供も連れて来たんだって?」
「ここで紹介するわけには参りませんので、中でよろしいでしょうか?」
「あー、そうだったな。とりあえずついてきてください」

 美優希は日傘の中でマネージャーモードの啓に苦笑しつつ、補助具を使って抱っこしている雄太の位置を直した。
 啓に話しかけたのは啓が高校を卒業するまでの師匠で、大学、社会人になってからも通える道場を探してくれた人である。そんな恩もあって、婚約や結婚、子供の報告はしていたのである。
 市の躰道協会の館内に入り、ロッカールームへ案内され、まずは着替えをする。美優希は体験入門をしないので着替えはしない。
 作法を一通り教えてもらい、道場へ入る。
 椅子を出してもらった美優希は、補助具を外さずそのまま座った。理由は雄太がまだ寝ていたからである。
 三人を職員に預け、準備運動に型をこなす啓、黒帯なだけはあるなと美優希は思った。やはり、他とキレが全く違う。
 汗をぬぐった後、啓は美優希の隣に腰を下ろし、それに気づいた啓の師匠は、啓の隣にやって来て腰を下ろした。

「美人ばっかりだな」
「いいでしょ?」
「くっそ・・・」

 いじろうとしたを軽く流して、まずは美優希と雄太を紹介する。

「IPEXクイーンズ、世界王者六回五連覇、ご活躍はかねがね聞いております。今年は世界を取りに行かれるのですか?」
「はい。母になっても世界、全員で狙っております」
「そうでしたか。応援しております。彼女たちもe-sports選手だと聞いておりますが」
「紺のジャージを着ている二人がe-sports選手です。青のジャージを着ているのが、私の末の妹で、選手ではありません。末の妹が少し運動不足で、護身術にでもなればと、二人も巻き込んでまずは連れて来たんです」
「そうでしたか、ありがとうございます」

 少し話した後、せっかくだからと、三人に啓と師匠の組み手を見せた。黒帯同士の組み手に、他の道場生も見学している。
 躰道は武道の中でアグレッシブに見える方だ。間合いが遠く、常に動き続け、攻撃の際は一瞬で距離を詰め、飛び上がって空中技を放つ事もある。リアル格闘ゲームと言われることもある。
 組み手を眺める美春の目を見た美優希は微笑んだ。真剣で、その目は少しだけ輝いていたからである。
 世界王者を取った時、表彰台に立つ美優希を見る美春の目は輝いていた。その目に似た輝き、美優希は美春の将来が楽しみだ。
 組み手が終わり、型の稽古をつけてもらい、三人共に真剣に取り組んでいる。

「お疲れ様」

 啓にタオルを渡した美優希、横に腰を落ち着けた啓にさらに声を掛けた。

「私を守ってくれた技は使わなかったのね」
「まともに放つと、えぐい破壊力があるからな。あの時はナイフが目に入って、手加減できなかったし、若気の至りってやつだな」
「でも、頼りにしてるよ」
「ああ」

 体験入門が終了し、入門を決めた三人は、九月から土日の午前中に通うことを決めた。教会側は、e-sports選手として、通えない日が出てくることに理解を示してくれ、その日の内に入門申請を出した。


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