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三章
やっと追えたその背
しおりを挟む「すごい眺めー」
年も明けて一月の末、輝の家が完成し、引っ越しも終わり、書斎代わりの二階の六畳和室に美優希たちは集まった。眺めのいい場所を取れたと言うだけはあり、和室からは街が一望でき、野々華の住むタワーマンションのオーナーズルームに引けを取らない。
土地開発が行われた光の丘、丘というだけあって、ある程度高台になっているので、場所が良ければその眺望はかなり良い。
大人たちがその眺望に見とれている頃、襖を挟んだ隣の六畳和室で旦那たちと子供たちが遊んでいる。
「和室二つを続きで作って、片方は子供の遊び場、片方は掘り炬燵にして書斎、考えたね」
「社宅のあの部屋が良すぎたんだよ。仕事中でも傍で遊んでくれてた方が安心するから。配信中でも。私らアイドルじゃないし、配信する時間は旦那いるし」
「「「それはそう」」」
掘り炬燵に座っても、雪見障子を開ければ街を一望できるように設計されている。なお、子供が落ちないように大人でも窓を開けることはできず、換気は上部の窓で行う。ガラスではなく、特殊なアクリルが使用されて割れないようになっている。
「掘り炬燵の中に何か入れてる?」
クリステルがそう言うと、美優希が中を覗き込んだ。
「うん。緩衝用に難燃性スポンジをかなり入れてる。久美が落ちても怪我しないように」
「うちも入れようかなぁ」
「入れるなら、机の天板裏に付ける奴じゃないと溶けるよ?」
「そっか・・・ユニット買い替えようかなぁ」
野々華も和室の掘り炬燵を利用して書斎にしているが、炬燵ユニットは床起き式だ。熱源が近すぎる為、緩衝材を入れると溶けるどころか燃えて火事の原因になる。
輝の場合も危ないのに変わりはないわけだが、難燃性スポンジを入れて燃えないようにしている。難燃性であって不燃性ではないので、人感センサーと温度センサーを付けた改良品だ。
「ね、二世帯住宅って話じゃなかった?」
「そうなんだけど、結局止めた。隣、この裏がお父さんとお母さんの家なの。四十坪の2LDK平屋建てで、駐車スペース一台しかないから、お母さんの軽バンがうちに止めてある。休みの日は連れて行かなくても久美に会いに来るから楽」
「それは楽ね」
「まぁ、でも、やっと建てたの?って感じ。結構前から二人とも年収は一千万超えてるからさ」
「土地はそうそう見つからないよ」
美優希が言うように、そう簡単な話ではない。
街中は売地よりも家付き借地である場合が多く、輝の両親が借家だったのも、条件があまりにもよかったからである。
歩いて五分の大型スーパーが食い切れなかった商店街アーケードは、スーパーとは逆に歩いて五分もかからず、小学校徒歩十分、中学校自転車五分と言う近さだ。
敷地の広さは同じで、普通車、軽自動車が一台ずつ止められ、二階建て4LDKに、木造で少し古いと言うだけで、街中なのに、家賃はごく普通の木造賃貸アパートと変わらない
「まぁ、そうなんだけどね。美優希は、家はどうするの?」
「私が建てたくなったから美春に譲る」
「土地は?」
「パパの家の斜向かい」
「そこって畑じゃなかった?」
野々華が記憶しているように、その場所は畑だ。
およそ五十坪の小麦畑が二つ並んでおり、地主が高齢で去年から作るのを止めてしまい、不動産会社を通して、FB企画に話が行っていた。FB企画は株式会社ジャストライフから農業部門を切り離し、今年から子会社化した会社の名前である。
話というのは、後継者もいないのでFB企画で使わないか、だった。
FB企画全体の総意として渋っている。というのも、社内投資できるほどの体力がまだなく、それほど人手が余っているわけでもないのだ。
後継者もいない為、早めに土地をどうにかしたいと地主が焦り始めた頃、美優希が家を建てる決意をして一義に相談、一義が美優希と地主を繋いだのである。
「だから、地盤改良で時間かかる・・・」
「美優希からしたら、場所がいいからあきらめじゃない?」
「そう思ってる」
美優希自身、地元を離れる気もなく、離れのような感じでいつでも会えるのだから、これ以上はない好立地である。
この件で一番喜んだのは美春だ。
社宅と実家の距離は自転車で十分ほどだが、中学校からだと社宅の方が遠くなるので、最近は億劫になっていたのである。
「そういえばさ、第二社屋の裏の木造平屋って、うちの保育所になるの?」
「うん。工期遅れがでたけど、もうそろそろリフォーム終わるはずだよ」
「内見できたりする?」
「うん。来月には先生たちにも会えるよ」
本当の心配事はそこではない。
「久美大丈夫かなぁ・・・」
「どうして?」
「結局べったりだったからさー。預ける時に泣きそうで」
「まぁ、心を鬼にするしかないよね・・・」
四人で大きな溜息を付き、美優希はふと、自分はどうだったんだろうと思いをはせた。
要は保育所になじめるかどうか、その初動である。子供たち同士の相性は悪くなく、旦那たちに見守られて遊んでいる姿は大丈夫に見える。だからこそその時が怖いのだ。
そんな心配をよそに、遊び疲れた子供たちを連れて、それぞれ家路に着いた。
翌二月中旬、第二社屋裏の家屋のリフォームが終了し、預けたい母親たちが一堂に会した。子供の数は十人、親の数は十人、先生は五人だ。
その中で、美優希たちは若い方なのだが、それよりも若く会社関係者でもない者がおり、かなり肩身が狭そうに見える。
「二十歳なの?」
「はい」
美優希のことを知っているのか、その目にあこがれと怯えを見え隠れさせながら、どこか申し訳なさそうに答えた。
貧相な身なり、確かに保育所の料金は安く設定しているので、必然的に選択肢に入るのだろう。だが、利用の主は会社関係者なので、周りとの格差は見て明らかである。
「まさか、シングル?」
美優希がそう思うのも仕方がないと言える。
小さく頷いた彼女は、いたたまれないのだろう、小さく震えている。
「そっか・・・よく頑張ったね、お母さん」
「え?!」
「あなたと子供の名前を教えて?」
「えっと、私は有坂夏樹です。子供は翔です」
なぜそんなことを言われたのか訳も分からず、自身と子供の名前を答えた夏樹、新しいおもちゃで雄太と一緒に遊ぶ翔を見やった美優希につられて、自分もそちらを見やった。
「就職先、探してたりする?」
「えっと、はい」
「うちに、株式会社ジャストライフに来ない?保育補助で後二、三人の雇用が間に合ってないの。飯塚先生?」
「はいはーい」
美優希はちょうど手が空いた保育士の女性を呼んだ。
飯塚先生は保育士としてベテランの部類に入り、物腰が柔らかく、非常に柔軟な性格と考え方を持っている。
「片岡さん、呼びましたか?」
先生たちにはあえて役職名を付けないように厳命している。それが原因で、派閥に巻き込まれて担ぎ上げられるのはごめんだからである。
「正規雇用前なのに申し訳ありません」
「いいえー、いいんですよ。大事なお子さんを預かるのですから、こういう場を設けることに理解がある事に驚きですから。それで、どうかされました?」
「保育補助員はできれば後三人欲しい、でしたよね?」
「はい。一人は私が声をかけて、どうにか四月から来てくれることになりましたが、それだけになってしまったので、お母様方の勤務状況上せめてあと一人欲しいです」
美優希は夏樹に向き直る。
「こういう事。あなたにその気があれば、の話になるけど。待遇は一先ずパートタイマーで、子育て支援員の資格を取れば正社員に格を上げる。どう?」
「・・・う」
夏樹が泣き出してしまい、このままは子供によくないと、美優希は夏樹の肩を抱いて、別室に移動して話をする。
「あの、私なんかでいいんですか?」
「そうだね、じゃ、他でもないあなたに声を掛けた理由から」
身なりは貧相だが、ちゃんとした格好をしよう、させようという意思のある服装をしており、周りに怯えつつも子供を見る目はちゃんと母親だった。
苦労しているのは服装以外でも分かる。荒れに痣、傷跡だらけの手、窶れの見える痩せ型、子供は少し痩せているように感じるが、ちゃんと食べさせている事は分かる。
雄太や久美に挨拶されて、ちゃんと返していたように、しっかり躾がされてもいた。
「それに、あなた、翔君を怒った事ないでしょ?」
「はい。でも、なんで」
「無理してるのはちゃんと子供に伝わるの。翔君はしきりにあなたの事を気にしてるみたいだったけど、お母さんを心配している感じだった。顔色をうかがうにしても、あれは怒られるかもしれない、という表情と目ではないし、あなたが笑えば安心したように笑うし」
「すご・・・」
美優希ならではの観察眼とでもいうべきだろう。驚く夏樹に美優希は微笑んで見せる。
「それと、翔君を生んだのはいつ?そのあたりの事、話してくれない?」
「・・・十七の時です。付き合っていた男子と、だけど、捨てられて、親にも。中絶できなくて、高校をやめて出産費用を何とか稼いで産んだけど、後が続かず、生活保護を受けて、役所の人にも保育園を捜してもらったんですけど、なかなか・・・」
「そっか・・・でも、この話を受ければその生活もおしまい。パートだから1Rだけど、家具家電が全部そろった社宅アパートを無料で利用できるし。あなたの場合は」
美優希はスマホを取り出して計算を始めた。
「時給がこれくらい、シフト制なので休みは月八日、八時間フルで働けば予測年収は約二百八十万。残業が必要なら残業代も出るし、休日出勤が必要なら手当ついて代休とって良し。どう?来てくれない?」
「こんなに・・・」
「事務系、書類仕事はいっぱいあるからリモートワークもできる。翔君が熱出したりしたら傍にいて仕事していいよ。私たちのチームがそうだし、抱っこしたまま仕事してる事もあるよ。誰も何も言わないし」
「働きたい、ここで働きたいです」
「うん、人事部に話は通しておく、一応面接だけさせて?」
「はい」
部屋前には泣きそうな顔で翔が待っていた。部屋から出て来た夏樹の笑顔を見て、抱きしめてもらって翔も笑顔になる。
「マーマ、だっこ」
それを見た雄太の甘えん坊が発動し、美優希は苦笑しながら雄太を抱き上げた。これ自体、雄太に限った話ではない。気付けばみんな抱っこしてもらっている。
後日、夏樹は人事部の面接を受けた。
評価としては、人見知りと境遇故の悟った言動が気になるが、性格は概ね良好となり、雇用契約を済ませた。
翌三月初め、夏樹は公営住宅を引き払い、社宅へ引っ越しを行った。そんな夏樹を、美優希は引っ越し祝いと称して自分の部屋に招待した。
「すごい!ステキな部屋!」
LDKに入って目を輝かせる辺りは女の子である。
「ありがとう。雄太、翔君来たよ」
「かけるくん?」
二月の保育所見学以来のその一度きり、覚えているはずもないが、雄太も翔も人見知りをするような質ではないので、すぐに二人で遊び始めた。
「このアパートは防音性に優れててね、暴れても迷惑にはならないよ」
「そうなんですね」
「1Rだと子供には狭いかもだけど、子育て支援員の資格を取れば、前にも言った通り正社員だから、1LDKを使えるようになるよ」
「ありがとうございます」
「ううん、話に乗ってくれてありがとう。株式会社ジャストライフはあなたを歓迎する。困った事があったらすぐに相談してね?ゲーミング部に行けば私につないでもらえるから。私とあなたは、もう知らない仲じゃないからね?」
「はい」
リビングで遊ぶ二人を眺めてしばらく、夏樹はふと口を開いた。
「あの、美優希さんってジャストライフゲーミングのミュウさんですよね」
「そうだけど、ミュウのこと知ってたんだね」
「あ、あの、憧れだったんです。私、人見知りで、子供のころから一人で遊ぶことが多くてゲームばっかりだったから。だから、ゲームでもあんなに輝けるんだ、って。中学生の時は見に行きました。日本選手権。パズルゲームは得意だったので、出て見たいって思ってたんです」
美優希は親が夏樹を捨てた理由がなんとなくわかった。
夏樹が中学生となると、美優希が大学二年生あたり、日本三連覇、アジアを棄権した年だ。それに当てられて、親に成りたいと言ったのだろう。
しかし、妊娠した夏樹を捨てるような親である、当然否定したはずだ。
それこそ、プロゲーマーに成りたいと言い出した娘をおかしく感じ、高校生なのに子供を作ってしまい、いよいよおかしく感じた。そして、自分たちの子ではない、と現実から逃げたのかもしれない。
「今からでも遅くはないけど、いばらの道になるね」
「子育ての大変さは分かってるつもりです。なので、諦めてます」
「・・・どれくらいできるのか見せてもらえる?」
「見てどうするんですか?」
「いいから」
美優希はその手の、親指だけに貼られた絆創膏でなんとなく察した。今の彼女にとってゲームはストレスのはけ口なんではないかと。そう、あの頃の一義のように。
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