堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第五章 足音

三節 面倒ごとはやってこなかった

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 セレの成長痛から四ヶ月経ち、ルシフェルは単身で天の神殿を訪れていた。
 因みにその間、セレはさらに一度、成長痛で泣いてしまっていた。かわいそうだが、本人はどこかうれしそうでもあった。伝わってなによりである。

「これに関しては致し方ないな」

 成長痛の報告を聞いたユニゲイズは溜息交じりにそう言った。会議室に勢ぞろいしている熾天使たちも、全員がやれやれという表情をし、その半分はルシフェルに同情の目を向けていた。

「今後の報告も呼び出された時でいい。二人だけを見たところで分かりはしないからな」
「かしこまりました」
「それで、今回のご用向きは何でしょうか?」

 二人の経過観察に関する報告というのは、ついででしかない。

「佐々木勇成と、吉沢優那に関してだ。二人を元の世界に戻すためにあらゆる手を尽くしたんだが、結論から言うと、無理だった。まず前提として、二人の世界は我々の管理下にない。渡界(世界を渡ること)には成功したが、二人と我々を含め、渡界した全員が認識されないという問題が起こった」
「それは誰に、ですか?」
「その世界の生命体すべてだ。魔法で意識層に対する干渉を行おうとしたが、魔素が励起状態にならない。さらには二人が体調を崩すから、そのまま保護した状態で、解析の為に観察と観測を行い、同時並行で、定期的に二人を渡界させて環境に慣れる訓練を行った。しかし、二人が環境に慣れることはなく、魔素が励起しない原因もつかめず、しまいには渡界どころか解析もできなくなってしまった」

 すなわち、世界、あるいは管理者から二人とユニゲイズたちが拒絶されてしまったということだ。

「その上で、向こうの管理者から通知が来た。『気持ちはわかるが、これ以上の干渉を拒否させてもらう。そもそも、そちらが欲し、それに答えたのだから、戻されても困る』という内容で、返信のできない一方的な物だった」

 あちらからするとそうなのだろう。
 仔細を聞くと、こちらの世界に適応できるように手を加えたにもかかわらず、やはりいらないと戻しに来たと捉えられてしまったようだ。
 計らずしも、その世界だけ召喚ができなくなるという恩恵を得たわけだが、向こうの管理者を怒らせてしまったのには間違いがない。
 話し合いの席ももうけさせてもらえなかったと言うのはそう言うことなのだ。

「その管理者はユニゲイズ様とは全く関係がないのですよね」
「一切合切だな」

 通知が未知の方法で、痕跡をたどることも解析することもできなかったことが判断材料らしい。
 そしてそれは、彼らよりも上位の存在がいることの証明でもある。だからと言って彼らの目的が達せられたわけではないが。

「そう言えば、君には我々のことを伝えてはいなかったな」

 そうして、ユニゲイズの口から世界が語られる。
 彼らは端的に言えば高次の人種であり、神の証明を目的とする集団に属し、ユニゲイズは観察者という立場にある。だからと言って観察するだけではないらしく、創造から介入まで行うようだ。なので、神を創造主と定義するのであれば、彼も神になる。
 しかし、彼らの目的は神の証明だ。それは即ち、彼らを生み出した存在の追求だ。なので、当面は、自分たちと同じところまで来る人種がいるのかどうかを見ているのだ。
 即ち、彼らを生み出した存在を生み出した存在、その証明を行っているのだという。そして、原初の存在を見つけ出す集団との連携も行っているらしい。
 だから、神であって神ではない、となるのだ。
 
「天使とは、我らの補助のために生み出した我らの劣化複製体だという話はしたな。その血が世界に広まると、高確率で『同じところまで来る人種』になるから、混血を天族と定義して回収し、定義を無視した天族による堕天戦争が起きた、というわけだ。我らの管理問題故に生まれたのが、君というわけだ」
「それでは、精霊戦争は介入されたと言い伝わっていますが」
「それに関しては私の独断です」

 と、ミカエラが口を挟んだ。

「では、それがねじ曲がって伝わってしまったのですね」
「そうです」

 口伝で、しかも精霊自身が好んで語らないので、これに関しては仕方ないとしか言えない。

「話を元に戻そう。件の二人だが、ウリエラ、しばらく二人の精神面の扶助を頼む」
「かしこまりました。ルシフェルに預けるのではなかったのですか?」
「ルシフェルの負担が大きすぎる。あの二人に戦いは無理だ」

 ルシフェルは内心ほっとした。今日の今日まで情報を卸してもらっていなかったので、彼にとってはひとしおだった。
 ただでさえ、幼児を預かり経過観察を行いつつ、育成を行わなければならない。寄りにもよって、精霊の下に帰すまでに世界の勉強をさせなければならない。伝えるだけでいいわけでもないので旅をするのだ。
 この世界で旅するのなら、人殺しまで覚悟しなければならない。経験のないラジエラを抱えているだけでもかなりの負担である。

「それほど平和だったのですね」

 ウリエラは感慨深げにそういった。

「かなりの長期間に渡ってな。疑似的な殺人を経験してはいるが、それとこれとは話が違う。さらに、所属していた国には軍もない。そして、生物を保護するという概念すら持っている。納得した上でルシフェルに預けたとしても、二人は壊れるだろう。端的に言えば、力無き自覚のない大天使だ」

 この言葉には全員が押し黙った。
 守りながら戦うというのは、とんでもない負担になる。守る対象が増えると累乗するように求められる力が増える。力は有限なのだ。たとえ熾天使でも限界はある。
 さらに、平和による殺人の未経験と生物保護の概念、軍が存在しない国という立場的弱さによって、歪な善悪判断になってしまうことが多い。力もない、自覚もない、それでいて一丁前に善悪の意識がある、その立場から戦闘の結果に口出しされると堪ったものではないのだ。

「ミカエラに人事を任せる。ルシフェル以外に振ってくれ。ルシフェルに預けるにしてもちょ・・・教育が済んでからだ」
「かしこまりました」

 彼が言いかけたのは『調教』だ。それほど二人はひどいということなのだ。

「それから、惑星の保護が終わったら、ラファエルを筆頭にして天族を十数人、ROZ5527世界に行ってもらう。目的は混血天使の転移、転生、抹消だ」

 ROZ5527は管理番号で、ルシフェルのいた世界のことだ。今いる世界はROZ5532が振られている。

「ルシフェル、お前がいた世界のことだ。確率上無視をしていたが、実害が出た以上、そうはいかん。人事は任せるから、異常気象が終わったら行け」
「かしこまりました」

 管理権を渡している上、決定事項を実行中の中途半端な、さらには効果が出ているときに覆すには、それ相応の理由がいるのだ。八つ当たり気味に言っているのはこの際目を瞑っておこうと思うルシフェルだった。
 ミカエラとルシフェルを残して会議室から人がいなくなった。単にミカエラが引き止めただけだが。
 彼女の対面に座り直すと、最後に出ていったラファエルと入れ違いに、アルマエラがワゴンを押して入ってきた。彼女は二人の紅茶を入れ直し、必要のなくなった食器をワゴンに乗せるとミカエラの後ろに控えた。
 アルマエラの入れた紅茶で一息ついてから切り出した。

「どうかされましたか?」
「以前命名の話を少ししましたね」
「ええ」

 こちらに来てすぐ彼女に真名を教え、天使名をもらっただけだ。ほかに、天使名の命名規則を教えてもらっている。

「それで、私はあなたの真名を知っているのに、教えていないというのは不平等だと思いまして。それに、他の天族、特に力天使以下との摩擦を生まないように、仕来りを伝えておきます」
「わかりました」

 一方に真名を知られているというのは、この世界においてフェアとはいいがたい。しかし、彼女らからすると彼は異物に近く、管理代行者たる彼女か、直属の部下が知らないというのは、それで管理できるのかという疑問がついて回ることになるので、彼は問題視していなかった。
 天族の仕来りを知っていなければ余計な摩擦を生みかねないのは当然なのだが、力天使以下と言い方に引っかかりを覚えた。

「私の真名は、ミゲル・トルタハーダです。私は、確かに全天族の真名を知っています。管理上必要なことですから。ですが、私の真名を誰も知らないというのは、それはそれで問題がありますから、すべての熾天使が私の真名を知っています。それと、天使名を含む第二の名前がなぜ危険性がないのか、確認も含め伝えておきます」

 ここで通り名や愛称にはなぜ危険性がないのかという疑問が出るのは当然だ。通り名や愛称とて個人を指す言葉である。これは結構簡単なことで、二つ目の名は必ず個が確立した後に効力を持とうとするからだ。
 無論、個が確立する前につけられる通り名も存在する。が、本人がそれを知って自覚するのは個が確立した後であり、すでにある真名が効力をもった状態では、はじかれてしまうのだ。
 ただ、例外もある。それは、本人を含めて全員が真名を知らなければ、通り名が真名になってしまうことだ。なので、実は孤児や老人の扱いには相当な注意を払わなければならない。これは名というのが刻み込まれるようなものではないからだ。
 なぜ、刻み込まれるものでもないのに効力を持つのかというと、魔法の性質にある。
 魔法は魔力で魔素を励起させて現象に変換するのだが、これは魔力が魔素に影響を及ぼすということでもある。そして、魔素は魔力に影響を及ぼす、逆も起こる。だからこそ、契約や呪いが成立するのだ。
 名というのはその人を特定する為の情報でしかない。
 しかし、真名はその人がその人足りえる因子、即ち、同一性を形作る。
 通り名や愛称も同一性を形作るものではあるが、真名は順序として通り名や愛称よりも先であり、通り名や愛称はなくてもいいものなのだ。後になったものやなくてもいいものが同一性に及ぼす影響は少なく、通り名や愛称は真名や同一性があって成り立つものでもあるという逆転が起こるものなのだ。
 魔力はその人が持つ器官によって生み出され、同一性を反映し波長ができる。だからこそ、魔力波長は個を特定するものであり、真名はその人にピンポイントで影響を及ぼしたい場合の重要な因子となるのだ。

「もし、本人含め誰も真名を知らない人間が現れ、名づけを行う場合、どうしたらよいのでしょうか?」
「その場合は、その者が死ぬまであなたの保護下に置き、その者の行動に責任を持つのであれば、私に相談した上で、名づけを行ってください。もしくは、天族でない者に行わせてください。天族でなければ眷属になろうと契約が発生しようと、祝福が起きようとどうでもよいことですから」
「かしこまりました」
「それで、仕来りなのですが」

 そう言って彼女は怒り、呆れ、心苦しさの混ざる複雑な顔をした。
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