堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第五章 足音

二節 泣虫がやってくる

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 二人の様子を見る為に、いくつかの依頼をこなし二ヶ月が経った頃、事件が起きた。
 その日、ラジエラが聖女の護衛侍女と言う名目でニクスを連れ、貴族院と社交界に行った為に帰りが遅くなっていた。リールはその体躯の為にお留守番だ。
 傭兵となったことで神殿との契約が代わり、傭兵向けの借家に引っ越しをして一ヶ月経った。部屋数が少なくなる代わりに、一部屋が広くなったので駆け回ることが多くなったので、自身がそうであったように、そうなるだろうという予想はしていたことだった。
 その日もリールと追いかけっこをしていた。
 その様子を見つつ、夕食を準備していたルシフェルは、突然セレの泣き声がして驚いてしまった。倒れた音はしなかったが、少し静かになっていたことも、驚きを助長させた。

「どうしたの?」

 火を消して慌てて駆け寄る。

「足が痛いの」
「足?」

 この時点で医師と相談していたことを思い出した彼は、セレを抱えて椅子に座らせた。イムは心配そうについて来てセレの隣に立っている。対応が早かったのでもらい泣きはしていない。

「足のどのあたりが痛いの?」
「ここ」

 そう言って示されたのは右の膝だ。曰く、ズキズキとした痛みで我慢ができないという。

「今から動かしたり、触ったりするから、痛みが強くなったら教えてね」

 と、前置きしてから曲げ伸ばしと筋があるあたりを軽く押すが、痛みは変わらないようだった。たださするだけでは痛みは取れず、魔法で少し冷やしてあげても効果はなかった。
 経過観察もしたかったので、魔法で痛覚神経を麻痺させて我慢ができる程度まで痛みを和らげた。完全にとることもできるが、それをやると歩けなくなってしまうので、あくまでも我慢ができるところまでだ。

「ごめんね」

 と一声かけて抱きしめてあげると、

「お兄ちゃん、ありがとう」

 と返ってきた。それでも半泣き状態なのが、まだそれほど痛いという事なのだ。
 二人の境遇では、ストレス(彼らの言語では、心性過負荷悪種反応)による症状も考えられるので、そのままという訳にもいかず、セレを抱っこしつつイムも一緒に調理の続きを再開した。
 一緒に夕食を食べて、片付けたら一緒に遊ぶのだが、今日は、セレを抱っこして患部をさすってあげながら病気の話をする。

「「せいちょうつう?」」

 と二人で声を合わせて復唱した。

「そうだよ」

 基本的な原因は骨の成長が早くて、他が追い付けずに起こるものとされている。激しい運動をした日の夕方から夜中にかけて起こり、押したり触ったり、動かしても痛みが変わらないという特徴がある。
 また、ストレスも原因の一つで、小さい子であれば安静にさせる際も傍にいてあげた方が良いとされている。
 実は数日前に母親がいないことを自覚させる発言を投げかけられている。それに対し、イムは『ルシフェルやラジエラがいるから何とも思っていない』という旨を笑顔で言い返せているが、セレはイムの言葉に同意はしたものの悲しい顔をして何も言い返せなかった。
 これに関して相手は一切悪くない。
 ルシフェルとラジエラの双子の妹とは思いつかないぐらい似ていない。その所為で、何も知らない人から迷子かもしれないと、二人で待っていたところに声をかけられてしまったわけだ。
 このことが悲しさから不安を呼び、ストレスとなって症状が現れている可能性があるのだ。更に、今日は朝から母親代わりのラジエラがいない。

「お兄ちゃんが触ったり動かしたりしても、痛みは同じだったでしょ?」
「うん」
「それに、痛いって教えてくれ場所が、他のところより温かかったり、こっち側よりおっきくなってたりしないんだよね」

 さするのを止めて見比べさせる。優しくといってイムにも触らせる。

「「ほんとだー」」
「でしょ、温かくなってることを、熱を持ってる、おっきくなることを、腫れてるって言うんだよ。覚えておいてね」
「「うん」」
 また起きるかも、と言うとセレは涙目になり、他人事じゃないよ、と言うとイムは渋い顔をした。
 追い打ちをかけるように、そうじゃなかったら、と言う話をする。が、不安ではあるようだが、どうしたらいいとか、大人になって行く証だ、と言うと真剣に聞いていた。
 いろんな病気の話を二時間ほどして、イムがお手洗いに行った。

「お兄ちゃん、あんまり痛くなくなった」

 ちょうど神経麻痺の魔法が切れる頃でもあった。

「お、じゃあ?」
「せいちょうつう!」
「正解」

 頭を撫でてあげると嬉しそうにした。
 イムが戻ってくると一緒にお風呂に入る。今日は肩まで浸かって数を数えるのではなく、一つ話をした。

「「そうなの!」」
「そうだよ」

 自身が成長痛になった話をしたのだ。二人ほど小さくはなく、本当は骨端症なのだが、二人の為に成長痛だと言っておく。
 セレは『一緒だー』と喜び、イムは残念そうにしている。

「一緒だけど、また痛いぞー」

 と言うと、セレは微妙な表情になり、イムは少しほっとしていた。
 体を拭いて服を着せ、一緒に歯を磨く。あーと口を空けさせて確認をすると、一緒に寝てあげる。
 で、終わればよかったのだが、そうはいかなかった。
 絵本を読んであげて寝かせつけて、ルシフェルは一階でラジエラの帰りを待つ傍ら、家計簿を汎用携帯端末でつけ、依頼の整理をしていた。直接来ているものではなく、今ある一覧の複製をもらったもので、受ける物の選別である。
 寝かせつけて二時間ほど、今度はイムが泣きながら降りてきた。
 しくしくと泣く声で気づき、椅子から立ち上がって階段を振り向いて声をかける。

「イムちゃん?」
「おにいちゃーん!」

 階段を降り切ったイムは彼に駆け寄って抱き着いた。しゃがんでそれを優しく受け止めて抱きしめると号泣に変わった。

「よしよし」

 どうやら眠りが浅かったらしく、怖い夢を見たのだろう。ある程度落ち着くまでは背中をさすってしばらくそのままでいた。

「怖い夢を見たの?」
「うん」

 イムを抱きながら人肌より熱いくらいにミルクを温め、彼女に与える。
 少しずつ飲んで、飲み終わるころにはすっかり落ち着いてしまったが、今度は寝るのが怖いと言って離れようとはしない。
 光の刺激を抑えるために灯りを落とし、汎用携帯端末も画面の明るさを最低限におとして、彼女を抱いたまま整理の続きを始めた。端末に入っていたリラックス効果のある音楽を流しながら、である。
 実は彼、類を見ないほど音痴でラジエラに下手と言われてからは文明の利器に頼りっぱなしである。音楽は好きなので、書類仕事中や休憩中によく聞いており、好きな曲は端末に入れてある。実際は聞かされていて好きになり、音楽が好きなことに気づいたのも最近なわけだが。
 ほどなく、睡魔が襲ってきたのかうとうとし始め、だいぶ抗ったようだが、傍にいるから大丈夫と言うと、しばらくしないうちに右手がするりと肩から落ちた。

「全く」

 と漏らして席を立ち二階に上がろうとした時だった。

「ただいまー」

 やっとラジエラが帰ってきた。

「お帰り」

 イムを抱いたまま、彼女に近づいて今日起こったことを話した。

「あー、それで抱かれて寝ちゃったわけかぁ、セレちゃんはやっぱり心性過負荷悪種反応?」
「それもあるだろうな。我慢できずに泣いたし、痛みも大体四時間ぐらいで引いたし」
「やっぱり成長痛だね」

 彼が骨端症になった時のことを思い出し、やれやれと腰に手を当てた。

「もうこのまま一緒に寝る?」
「そうする。起きた時いないとまた泣くだろうしな」

 被害者になって住む場所が四回も代わり、なかなか実父に会えず親代わりをしっかり認識し懐いていても、それは本来の形ではないので、ストレスを溜めていても仕方がない。
 今年で六歳になるわけだが、甘えたい盛り、増えてはきたがわがままもなかなか言わず、精神の成長が遅くなっても仕方がない。賢くはあるので、あまり心配はしていないが、状況はよろしくない。
 わがままに関しては、同じころのラジエラと比較して、と言う話で、一般的には彼女も少ない部類だったので、その少なさと我慢はかなりしている。
 食に関しては注意しないといけない。彼らが作るのは当然先進的で種類も豊富、その為に二人の舌はかなり肥えているので、旅先で相当なわがままを言うか相当な我慢を強いられることになる。現に外食であまり喜ばない。
 起きて当然が起きたので、返って頭が痛くなるルシフェルだった。

「鍋に煮物があるから温め直して食べて」
「うん、分かった。パンはいつものとこ?」
「ああ、じゃ、先におやすみ」
「おやすみー、イムちゃんもおやすみ」

 そう言って彼女はイムの頬にキスをした。心なしか表情が柔らかくなった。
 ルシフェルが二階に消えて、ラジエラは魔動焜炉に火を入れた。温まるのを待ちながら、ふと十年前のことを思い出した。
 おぼろげではあるが、自身も怖い夢を見て一緒に寝る事をせがんだことだ。そして、そろそろ一人で寝ることができるようにしていく時期かとも思う。
 二人と過ごす時間が二年目に入り、それが当たり前になっていたことが、自身に湧き上がった寂しさで自覚した。

「私もこんなに手がかかってたのかな」

 そうならば相当迷惑かけていたなと思った。
 とは言え、彼の方が当たり前だと思っているので迷惑と言うのはお門違いだ。
 そもそも、ラジエラは母親と父親の顔をよく覚えていない。思い出しても写真に写った二人の顔だ。
 他人に言われたところで、彼女自身、実際はそんなに苦労していない。彼は相当苦労しているが。今だって自分がしてもらったことを二人にしているだけだ。
 そうやって感慨に耽っていると、はたと思いだしたことがあった。

「二人の誕生日聞いてないじゃん!」

 時間が時間なので明日に回すことにするが、結局彼任せにし過ぎていることを痛感した。
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