堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第六章 違い

一節 双子と二人

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 双子が寝静まったある夜、ルシフェルは紅茶を片手に考え事をしていた。
 この日、昼間に旅団の活動調整でイネスが来ていた。調整自体はたいしたことではなく、双子がいるので親交を深める意味合いの方が強い。実際に遊んでもらった二人はご満悦で、今夜も傍にいてあげればすぐに寝てしまうぐらいだった。
 それほど懐いてくれているのはいいことだ。

「どうしたの?」

 ラジエラに問われて目を開けたが、すぐに閉じてしまった。

「いや、な、イムちゃんのことなんだが」
「イムちゃん?」
「抱っこ癖がついてる気がするんだよな」
「あー」

 別に悪いことじゃないのだが、二人の成長を考えるとそろそろこちらがきつい。
 拉致誘拐で栄養が足りなかった時期があるので成長が遅れていることは間違いない。救いだったのは慢性的に足りてなかったわけではないことで、見た目的な問題は特にない。セレの成長痛が起きた根本的な原因はこれだろうが。

「そんなって言いたいけど、私も実はしんどい」
「身長は百四十四ゼンヤーツ(約百十センチメートル)の、体重三百十二グレイン(約二十キログラム)だからな。俺でも長時間はしんどい」
「結構大きくなったねー。そりゃしんどいよー。初めて抱いた時ってたぶん、二百三十五グレイン(約十五キログラム)きってたでしょ」
「間違いないな。天で量った時が二人とも二百グレイン(十二キログラム後半)だったな」

 グレインは大麦一粒の重さから生まれた重量の単位である。
 彼は出会った初めての夜に、自分の装備と比べているのだ。その装備の重さが二百三十五グレイン、約十五キログラムだった。身長もちょうど一ヤーツ、七十六センチメートルと比べてはいるが、目測が過ぎたので覚えていない。
 とは言え、四歳の子の十五キログラム以下は誤差で片付けられることではない。量ったら十二キログラム後半、その体重は三歳未満だからだ。出会ったときが四歳後半で、天使が傍にいたので時代は理由にできない。
 もっと深いことを話し出すときりがなくなるが、彼らの認識はこういうものなのだ。

「標準に戻りつつはあるからいいことなんだけどね」
「違いない」
「で、抱っこ癖だっけ?セレちゃんはどうなの?私はあんまり感じないけど」
「え」

 こうなると考えていたことのいくつかが覆る。

「え、って、私が一緒にいるときはどっちも変わんないよ?」
「そうなのか」

 これに関してはルシフェルとラジエラの性別が関係する。と言うのも、同じ性別同士の方が話をしたり、関り易かったりすることが多いからだ。
 未だに大人の男性が怖い二人だが、セレは人見知りよりも好奇心が勝って、手さえつないでいればいいような状態である。
 イムはと言うと、ラジエラの抱っこ時間が短いことを知っているので、辛いんだと分かっており、彼女の時は隠れるだけになっている。

「そうか、イムちゃん一歩引くからなぁ」
「それに、イフリート様の娘でしょ?あったかいところが好きっていうのもあるんじゃない?」
「それは偏見な気もするが、まぁ、そうだろうなぁ」

 偏見だが間違ってはいない。
 親の性質を映しているのか、イムは暖かい方が好きで、セレは寒い方が好き。だからと言って季節で元気が変わるようなことはない。また、イムは体温が高く、セレは体温が低い。
 ラジエラが冷え性持ちで体温も低い方なので、セレが抱っこをせがまなくなった今では、イムがこれ見よがしにルシフェルに抱っこをせがむのだ。ただ、スカートの時に、スカートの中に隠れるので少しだけラジエラは困っている。

「まぁ、しんどいのはたいして問題じゃない。もっと問題なのは運動不足だ。ただ、我儘の頻度を考えるとそうもいかないんだよ」
「ほんと、わがまま言わないよね」
「相当我慢してるぞ。買い物行った時も欲しそうにはするけど、顔見て言わないからな。欲しいなら我慢せずに言っていいんだよって言ってるんだが」
「私の時も同じなんだよね。運動は、確かに、セレちゃんがイムちゃんの手を引いてくれる分、あんまり走り回らないねぇ」

 双子の我慢問題は、拉致誘拐以前に会ったことがない天族であることが、引き金だったのは間違いない。これだけ引きずっているは、父親の二人が我儘をあまり言わないように、迷惑をあまりかけないようにと言い聞かせているからだ。
 悪いことではないのだが、養父と養母の立場である二人からすると、我慢によるストレスの方が怖いのだ。セレの成長痛も、普段の我慢が一助になっていることを疑っているわけだ。
 ただ、これ、実はそこまで問題視することではない。
 二人は服やアクセサリーを欲しがらない。興味がないわけではなく、あえて言うならラジエラが悪い。と言うのも、欲しいと思った服やアクセサリーは彼女が予め着せ替え人形にする為に買うからだ。また、持ち前の器用さで双子と一緒に作って楽しんでしまっている。
 食べ物に至っても、おやつは予め用意している上に、二人が用意した物の方がおいしいことを知っているからあまり欲しがらないのだ。更には極限状態も身を持って体験している。
 目の前にある物が欲しいのに顔を見て結局言わないのは、もっといい物事を二人が持ってくると思い直し、欲が消えてしまうからある。なので、我慢していなかったりする。このことを二人が知るのはまだ先の話である。

「心性悪種反応は何を引き起こすかわからないのに、その上で運動不足は・・・頭が痛い」
「もう少し様子見よ?お昼寝しないと最近は一人で寝れそうな感じもあるし、一人で寝るようになったら抱っこ離れするかもよ」
「そうするか」

 翌日。

 薬の原料となる複数種類の茸の採取依頼を受けて、神殿都市の外へ出ていた。
 採取依頼はすべて、ノルマを設定すると取枯らす可能性が出るので設定されておらず、納入最大数の決まった歩合制だ。
 今回の主だった目的は双子の遠征練習だ。また、不測の事態に備え、魔法の練習も兼ねている。軍人時代、七割方単独行動だったルシフェルのサバイバル技術を伝える意味もある。
 空間魔法で装備を持ち運んではいるが、そもそも最低限必要な魔力量が尋常ではなく、容量に伴って要求される魔力は加速度的に増える。維持に必要な魔力もかなりの量になり、時間が止まっているわけではないので、大した量を持ち込めず、サバイバル術が身についている。
 

「「きのこ?」」

 リールに跨るセレとイムは同時に頭を傾けて聞いた。ニクスは上空で偵察中である。
 そんな二人の横を歩くのがイネス、前がルシフェルで後ろがラジエラである。

「ええ、主にお薬の材料となるものを採取するんですよ」
「セレたちもお手伝い?」
「ああ、頑張ってもらうよ」

 ルシフェルは振り向き加減に笑顔を見せる。

「お薬ならがんばるー、ねー」

 成長痛で病気の辛さが分かっているセレならでは張り切った言葉である。

「うん!」

 それを間近にしているイムも張り切っている。
 一行はエイナウディ共和国へ向かう街道を逸れてジュラ山脈に広がる森へと入っていった。
 ジュラ山脈はゼレンツカヤ王国と聖国プリミティブの間に広がっており、二国の山岳国境でもある。また、ゼレンツカヤ王国とエイナウディ共和国の山岳国境でもある。
 国を目指す場合、橋とトンネルがあるので迂回する必要はないが、目的の茸の分布が南に寄っている影響で、エイナウディ共和国へと向かう街道から入ったほうが早い。
 北から吹く海風を受け止める標高の高いジュラ山脈は、別名白銀山と呼ばれ、季節を問わず雪が積もっている。その為、水資源に富んでおり、地形の影響で泉や湖が点在している。
 南側の降雪量は少ないが、積もらないので湧き水や泉、滝が点在し、湿気が多い。山が高すぎるから雪が解けないのであって、緯度もさほど高くないので分布が南側に集中しているのだ。

「「涼しい」」

 森に入ってすぐに双子が発した言葉である。山から吹き下ろす冷たい風と、日差しを遮る木々のおかげである。

「ふふ、年中雪を称えるジュラ山脈のおかげですよ」
「ねんじゅう?」
「じゅらさんみゃく?」

 間をおいてイネスは双子の疑問に答えた。
 ルシフェルとラジエラは元々この世界の者ではない、ということを失念していた間である。そう、二人も地理や暦のことは知らないのだ。言葉は確かに似ているが、似ているだけで通じない言葉もあり、通用しない概念も多い。
 ただ、これはチャンスでもある。才女と言われた彼女は、その強かさを発揮する。

「ユンカース様、双子の家庭教師としてどうでしょうか?」

 バイサバーツバロンピーツの群生地を見つけ、採り方を教えた直後のことだった。
 バイサバーツは白髭、バロンは男爵、ピーツは茸と言う意味である。この茸を好んで食べた男爵が、これといった病気もせず長生きしたこと(故九十四歳)が非常に有名で、晩年立派な白髭を有し、その白髭によく似ていることからつけられた。

「そんな提案をしていただけるのであれば、無碍にはできませんね」

 この瞬間、イネスはやられたと思った。
 ルシフェルは思ってもないことを言われた場合、「是非に」や「お願いしようと思っていた」と言う。それに、自分たちが勉強して教えればそれで済むことでもあり、現に彼は神殿所蔵の本の大多数を読み終えている。
 そう、言わされたのである。
 双子との相性は今後の旅団活動において無視できない問題だった。すっかり双子に懐かれた彼女を見ている上に、告白まがいのことをやったことは互いに分かっていることだ。
 彼女は二重の意味で肩を落とした。
 そんな彼女を見たルシフェルの次の言葉に戦慄した。

「あの子たちだからですよ」

 そんなに恐ろしい言い方ではない。寧ろ優しかった。しかし、一気に現実に引き戻された気分だ。
 相手が天使だからと言う以外にも、親心交じりの兄心なのを知っているが故に、今までラジエラに特別取り入ることはしなかった。する必要もなかったのだが。
 今回はそれが功を奏した。

「ありがとうございます」

 やってしまった、と内心に収められる程度には動揺してはいなかった。生い立ちは聞いていたので、少し舐めてかかったのは間違いがない。
 ただ、そこには開示されなかった情報があった。
 それなりの地位にいた両親の遺産を狙った偽親族との大立ち回りである。国から生活が保障される年齢だったとはいえ、親族がいると話が違うのだ。早死にした育児放棄の両親に感謝することがあるのならば、軍上司である当時少将だった人を後見人とする遺書があったことである。
 彼らの軍の将校は人事権を握っている関係上、当人死亡の場合、その家族に対する後見人となる義務があり、それこそが准将から少将へと昇格するということだった。
 そして、その少将は逃げられなかった。出撃命令において絶対にあってはならない、同一戦場への夫婦の派遣を行ってしまったことだ。そういう意味ではルシフェルに恨まれて当然だった。
 その少将は、十一歳の子供に土下座した。
 しかし、当時のルシフェルには恨み辛みを並び立て、八つ当たりをするほどの元気はなかった。すでに偽親族が複数現れて妹を利用され心をズタズタにされていたのである。

『妹を守ることに協力してください。僕には知識と知恵がまだ足りないんです』

 その少将はこう思った。真に守るべきはこの子であると。土下座している少将に対して、言った言葉はこれだけだが、大量の情報が含まれていた。

 顔を上げた先には土下座する少年。
 変声期の無理が祟った枯れた声。
 子供の悲痛な叫び。
 足りない物がわかっている才能。
 妹を守りたいという純粋な心。

 一目見た時から十一歳の子供がしていい表情、声色、顔色ではなかった。引き出したのだ。その少将から。子供がいない者から父性と庇護欲を。
 彼に知恵は要らなかった。しかし、知識は必要だった。そして、こう思い、彼に言った。

『絶対に軍に来るな。君のような天才はもっと別に活躍する場がある』
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