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第六章 違い
二節 会敵と訓練
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一通り依頼の茸を集め終えた時、ニクスが舞い戻りルシフェルは顔色を変えた。
『狂乱状態のジーベグリッズリーがこっちに向かっている』
ニクスの報告と同時に、生の木を倒す音が響き渡った。
ジーベグリッズリー(サーベルグリズリー)、は、その爪がジーベ(サーベル)の形によく似ており、切り裂くこともできれば切ることもできることからついた熊の獣魔である。
更に数本倒したかと思えば唸り声を上げ、ニクスの報告に間違いがないことが証明された。これで双子は怯えているかと言えばそうではなく、分からずにきょとんとしているでもない。離脱できるようにリールの背中にしがみついている。
「いざとなったら俺は置いて逃げろ」
「うん」「はい」
ニクスをもう一度空に戻し、ジーベグリッズリーの会敵を待つ。
戦闘を見せるのに早い遅いはないのでそれは問題にしていない。どちらかと言えば、会敵を速め、四人が認知できず余波が届く場所で戦う方が問題だ。四人は見えない物を避けるのができないからだ。
何なら進行ルートが逸れて会敵しない方がよい。獣魔の討伐依頼は一切受けていないわけで。
だったら逃げてもいい。しかし、それをしないのはこちらの獣魔の戦闘力を把握したいからだ。それに、ルシフェルが戦うところをどう見るのか見たいというのもある。これまで、神殿の依頼しか受けておらず、内容も騎士の訓練や聖女と聖母の身辺護衛ばかりだった。
組合で模擬戦をやったが、所詮模擬戦でしかない。
「ぐるるるる」
体長三メートルはあろうかと言うジーベグリッズリーは顔を出すと笑った。
闘争の渇望と食欲の渇望を同時に満たす人族が五人と狼が一匹いたからである。
『これは、確かに狂乱状態ですね』
リールは呆れ気味に言った。
アイスウルフからするとジーベグリッズリーは巨体と言うだけで格下なのだ。何なら狩りの対象でもある。
隠蔽状態だとは言え、天族と言う雲の上の存在が二人もいることにすら判断が及んでいない。
ルシフェルを突破できないことには、後ろの獲物にありつけないというのは分かっているらしく、狙いを定めるのだが、
「ぐおおおお」
前足を地面につけたとたんに、右目と脳が熱くなったのだ。
「その武器は」
ルシフェルが握っている武器をイネスは見たことがなかった。
魔導可変弾多目的発射装置、平たく言うと自動小銃である。魔力を動力とする魔動型で、引き金を引くと魔導可変弾が発射される。静音魔法で発砲音を無くし、誘導魔法で狙った場所に正確に飛ぶようになっている。ただ、追尾魔法と誘導魔法は別物なので、どんな物でも誰でも必中とはいかない。
魔導可変弾は何もしなければただの鉛の弾頭で、付与を行うことによって属性を帯びる。言うだけ簡単だが、属性付与は理論を理解し、正確な魔力操作がないと暴発を招く危険物だ。
「なんだ・・・」
ルシフェルがポロリと漏らした言葉だ。残念、と言うわけではなく、ただ、敵の強さを高く見積もりすぎたということだ。
痛みにのたうち回るジーベグリッズリーにこれ以上暴れられても困るので、風魔法によって真空の刃を生み出し、首を切断して黙らせたのだった。
生物と言うのは意外としぶとく、切断してすぐに死ぬというわけではない。切断の際に飛び出た血と、しばらく動いていた体で、染まってはいないが意外と赤い血が飛び散った。心臓もしばらく動いていたので、動かなくなっても切断面から流れ出る血はおびただしい量になり血溜まりを作っている。
「「おにいちゃんすごーい、つよーい」」
と、双子がルシフェルに駆け寄った。命のやり取りの意味をちゃんと理解しているわけではないが、強い獣魔に勝ったことは分かるようで、彼の周りではしゃいでいる。
イネスは魔導可変弾多目的発射装置が気になっているようだが、相手が天使なので流石ですねとほほ笑んでいるだけだ。
対照的なのはラジエラだ。
「うっ・・・」
彼女がいる前で絶対にやれない殺し方はある。それでないだけましだが、自身が拉致されたときに友達が殺されていることを思い出して、気持ち悪くなっている。
頑張って慣れると豪語したので、ルシフェルはあえて声をかけない。
ラジエラの様子に気づいたイネスが、彼女の傍によって背中をさすっている。
「さ、解体するよ」
「「かいたい?」」
「命を奪ったからね、周りに危険なのもいないから、責任を果たすんだよ」
獣魔を討伐した場合のことを二人に教えながら解体の為にジーベグリッズリーの体を吊るす。吊るすと言っても魔法で足と手を持ち上げる。まずは血抜きで、しっかり抜けるように重力魔法を操って体を揉む。
その間、飛び散った血と血溜まりの処理を双子にやらせる。別になんてことはなく、予め用意していた二人用の小さなスクープ(シャベル)で土をかけるだけだ。ただ、土は血抜きでできる血溜まりの傍の一ヶ所から取らせて、内臓を埋めるための穴掘りを楽にしておく。
二人が作った穴を深くし、血が出なくなったら内臓を取り出して肝臓と心臓以外を穴の中に放り込む。肝臓と心臓は薬の材料になるので、イネスに止められたのだ。
ラジエラは目を逸らすようなことはしておらず、血の匂いに鼻をつまむようなこともせず、ただ必死に、じっと作業を見つめている。
双子はルシフェルの作業に興味津々でしかない。
皮を剥ぐと、あらかじめ用意していた葉蘭に肉を置いておく。ここは体のここの部分だとか、二人のお肉はどうと冗談交じりにいって飽きさせない。
「瘦せていたのですね」
脂肪分が少ないことに気づいたのはイネスである。筋骨隆々とはしていたが、冬眠が明けた春なので仕方ないだろう。
胃袋も空だったので、空腹で暴れていたのかもしれない。
「時期が時期ですからね」
この時期に実をつける植物は少なく、食料は狩りの肉か新緑や花になる。エネルギー効率は肉や内臓が最良なので、狩りが上手く行かずイライラしていたわけだ。
そんなのに鉢合わせ、どうぞ食ってくださいと言わんかのように目の前に現れてしまったのだ。
「頭がそのままですが、どうされるのですか?」
「討伐証明にしようかと。頭の解体はちょっとやりたくないものですから」
単純に面倒だからやらないのだ。生物の部位で一番硬い歯、骨格内の脳、刳り抜かなければならない目、複雑で煩雑なのだ。目をつぶしたので価値は下がるが、剥製にもできるのでそのまま専門家に預けたほうがよっぽどいい上に意外と高く買い取ってもらえる。
討伐部位も指定はあるが、同じ理由で頭を持っていく傭兵は後を絶たない。
「近くに小川がありましたよね」
「皮を洗わないといけないですし、移動しましょうか」
量が量なので、空間魔法で荷物をまとめると移動した。
小川につくと、イネスとラジエラの二人で皮を洗い、ルシフェルはニクスが戻ったのを確認してから、専用の道具で空間魔法による結界を張る。
空間魔法による結界は、外と中が別空間になるので、あらゆるものが隔離状態になる。触れることはできても、破壊はほぼ不可能な絶対防護壁の応用だ。
しかし、何も考えずにただ応用すると、窒息死と餓死が待っている。完全隔離なので密閉でもあり空気が限られてしまう。また、取り囲まれていると解除の際に攻撃を受けるか、解除しないと飢えと渇きに悩まされる。
その為、接地する部分を除いて立方体になるよう形成するが、すべての面が細かい網目状になっており、空気と光は通るようになっている。白い蚊帳を張ったような見た目だ。
「こんな感じね」
小川の水を一掬い、その水をいろんな形に変えて凍らせ、溶かして形を変えて凍らせ、子供がかわいいと思うであろう形にすると見事に乗ってきた。魔法を使う為の訓練として、実演するにしても相手は子供なのだ。いやいややらせても意味がない。
特にカニンヒェン(うさぎ)のデフォルメが好評で、「おねえちゃんに作ってもらったのといっしょ」と言って喜んだ。リールとニクスに形を似せても大喜びで、二人の様子を眺めている二匹の目の色まで変わったのは触れないで置こう。
すっかりやる気になった二人に、魔力を感じるところから始める。
二人とも一度暴走しているので魔力で魔素を操作するのはできるのだが、暴走していること自体が問題で、その感覚はしっかりとしたものではない。魔力量が下級天使に匹敵する程なので、きちんとできなければ自分の魔力で死ぬ。
三人で手をつないで輪になると、ルシフェルは魔力を二人に少しずつ流す。集中させる為に、二人の目は閉じさせている。
魔力は個人によって独特の波長をもっているが、やりすぎなければ波長が影響を及ぼすことはない。やりすぎなければ、だが。
「なんかあったかい?」
「ちょっとつめたい?」
暖かいというイムに対し、冷たいというセレ、その言葉と魔力で伝わってくるそれで二人から感じることがあった。
それは、二人とも魔素を変異状態で持っていることだ。その変異魔素は体の様々なところで一体化している。体の十割が魔素で構成されている精霊、その子供なので当然と言えばそうである。推測していたが、直に感じると不思議なものだと思う。
全人族が変異魔素を持っているが、量が比較にならないほど多い。それ故に二人が彼の魔力を正反対に感じた要因でもある。
「「ちがうの?」」
目を開けて二人して首をかしげる。あまりにも可愛くて、吹き出しそうになるのを抑えて、微笑み返す。
「合ってるよ。人によって感じ方は違うからね」
「「そーなんだー」」
今度は流す量を逐一変えてみると、それに合わせた反応になり、量が多いと二人ともくすぐったいと言って笑う。
これで魔力感じ取れたのか、二人はうなずきあってルシフェルをみる。そして、
「「えいっ」」
「わっ」
右手に熱さとくすぐったさ、左手に冷たさとくすぐったさを感じ、かなりの量の魔力を二人から流され、驚いて手を離してしまった。
「こーらー」
これ、初めてのいたずらでもある。なので、その気はないが怒ることはできなかった。
「でも、よくできました」
両手で同時に二人を抱きしめて褒めてあげると、うれしそうに笑っている。
ただこれ、ルシフェルだからよかったものの、イネスだと大変なことになっている。
「「ごめんなさい」」
抱きしめたまま、危険性を伝えると二人とも泣きはしないが謝ってきた。
「危ないからね、お兄ちゃんでしっかり練習して。魔法使えるようになろうね?」
「「うん!」」
頭をなでてから解放すると続きをやる。
横では洗い終えた皮を木に引っ掛けたラジエラとイネスが夕食の準備を始めている。
「その、様付けだけでもやめてほしいな」
このラジエラの希望は彼女らしさがにじみ出ていた。
将校待遇とは言っても、ルシフェルの最終階級は准将で、実際の待遇は大佐待遇と少将待遇の間である。
その妹だからと言って、彼女が表に出ることはなく、拉致被害者と言うのも相まって、世間から注目されることは合っても、直接取材されたり祭り上げられたりすることはなかった。ルシフェルには部下らしい部下もおらず、すごい人の妹と言う自覚はない。
性格上友達は結構いたが、彼女自身がルシフェルのことを話さないので、意外と知られていなかったりする。
だから一般人感覚が染みついており、こちらに来てからも天族だと知っているのが神殿でもごく一部で、いつまでたっても慣れないのだ。さらに言えば、彼女にとってはイネスが年上であることも原因だ。
「どうしてですか?」
生い立ちを聞いているとはいえ、大まかなところを話されているので、その心の機微までが察せるわけではない。
「分かるんだけどね、どうしても慣れないし、天狗になってしまいそうで。だから、私的な時はやめてほしいなって。イネス様の方が年上だし・・・」
そう思っているのなら大丈夫なのだが、一方ではこの程度のことで不安を溜めると他での許容量が減ってしまう。ただでさえ異国どころか異世界にいて、経験もないのに他人の子供を預かり、不安を感じない方がよほどである。もうそろそろ十八歳になろうかと言うところなのだが、元の世界ではまだ学生なのだ。
ルシフェルがいなければ壊れていた可能性もあるだろうとイネスは思い立った。
「分かりました。私も立場がありますから、私的な場だけになりますが様付けはやめましょう。そうですね、どうでしょう、互いに敬称を抜きませんか?」
「いいのですか?」
「ええ、マリ」
「ありがとう、イネス」
『狂乱状態のジーベグリッズリーがこっちに向かっている』
ニクスの報告と同時に、生の木を倒す音が響き渡った。
ジーベグリッズリー(サーベルグリズリー)、は、その爪がジーベ(サーベル)の形によく似ており、切り裂くこともできれば切ることもできることからついた熊の獣魔である。
更に数本倒したかと思えば唸り声を上げ、ニクスの報告に間違いがないことが証明された。これで双子は怯えているかと言えばそうではなく、分からずにきょとんとしているでもない。離脱できるようにリールの背中にしがみついている。
「いざとなったら俺は置いて逃げろ」
「うん」「はい」
ニクスをもう一度空に戻し、ジーベグリッズリーの会敵を待つ。
戦闘を見せるのに早い遅いはないのでそれは問題にしていない。どちらかと言えば、会敵を速め、四人が認知できず余波が届く場所で戦う方が問題だ。四人は見えない物を避けるのができないからだ。
何なら進行ルートが逸れて会敵しない方がよい。獣魔の討伐依頼は一切受けていないわけで。
だったら逃げてもいい。しかし、それをしないのはこちらの獣魔の戦闘力を把握したいからだ。それに、ルシフェルが戦うところをどう見るのか見たいというのもある。これまで、神殿の依頼しか受けておらず、内容も騎士の訓練や聖女と聖母の身辺護衛ばかりだった。
組合で模擬戦をやったが、所詮模擬戦でしかない。
「ぐるるるる」
体長三メートルはあろうかと言うジーベグリッズリーは顔を出すと笑った。
闘争の渇望と食欲の渇望を同時に満たす人族が五人と狼が一匹いたからである。
『これは、確かに狂乱状態ですね』
リールは呆れ気味に言った。
アイスウルフからするとジーベグリッズリーは巨体と言うだけで格下なのだ。何なら狩りの対象でもある。
隠蔽状態だとは言え、天族と言う雲の上の存在が二人もいることにすら判断が及んでいない。
ルシフェルを突破できないことには、後ろの獲物にありつけないというのは分かっているらしく、狙いを定めるのだが、
「ぐおおおお」
前足を地面につけたとたんに、右目と脳が熱くなったのだ。
「その武器は」
ルシフェルが握っている武器をイネスは見たことがなかった。
魔導可変弾多目的発射装置、平たく言うと自動小銃である。魔力を動力とする魔動型で、引き金を引くと魔導可変弾が発射される。静音魔法で発砲音を無くし、誘導魔法で狙った場所に正確に飛ぶようになっている。ただ、追尾魔法と誘導魔法は別物なので、どんな物でも誰でも必中とはいかない。
魔導可変弾は何もしなければただの鉛の弾頭で、付与を行うことによって属性を帯びる。言うだけ簡単だが、属性付与は理論を理解し、正確な魔力操作がないと暴発を招く危険物だ。
「なんだ・・・」
ルシフェルがポロリと漏らした言葉だ。残念、と言うわけではなく、ただ、敵の強さを高く見積もりすぎたということだ。
痛みにのたうち回るジーベグリッズリーにこれ以上暴れられても困るので、風魔法によって真空の刃を生み出し、首を切断して黙らせたのだった。
生物と言うのは意外としぶとく、切断してすぐに死ぬというわけではない。切断の際に飛び出た血と、しばらく動いていた体で、染まってはいないが意外と赤い血が飛び散った。心臓もしばらく動いていたので、動かなくなっても切断面から流れ出る血はおびただしい量になり血溜まりを作っている。
「「おにいちゃんすごーい、つよーい」」
と、双子がルシフェルに駆け寄った。命のやり取りの意味をちゃんと理解しているわけではないが、強い獣魔に勝ったことは分かるようで、彼の周りではしゃいでいる。
イネスは魔導可変弾多目的発射装置が気になっているようだが、相手が天使なので流石ですねとほほ笑んでいるだけだ。
対照的なのはラジエラだ。
「うっ・・・」
彼女がいる前で絶対にやれない殺し方はある。それでないだけましだが、自身が拉致されたときに友達が殺されていることを思い出して、気持ち悪くなっている。
頑張って慣れると豪語したので、ルシフェルはあえて声をかけない。
ラジエラの様子に気づいたイネスが、彼女の傍によって背中をさすっている。
「さ、解体するよ」
「「かいたい?」」
「命を奪ったからね、周りに危険なのもいないから、責任を果たすんだよ」
獣魔を討伐した場合のことを二人に教えながら解体の為にジーベグリッズリーの体を吊るす。吊るすと言っても魔法で足と手を持ち上げる。まずは血抜きで、しっかり抜けるように重力魔法を操って体を揉む。
その間、飛び散った血と血溜まりの処理を双子にやらせる。別になんてことはなく、予め用意していた二人用の小さなスクープ(シャベル)で土をかけるだけだ。ただ、土は血抜きでできる血溜まりの傍の一ヶ所から取らせて、内臓を埋めるための穴掘りを楽にしておく。
二人が作った穴を深くし、血が出なくなったら内臓を取り出して肝臓と心臓以外を穴の中に放り込む。肝臓と心臓は薬の材料になるので、イネスに止められたのだ。
ラジエラは目を逸らすようなことはしておらず、血の匂いに鼻をつまむようなこともせず、ただ必死に、じっと作業を見つめている。
双子はルシフェルの作業に興味津々でしかない。
皮を剥ぐと、あらかじめ用意していた葉蘭に肉を置いておく。ここは体のここの部分だとか、二人のお肉はどうと冗談交じりにいって飽きさせない。
「瘦せていたのですね」
脂肪分が少ないことに気づいたのはイネスである。筋骨隆々とはしていたが、冬眠が明けた春なので仕方ないだろう。
胃袋も空だったので、空腹で暴れていたのかもしれない。
「時期が時期ですからね」
この時期に実をつける植物は少なく、食料は狩りの肉か新緑や花になる。エネルギー効率は肉や内臓が最良なので、狩りが上手く行かずイライラしていたわけだ。
そんなのに鉢合わせ、どうぞ食ってくださいと言わんかのように目の前に現れてしまったのだ。
「頭がそのままですが、どうされるのですか?」
「討伐証明にしようかと。頭の解体はちょっとやりたくないものですから」
単純に面倒だからやらないのだ。生物の部位で一番硬い歯、骨格内の脳、刳り抜かなければならない目、複雑で煩雑なのだ。目をつぶしたので価値は下がるが、剥製にもできるのでそのまま専門家に預けたほうがよっぽどいい上に意外と高く買い取ってもらえる。
討伐部位も指定はあるが、同じ理由で頭を持っていく傭兵は後を絶たない。
「近くに小川がありましたよね」
「皮を洗わないといけないですし、移動しましょうか」
量が量なので、空間魔法で荷物をまとめると移動した。
小川につくと、イネスとラジエラの二人で皮を洗い、ルシフェルはニクスが戻ったのを確認してから、専用の道具で空間魔法による結界を張る。
空間魔法による結界は、外と中が別空間になるので、あらゆるものが隔離状態になる。触れることはできても、破壊はほぼ不可能な絶対防護壁の応用だ。
しかし、何も考えずにただ応用すると、窒息死と餓死が待っている。完全隔離なので密閉でもあり空気が限られてしまう。また、取り囲まれていると解除の際に攻撃を受けるか、解除しないと飢えと渇きに悩まされる。
その為、接地する部分を除いて立方体になるよう形成するが、すべての面が細かい網目状になっており、空気と光は通るようになっている。白い蚊帳を張ったような見た目だ。
「こんな感じね」
小川の水を一掬い、その水をいろんな形に変えて凍らせ、溶かして形を変えて凍らせ、子供がかわいいと思うであろう形にすると見事に乗ってきた。魔法を使う為の訓練として、実演するにしても相手は子供なのだ。いやいややらせても意味がない。
特にカニンヒェン(うさぎ)のデフォルメが好評で、「おねえちゃんに作ってもらったのといっしょ」と言って喜んだ。リールとニクスに形を似せても大喜びで、二人の様子を眺めている二匹の目の色まで変わったのは触れないで置こう。
すっかりやる気になった二人に、魔力を感じるところから始める。
二人とも一度暴走しているので魔力で魔素を操作するのはできるのだが、暴走していること自体が問題で、その感覚はしっかりとしたものではない。魔力量が下級天使に匹敵する程なので、きちんとできなければ自分の魔力で死ぬ。
三人で手をつないで輪になると、ルシフェルは魔力を二人に少しずつ流す。集中させる為に、二人の目は閉じさせている。
魔力は個人によって独特の波長をもっているが、やりすぎなければ波長が影響を及ぼすことはない。やりすぎなければ、だが。
「なんかあったかい?」
「ちょっとつめたい?」
暖かいというイムに対し、冷たいというセレ、その言葉と魔力で伝わってくるそれで二人から感じることがあった。
それは、二人とも魔素を変異状態で持っていることだ。その変異魔素は体の様々なところで一体化している。体の十割が魔素で構成されている精霊、その子供なので当然と言えばそうである。推測していたが、直に感じると不思議なものだと思う。
全人族が変異魔素を持っているが、量が比較にならないほど多い。それ故に二人が彼の魔力を正反対に感じた要因でもある。
「「ちがうの?」」
目を開けて二人して首をかしげる。あまりにも可愛くて、吹き出しそうになるのを抑えて、微笑み返す。
「合ってるよ。人によって感じ方は違うからね」
「「そーなんだー」」
今度は流す量を逐一変えてみると、それに合わせた反応になり、量が多いと二人ともくすぐったいと言って笑う。
これで魔力感じ取れたのか、二人はうなずきあってルシフェルをみる。そして、
「「えいっ」」
「わっ」
右手に熱さとくすぐったさ、左手に冷たさとくすぐったさを感じ、かなりの量の魔力を二人から流され、驚いて手を離してしまった。
「こーらー」
これ、初めてのいたずらでもある。なので、その気はないが怒ることはできなかった。
「でも、よくできました」
両手で同時に二人を抱きしめて褒めてあげると、うれしそうに笑っている。
ただこれ、ルシフェルだからよかったものの、イネスだと大変なことになっている。
「「ごめんなさい」」
抱きしめたまま、危険性を伝えると二人とも泣きはしないが謝ってきた。
「危ないからね、お兄ちゃんでしっかり練習して。魔法使えるようになろうね?」
「「うん!」」
頭をなでてから解放すると続きをやる。
横では洗い終えた皮を木に引っ掛けたラジエラとイネスが夕食の準備を始めている。
「その、様付けだけでもやめてほしいな」
このラジエラの希望は彼女らしさがにじみ出ていた。
将校待遇とは言っても、ルシフェルの最終階級は准将で、実際の待遇は大佐待遇と少将待遇の間である。
その妹だからと言って、彼女が表に出ることはなく、拉致被害者と言うのも相まって、世間から注目されることは合っても、直接取材されたり祭り上げられたりすることはなかった。ルシフェルには部下らしい部下もおらず、すごい人の妹と言う自覚はない。
性格上友達は結構いたが、彼女自身がルシフェルのことを話さないので、意外と知られていなかったりする。
だから一般人感覚が染みついており、こちらに来てからも天族だと知っているのが神殿でもごく一部で、いつまでたっても慣れないのだ。さらに言えば、彼女にとってはイネスが年上であることも原因だ。
「どうしてですか?」
生い立ちを聞いているとはいえ、大まかなところを話されているので、その心の機微までが察せるわけではない。
「分かるんだけどね、どうしても慣れないし、天狗になってしまいそうで。だから、私的な時はやめてほしいなって。イネス様の方が年上だし・・・」
そう思っているのなら大丈夫なのだが、一方ではこの程度のことで不安を溜めると他での許容量が減ってしまう。ただでさえ異国どころか異世界にいて、経験もないのに他人の子供を預かり、不安を感じない方がよほどである。もうそろそろ十八歳になろうかと言うところなのだが、元の世界ではまだ学生なのだ。
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