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第七章 開始
四節 移動
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「「海が見たい!」」
ギャロワ商会のモニク・ギャロワと言う依頼主に聞かれて双子が答えた。精霊の里は山間部にあり、聖国は内陸国なので、絵本で知っているだけだから憧れているわけだ。
モニクは物流王ジルベール・ギャロワの長女で、目下商会を継ぐために商隊を率いて勉強中の身である。
ジルベール・ギャロワは独自の荷車と梱包によって品物に傷をつけずに運ぶため、各国の特産品を取り扱うことを得意とし、王侯貴族と親しくできる話術で商会を大きくし続けた。アウストリム大陸にある十ヶ国の主要都市すべてに支店を持つに至り、物流王と言われた。
彼にかかれば手に張らない品物はないとまで称され、異常気象の続く現在でもその地位は揺らいでいない。
「海かぁ、そうだなぁ。海辺に住んでなきゃ一生見ないもんなぁ」
この世界では、傭兵になって旅団活動や商隊護衛をするか、商人になって海へ販路を拡大するか、貴族でもよほど財政が潤ってない限り、海に面する国家であっても、生まれた場所によっては死ぬまで海を見ることはない。
女性だが男勝りの口調で商魂たくましい面もあり、貴族が相手でなければ基本的に裏表はなく痛快な性格をしている。顔合わせの時も怪訝な顔をするルシフェルに、『噂を聞いてなければ気にも留めない』と言い切るくらいだ。
だからと言って下に見ていると言うわけではなく、きちんと対等な立場として接してくる。
「モニク、荷積みの確認終わったよ」
「あいよー。じゃ、しばらくの間よろしくな、おチビちゃんたち」
「「よろしくお願いします」」
聞けば三人の子持ちのようで、子供の扱いには慣れているそうだ。
一番上の男の子がついてきているようで、双子より三つ年上の十一歳だ。長男なので例にもれず面倒見がよく、同い年の妹がいるのですぐに仲良くなって遊び相手になってくれている。
最近の双子は年が近いほど警戒することはなく、セレに至っては持ち前の好奇心ですぐに仲良くなり、つられてイムも仲良くなることが多い。
同じ年の子がいるのでわかるのだが、こうして比べてみると双子は小さい。一昨年と昨年の伸びと比較し、露骨に伸びていないので成長期を抜けていると考えている。となれば次は二次性徴なので、ルシフェルの心労は尽きない。
「じゃ、ユンカースさん、打ち合わせの通りよろしくな」
「こちらこそ」
荷車は全部で五つ、先頭の一つはモニクと息子のパトリス、お抱え護衛の子供たちが乗っている。ルシフェル達は、その先頭の護衛である。
独自の荷車はギャロワ商会と契約を結んだ工房かお抱えの工房以外では再現できない唯一品である。荷物を傷つけない設計は人を運ぶことにも応用し、酔わない車として人気が高い。その為、福利として子供の同行が安易に行えるのだ。傭兵を続けたい人にとっては、ギャロワ照会のお抱え護衛は憧れであったりする。
護衛が荷馬車に乗ることはできないが、物流王が開拓した経路は比較的安全で安定収入になるのも大きいだろう。
どれくらい安定かというと、荷台から顔を出すモニクや、御者と談笑したところで咎められることはない。また、馬の獣魔の中では決して早いとは言えないが、随一の馬力を誇るスヴァジルファリに荷車を引かせていることからもわかる。
だからなのか、モニクはイネスに声をかけている。
「夫婦、なんだって?」
「少し違いますね、婚約して一年経っておりません」
「ありゃ、そうだったのかい?これは早とちりだったね」
悪い悪いと謝ってはいるが、顔は笑っている。
めでたいことにつながるような間違いでは、基本的に本気で謝ってはいけない。めでたいことは幸せにつながることが多い。その為、お裾分けと言う意味で笑って流し、笑って流されたら笑って返すことが慣例となっている。
「そういやぁ、あんた、第二聖女様によく似てるって言われないかい?」
「ええ、名も同じなのでよく間違えられて困っています」
「そうだったのかい?なんていうんだい?」
「ただのイネスです」
貴族の私生児なので、当然本家の姓を名乗ることはできない。グーティメルと言う姓は聖女になってからアージェ教の上層部が必要と判断して与えたもなので、辞した証として姓も返上した。平民としては姓を持っていないことが多いので、新たに姓を考えるようなことはしなかった。
また、ルシフェルが姓を名乗って活動しているので、将来的に問題にならないよう姓はないものとして考えているわけだ。子供たちの教育が終われば、ルシフェルとラジエラの勉強も終わりと言うわけではないわけで。さらに言うと、実は同性同名のそっくりさんがいるので便乗していると言うのもある。
「まぁ、確かに名が同じだねぇ、年も近いようだしずいぶん苦労しただろ」
「はい」
この話は他の護衛に対する威嚇である。子供たち経由で伝わるように、近い護衛に対してもあえて聞こえるように話している。
モニクとしても、行程を滞りなく進める為に必要ではあったが、それ以上に恩を売っておきたいのである。勉強中と言えど商会を継ぐ商人、自身の情報網からルシフェル達の正体に気付いているのである。
「まぁ、聖女様がそんな服を着るわけないから、普通は気付くだろうね」
今までそれが普通だったので意識すらしたことがなかった。過去にはドレスを着た聖女があり得ないほどの痛烈な批判を浴びている。
しかし、ラジエラに指摘されてからは姿鏡を見るのが嫌になるほどの衝撃を受けた。たった一言、『イネスって、ずいぶん痩せてたんだね』と言われただけだったのだが。
始めは貴族の女性が着る服は、性の強調性にはしたないと思っていた。しかしどうだろう、自身が着ている服は、太った貴族女性が体型を隠すために着る服と同じではないか。それだけ自分の胸が大きかったのである。
それで今は、ラジエラが作った服を着ているのだ。これまで培われたはしたないと言う意識はそう簡単に抜けないので、一着目ができるまでは相当な時間を要した。できてしまえば次から次へとできていき、聖女をやめてからの服に困ってはいない。
「あまり見ない意匠だが、誰が作ったんだい?」
「マリです」
組合の者や組合で顔を合わせる傭兵には彼女が元聖女であることは知られている。ただ、傭兵には過去について、探らない、言わない、聞かないが三原則である習わしがある。その為、組合を利用する者以外に広く知られていると言うわけではない。
また、組合から秘匿するよう各傭兵、傭兵団、依頼主にも話がされており、今回ばかりは対象が対象なので全員口を噤んでいる状態だ。これは聖国支部だけに留まっていない。
とは言え、知っている者は彼女の着る服に興味津々で、しかも、一般に出回るような大衆服とは意匠が違い真新しい、双子の服も可愛いと話題になり、ラジエラは漫画を描くことをやめて暇さえあれば服作りに精を出し小銭を稼いでいる。買った画材は無駄になっておらず、デザイン起こしに使っているようである。
「ほー」
一瞬だけ商人らしい微笑を浮かべたが、すぐにかき消えてしまったことを、ルシフェルは見逃さなかった。
睨みはしないが冷たい目を向ける彼に気付いたモニクは話を変える。
言葉巧みに組みほぐしていくつもりで話を繋ぐそれは、取りつく島も与えない彼の態度と服の価値を見出した彼女との根競べに発展した。
無論、ラジエラ次第だが、組みほぐすことをせずに商談にもっていけば、彼はこんな態度にならなかった。つまり、悪手だったわけだ。
モニクが躍起になる以外に問題は起こらず、獣魔も盗賊も会敵することもなく、一日の行程を終えた。獣魔に関しては、アイスボルフを警戒して一定以上近づいてこなかったのが原因である。
夜間警戒中に一人のお抱え護衛に声をかけられてから、ルシフェルのところに三人が集まってきた。
話はもっぱら旅の道具に関することである。
「どうやったらあんなに早く天幕を張れるんだ?」
そう聞いてきたのは大剣と言うほど大きくはないが両手剣にしては大きな剣を背負う前衛の剣士、名はアドルフと言う。体型の割に剣が大きく見えるので、質の良い筋肉と技量を持っているようだ。
「慣れ、と言っても答えにならないか?」
「なれ・・・」
「納得しようとするな、そんなわけあるか」
と突っ込んできたのは戦棍(メイス)と盾で戦う戦士のセザールだ。前衛の割には理論派のようで、彼はその秘密が分かっているようだ。
「あの速さは特殊もんだろが」
「そうなのか?」
「骨格が独自の物です。再現性に乏しいので頼んだ工房が二度と作らないと宣言しているので諦めてください」
天幕の骨格は金属製の細い筒を繋ぎ合わせ、中に紐が通っていると言う、彼らにとってはごく一般的な物だ。
一般人がキャンプをできるような世界ではないので、天幕は軍でしか使わない代物だ。しかし、技術提供と言う名目で入れ替えが終わった物は公開されていたその流れで、天幕に使っている技術も公開されていたのだ。
それを、神殿のお抱え工房に話をして作ってもらったわけだ。
銃の量産で詰まっているのは金属製の細い筒の製造である。ここに技術転用できそうな案があった為に、工房が技術を秘匿して今回限りの製造に止めている。
工房自ら言い出すとは思っていなかったが、武器の製造に否定的なところだったので当然と言えば当然であろう。
「よく作ってもらえたな」
セザールは詳しい事情を知らないのだ。当然の疑問である。
「子供たちの為ですから、ずいぶん積みましたよ」
「神殿付きは違うな・・・」
それこそ、初めは双子の為の天幕だったので、ラジエラやイネスが入って寝ることは想定しておらず、試作では子供用の相応の大きさだった。しかし、強度や作成難度の影響で、結局大人三人が寝ることができるところまで大きくなった。
その分高さも出たので、着替え等の心配をしなくてよくなったのは光明と言えるだろう。
「いってもそうか、女の子だもんな」
「訳合って預かってもいますからね」
「養子かー、そりゃ気も使うわ」
「養子抱えて旅団?」
少し考えるとその異常性は分かるだろう。セザールは逃がしてくれないらしい。
傭兵が孤児院から子供を引き取る事例はある。しかし、旅団は孤児院から漏れなく断られる。子供が町の外に出る可能性はどちらが高いかは、考えるまでもなく、及ぶ危険度も同様である。
「天使様の意向です。双子ですし、あの髪は染めてるわけじゃないんですよ」
「姿変えじゃないのか」
「道理で瓜二つなわけだ。天使様の意向じゃ、従うほかないな」
逃がしてもらえないおかげでカードを切る他ないルシフェルは段々と不機嫌になっていく。なったところでこの二人は傭兵ではないので、傭兵の原則を言っても通用しない上に、傭兵上がりではないので、どうしようもないのだが。
「だったら、何で染めないんだ?目立つだろ。それも天使様の意向か?」
「双子の事情が濃すぎて手を出し切れないんですよ。天使様の意向はつまり、天使様が連れてきて託されたということです。下手なことをして双子に何かあるくらいなら、旅団活動をして意向を全うすることに努めたほうが建設的だろうと、そういうわけです」
「あんたら、他人の事情に首を突っ込みすぎだよ?傭兵の三原則は教えてるだろう」
モニクの一喝により、ルシフェルは解放された訳だが、依然として不機嫌なままだった。
ギャロワ商会のモニク・ギャロワと言う依頼主に聞かれて双子が答えた。精霊の里は山間部にあり、聖国は内陸国なので、絵本で知っているだけだから憧れているわけだ。
モニクは物流王ジルベール・ギャロワの長女で、目下商会を継ぐために商隊を率いて勉強中の身である。
ジルベール・ギャロワは独自の荷車と梱包によって品物に傷をつけずに運ぶため、各国の特産品を取り扱うことを得意とし、王侯貴族と親しくできる話術で商会を大きくし続けた。アウストリム大陸にある十ヶ国の主要都市すべてに支店を持つに至り、物流王と言われた。
彼にかかれば手に張らない品物はないとまで称され、異常気象の続く現在でもその地位は揺らいでいない。
「海かぁ、そうだなぁ。海辺に住んでなきゃ一生見ないもんなぁ」
この世界では、傭兵になって旅団活動や商隊護衛をするか、商人になって海へ販路を拡大するか、貴族でもよほど財政が潤ってない限り、海に面する国家であっても、生まれた場所によっては死ぬまで海を見ることはない。
女性だが男勝りの口調で商魂たくましい面もあり、貴族が相手でなければ基本的に裏表はなく痛快な性格をしている。顔合わせの時も怪訝な顔をするルシフェルに、『噂を聞いてなければ気にも留めない』と言い切るくらいだ。
だからと言って下に見ていると言うわけではなく、きちんと対等な立場として接してくる。
「モニク、荷積みの確認終わったよ」
「あいよー。じゃ、しばらくの間よろしくな、おチビちゃんたち」
「「よろしくお願いします」」
聞けば三人の子持ちのようで、子供の扱いには慣れているそうだ。
一番上の男の子がついてきているようで、双子より三つ年上の十一歳だ。長男なので例にもれず面倒見がよく、同い年の妹がいるのですぐに仲良くなって遊び相手になってくれている。
最近の双子は年が近いほど警戒することはなく、セレに至っては持ち前の好奇心ですぐに仲良くなり、つられてイムも仲良くなることが多い。
同じ年の子がいるのでわかるのだが、こうして比べてみると双子は小さい。一昨年と昨年の伸びと比較し、露骨に伸びていないので成長期を抜けていると考えている。となれば次は二次性徴なので、ルシフェルの心労は尽きない。
「じゃ、ユンカースさん、打ち合わせの通りよろしくな」
「こちらこそ」
荷車は全部で五つ、先頭の一つはモニクと息子のパトリス、お抱え護衛の子供たちが乗っている。ルシフェル達は、その先頭の護衛である。
独自の荷車はギャロワ商会と契約を結んだ工房かお抱えの工房以外では再現できない唯一品である。荷物を傷つけない設計は人を運ぶことにも応用し、酔わない車として人気が高い。その為、福利として子供の同行が安易に行えるのだ。傭兵を続けたい人にとっては、ギャロワ照会のお抱え護衛は憧れであったりする。
護衛が荷馬車に乗ることはできないが、物流王が開拓した経路は比較的安全で安定収入になるのも大きいだろう。
どれくらい安定かというと、荷台から顔を出すモニクや、御者と談笑したところで咎められることはない。また、馬の獣魔の中では決して早いとは言えないが、随一の馬力を誇るスヴァジルファリに荷車を引かせていることからもわかる。
だからなのか、モニクはイネスに声をかけている。
「夫婦、なんだって?」
「少し違いますね、婚約して一年経っておりません」
「ありゃ、そうだったのかい?これは早とちりだったね」
悪い悪いと謝ってはいるが、顔は笑っている。
めでたいことにつながるような間違いでは、基本的に本気で謝ってはいけない。めでたいことは幸せにつながることが多い。その為、お裾分けと言う意味で笑って流し、笑って流されたら笑って返すことが慣例となっている。
「そういやぁ、あんた、第二聖女様によく似てるって言われないかい?」
「ええ、名も同じなのでよく間違えられて困っています」
「そうだったのかい?なんていうんだい?」
「ただのイネスです」
貴族の私生児なので、当然本家の姓を名乗ることはできない。グーティメルと言う姓は聖女になってからアージェ教の上層部が必要と判断して与えたもなので、辞した証として姓も返上した。平民としては姓を持っていないことが多いので、新たに姓を考えるようなことはしなかった。
また、ルシフェルが姓を名乗って活動しているので、将来的に問題にならないよう姓はないものとして考えているわけだ。子供たちの教育が終われば、ルシフェルとラジエラの勉強も終わりと言うわけではないわけで。さらに言うと、実は同性同名のそっくりさんがいるので便乗していると言うのもある。
「まぁ、確かに名が同じだねぇ、年も近いようだしずいぶん苦労しただろ」
「はい」
この話は他の護衛に対する威嚇である。子供たち経由で伝わるように、近い護衛に対してもあえて聞こえるように話している。
モニクとしても、行程を滞りなく進める為に必要ではあったが、それ以上に恩を売っておきたいのである。勉強中と言えど商会を継ぐ商人、自身の情報網からルシフェル達の正体に気付いているのである。
「まぁ、聖女様がそんな服を着るわけないから、普通は気付くだろうね」
今までそれが普通だったので意識すらしたことがなかった。過去にはドレスを着た聖女があり得ないほどの痛烈な批判を浴びている。
しかし、ラジエラに指摘されてからは姿鏡を見るのが嫌になるほどの衝撃を受けた。たった一言、『イネスって、ずいぶん痩せてたんだね』と言われただけだったのだが。
始めは貴族の女性が着る服は、性の強調性にはしたないと思っていた。しかしどうだろう、自身が着ている服は、太った貴族女性が体型を隠すために着る服と同じではないか。それだけ自分の胸が大きかったのである。
それで今は、ラジエラが作った服を着ているのだ。これまで培われたはしたないと言う意識はそう簡単に抜けないので、一着目ができるまでは相当な時間を要した。できてしまえば次から次へとできていき、聖女をやめてからの服に困ってはいない。
「あまり見ない意匠だが、誰が作ったんだい?」
「マリです」
組合の者や組合で顔を合わせる傭兵には彼女が元聖女であることは知られている。ただ、傭兵には過去について、探らない、言わない、聞かないが三原則である習わしがある。その為、組合を利用する者以外に広く知られていると言うわけではない。
また、組合から秘匿するよう各傭兵、傭兵団、依頼主にも話がされており、今回ばかりは対象が対象なので全員口を噤んでいる状態だ。これは聖国支部だけに留まっていない。
とは言え、知っている者は彼女の着る服に興味津々で、しかも、一般に出回るような大衆服とは意匠が違い真新しい、双子の服も可愛いと話題になり、ラジエラは漫画を描くことをやめて暇さえあれば服作りに精を出し小銭を稼いでいる。買った画材は無駄になっておらず、デザイン起こしに使っているようである。
「ほー」
一瞬だけ商人らしい微笑を浮かべたが、すぐにかき消えてしまったことを、ルシフェルは見逃さなかった。
睨みはしないが冷たい目を向ける彼に気付いたモニクは話を変える。
言葉巧みに組みほぐしていくつもりで話を繋ぐそれは、取りつく島も与えない彼の態度と服の価値を見出した彼女との根競べに発展した。
無論、ラジエラ次第だが、組みほぐすことをせずに商談にもっていけば、彼はこんな態度にならなかった。つまり、悪手だったわけだ。
モニクが躍起になる以外に問題は起こらず、獣魔も盗賊も会敵することもなく、一日の行程を終えた。獣魔に関しては、アイスボルフを警戒して一定以上近づいてこなかったのが原因である。
夜間警戒中に一人のお抱え護衛に声をかけられてから、ルシフェルのところに三人が集まってきた。
話はもっぱら旅の道具に関することである。
「どうやったらあんなに早く天幕を張れるんだ?」
そう聞いてきたのは大剣と言うほど大きくはないが両手剣にしては大きな剣を背負う前衛の剣士、名はアドルフと言う。体型の割に剣が大きく見えるので、質の良い筋肉と技量を持っているようだ。
「慣れ、と言っても答えにならないか?」
「なれ・・・」
「納得しようとするな、そんなわけあるか」
と突っ込んできたのは戦棍(メイス)と盾で戦う戦士のセザールだ。前衛の割には理論派のようで、彼はその秘密が分かっているようだ。
「あの速さは特殊もんだろが」
「そうなのか?」
「骨格が独自の物です。再現性に乏しいので頼んだ工房が二度と作らないと宣言しているので諦めてください」
天幕の骨格は金属製の細い筒を繋ぎ合わせ、中に紐が通っていると言う、彼らにとってはごく一般的な物だ。
一般人がキャンプをできるような世界ではないので、天幕は軍でしか使わない代物だ。しかし、技術提供と言う名目で入れ替えが終わった物は公開されていたその流れで、天幕に使っている技術も公開されていたのだ。
それを、神殿のお抱え工房に話をして作ってもらったわけだ。
銃の量産で詰まっているのは金属製の細い筒の製造である。ここに技術転用できそうな案があった為に、工房が技術を秘匿して今回限りの製造に止めている。
工房自ら言い出すとは思っていなかったが、武器の製造に否定的なところだったので当然と言えば当然であろう。
「よく作ってもらえたな」
セザールは詳しい事情を知らないのだ。当然の疑問である。
「子供たちの為ですから、ずいぶん積みましたよ」
「神殿付きは違うな・・・」
それこそ、初めは双子の為の天幕だったので、ラジエラやイネスが入って寝ることは想定しておらず、試作では子供用の相応の大きさだった。しかし、強度や作成難度の影響で、結局大人三人が寝ることができるところまで大きくなった。
その分高さも出たので、着替え等の心配をしなくてよくなったのは光明と言えるだろう。
「いってもそうか、女の子だもんな」
「訳合って預かってもいますからね」
「養子かー、そりゃ気も使うわ」
「養子抱えて旅団?」
少し考えるとその異常性は分かるだろう。セザールは逃がしてくれないらしい。
傭兵が孤児院から子供を引き取る事例はある。しかし、旅団は孤児院から漏れなく断られる。子供が町の外に出る可能性はどちらが高いかは、考えるまでもなく、及ぶ危険度も同様である。
「天使様の意向です。双子ですし、あの髪は染めてるわけじゃないんですよ」
「姿変えじゃないのか」
「道理で瓜二つなわけだ。天使様の意向じゃ、従うほかないな」
逃がしてもらえないおかげでカードを切る他ないルシフェルは段々と不機嫌になっていく。なったところでこの二人は傭兵ではないので、傭兵の原則を言っても通用しない上に、傭兵上がりではないので、どうしようもないのだが。
「だったら、何で染めないんだ?目立つだろ。それも天使様の意向か?」
「双子の事情が濃すぎて手を出し切れないんですよ。天使様の意向はつまり、天使様が連れてきて託されたということです。下手なことをして双子に何かあるくらいなら、旅団活動をして意向を全うすることに努めたほうが建設的だろうと、そういうわけです」
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