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第九章 悪意
二節 天然の動物園
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「お兄ちゃん、あそこー」
「流氷の上、なんかいるよー」
双子が指さす先、確かに流氷の上に何かがいる。
サルミン侯爵領から四日かけてペシュコヴァ伯爵領にやってきたわけだが、侯爵領の教会から神殿に問い合わせを行ったおかげか、これと言って接触してくるような影も、監視するような影もなかった。
威力行為に対抗するなら威力行為に限る。
「グローサハイツィーナディヒトン(大牙アザラシ)の子供だな」
子供だと言ったのは、まだ背中側に白い毛が混ざっており、牙もまだ大きくないからである。グローサハイツィーナディヒトンはおなかが白く、それ以外は灰色の体毛を持っており、牙が大きく発達している特徴がある。
双眼鏡を渡してあげると必死で覗き込んでいる。
港が溶けたという情報は間違っておらず、漁を行う船が出入りし、商船が一隻停泊している。
「ディヒトンの子供は珍しいね」
「そうなのですか?」
「子供は今だけだからな」
ようやく双眼鏡で見ることができたのか、可愛いと言ってはしゃいでいる。イネスも初めて見るのか、双眼鏡を覗き込んだままである。
ちなみに、この時期のディヒトンは狩りが禁止されている。親ディヒトンの気性が荒く、名の由来通り、大きな牙を持っており、刺さると海に引きずり込まれて溺死する可能性が高くなるからである。
また、絶滅させて生態系が変わり、大変な目に合った国が存在し、子供がいる時期の獣魔は狩りが禁止になっている。襲われた場合は話が違うものの、密漁を防ぐ為に肉や皮の売買も禁止されている。
二本の大きな牙、と言う点でバルロス|(セイウチ)と間違えられがちだが、牙の向きが逆で、体の大きさが違い、子供の体色が違う。
「「おっきいのが海から出てきた」」
「あの子の親だな。魚咥えてるだろ」
「「うん。あ、魚あげたー」」
ディヒトンの子育てが見られるのは芽月の上旬から下旬まで、急いだからと言って必ず見られると言うわけでもないのだが、運がよくて何よりである。
ゲシュプレンケーツアイスビア(まだら白熊)がけだるそうに流氷の上で顎を擦り付けながら移動する光景を見て、双子が何か言おうとしたところで海の中に落っこちると言う、これまた珍しい光景が起きた。周りにいた人たちも巻き込んでゲラゲラと笑った。
「ひー、ひっひっひ、あんたら運がいいぜ」
「十年に一度見れるかどうかだかんな。はらいてぇ」
一緒に笑った地元の傭兵がそんな風に声をかけてきた。彼らは漁師の護衛が終わり何もすることがないと、ルシフェル達と同じように海を眺めていたのだった。
双子は声をかけられたことで現実に引き戻されたように、イムがルシフェルの後ろに隠れ、セレはラジエラと手をつないだ。
そんな様子にイネスはあらあらとほほ笑んでいる。イムは一瞬イネスの後ろに行ったのだが、妊娠を気遣ったのかすぐにルシフェルの後ろに移動した。
「人見知りか?」
「ええ」
特にイムの様子を見て、なのだろう。片方は苦笑し、片方は少し肩を落としている。
「じゃ、仕方ねーな」
苦笑した方が肩を落とした方を茶化すように肩に腕を乗せている。
話を聞くと、肩を落とした方は子供の面倒見がよく、地元では子供達の人気者らしい。孤児院の出で、出身の孤児院で魔法や剣を教え、さらに獣魔の肉を分けているそう。代わりに食事を作ってもらい、子供たちの相手をしているらしい。
肩を落とした方はアズレト、苦笑した方はトロフィムと言う。
二人とも教会付きの傭兵で、牽制の為にルシフェル達に声をかけたのだ。また、傭兵をやって相応の恰好をしているが、司祭クラスの修道士、牧師である。
その為、中央である神殿からの通達を知っている。
イネスはそんな二人が付けている司祭の腕輪に気付いて、双子にアージェ教の人だから大丈夫と伝えた。それで警戒心がほぐれたのか、イムはイネスと手をつなぎ、ルシフェルの後ろから出てきた。
アズレトとトロフィムの案内で街を見て回り、その道中に明日の依頼を一緒にどうかと申し込まれたが、丁重に断りを入れた。
最後まで双子が二人に対して心を開くことはなく、イムに至ってはアズレトが屈んで声をかけても、体半分隠してしまう程だった。セレにしても、握っている手の力が強くなっていた。
傭兵の恰好と言うのは、獣魔のみならず他者を威圧する意匠が施されている。それ故、初めこそ好奇心で何とかなったのだが、見慣れてしまったのが裏目に出て怖いのである。そこにはトラウマによるものもあるだろう。
ルシフェルもラジエラもイネスも、威圧する為の意匠が施された服を着ていないので、完全に慣れることはできないのである。
一般的な意匠とは違い、貴族が着るような意匠でもない。なので、寧ろ『ああ傭兵か』と一般人からは見られている。
「怖かった?」
二人と別れてからそう聞くと、セレは少しと言い、イムは怖かったと言った。
抱っこ期間が長く、今でもしてほしいと言うぐらいなのだ。イムは人見知りどころか怖がりなのだろう。
ルシフェルと手をつなぐイムがうらやましいのか、セレが私もと言って手をつないできた。そうして旅団用の借家に帰りみんなで準備をして夕食を取った。
食後、セレはリールとニクスと遊び、イムはルシフェルに膝抱っこされて一緒に本を読んでいる。読み聞かせているわけでも、朗読させているわけでもなく、ページめくりはルシフェルに任せっきりだ。
食器を洗い終えたイネスがラジエラと合流し、服作りにいそしむ。
イムが膝抱っこされていること以外はこれがいつもの光景である。いつものイムはと言うと、セレと一緒に遊ぶか服作りの手伝いをするか、である。
イネスが妊娠したことで、今までのままとはいかず型から作り直しの為に服作りは忙しい。双子の成長速度が鈍化したことも相まって、双子の服作りを後回しにしたら興味を失ってしまい、気が向かなければ手伝いはしない。
本来ならそうはいかないのだが、双子の今後に中途半端な優しさは必要ないので、自分から言わない限りは、あえて手伝わせるようなことはしていない。
しばらくすると、ラジエラが双子に声をかけてお風呂に入らせた。
ゼレンツカヤ王国に来てから難儀したのがお風呂の文化である。今回借りた家には浴槽があるので、お風呂にだけ目を向ければ困っていない。しかし、王国はお風呂と言うより湯浴み文化なので、浴槽のある家は少ない。
旅団用の借家は外国からの傭兵に借りてもらうので、浴槽はあったり、なかったりだ。
お風呂、つまり、湯船につかると言う文化は、宗教ベースの文化と言う側面があり、身を清めて明日に備えると言う聖国の文化である。
王国は大陸の北側にあるので、平均気温が低い。その為、湯冷めを嫌ってお風呂と言う文化は根付いていない。身を清めると言う意味よりも、臭くなるからと言う理由で湯浴み文化がある。
ルシフェルとラジエラは常冬の国の生まれだが、王国とは考え方が違い、その日に失った熱量を補充する意味でお風呂文化がある。また、気候に合わせた家づくりになっているので、湯冷めはあまり問題にならなかったのである。
習慣がこなせなくなるのは旅団活動をする上で覚悟しておくべきことだが、これを驚くほど双子が嫌がった。
高いほど残る。これは旅団用の借家とて例外ではない。
嫌がる双子を我慢させるか悩んだ末、高い家を借りたのだった。懐が痛むので、依頼の量を増やして高さを相殺する他ない。今日は来たばかりなのでゆっくり過ごすのだが、明日からは毎日仕事だ。
「お兄ちゃん!」
「おっと」
お風呂上がりのイムがルシフェル膝にぴょんっと乗っかってきた。石鹸のいいにおいがする。
「あー、髪乾かしてないなー」
怒ることでもないのでごく軽く咎める。
そういえば、双子をまともに、怒鳴りつけるように怒ったことがない。事情が事情なので、双子も大それたことをし辛かったのだ。それに、そうなる前に理由を含めてダメと教えているので、なんとなくわかるのかもしれない。
紅い髪が水分できらきらとしている。
いつもは乾かしてから来るので、わざとである。もしかしたら、どこまでなら大丈夫か試しているのかもしれない。
「お兄ちゃん、やって?」
「はい、はい。甘えん坊さんのお嬢さんにはこうだ!」
「キャー」
髪をくしゃくしゃにするように両手で頭を撫でまわすと楽しそうにはしゃぐ。やめると頭を後ろに倒して見上げにっこりと笑った。
髪を梳きながら魔法で乾燥させていると、セレが大きな声を上げた。
「あー、イムちゃんずるーいー、私もー」
「はい、はい、終わったらセレちゃんね」
「やったー!」
ルシフェルと双子のそんなやり取りを見ながら、イネスはお腹をさすった。その顔には微笑みが浮かんでいる。
「元気に生まれてきてくれるといいね」
「はい、この子の為に頑張ります」
つわりがひどくつらい。疲れやすい。
しかし、夫がこうして見せてくれる面倒見の良さ、目を合わせると必ず見せてくれる笑顔は、つわりや疲れから来る感傷を吹き飛ばしてくれる。
「お兄ちゃんは理想の人だった?」
「いいえ」
ラジエラはイネスの否定に思わず驚いてしまった。
「・・・え?」
「ああ、いえ、政略結婚、もしくは未婚のままとばかり思っておりましたし、結婚後のことなどの話もあまり聞かなかったので、理想がありませんでした」
「本とかには影響されなかったの?」
「それはそれ、これはこれ、と言えばよろしいでしょうか」
つまり、現実主義だったということである。イネスの場合、本は誇張して書かれるもの、と言う意識が先行してある為、楽しむことはできるが、感情移入をすることはなかった。
ただ、実体験してみて、本に書かれていることも馬鹿にはできないなと思い直している。
胸が高鳴る自分がいたし、二人きりになれば無意識のうちにルシフェルの腕を抱いている自分がいるのだ。それが創作だとしても、あながち間違いではないと思うわけだ。
「これから先は、小説を読むようなことはしないでしょうね」
「どうして?」
「一番でいてほしいからです」
あまりののろけにラジエラは呆れてしまった。
ただ、自分がそうならない保証はない。また、兄として他に考えられない彼に、このまま一番でいてほしいと言う願望があるので指摘はしなかった。
この願望で苦労することになるのだが、それは先のお話である。
「流氷の上、なんかいるよー」
双子が指さす先、確かに流氷の上に何かがいる。
サルミン侯爵領から四日かけてペシュコヴァ伯爵領にやってきたわけだが、侯爵領の教会から神殿に問い合わせを行ったおかげか、これと言って接触してくるような影も、監視するような影もなかった。
威力行為に対抗するなら威力行為に限る。
「グローサハイツィーナディヒトン(大牙アザラシ)の子供だな」
子供だと言ったのは、まだ背中側に白い毛が混ざっており、牙もまだ大きくないからである。グローサハイツィーナディヒトンはおなかが白く、それ以外は灰色の体毛を持っており、牙が大きく発達している特徴がある。
双眼鏡を渡してあげると必死で覗き込んでいる。
港が溶けたという情報は間違っておらず、漁を行う船が出入りし、商船が一隻停泊している。
「ディヒトンの子供は珍しいね」
「そうなのですか?」
「子供は今だけだからな」
ようやく双眼鏡で見ることができたのか、可愛いと言ってはしゃいでいる。イネスも初めて見るのか、双眼鏡を覗き込んだままである。
ちなみに、この時期のディヒトンは狩りが禁止されている。親ディヒトンの気性が荒く、名の由来通り、大きな牙を持っており、刺さると海に引きずり込まれて溺死する可能性が高くなるからである。
また、絶滅させて生態系が変わり、大変な目に合った国が存在し、子供がいる時期の獣魔は狩りが禁止になっている。襲われた場合は話が違うものの、密漁を防ぐ為に肉や皮の売買も禁止されている。
二本の大きな牙、と言う点でバルロス|(セイウチ)と間違えられがちだが、牙の向きが逆で、体の大きさが違い、子供の体色が違う。
「「おっきいのが海から出てきた」」
「あの子の親だな。魚咥えてるだろ」
「「うん。あ、魚あげたー」」
ディヒトンの子育てが見られるのは芽月の上旬から下旬まで、急いだからと言って必ず見られると言うわけでもないのだが、運がよくて何よりである。
ゲシュプレンケーツアイスビア(まだら白熊)がけだるそうに流氷の上で顎を擦り付けながら移動する光景を見て、双子が何か言おうとしたところで海の中に落っこちると言う、これまた珍しい光景が起きた。周りにいた人たちも巻き込んでゲラゲラと笑った。
「ひー、ひっひっひ、あんたら運がいいぜ」
「十年に一度見れるかどうかだかんな。はらいてぇ」
一緒に笑った地元の傭兵がそんな風に声をかけてきた。彼らは漁師の護衛が終わり何もすることがないと、ルシフェル達と同じように海を眺めていたのだった。
双子は声をかけられたことで現実に引き戻されたように、イムがルシフェルの後ろに隠れ、セレはラジエラと手をつないだ。
そんな様子にイネスはあらあらとほほ笑んでいる。イムは一瞬イネスの後ろに行ったのだが、妊娠を気遣ったのかすぐにルシフェルの後ろに移動した。
「人見知りか?」
「ええ」
特にイムの様子を見て、なのだろう。片方は苦笑し、片方は少し肩を落としている。
「じゃ、仕方ねーな」
苦笑した方が肩を落とした方を茶化すように肩に腕を乗せている。
話を聞くと、肩を落とした方は子供の面倒見がよく、地元では子供達の人気者らしい。孤児院の出で、出身の孤児院で魔法や剣を教え、さらに獣魔の肉を分けているそう。代わりに食事を作ってもらい、子供たちの相手をしているらしい。
肩を落とした方はアズレト、苦笑した方はトロフィムと言う。
二人とも教会付きの傭兵で、牽制の為にルシフェル達に声をかけたのだ。また、傭兵をやって相応の恰好をしているが、司祭クラスの修道士、牧師である。
その為、中央である神殿からの通達を知っている。
イネスはそんな二人が付けている司祭の腕輪に気付いて、双子にアージェ教の人だから大丈夫と伝えた。それで警戒心がほぐれたのか、イムはイネスと手をつなぎ、ルシフェルの後ろから出てきた。
アズレトとトロフィムの案内で街を見て回り、その道中に明日の依頼を一緒にどうかと申し込まれたが、丁重に断りを入れた。
最後まで双子が二人に対して心を開くことはなく、イムに至ってはアズレトが屈んで声をかけても、体半分隠してしまう程だった。セレにしても、握っている手の力が強くなっていた。
傭兵の恰好と言うのは、獣魔のみならず他者を威圧する意匠が施されている。それ故、初めこそ好奇心で何とかなったのだが、見慣れてしまったのが裏目に出て怖いのである。そこにはトラウマによるものもあるだろう。
ルシフェルもラジエラもイネスも、威圧する為の意匠が施された服を着ていないので、完全に慣れることはできないのである。
一般的な意匠とは違い、貴族が着るような意匠でもない。なので、寧ろ『ああ傭兵か』と一般人からは見られている。
「怖かった?」
二人と別れてからそう聞くと、セレは少しと言い、イムは怖かったと言った。
抱っこ期間が長く、今でもしてほしいと言うぐらいなのだ。イムは人見知りどころか怖がりなのだろう。
ルシフェルと手をつなぐイムがうらやましいのか、セレが私もと言って手をつないできた。そうして旅団用の借家に帰りみんなで準備をして夕食を取った。
食後、セレはリールとニクスと遊び、イムはルシフェルに膝抱っこされて一緒に本を読んでいる。読み聞かせているわけでも、朗読させているわけでもなく、ページめくりはルシフェルに任せっきりだ。
食器を洗い終えたイネスがラジエラと合流し、服作りにいそしむ。
イムが膝抱っこされていること以外はこれがいつもの光景である。いつものイムはと言うと、セレと一緒に遊ぶか服作りの手伝いをするか、である。
イネスが妊娠したことで、今までのままとはいかず型から作り直しの為に服作りは忙しい。双子の成長速度が鈍化したことも相まって、双子の服作りを後回しにしたら興味を失ってしまい、気が向かなければ手伝いはしない。
本来ならそうはいかないのだが、双子の今後に中途半端な優しさは必要ないので、自分から言わない限りは、あえて手伝わせるようなことはしていない。
しばらくすると、ラジエラが双子に声をかけてお風呂に入らせた。
ゼレンツカヤ王国に来てから難儀したのがお風呂の文化である。今回借りた家には浴槽があるので、お風呂にだけ目を向ければ困っていない。しかし、王国はお風呂と言うより湯浴み文化なので、浴槽のある家は少ない。
旅団用の借家は外国からの傭兵に借りてもらうので、浴槽はあったり、なかったりだ。
お風呂、つまり、湯船につかると言う文化は、宗教ベースの文化と言う側面があり、身を清めて明日に備えると言う聖国の文化である。
王国は大陸の北側にあるので、平均気温が低い。その為、湯冷めを嫌ってお風呂と言う文化は根付いていない。身を清めると言う意味よりも、臭くなるからと言う理由で湯浴み文化がある。
ルシフェルとラジエラは常冬の国の生まれだが、王国とは考え方が違い、その日に失った熱量を補充する意味でお風呂文化がある。また、気候に合わせた家づくりになっているので、湯冷めはあまり問題にならなかったのである。
習慣がこなせなくなるのは旅団活動をする上で覚悟しておくべきことだが、これを驚くほど双子が嫌がった。
高いほど残る。これは旅団用の借家とて例外ではない。
嫌がる双子を我慢させるか悩んだ末、高い家を借りたのだった。懐が痛むので、依頼の量を増やして高さを相殺する他ない。今日は来たばかりなのでゆっくり過ごすのだが、明日からは毎日仕事だ。
「お兄ちゃん!」
「おっと」
お風呂上がりのイムがルシフェル膝にぴょんっと乗っかってきた。石鹸のいいにおいがする。
「あー、髪乾かしてないなー」
怒ることでもないのでごく軽く咎める。
そういえば、双子をまともに、怒鳴りつけるように怒ったことがない。事情が事情なので、双子も大それたことをし辛かったのだ。それに、そうなる前に理由を含めてダメと教えているので、なんとなくわかるのかもしれない。
紅い髪が水分できらきらとしている。
いつもは乾かしてから来るので、わざとである。もしかしたら、どこまでなら大丈夫か試しているのかもしれない。
「お兄ちゃん、やって?」
「はい、はい。甘えん坊さんのお嬢さんにはこうだ!」
「キャー」
髪をくしゃくしゃにするように両手で頭を撫でまわすと楽しそうにはしゃぐ。やめると頭を後ろに倒して見上げにっこりと笑った。
髪を梳きながら魔法で乾燥させていると、セレが大きな声を上げた。
「あー、イムちゃんずるーいー、私もー」
「はい、はい、終わったらセレちゃんね」
「やったー!」
ルシフェルと双子のそんなやり取りを見ながら、イネスはお腹をさすった。その顔には微笑みが浮かんでいる。
「元気に生まれてきてくれるといいね」
「はい、この子の為に頑張ります」
つわりがひどくつらい。疲れやすい。
しかし、夫がこうして見せてくれる面倒見の良さ、目を合わせると必ず見せてくれる笑顔は、つわりや疲れから来る感傷を吹き飛ばしてくれる。
「お兄ちゃんは理想の人だった?」
「いいえ」
ラジエラはイネスの否定に思わず驚いてしまった。
「・・・え?」
「ああ、いえ、政略結婚、もしくは未婚のままとばかり思っておりましたし、結婚後のことなどの話もあまり聞かなかったので、理想がありませんでした」
「本とかには影響されなかったの?」
「それはそれ、これはこれ、と言えばよろしいでしょうか」
つまり、現実主義だったということである。イネスの場合、本は誇張して書かれるもの、と言う意識が先行してある為、楽しむことはできるが、感情移入をすることはなかった。
ただ、実体験してみて、本に書かれていることも馬鹿にはできないなと思い直している。
胸が高鳴る自分がいたし、二人きりになれば無意識のうちにルシフェルの腕を抱いている自分がいるのだ。それが創作だとしても、あながち間違いではないと思うわけだ。
「これから先は、小説を読むようなことはしないでしょうね」
「どうして?」
「一番でいてほしいからです」
あまりののろけにラジエラは呆れてしまった。
ただ、自分がそうならない保証はない。また、兄として他に考えられない彼に、このまま一番でいてほしいと言う願望があるので指摘はしなかった。
この願望で苦労することになるのだが、それは先のお話である。
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