堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第十一章 復職

四節 人殺し

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 それは突然のことだったかと言うとそうではない。

「モニク、右手の林の方に人が潜んでいるようだが」

 御者台に座るモニクに対してそう告げた。
 常時起動の索敵魔法に引っかかり、こちらの移動に合わせてついてきている人族がいるのだ。

「わかるのかい?」
「ああ、こちらの移動ついてくるのが一人、もう一人が先行するように移動したから仲間が先に潜んでいるのかもな」
「索敵魔法は便利だねぇ」

 そんなのんきなことを言いながら、その目は座っている。

「フロラン、斥候頼めるかい?」
「承知」

 足の速さを生かすのだろう、軽装のお抱え護衛が一人先行していった。
 こちらの動きを察せられないように、その歩みを止めることはしない。

「さて、何が出てくるのかね」

 そんな大人たちの緊張とは裏腹に、子供たちはクシェルつられたのか全員お昼寝をしている。
 一時間ほどしてフロランが戻り、おおよそ二十人規模の賊、シュランゲギフツ|(蛇の毒)が待ち構えていることが分かった。
 荷車を引く馬の獣魔、スヴァジルファリに矢を射かけられるのが一番困る為、魔法を使って重力壁で荷車ごと覆った。銃ならそうはいかないが、人が使う弓矢程度ならこれで十分逸らすことができる。
 数十分ほどで、やはり矢を数本射かけてきた。

「なぁ!」

 矢が逸れてしまったことで驚いたのだろうが、それで声を上げては程度が知れる。
 その動揺が賊全員に広まったことでこちらに先制のチャンスが訪れる。そしてそれを逃すほどルシフェルもお抱え護衛も甘い性格はしていない。
 声の主の後ろを取るように転移すると、風魔法をまとわせた手刀で首を刈り取った。
 転移ができる事を存分に生かして、後方から次々と命を刈り取っていく。遠距離攻撃を潰してくれると踏んだのか、お抱え護衛達は存分に得物を振るっている。
 正確には二十三人、決着はあっけなくついた。
 モニクは当然として、イネスもラジエラも呆然と眺めている事しかできなかった。
 ここまで強いとは思ってもなかったのがモニクで、人殺しの経験がないので目の前で起こっていることを理解できないのがイネスとラジエラだ。もしかすると、理解したくないのかもしれない。

「シュランゲギフツに間違いないね。最近頭角を現してきた実力派の賊だ」

 頭目と思われる男の頭を確認してモニクはそういった。
 どこの国でも賊を殺さずに捕まえるのが理想ではあるのだが、命のやり取りを仕掛けられるのは当然なので、殺したところで問題があるわけではない。
 ただ、賞金がかかっている場合は、殺してしまうと満額もらえない。

「こいつらのほとんどが賞金首だ。皇国で申請すりゃ報奨金も多少出るだろうよ」

 傭兵が傭兵と言われる所以、それは賞金稼ぎが本来の生業だからである。なので、狩りや採取は副業でしかない。
 討伐証明として首を樽に詰めて塩漬けに、首から下の遺体はすべて埋葬してしまった。
 その間、相当辛かったのはラジエラだ。覚悟はしていたので弱音も文句も吐くようなことはせず、顔をしかめながらも粛々と作業を進めていた。
 元聖職者のイネスはこれが必要なことだったのか考えてはいるようだが、それ自体が辛いと言うわけでもないらしく粛々と作業を進め、最後には祈りをささげたのだった。

「さすがだねぇ」

 祈りをささげるイネスを見てモニクはそういった。

「いけませんでしたか?」
「いいや、でも、そんなことするほどの者たちなのかねぇ」

 これが賊に対する一般人の考え方である。

「次に生を受けた時に、このようなことをしないように祈っただけです」

 そう言うイネスは半分本音で半分建前でしかない。
 アージェ教において、死とは、与えるものでもなければ、与えられるものでもないとしている。死したものには平等に祈りを捧げるべきであろうともしている。
 また、魂は天に召されて浄化され、次なる生となると言う輪廻転生も説かれている。
 撃退でよかったはず、いずれ心を入れ替えたのかもしれない、輪廻転生において次の生にて正義の下に幸せを。
 これがイネスの本音だ。

「だからさすがなんだよ。被害を受けている身としてはどうしても許しきれなくてね」
「私とて同じです。また同じように襲ってきたら、そしてクシェルに何かあると思うと。子供の存在は偉大です」
「母親になって初めて分かった、ってところかい?」
「恥ずかしながら」

 御者が提供した濡れた手拭いで返り血を拭きながら、遠目にイネスとモニクの様子をルシフェルは見ていた。

「どれだけ温室にいたのかよく分かった」

 ラジエラは顔を真っ青にしてルシフェルにそう言った。自覚できたのならそれでよしである。

「お兄ちゃんは何も思わないの?」
「逆だ。思うからできるんだよ。双子も、クシェルも、イネスも、そしてお前も。何かあるぐらいなら先に潰してやるとね。意思を見せるなら、と言う条件付きになるがな」
「・・・」

 納得がいっていないのは庇護する側としての意識がまだ薄いか、先制防御をどこまで許すのか、ルシフェルとラジエラに乖離があるかだ。
 天では法があったから殺気をぶつけて無力化するに止めた。また、守る者の数は変わらないが、今回は味方が少なく敵が多かった。

「一見、先制防御としてはやりすぎに見えるだろう。だが、ここでやっておけば襲われる数は確実に減っていく。そうだろ?モニク」

 ルシフェルはモニクが寄ってきていることが分かっていて声をかけた。

「それは間違いないね。こうした虐殺に近いような皆殺しは相当な威圧にもなるからね。あそこはやばいと思わせると、それだけ襲われる可能性は減るよ」
「・・・」
「そうさね、確かに奴らは何も言わずに仕掛けてきた。仕掛けてきた理由が何であれ、私らにとって商材は命に等しいのさ。蓄えがないとは言わないが、いつまでも書類を赤く染めてはいられないよ」

 モニクが説教してくれるようだ。ルシフェルに恩を売りたいだけだろうが。

「人材だって同じさね。怪我し続ければいつか死ぬんだ。お前さんも含め、お前さんらが持ってる価値は計り知れないんだよ。それとも、双子ちゃんはまた奴隷に落ちなきゃならないのかい?」

 モニクの最後の言葉に対して、ラジエラは首を横に振った。
 破格の戦力を持っていたとしても、いつかは綻びと隙が生まれるものなのだ。天使とは言え、子供を預けると言う判断は相当な苦悩が伴う。それに応えることも必要なのだ。

「大義名分があるとは言え、人は殺しちゃいけない。それは間違いないことさね。しかしね、それが通用するのは同じ法の下に遵守している者同士にしか当てはまらないんだよ。何もせず黙ってやられるなんて、一見それは素晴らしくも美しいものさ」

 人殺しは悪だと断じてしまうことは簡単だ。だから自分はそれをしないと言うのも。

「でもね、私から言わせればそれは命を軽く見ているのと同じに見えんだよ」

 じゃぁ、自分の命は奪われていいのかと言えばそれは違うと言いたいのだ。

「だいたい、例えどんな生物だろうと他の命を奪って生きているんだ。それを人族と言う理由で奪えないなんて虫のいい話なのさ。相応の報いはあってしかるべきなのさ」

 割と商人らしい考え方だ。等価交換が最低条件である彼らにとって、それは命も同じなのだ。

「「お兄ちゃん」」
「おっと」

 抱き着いてきた双子を受け止めたルシフェルは驚いてしまった。見上げてきた双子の顔はまさに正反対と言ったところだ。

「強い、すごい、どうやったの?」

 と目を輝かせるセレだが、

「・・・」

 無言で瞳を潤ませ、少し震えているのがイムである。

「今度教えてあげるね」
「やったー」

 それで離れて喜ぶセレであるが、イムは離れようとしない。

「どうしたの?イムちゃん」

 ルシフェルが少し心配そうに声をかけると、イムの様子にようやく気付いたのか、セレも心配そうに声をかける。

「ううん、何でもない」

 ようやく離れてそう言った。
 何でもない訳がないのだが、本人が話してくれないのであれば深くは追求しない。

「イムにも教えてね」
「もちろん」

 イムは空元気を作ると返事を聞いてからセレと一緒に荷車へと戻った。
 入れ違いになるように、今度はクシェルを抱いてイネスが傍に寄ってきた。外で起こっていることを荷車から見ていたようだが、結局泣くこともせず、今も「ぱーぱ」と言って撫でられると喜んでいる。
 一歳と少しの子供がどこまで把握しているか、なんて知れたものなのだ。

「さ、そろそろ行くよ」

 外は明るい昼過ぎの出来事、モニクの一声がかかるのも当然だ。
 一悶着ありはしたものの、この日は野営ではなく宿場町で一晩過ごすことになった。
 割り当てられた部屋が大部屋であることは仕方のないことだが、ルシフェル達だけで過ごせると言うのはありがたかった。因みに、ギャロワ商会員は男女別の大部屋である。
 宿の大浴場は一時間毎に男女交代で入ることになっている。その為、早々に風呂を済ませたルシフェルは、一人部屋で皆を待っていた。

「お兄ちゃん!」

 最近では長風呂になりつつあったはずのイムが一番に帰ってきて膝に乗っかってきた。

「あー、また髪乾かしてないなー」
「だって、お兄ちゃんにやってほしいんだもん!」

 溜息ながらに我儘娘の髪をくしけずるように乾かす。
 いつまで子供気分でいるんだと言いたいところだが、ここは飲み込むことにした。

「下着は慣れた?」
「うん、慣れたよー」
「きつくなったらすぐマリに言うんだよ?」
「うん!」

 十二歳の子にしては身長も相まって大きい方だ。何なら同時期のラジエラよりも大きい。このようでは月物も近いだろう。
 ずいぶん上機嫌なところに水を差すのも憚られるのだが、昼間のことについて話すことにした。

「先に一人で帰ってくるなんて珍しいね」
「うん・・・」

 イムは暗い返事をした。

「昼間もあんまり元気なかったよね?何か関係ある?」
「・・・ある」

 乾かし終わると、螺鈿の髪飾りを受け取ってつけてあげると、しっかり抱いてあげる。そうすると抱く手に自分の手を当てて来た。

「どう関係があるか話せる?」
「・・・うん、あのね、人ってあんなに簡単に死ぬんだって思ったらね、怖くなったの。セレもね、マリお姉ちゃんもね、イネスお姉ちゃんもね、お兄ちゃんもあんな簡単に死んじゃうの?」
「そうだよ」

 察知できずに不意を突かれて首を横から両断されれば普通に死ぬ。それが何であろうと人族の首を両断する切断力があれば天使も耐えられはしない。
 天使だから特別なのは、単に一対以上の翼があって膨大な魔力量があると言うだけの話だ。

「やなの、一緒にいたいの、ずっと一緒がいいの」

 そう言ってしくしくと泣き出してしまった。
 横座りをさせて耳を胸に当てさせて、心臓の音を聞かせつつ、しっかりと抱きしめてあげる。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんは強いから」
「強いのは知ってるもん・・・」
「信じられない?」
「信じてるよ・・・でも、怖い」

 ぎゅっと服を握りしめるが泣き止みはしない。
 おそらく、弱さを知らないからこうなってしまうのだろうと思う。直感的に強いということが分かっていても、相手がどのくらいのなのか、あるいは今まで強さの比較ができなかったから、ルシフェルが想定している以上に怖さを感じているのだ。

「もっと強いところを見せなきゃいけないね。そう簡単にはやられないんだってところをね」
「見たい」
「じゃ、その内見せてあげる。お兄ちゃんの心臓の音は聞こえる?」
「聞こえるよ。なんか安心する」
「心臓の音が止まらない限りは死なないからね。だから、大丈夫」
「うん」

 少しだけ明るい返事をした。

「あー、また甘えんぼさんしてるー」

 元気なセレの声が響き、イムは顔を服にうずめてしまった。
 イムはこれでいいが、セレは大丈夫なのか。一抹の不安がよぎったのだが、話を聞いたらあっけらかんとこう返された。

「お兄ちゃんを負かす人なんているの?」

 杞憂だったようである。
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