堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第十二章 変化

二節 根負け

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 傭兵の格付けを白金級に上げたことで変わった事の実感はあまりない。
 これまで借家を借りていたのが、ギャロワ商会直営の宿を無料で借りられるようになったことぐらいである。
 所詮は宿なので、借家のような一軒家特有のプライベート感は薄いのだが、風呂トイレ付きの旅団向けなのである意味では快適だろう。朝食夕食は半額で、クシェルの分以外は自炊しなくなったが、それで食費今までどおりだ。
 それで出てきた問題と言えば、案の定、双子の舌の問題である。
 おいしくない訳ではないのだが、種類が少ないので二十日も経つと飽きが出始めた。
 ミカエラと話を通すと、服と同じで料理ぐらいならと言う回答が出て、ギャロワ商会に持っているレシピを売ることになった。
 結果、直営の宿と飲食店の評判は鰻上りとなって、モニクが飛んで喜ぶことになった。

「これで服を売ってくれれば完璧なんだがねぇ」

 まだ諦めてなかったのかと悪態を飲み込んだルシフェルは、レシピの使用料を直しこんだ。
 売り切りだと初期費用がかさむ問題があり、定期売買方式で契約を結んでいる。レシピによる売り上げの二割を、レシピの月間売り上げを提示した上で受け取る方式だ。
 継続的な収入にしたいのでルシフェルが大きく吹っ掛けたと言うのもあるのだが。
 今月分は時期が時期だったので十日分、ギャロワ商会の独占かつクルノフ皇国でしか提供していないので、少額なのは仕方がない。

「それはともかくだ。今後の受け取りは組合の口座へ振り込み、明細は宿で受け取れるよう手配しておこう。でも、いいのかい?うちの独占になんかにして」
「寝泊り無料の対価です」
「そうかい。ならありがたく受け取っておくよ。それから、服の件なんだがね」
「売りませんよ」

 ここまで諦めが悪いのならさすがに直接的に言うほかない。

「そうじゃないんだよ。まぁ、聞いておくんな。アナスタシウス公国であんたたちが着ていそうな服が出回っているんだよ。ただ、品質が良くなくてね。このままだとあんたたちの服の商売に影響が出かねない」
「物はありますか?」
「あるよ。昨日モンテス帝国からスンツバル王国経由で入った荷物の中にあって、その商隊長かなら話をきいてね。ちょっと待ってな」

 この話を見逃すわけにはいかない。
 アージェ教は宗教としては国に縛られておらず、組合が同じ理由で口座、即ち銀行の役割を持ったように、特許の管理を行っている。
 ラジエラが作る服の基本デザインは既に特許登録してあり、これが彼女の作る服の価値を維持する根幹である。

「おまたせ、これだ」

 見せられた服は確かに似ている。等身大の人形に着せて見るが、基本のデザインは同じである。

「よく持っていましたね」
「新しい意匠で、別に前衛的すぎないから、試しに仕入れていたんだと。私があんたたちに声をかけてたんだから、あの商隊長もそう言うことだよ」
「なるほど。しかし・・・」
「分かるかい?」

 ぴちぴちだとかぶかぶかだとか、服の大きさがどうのと言う次元ではない。
 ラジエラの作る服の大きな特徴は、体に対してどれだけ自然に着れるかというところにある。
 体型を隠すわけでも目立たせるわけでもない、立体を意識するからできる事だ。

「これは男性向けですか?」
「いいや、女性向けらしい」
「だとするなら、糸を解いて分けた時の布の枚数がまず違います。これは男性向けですね」

 背中一枚、肩一枚、胸からお腹にかけて一枚、袖で二枚となるこの服は、ラジエラが作ると女性向けだと言うのなら、胸一枚、お腹一枚となって一枚増える。
 これは胸の高さからそのまま下りてしまうと太って見えることを防止するための物だ。まぁ、絶壁さんが着るとおかしくなるのだが、双子は別として仲間にいないので作ってはいない。

「これを胸の大きな人が着るとお腹が見えてしまいます。裾に紐を入れているようですが、長さが足りてないから意味がありません」

 女性向けだと言い張るのはこの裾に入った紐だろう。イネスの服には全部紐が入っており、デザインに合わせて結ぶ場所が変わっている。最近では双子の服にも入った。

「私も着せて見て思ったんだよ。なんかおかしいなと。こういうことだったのかい」
「ええ、普通は裾は必ず袖と同じか長く作ります。短く作るのならもっと、だいたい鳩尾あたりですね。その方がちゃんとお腹が出ますし、重ね着として着こなしの良さも出ます。これは中途半端ですね。縫い目もまばらですべて波縫い、マリの服は全部本返しですから傭兵向けなら強度が足りません」
「やはり、細かい部分で品質が悪いね」

 一般向けだとしてもラジエラは波縫いをしない。ただ、デザイン上必要でやることはある。

「これであんたたちが売る服よりも安く手に入るから、ある意味では当然さね。だけどね、正直うちとしては流通させたくないね。これじゃ売れないし、これでもましな意匠なんだからね」
「・・・」
「どうだい?うちで正式に量産品を作らないかい?そこに刺繍でもして一つの製品群として確立させないかい?それこそ、白金級になったんだから、それが宣伝効果にもなる。旅団としても、製品としても、だね」

 頭一つ以上抜けている白金級が持つ名の価値と言うは計り知れないのである。

「自分たちの物だと分かるように今では刺繍をしていますから、それを使いましょう」
「ということは!」
「ええ、これも料理法と同じように契約しましょう」
「よし、じゃぁ、細かいところを詰めようじゃないか」

 安い偽物によって駆逐された本物と言うのは数知れない。この問題の本質は特許やそれにかかるデザインの類似性ではなく、先か後かを白金級を利用して難癖をつけられることにある。
 こうして商会と組んで正式に製品群として確立することでブランド性を盤石にすることで、相手の声を封殺することが目的だ。
 この契約に加えて、先のレシピも白金級所属旅団のお墨付きを与えることも加えた。
 そして、正式に旅団の認識マークとして、これまで使ってきた三対の翼の刺繍が紋章として意味を持つことになり、旅団『大空への翼』は商売においてもやり手の名声を高めていくこととなる。

「ほう、これが刺繍なんだね・・・これだと問題が起きそうだが」
「それは私が持つ『天使に導かれた者』を利用しましょう。それに、イネスは天使の、熾天使の巫ですから周りはとやかく言えないはずです」
「そうだな。じゃ、このまま護衛契約変更としないか?」

 目指す場所を変えようということだ。
 本来であれば、あと一か月後にクルノフ皇国からスンツバル王国へ向かうことになるが、偽物流通対抗の為、とある島に向かおうと言うのだ。
 無論、これで最終的な報酬が変わるわけではない。

「島の名はメルノカ島、三国通商同盟島とも言うが、アウストリム大陸の金庫、観光島、服飾の聖地、第二の聖国だ」

 見せられた地図に感嘆する。天使所有の地図と精度がほぼ同じである。
 メルノカ島はその位置から、アルマーダ共和国、スンツバル王国、モンテス帝国が奪い合ってきた。その為、古くは爆薬庫と呼ばれていた。
 この三国、川と山が国境の為に互いに陸路からの侵略が難しく、メルノカ島がメルノカ湾にあることで海上からの同時攻めによってその攻略難度が変わるのだ。
 また、三国から等距離にあることも、奪い合いが起こる原因である。
 この奪い合い、戦争をメルノカ戦争と言う。メルノカ島の元の住民が難民となって聖国にたどり着き、当時百十代教皇ジェラールと百九代聖母デルフィーヌによって、第八次メルノカ戦争に終止符を打った。
 また、当時の教皇によって、メルノカ島はメルノカ民による自治領と三国に認めさせ、メルノカ民の願いによってアージェ教第二神殿が今も建造中となっている。
 当時の難民がたどり着けたのには理由があり、権天使バタルエルの導きによるものだ。
 そのバタルエルは現在大天使に格下げされて、ミカエラの下で再教育を受けている最中だ。導くだけならこんなことにはならなかったのだが、少々首を突っ込みすぎたのが原因である。
 しかし、それによってメルノカ島は天使ゆかりの地として、第二神殿が建造されることになり、三国通商同盟島として、永久中立自治領と相成ったのである。
 戦争の爪痕が激し為に人工ではある物の、保養地として、観光地としてその整った島は人気が高い。
 物流拠点として、貴族の保養地として、一般人の観光地として、今ではアウストリム大陸の金庫と呼ばれるようになったのである。

「ここを目指す理由は?」
「メルノカ島には『メルノカ染め』と言う染色技術が古くからあってね、流通拠点も相まって服飾関係の一大生産拠点なんだよ。各国から布が集まってここで染色され、そのまま出荷になるのが基本だが、それを加工する工場もいくつかあるのさ」

 戦争によって何度も失われかけた技術だが、各国が奪い合う一因が染色技術でもあるので、なくなりはしなかったのである。
 メルノカ染めは赤と青の発色が非常によく、あまり色落ちしないと言う特徴がある。また、メルノカ島にしか自生しない染色材があるので、技術が流出してもこれと言って痛手がない。

「工場の一つがうちと懇意こんいにしていてね、それなりに大きいからそこで作ってもらおうと言うわけさ」

 詳細はそこに行かなければ詰められないので、これまでとなった。
 ラジエラそっちのけで話を進めてしまったが、戻って話をすると本人は乗り気だった。

「今まで作った服の型紙はあんまりないよ?」
「型紙自体は渡さなくてもいいじゃないか?曲がりなりにも相手は玄人だからな。見本もあるんだから伝えれば分かるだろ」
「それもそっか」

 クシェルと遊ぶ双子を眺める三人と二匹、宿の居間は賑やかである。

「次の契約は双子を参加させてはどうでしょう?」
「確かに将来的にもその方がいいだろうな、そうしよう」
「ねぇ」

 ラジエラはクシェルを指さした。

「「歩いたー」」

 双子が声を上げた通り、五歩ではあるがクシェルは確かに何も掴まらずに歩いた。
 転びそうになったを瞬時にニクスが捕まえて、床に激突する惨事は免れた。

「クシェル」

 イネスが走り寄って抱きしめたことでクシェルが泣き出した。ニクスに捕まえられたときは何が起こったのか分からなかったのだが、転びそうになったことが分かって怖くなって泣いているのである。

「ママー」
「よくできましたね」

 目じりに涙を浮かべるのはイネスだけではない。

「歩けるようになったか・・・」

 ルシフェルもまたその目には涙を浮かべている。

「これからもっと大変になるね」
「そうだな」

 これから怖くなるのは好奇心のままに動かれてしまうことだが、今だけはクシェルの成長を喜ぶことにするのであった。

「「お兄ちゃん」」
「いつもありがとな」

 双子は面倒見がいいのかよく遊んでくれている。
 クシェルを中心に置くことで双子に寂しい思いをさせないよう、などといろいろ考えていた。
 しかし、現状クシュルから双子が離れないので結局相手することになり、悩むだけ無駄な状態になっている。
 こうして、いい意味で裏切られれば続ければいいがと、いつもより長く双子の頭を撫でるのであった。
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