堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第十三章 自覚

二節 前準備

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「あれ以来か、久しぶりだな」

 ルシフェルの言うあれ以来と言うのは、双子を捜す為にその背に乗ったことだ。そう、あのグリフォンの内一匹だ。
 首筋を撫でてやると、気持ちがよいのかヒュルルルと鳴いた。体格がいいので鳴き声は低く可愛いものでもないのだが。
 メルノカ島に到着した空騎士の一団、全員とあいさつ交わし、最後に聖騎士長のリアムとあいさつをして気付いたのだ

『一発で俺だと分かるんですね』

 その場にいた全員が驚いた。
 なぜなら、初めてグリフォンが喋ったのである。声帯など有りもしないので通信魔法であるのは当然だが、前提として言語習得が必要だ。また、これまで一度もグリフォンが喋ったことなどなく、ラジエラが眷属にしたグリフォンですら喋れない。
 獣魔が使う通信魔法の原理は魔力で魔素を制御し、音エネルギーに変えるだけなので難しい事ではない。相手を限定したいのなら、相手の耳元で音エネルギーが発生するようにすると良いだけの話で、少し練習するだけでできるようになる。
 言葉とは音を並べた物でしかないが、言語が分かっていなければ意味を持つことは不可能である。真似でいいというわけでもない。
 この通信魔法に関して、基本的に人族は使わない。理由は必要がないからだ。
 人族が使う通信魔法の場合は、思念エネルギーに変換している。思念エネルギーは読んで字のごとく、思うことを念じることで生じるエネルギーで、殺気はこのエネルギーの一つなのだ。
 視線を感じる、気圧される、寒気を感じると言った、あからさまな原因のないなんとなく感じ取るものは思念エネルギーが原因だ。耳や目のような感覚器官ではなく、あらゆる生物がもつ魂が思念エネルギーを発し、影響を受けるのである。
 魂が発する思念エネルギーは微弱で、ルシフェルの殺気は技能であり例外として、あからさまな何かを伝えることはできない。
 魔法によって思念エネルギーを増幅、あるいは魔素で変換して強くすることで、しゃべることなくコミュニケーションが可能となる。
 エネルギーである為、どうしても無差別に広がってしまう。相手を限定したい場合は、相手の近くで相応の強さの思念エネルギーを発生させればよい。
 魔力は指向性を持たせて発生させることができ、ニュートラルな状態の魔素は魔力伝える導体となれるので、人族の場合は平均四百タウヤーツ(約三百キロメートル)離れていてもコミュニケーションが取れる。
 これが天使になると、魔力量のごり押しでその百倍の距離まで可能となる。

「十年でよく覚えられたな」
『必死に覚えました。貴方にまた相見えることがあれば、一時的でしたが使役いただいたお礼と、お願い事を申し上げたかったのです』
「少し待て」

 この場にいる全員が、ルシフェルの正体を知っているわけではないのでストップをかけた。
 魔法を教えるほどの時間はないので音響結界を張ってから話を続ける。

「お礼はいい。寧ろ俺が言うべきことだ。それで、願い事とは?」
『俺をルシフェル様の眷属にしてほしいのです』
「残念だが、却下だ」
『なぜです?』

 ラジエラの例があるので疑問に思うのも仕方がない。
 しかし、ラジエラの例があるように、このグリフォンに構っていられないのだ。また、眷属としてはラジエラのグリフォンが先輩で、格としては主人に依存するので、このグリフォンの方が高くなってしまい、ほぼ必ず摩擦が起こる。
 眷属にしてしまうと、その眷属か主人が死ぬまで関係性が続いてしまう。
 別に眷属にしたグリフォンを取り上げてしまってもいいが、それによってアージェ教にはグリフォンを献上したと言う実績ができてしまう。これを聖国が利用しないと言う保証もない。
 確かに戦力としてほしくはあるが、同様に聖国もアージェ教もこの破格の戦力を手放したりはしないだろう。
 現に眷属になっていることを知らないから、ラジエラのグリフォンはこうしてアージェ教に属したままなのだ。

「あのグリフォンだって相当問題を起こしているのは知っているだろう?いくら今落ち着いているからと言って、自分の地位を脅かす者が出てくると黙っていられないだろうが」
『そうですが』
「長は周りが認めてこその長だ。そうなると、お前とあいつでこの群れは分裂してしまうだろう。あいつにくだればいいと言う問題でもない。一番の問題はこれ以上今の主人らに実績を作らせたくはないんだ。大体、お前が死ぬまで地上に留まっている保証もない」
『分かりました』

 力を失ったように頭を垂れた。

「熾天使をその背に乗せたことがある。それで満足してくれ」
『無理なお願いをし、申し訳ございませんでした』
「謝ることはない。俺を慕ってくれるのに、答えてやれなくてすまないな」

 言葉が返ってくることはない。目を閉じてただ撫でられているその様子は、何かを考えているようでもある。
 音響結界を解除すると聖騎士長のリアムが話しかけてきた。
 どうやらこのグリフォンは聖騎士長が乗るグリフォンだったようで、願い事に関して気にかけていたようだ。

「リアム聖騎士長、私からお願いがあります」
「何でしょうか?」
「このグリフォン為に、同乗をお願いしたいのです」

 ルシフェルの為に空きのグリフォンを用意していたのだが、こうなった以上は義理立ててやる必要はあるだろう。

「それでしたら、どうぞお使いください。空いたグリフォンは私が乗ります」

 確かにグリフォンは気難しい性格をしているのだが、認めた一人以外を乗せないと言うわけではないので問題はないのだ。

「申し訳ございません」
「構いませんよ」

 傭兵団『民の矛』の長、金級傭兵マクシム、旅団『風来の剣』の長、金級傭兵ファブリス同様、当日はルシフェルも騎乗はしないのでグリフォンがリアムの物であったとしても問題はない。
 どのように同行するかと言うと、改造荷車の御者台に乗るのだ。
 マクシムは強弓を使う後衛で、ファブリスは魔法を主体とする後衛であるので、万が一戦闘に発展しても問題はない。
 改造荷車は二つ、教皇と聖母一つ、聖女三人で一つである。重量バランスの為、教皇と聖母の荷車にはマクシムとファブリス、聖女たちの荷車にルシフェルが乗る。

「それじゃ行ってくる」
「「「行ってらっしゃい」」」

 ラジエラから特性の外套を受け取りながら声をかける。

「行ってくるね」
「「いってらっしゃーい」」

 双子にも声をかけて返事を聞くと、外套に袖を通して例のグリフォンに騎乗する。いくら夏真っ盛りの葉月の二日目とは言え、上空で風に晒されると寒い。
 空騎士全員が騎乗し終えるとリアムの一声で三度目の空へと飛び立った。
 見えなくなるまで手を振るつもりなのか、双子が両手を広げて一生懸命振っているのが眼下に見え、親指を立てて見せた。
 神殿まではノンストップで十時間かかる。当日はノンストップ飛行になるので、そのリハーサルとしても休憩はしない。
 飛び立ってしまうと案外暇なもので、眼下に見える景色を楽しむ以外にすることがない。かと言って、気を使った空騎士の一人がいろいろと説明してくれるので、退屈はしなかった。
 一方その頃
 ルシフェルが見えなくなって、いなくなったことを実感したのか、双子の元気がなくなってしまっていた。
 今回はいつもと違い、三日間いない事になる。いつもは日を跨ぐような依頼を受けていなかったので、待つと言うのもある程度までの経験しかないから仕方ない。
 心配をかけたくないのか空元気で隠そうとしているのだが、ラジエラもイネスも気付いている。ただ、分かっていたことなので、二人もそれに対して何か言うことはしない。
 八日後の落成式と竣工式に向けて、島は色飾られて行っている。
 港には当日とその前後日で使うであろう屋台が組まれつつあり、港と港につながる道の街灯一つ一つに飾りが付けられ、神殿までの参道にある街灯には更に豪華に飾り付けられている。
 この日が来ることは分かっていたので、そそくさと宿に戻り、宿のリビングでラジエラと双子は布を広げた。

「何を作るのか決めた?」
「「うん」」

 葉月の八日、それはルシフェルの誕生日である。
 これまで沢山のことをしてもらったセレとイム、実はラジエラではなくイネスにお返しがしたいと相談していた。
 イネスはどんな贈り物よりも、手作りが一番喜ばれるとして、ラジエラと相談することにしてこうなっている。
 今年十四となる双子は、来年にはルシフェルとラジエラの元を離れて実父の元で暮らす。初めから決まっていたことで、天の神殿で過ごしている時にはすでに話を聞いていた。
 サバサバとした性格をしているセレは、ある意味ではイムよりも理解力が高く、離れて暮らすようになったとしてもこれと言った不安は持っていない。今はより多くのことをルシフェルから学ぼうとしている。
 しかし、イムは人殺しの一件までは完全にルシフェルに依存しており、離れて暮らすことをかなり拒んでいた。それが、文字通り馬鹿みたいに強いルシフェルの戦闘力を間近にしてからと言うもの、偶にその時を思って寂しくなり、ルシフェルの膝に座る程度になっていた。
 イムの変化はクシェルがもたらしたものでもある。
 戦闘の度にクシェルはイムに預けたことで、姉になると言う意識が定着して、所謂兄離れを誘発した。完全ではないものの、自身がルシフェルに抱く感情を完全に理解し、この贈り物をもってちゃんと伝えることにしている。
 この日の為に、ひそかにラジエラと一緒に縫い方と刺繍の練習をしており、旅団の紋章となった三対の翼は双子が考案したもので、いくつかは既に双子が刺繍を入れている。

「今日は本番、刺繍入りの手拭い、今までよりも大きい刺繡になるから、すごく大変になるよ。大丈夫?」
「「がんばる」」
「よし、じゃぁ、始めようか」

 セレは青銀色の糸を、イムは赤銅色の糸を手に取って、予めやっておいた下書きのある布に針を通した。
 一生懸命に感謝の心を込めて、二人は寝るのも忘れて没頭していった。

「こんな折のいい事ってある?」
「すべてはルシフェル様の行いが起こした奇跡です」
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