堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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終章 別れ

終節 新成聖書

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 双子が精霊となる為の変異魔素が作り出せることが判明し数ヶ月後、ルシフェルに第二子となるアンナが生まれた。

「サラキエラの生誕と、ラジエラ、ソフィエルの結婚を祝って、乾杯!」
「「「乾杯」」」

 サラキエラはアンナの天使名である。
 アンナが生まれてすぐ、宴の計画が立ったのだが、ラジエラがソフィエルからプロポーズされたと聞いて、ミカエラと相談して延期したのである。
 ラジエラとソフィエルの交際は五年、地上にいる時はまともに会っていないので、実質的には二年ほどだ。そう言う意味では結婚まで早かったと言えるだろう。
 他の力天使との牽制に疲れ切ってラジエラに素を晒し続けたソフィエル、男性経験が少ないラジエラもうまくとりつくろえなかったことで、相性の良さが早めに露見したのが原因だろう。
 そのソフィエルはルシフェルの前でガッチガチに硬直し、ルシフェルに苦笑いをさせている。

「その、挨拶もろくにせず、も、申し訳ございません」

 以前ルシフェルが技能だけで力天使を一人無力化しているので、義理を通さなかったソフィエルは怯えているのである。

「落ち着きなさい。結婚なんて所詮は本人同士の問題でしかありません。成人しているんだから、責任は自分で取れるはずです。それに、君は私と敵対しているわけじゃありません。私はラジエラにふさわしいパートナーだと思っていますよ」
「ありがとうございます」

 そんなことを言っても緊張が取れるわけもなく、ルシフェルは面倒な義弟ができた気分だった。

「君と付き合い始めてから、ラジエラの精神は安定しました。それが何よりの証拠です。ラジエラを頼みますよ。お互いに助け合ってね」
「はい」
「何かあったら気軽に私の所にきてください。できる事なら何でも協力はしますから。もう身内ですよ」
「ありがとうございます」

 宴もたけなわ、イネスの腕の中で眠るアンナとクシェルの三人は自室に戻った。ルシフェルはと言うと、宴の開かれている広間とは別室でラジエラと話をしていた。

「泣いてくれたんだ」

 ルシフェルが先にここにいたのも、泣いていたからである。

「当たり前だ。いずれ巣立っていくことが分かっていても、傍に置いておきたい何て、情のなせる業だ。そんなに薄情に見えるか?」
「全然」

 いたずらっぽく笑うラジエラは、涙をひた隠しにてずっと笑顔を絶やさなかった。
 しかし、いつまでも持つわけがなく、限界に近かったラジエラは、ソフィエルが広間に戻ったのを確認してから、ルシフェルに抱き着いた。

「羽衣が重い」
「もう少し我慢しなさい」

 体重を預けられてルシフェルはしっかりと抱き止めて支えてあげる。

「マリ、きれいだったよ」
「ありがとう。本当にありがとう」

 運動量が減って、少しだけ太ったルシフェル、ラジエラはそれが嬉しくもあった。
 こちらの世界に転移し、天使にならなかったら、そう考えるラジエラはゾッとしている。筋肉質のたくましい体を保ち続けたのだろうが、裏を返せばその体と精神を急速に消耗していくということでもある。
 それこそ早死にしていたのかもしれない。
 そんな心配をする必要がなくなった。それを実感できるからこそ、ラジエラはうれしいのである。

「いつでも逃げてきていいからな」
「うん」
「いつでも帰ってきていいからな」
「うん」

 ラジエラが頷くたびにルシフェルの服は化粧で汚れていく。

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだからね。私の最高のお兄ちゃんだから」
「ありがとう。幸せになれよ」
「うん!」

 ラジエラの化粧を直してあげ、広間に送り出したルシフェルは、この部屋で静かに涙を流した。
 それから神殿の厨房で仲睦まじい姿を見せつけられるようになって、独り身天使たちがそわそわしている。所帯持ちの天使は、初めはああだったとか、お腹いっぱいだとか、若いっていいなとか、そんな調子である。
 これと言って喧嘩もしない二人に第一子ができるのは時間の問題だった。
 名付けをどうするのか、ルシフェルは何度もソフィエルとラジエラか相談を受け、結局ルシフェルが名付け親になることとなった。
 ルシフェルが二人に提案したのは『フリーダ』、平和の意味を持つ昔ながらの名前、天族の内輪揉めがこの子に及ばないよう、そんな願いを込めた。
 月日の流れと共にラジエラのお腹は大きくなっていき、偶に返ってくる双子は『元気に生まれて来てね』と撫でてから、アンナと遊ぶクシェルを構うようになっていった。
 アンナの乳離れが済んだ頃、ルムエルとルマエラが地上の勉強から戻って来て、クシェルの家庭教師について教えるようになっていた。
 そうなるとアンナの育児に集中できるようになるのだが、そのアンナは遊び相手のクシェルがいなくて寂しいのか、日中はご機嫌斜めである。帰ってくると『ニーニ』と言ってクシェルについて回るが。
 相手にされないと寂しいことが分かっているので、クシェルは無碍に扱うことはしない。
 未だにルシフェルの仕事が片付かないので、日中相手をしてあげられず、アンナが『パパ』と呼べるようになるまでかなり時間がかかった。
 ルシフェルに時間の余裕ができるようになったのは、アンナが『パパ』と呼べるようになってから更に一年を要した。
 その為、アンナはあまりルシフェルに関心がなかったのだが、クシェルを肩車してあげる様子を見せると、自分もしてくれとせがんできた。やってあげると大喜びし、それからは無関心とはいかず、イネスが『私の心労』とつぶやいた。
 育つときは勝手に育つ、双子の教育で話をしていたことを、ようやく実感したのだ。
 ラジエラはと言うと、妊娠中よくイネスの下を訪れて相談していたので、フリーダが生まれてハイハイできる頃には、完全に家族ぐるみの親交になっていた。
 アンナとフリーダは相性がいいのか、片方が泣けば片方も泣き、片方が笑えば片方も笑うようなそんな仲だ。
 天園でアンナとフリーダと遊んであげるクシェル、それを見守るイネスとラジエラ、そこに偶にいるセレとイムの姿は、ほとんどの天使の癒しとなっていた。
 その所為なのか血統主義が内部分裂、完全な少数派となって余計に息を潜めてしまった。
 そんな日常が続き、フリーダが走ってクシェルを追いかけられるようになった頃、ルシフェルに双子からお呼びがかかった。
 そう、セレとイムが人の体を捨てる日がやってきたのである。
 実験を行ったあの孤島で、ルシフェル一家とラジエラ一家、ミカエラ、ガブリエラ、セルシウス、イフリート、フェンリル、フェニックスが集まって、その様子を見守る。
 双子はあの螺鈿の髪飾りを腕輪にして使っている。切ったわけでも変えたわけでもない。

「「お兄ちゃん」」
「うん」

 物質的装飾品はもう付けることができない。双子はルシフェルに髪飾りを外して渡してきた。
 螺鈿の髪飾りを腕輪にしていた理由、それは、既に髪を使って実験を行い、髪は変異魔素と置き換わっているからだ。

「怖いか?」
「「うん」」

 失敗は双子にとって死を意味する。髪飾りを渡されたルシフェルは、双子が震えていることに気付いて、すぐに抱きしめてあげた。
 こうして双子の体温を直に感じ取れるのもこれが最後、それは双子とて同じことだ。
 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。
 強く抱きしめ返してくる双子の頭を撫でて、繰り返し『大丈夫だよ』と声をかけてあげる。
 アンナとフリーダは『いいなぁ』と口にはしないがそんな顔、それ以外は意味が分かっているのでこれと言ってとやかく言わない。

「「お兄ちゃん」」

 見上げて来た双子の顔に、ルシフェルはしっかりと頷いた。

「きっと成功する」

 そう言って双子を送り出した。
 少し離れた場所に立った双子は目を閉じて集中する。

 強大な魔力が動き、凄まじい量の魔素が集まってくる。

 力の奔流、その場に立っていられるのはルシフェルとミカエラだけ、ガブリエラによって二人以外は隔離され見守る事すらできない。
 キラキラと、星をちりばめたように、セレの周りでは蒼い変異魔素が、イムの周りでは紅い変異魔素が輝きを放つ。輝きを失って安定化した変異魔素を双子は取り込んでいき、それは突然やってきた。
 右で螺鈿の髪飾りを握り締め、左手を伸ばしたルシフェルに、双子は思念でこういった。

『『お兄ちゃん、大丈夫』』

 ルシフェルが手を伸ばした理由、双子の体は突然、服もろとも、骨も残らず消滅したからである。力の奔流に耐える為、無意識に対抗魔法が発動していたのだが、その対抗魔法が耐えきれなくなった途端に体を直撃したのである。

「ああ、頑張れ」
『『うん!』』

 双子の返事を思念で聞いたルシフェルは伸ばした手を戻して、ただただその様子を見守る。
 供給される魔力はなくなったが、体が消滅したことで生まれた強大なエネルギーを利用し、必要な変異魔素を作り出してゆく。
 徐々に収まりを見せる力の奔流、奔流と呼べなくなった時点で急速に周囲のエネルギーが安定した。
 そこには、双子が生まれた時のままの姿で、立っていた。
 自らの変異魔素で服を作り出した双子、その服はラジエラが初めて作ってあげた、お揃いの服の意匠ままだった。
 ルシフェルは双子にこう言った。

「よくできました」

 笑顔を見せたルシフェルに、双子は笑顔を返した。

『『お兄ちゃんのおかげだよ』』

 撫でることはできない。触れることも。
 だが、感じる事はできる。その感覚下に、ルシフェルは双子の頭を撫でてあげて、双子はその感覚を基に嬉しそうに撫でられた。
 その後ろで、安堵の笑顔を浮かべる皆に微笑みかけた双子は、皆の周りを飛び回って見せた。
 これから双子には声を取り戻す訓練が待っている。
 思念通信魔法では、一発で精霊だとばれてしまう。隠したければ、これまで通り過ごしたければ、どうしても声となる隠蔽型音響魔法が必要なのだ。
 無論それだけではない。更に習得すべき隠蔽型魔法は沢山ある。
 しかし、今だけは、思念通信魔法で、みんなとその喜びを分かち合うのだった。


   **・・・・**・・**・・・・**


 とある海洋国家によって新たな島が発見された。
 そこは寒くも暑く、あたたかな、不思議な場所として認知され、アージェ教によって名付けられたその島は保護されることとなった。
 氷と火の精霊の御子が転生した聖なる島、アイス・オンツ・フラメ・スピリトゥーゼン・リインカニヤツ島として。

「名前長いよ」
「安直だね」

 顔を真っ赤にし俯くはイネス・グーティメルとリリアーヌ・ヴィオネ、笑うはルシフェル様とラジエラ様、第一神殿の一室、双子の精霊様は容赦なく言葉の刃を、高位神官たちへと突き付けになる。
 しかし、御優しい兄妹天使様に育てになられた双子の精霊様は述べられた。

『『嫌いじゃないよ、その名前』』

 そう言い残して、双子の精霊様は、御身の巫女たるリリアーヌ・ヴィオネと共に消えてしまわれた。

「嫌いじゃない、か」
「あの子たちらしい」

 まだ笑っておられる兄妹天使様、その笑顔のままルシフェル様の伴侶たるイネス・グーティメルと共に帰っていかれた。帰り際、ルシフェル様は述べられた。

「昇天と昇華はこれで成った」

 私は幸運であろう。だからここに記す。これが精霊の御子様と、育ての親たる兄妹天使様の軌跡であると。
 第百十六代聖母ミラ・アンドレ・フィニョン

 アージェ教、新成聖書、最新章、転移と転生、終節、昇天と昇華より。
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2021.08.17 紫隈嘉威(Σ・Χ)

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