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山間エリアの調査クエスト
〜九尾狐討伐戦・守ることしかできない漢〜
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~九尾狐討伐戦・守ることしかできない漢~
思えば最近うまくいきすぎていた。
月光熊なんて大物を討伐して、両断蟷螂の群れを大騒ぎにする前に鎮圧。
さらに最近の、小鬼の群れ蹂躙戦も小鬼王が発見されたにも関わらずあっけなく達成して……
そして今回は九尾狐の変化能力も看破した。
しかし変化能力だけしか分かっていなかったのに攻略した気になって、やつの再生能力を甘く見た。
毒の鉛玉を当てた時点で心のどこかで勝ったと確信してしまった。
その結果がこれだ。
目の前に迫る大岩、あんなにカッコつけておいてこの無様さは何だ?
こんなに思考が回るのも走馬灯というやつか。
嫌だなぁ、また転生とかできるのかな?
今度こそ本当に人生が終わってしまうのかな?
せっかくここまで頑張ったのに。
せっかく、メル先輩を……笑顔にできたのに。
☆
山間エリアにこだまする轟音、巻き起こる砂煙。
私は即死したのかと思ったが、すぐに違和感に気がつく。
体に痛みを感じなかったからだ。
そして、聞き覚えのある声が聞こえてくる……
「私がなぜ、今日まで健康的な食事を心がけてきたか知っているか? 化け狐!」
そんな声が鼓膜を揺らした。
放心状態だった私は、幻聴か? ———とも思ったが、その人は堂々と目の前に立っていた。
「先ほども言ったが、存分にこき使ってもらって結構だぞ! セリナさん!」
あの、大岩を……。
魔弾を防いだせいで、穴の空いた大きな盾で……
脇腹を撃たれて血まみれになったその身体で……
虞離瀬凛さんは防ぎ切った。
しかし防がれたのを確認した念力猿に化けた九尾狐は次弾を装填していた。
体の周りに纏う大量の岩。
先ほど飛ばしたほどの大きさではないが、ボーリング球のような大きさの岩を大量に浮遊させている。
魔弾の雨なんか比にならない被害が出る、きっと防ぎきれない。
腰を抜かし、すぐに退避命令を出そうとした。
「皆さん、退避……」
「よもやあのような大口を叩いておいて! あそこまで私達を鼓舞しておいて! 引き下がるなんて選択肢、選ぶはずがないであろう!」
腰を抜かして逃げ腰になってしまった私に、虞離瀬凛さんは声高らかに語りかける。
「私は、戦う手段を持っていない! 守ることしかできない! 討伐任務において、何よりもお荷物と言われてきた!」
九尾狐は虞離瀬凛さんの言葉の途中で大量の岩を飛ばしてきた。
「毎日毎日……たった一人で冒険者協会のカフェエリアで仲間を探し続けていた! そんな私に! メルさんは声をかけてくれた! 仲間を紹介してくれた!」
降り注ぐ大岩は流星群のように、次々と虞離瀬凛さんを襲う。
「メルさんのおかげで、初めて仲間と冒険できた! ランクも上がり、私を馬鹿にしてきた冒険者共を追い抜かした! そんな恩人であるメルさんへ恩を返すために! 私はこの一年、山間エリアで戦い続けた!」
次々と降り注ぐ岩は、虞離瀬凛さんの盾を粉砕し、盾を無くした虞離瀬凛さんは自分の腕を交差させて頭だけを守る。
「だが私は、なにも恩を返せなかった。 だが、今この瞬間なら! メルさんへの恩も、メルさんを立ち上がらせてくれたあなたへの恩も返す事ができるのだ!」
降り注ぐ大岩は勢いを増す、全身を大量の岩が叩きつけている。 大砲のような勢いだ、骨なんて簡単に折れてしまうだろう。
吹き飛ばされていないのがおかしいほどの勢い。
それでも虞離瀬凛さんは一歩、また一歩と足を踏み出していく。
私はその姿を頬を濡らしながら眺め続けた。
でも、あんな大岩の攻撃を喰らい続けたらきっと……
私は虞離瀬凛さんのボロボロの姿を見ていられなくなり、目を逸らそうと……
「セリナ、大丈夫だから。 虞離瀬凛さんは私に約束したのよ?」
メル先輩は目を逸らそうとした私の頭を優しく撫でながら、まっすぐな瞳で虞離瀬凛さんから目を離さずにいた。
私はメル先輩の安心しきった顔を見て目を見開き、虞離瀬凛さんの勇敢な背中に視線を向けた。
「大恩を返すための……絶好の機会! 見逃すはずがぁっ! なかろうがぁぁぁぁぁ!」
大岩を弾きながら、虞離瀬凛さんは走り出す。 同時に全身から紅蓮の焔を噴射させた。
放たれ続ける大岩は決して威力が落ちたわけではない。 虞離瀬凛さんは灼熱の炎を全身から放っている。
離れて見ている私たちすら熱くて皮膚がひりつくほどの熱。 体の周りに超高温の炎を纏い、岩の威力を弱めているのだ。
超高熱の炎の鎧。 そして足からも炎を噴射し、無理やり加速している。
「この程度の攻撃で! この私を止められるとでも思ったか! 殺せると思ったか! お前への怒りの劫火、その身で味わうがいい!」
やがて肉薄した虞離瀬凛さんは念力猿に変化した九尾狐の頬に燃えたぎる拳を捻じ込ませ、地面に叩きつけた。
「遅れるなっ! 弟よ!」「あいつ! ばぁーかかっこいいぞ、兄っ!」
続いて地面に顔をめり込ませながらぐにゃりと歪んだ九尾狐は、双子の放った黒炎と蒼炎の斬撃をくらい悲鳴をあげる。
「私だって、神技! 見せちゃうもんね!」
レミスさんも力一杯引き絞った渾身の一撃を放つ。
地面を抉りながら、吸い込まれるように九尾狐の腹部に矢が刺さる。
「哀れな九尾狐……せめて苦しまずに討伐してあげましょう」
即座に肉薄したぬらぬらさんの槍は続いて九尾狐の首に刺さる——かと思われた。
「……っ!?」
首に当たったぬらぬらさんの槍は、硬い皮膚にあたったかのように弾かれた。 慌ててもう一方の槍でも突こうとするがそれすらも弾かれる。
しかし息をつく間も無く横から飛び込んだシュプリムさんは、ガラ空きの背中に薙刀を振り下ろす。
だが、一番切れ味が鋭いはずのシュプリムさんの薙刀も、かん高い金属音を上げながら弾かれた。
「どういう事だ! 俺の薙刀はこの山間エリアのモンスターなんかに防がれはしねぇはず!」
シュプリムさんの薙刀は風魔法で高速振動しているため、鋼鉄兵器すら両断できるほどの切れ味を誇る。
おそらく月光熊の皮膚にすら傷を与えてもおかしくないほどの切れ味のはず。
しかし、九尾狐はその薙刀を弾いた。
九尾狐は元の狐の姿に変化し、自らの爪をシュプリムさんに向ける。
空中で体制を崩したシュプリムさんは歯を食いしばった。
しかし閻魔鴉さんは予測していたかのように、既に空を駆けていた。
持ち前の身軽さでシュプリムさんを小脇にかかえながら離脱して、黒炎の斬撃を爪に向けて飛ばす。
九尾狐は悲鳴を上げながら後ろに下がる。
「なんでお前の炎は効いたんだ?」
乱暴に地面に投げられたシュプリムさんは驚きながら問いかける。
私は、その一瞬の攻防で起きた矛盾を見逃さない!
……さっきの虞離瀬凛さんの叫びを聞いてなければ、今頃なにも考えずに撤退だと叫んでいただろう。
しかし、あんなところを見せられて、黙っていられるわけがない!
思考をフルで回転させる、レミスさんの矢は直撃した。 傷を再生し始めたと思ったら次は槍が突き立てられた。
なぜ、矢は貫通したのに槍は弾いたのか……
最初から整理すると虞離瀬凛さんの拳が捻じ込まれた後、黒炎と蒼炎の斬撃を同時に食らった。
その後レミスさんの攻撃、そして次に当たったぬらぬらさんの攻撃が弾かれた。
なぜ武器での攻撃は通らないのに、拳や炎の斬撃は効果があったのか……
簡単なことだ、炎の斬撃による攻撃は魔力を帯びている。 そして拳による攻撃は、魔力も帯びているが元々は物理による攻撃。
ならば考えられるのは……
「極楽鳶さん! もう一撃お願いします!」
極楽鳶さんは首を傾げながらも蒼炎の斬撃を放ったが、予想通りこれは弾かれた。
「完全耐性! 九尾狐は変化していない状態だと超速再生と完全耐性を使います!」
虞離瀬凛さんに勇気つけられた私はすぐに答えを導き出せた。
「完全耐性? 具体的にどういう能力なのかな?」
ぴりからさんは隣で首を傾げる。
完全耐性、直前に受けた攻撃と同種類の攻撃を無効化する能力だろう。 さっき九尾狐が無効化していたのは、武器による物理攻撃。
レミスさんの矢をくらい、傷を再生させながら物理攻撃への完全耐性を得た。
だからぬらぬらさんの槍もシュプリムさんの薙刀も弾いたにも関わらず、閻魔鴉さんの黒炎の斬撃では傷がついたのだ。
そしてその次の極楽鳶さんの蒼炎の斬撃は、直前に受けた黒炎の斬撃……つまり魔力を帯びた攻撃に対する耐性を得た事で無効化できたのだ。
つまり、
「現在は魔力を帯びた攻撃に耐性を持ってます! 虞離瀬凛さんは一旦下がって傷の手当てを! ぬらぬらさん、シュプリムさんはぴりからさんや双子さんと連携して魔力による攻撃と物理攻撃を交互に撃ち続けて下さい!」
私の言葉に名前を呼ばれた全員が同時に頷く。
九尾狐を殴った直後に脱力し、その場に倒れ込んでいた虞離瀬凛さんを、一瞬離脱した極楽鳶さんが担いで私たちの方に駆ける。
「すまん、はしゃぎすぎた……もう意識を保つのがやっとだ」
「虞離瀬凛さん、今日まであなたみたいな優秀な冒険者を、安全なクエストにばかり行かせてしまっていてすみませんでした。 あなたは鋼ランクなんかで収まる器ではないと、これから先……私が証明して見せます!」
メルさんは傷だらけの虞離瀬凛さんの手当てをしながら力強い口調で声をかけた。
「そのセリフが、この一年間ずっと聴きたかったのです」
満足そうに笑いながら、虞離瀬凛さんは寝息を立てた。
☆
物理や魔法攻撃への完全耐性。 交互に攻撃しないといけないとなると連携が崩れる。
ぴりからさんの魔力弾、双子さんの炎を飛ばす魔法の飛斬撃。
対してレミスさん、シュプリムさん、ぬらぬらさんは物理系。
この二種類を交互に当てなきゃダメージは通らない、通ったとしても超速再生……
「また一撃で倒す方法を考えないとダメですね」
私は額から汗を滴らせながらぼそりと呟く。
「え? もしかしてまたあれをやるんですか?」
レミスさんは青ざめた顔で恐る恐る聞いてくる。
「まあ、当たれば一撃でしょうね。 しかし今回の相手はそんなに硬くはありません、あれだと威力が高すぎますし攻撃までに時間がかかります。 その上ちょこまか動かれると簡易電磁砲は当てられないです。 完全耐性もあるから動きを止める方法もないのでまず当てるのは不可能です」
その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろすレミスさん。 しかし、完全耐性とは厄介だ。
麻痺も効かなければ、毒も効かない。 一瞬ダメージを与えたとしても次の瞬間には何事もなかったかのように動き出し、体内に鉛玉を撃ちこんだとしてもすぐに毒の耐性を得てしまう。
接近戦で戦っていても、異なる系統の攻撃は連続で与えられない……
そうなると連携も崩れる。 初めて顔を合わせる冒険者同士で阿吽の呼吸をさせられるわけもなく。
連携なら双子さんがいるかもしれないが、二人共接近戦か中距離戦しかできない。 これでは同時にやられてしまうリスクが高く、そうなれば体制が崩れてしまうため危険すぎる。
……八方塞がり。
一撃で仕留めるとするなら多少の威力さえあればどうにかなるだろう。
問題は、どうやって時間を稼ぐか……
「手詰まりかな? お嬢さん?」
隣で銃を乱射しながら、心配そうに声をかけてくるぴりからさん。
「いえ、策はあります。 さっき落とし穴掘りましたよね? あそこにこれをありったけぶち込んで欲しいのですが手がたりません」
そう言って私は恐る恐る、とある液体がたっぷり入った瓶をカバンから取り出す。
それを見たぴりからさんはおかしそうに笑う。
「またお嬢さんは、変わった手を使うねぇ。 手が足りないならボクたちがどうにかしよう」
ぴりからさんはそう言うと攻撃の手を緩めないまま前線に駆け出す。
「双子の美男子君たち! お嬢さんを手伝ってもらっていいかな? 前線にいられると巻き込みかねない。 そこの空気を読めないお馬鹿さんも一旦離れておくれ?」
「え? 空気の読めないお馬鹿さんって俺のことかよ!」
「ぴりから!」「一体なにをする気だ?」
攻撃の手は緩めずに、ぴりからさんの意図が読めない皆が口々に質問する。
「見れば分かるさ、そう言うことだ……行けるね? ぬらぬら」
ぴりからさんは、口元を三日月の形に歪めながらぬらぬらさんに問いかける。
「ええ、無論いけます。 セリナさん、私はこれから少しばかり無茶をします。 何分ほど稼げばよろしいか、伺っても良いですか?」
ぬらぬらさんは九尾狐から距離をとり、肩の力を抜き、腕をだらんと下ろしながら私に問いかける。
「そんなに稼がなくていいです、三人もいるなら十分あればどうにかなるはずです」
「セリナ、なにをしようとしてるの?」
メル先輩は私がなにをしようとしてるのか予想がつかなかったのだろう。
虞離瀬凛さんを手当てしながら、不安そうな表情で問いかけてくる。
「名付けて、ホールインワン作戦です!」
私は手にした瓶を見せながらドヤ顔で親指を立てる。 するとメル先輩は引き攣った笑いを見せた。
「ふふ、実にいいネーミングだ、お嬢さん。 なら、落とし穴への誘導役は三人に任せて、ボクたちはここで全力を出していいんだね?」
ぴりからさんは両手を交差させて、顔の前にカッコよくショッキングピンク色の銃を構えながら、恐ろしいほどの殺気を振り撒いた。
☆
圧倒的だった……
ぬらぬらさんの動きは残像しか見えない、それに反応できてる九尾狐がおかしいくらいだ。
九尾狐は再生が間に合わず、他のモンスターに変化する余裕もないだろう。
かろうじで見えているのは、ぬらぬらさんが槍を突き刺し、九尾狐はたまらず反撃しようとする。
反撃をしようとした九尾狐をぴりからさんの魔力弾が打ち抜き、次いでぬらぬらさんの槍がまた九尾狐を突き刺す。
近距離と遠距離でポジションが明確に分かれている二人ならば、同時撃破される危険性がなく、万が一のことがあっても体制を整える時間を設けることができる。
なにより驚きなのは、展開が圧倒的だから何かが起きる気配すら感じさせないほどの強さ。
ぬらぬらさんの超高速の動きに合わせて、魔力弾を撃ち込むぴりからさんもそうだが……
なによりも圧倒的なのは、早すぎて目で追えないぬらぬらさんだ。
「哀れな九尾狐さん。 あなたは本当に愚かでした」
ぬらぬらさんの動きが一瞬止む。 九尾狐は全身の刺し傷や銃弾の傷を再生させながら、油断なく後ろに下がる。 ぬらぬらさんの動きに反応できてるのはすごいかも知れないが、再生すら間に合っていない。
歯を剥き出しにして威嚇する九尾狐。
「私たちはいつもセリナさんに教えを請うと、こう説かれます。 モンスターの能力を自分が得たならどうするかを考えるように……と」
呟くと同時にぬらぬらさんの体がブレる。 一瞬で肉薄して九尾狐の左腹部を突くが、ギリギリ回避される。
「なぜ? 避けるのです?」
回避された瞬間にそう呟いた。 そしてもう片方の槍で追撃をする。
九尾狐は身をくねらせ急所を外すが、ぬらぬらさんの槍は九尾狐の皮膚を切り裂いた。
そしてすかさずぴりからさんに目配せすると、ぴりからさんは銃を下ろす。 それを見た九尾狐は突進。
ぬらぬらさんはなぜかもう一度槍で九尾狐を切り裂こうとするが、もちろんこれは弾かれる。
「今度はなぜ、避けないのです?」
バックステップで突進を普通に回避すると、ぴりからさんが攻撃を再開する。
その瞬間、私はぬらぬらさんの言いたいことを理解する。
「愚かです、九尾狐さん。 あなたは自分の弱点を、無意識の内に私たちに伝えてしまいました。 超速再生能力を持つにもかかわらず、なぜ急所以外の攻撃も避けるのでしょう? なぜです? 完全耐性を持った時は避ける素振りも見せないのに?」
同時にぴりからさんはニッと口角を吊り上げ、二丁の銃をマシンガンのように連射する。
「ぴっ! ぴりから! 完全耐性があるのに連射は……」
ぴりからさんの攻撃に思わず声を上げてしまうレミスさん。
しかしぴりからさんはおかしそうに鼻を鳴らした。
「エルフの子猫ちゃん、君は視力がいいんだろ? 見えないのかい?」
——圧巻。
レミスさんは目を見開いて九尾狐を凝視する。 九尾狐はたった一瞬で全身に無数の切り傷と銃弾による傷を負っていた。
「い、今の——全部交互に攻撃してたとでも言うの?」
第四世代は化け物揃いとはよく言われるが、この二人は息ぴったりの連携もある。 二人揃えばその力は金ランクにも劣らないだろう。
だが世知辛いことにランクは一人一人の評価だ、二人で一つなんて例外は許されない。
ぬらぬらさんは血まみれの九尾狐に哀れみを帯びた視線を送る。
「もしも私が、超速再生などと言う権能を授かったのなら。 最小限急所を守るような行動しか取らないでしょう。 急所でなければ避ける必要もありませんから。 ですが、なんらかの制限があるとするなら話は別です。 あなたの超速再生には、一体なにが代償になっているのです? なぜ今になってコロコロ姿を変えていたその変化能力を使わなくなったのです?」
血まみれの九尾狐にゆっくりと歩み寄りながら、ポツポツと語り始めるぬらぬらさん。
「魔力の底が見え始めたからではないのですか? 先ほど鉄針鼠も食そうとしていましたね? 山間エリアにはあのモンスターは大量にいるはずです。 一年たった今も、あのモンスターの亡骸を食したことはなかったのですか? そんなはずはありませんよね? 一度食したことがあるであろう魔物も食らおうとするのは、魔力を蓄えるためなのですか?」
二本の槍を踊るように回しながら、威嚇して喉を唸らせる九尾狐の前で足を止める。
「ならばその魔力が絶えるまで……あなたの体を切り刻めばよいのですよね? 超速再生で死なないのなら、死ぬまで殺してしまえばいいのですよね?」
ぬらぬらさんは、慈愛に満ちた笑みを見せる。
腹黒要素など微塵も感じさせない彼女は、裏表がないからその笑顔が余計に怖い……
「あなたの罪は、モンスターだけでなく我々の仲間を手にかけてしまった事。 その罪
——————血で贖っていただきましょう」
思えば最近うまくいきすぎていた。
月光熊なんて大物を討伐して、両断蟷螂の群れを大騒ぎにする前に鎮圧。
さらに最近の、小鬼の群れ蹂躙戦も小鬼王が発見されたにも関わらずあっけなく達成して……
そして今回は九尾狐の変化能力も看破した。
しかし変化能力だけしか分かっていなかったのに攻略した気になって、やつの再生能力を甘く見た。
毒の鉛玉を当てた時点で心のどこかで勝ったと確信してしまった。
その結果がこれだ。
目の前に迫る大岩、あんなにカッコつけておいてこの無様さは何だ?
こんなに思考が回るのも走馬灯というやつか。
嫌だなぁ、また転生とかできるのかな?
今度こそ本当に人生が終わってしまうのかな?
せっかくここまで頑張ったのに。
せっかく、メル先輩を……笑顔にできたのに。
☆
山間エリアにこだまする轟音、巻き起こる砂煙。
私は即死したのかと思ったが、すぐに違和感に気がつく。
体に痛みを感じなかったからだ。
そして、聞き覚えのある声が聞こえてくる……
「私がなぜ、今日まで健康的な食事を心がけてきたか知っているか? 化け狐!」
そんな声が鼓膜を揺らした。
放心状態だった私は、幻聴か? ———とも思ったが、その人は堂々と目の前に立っていた。
「先ほども言ったが、存分にこき使ってもらって結構だぞ! セリナさん!」
あの、大岩を……。
魔弾を防いだせいで、穴の空いた大きな盾で……
脇腹を撃たれて血まみれになったその身体で……
虞離瀬凛さんは防ぎ切った。
しかし防がれたのを確認した念力猿に化けた九尾狐は次弾を装填していた。
体の周りに纏う大量の岩。
先ほど飛ばしたほどの大きさではないが、ボーリング球のような大きさの岩を大量に浮遊させている。
魔弾の雨なんか比にならない被害が出る、きっと防ぎきれない。
腰を抜かし、すぐに退避命令を出そうとした。
「皆さん、退避……」
「よもやあのような大口を叩いておいて! あそこまで私達を鼓舞しておいて! 引き下がるなんて選択肢、選ぶはずがないであろう!」
腰を抜かして逃げ腰になってしまった私に、虞離瀬凛さんは声高らかに語りかける。
「私は、戦う手段を持っていない! 守ることしかできない! 討伐任務において、何よりもお荷物と言われてきた!」
九尾狐は虞離瀬凛さんの言葉の途中で大量の岩を飛ばしてきた。
「毎日毎日……たった一人で冒険者協会のカフェエリアで仲間を探し続けていた! そんな私に! メルさんは声をかけてくれた! 仲間を紹介してくれた!」
降り注ぐ大岩は流星群のように、次々と虞離瀬凛さんを襲う。
「メルさんのおかげで、初めて仲間と冒険できた! ランクも上がり、私を馬鹿にしてきた冒険者共を追い抜かした! そんな恩人であるメルさんへ恩を返すために! 私はこの一年、山間エリアで戦い続けた!」
次々と降り注ぐ岩は、虞離瀬凛さんの盾を粉砕し、盾を無くした虞離瀬凛さんは自分の腕を交差させて頭だけを守る。
「だが私は、なにも恩を返せなかった。 だが、今この瞬間なら! メルさんへの恩も、メルさんを立ち上がらせてくれたあなたへの恩も返す事ができるのだ!」
降り注ぐ大岩は勢いを増す、全身を大量の岩が叩きつけている。 大砲のような勢いだ、骨なんて簡単に折れてしまうだろう。
吹き飛ばされていないのがおかしいほどの勢い。
それでも虞離瀬凛さんは一歩、また一歩と足を踏み出していく。
私はその姿を頬を濡らしながら眺め続けた。
でも、あんな大岩の攻撃を喰らい続けたらきっと……
私は虞離瀬凛さんのボロボロの姿を見ていられなくなり、目を逸らそうと……
「セリナ、大丈夫だから。 虞離瀬凛さんは私に約束したのよ?」
メル先輩は目を逸らそうとした私の頭を優しく撫でながら、まっすぐな瞳で虞離瀬凛さんから目を離さずにいた。
私はメル先輩の安心しきった顔を見て目を見開き、虞離瀬凛さんの勇敢な背中に視線を向けた。
「大恩を返すための……絶好の機会! 見逃すはずがぁっ! なかろうがぁぁぁぁぁ!」
大岩を弾きながら、虞離瀬凛さんは走り出す。 同時に全身から紅蓮の焔を噴射させた。
放たれ続ける大岩は決して威力が落ちたわけではない。 虞離瀬凛さんは灼熱の炎を全身から放っている。
離れて見ている私たちすら熱くて皮膚がひりつくほどの熱。 体の周りに超高温の炎を纏い、岩の威力を弱めているのだ。
超高熱の炎の鎧。 そして足からも炎を噴射し、無理やり加速している。
「この程度の攻撃で! この私を止められるとでも思ったか! 殺せると思ったか! お前への怒りの劫火、その身で味わうがいい!」
やがて肉薄した虞離瀬凛さんは念力猿に変化した九尾狐の頬に燃えたぎる拳を捻じ込ませ、地面に叩きつけた。
「遅れるなっ! 弟よ!」「あいつ! ばぁーかかっこいいぞ、兄っ!」
続いて地面に顔をめり込ませながらぐにゃりと歪んだ九尾狐は、双子の放った黒炎と蒼炎の斬撃をくらい悲鳴をあげる。
「私だって、神技! 見せちゃうもんね!」
レミスさんも力一杯引き絞った渾身の一撃を放つ。
地面を抉りながら、吸い込まれるように九尾狐の腹部に矢が刺さる。
「哀れな九尾狐……せめて苦しまずに討伐してあげましょう」
即座に肉薄したぬらぬらさんの槍は続いて九尾狐の首に刺さる——かと思われた。
「……っ!?」
首に当たったぬらぬらさんの槍は、硬い皮膚にあたったかのように弾かれた。 慌ててもう一方の槍でも突こうとするがそれすらも弾かれる。
しかし息をつく間も無く横から飛び込んだシュプリムさんは、ガラ空きの背中に薙刀を振り下ろす。
だが、一番切れ味が鋭いはずのシュプリムさんの薙刀も、かん高い金属音を上げながら弾かれた。
「どういう事だ! 俺の薙刀はこの山間エリアのモンスターなんかに防がれはしねぇはず!」
シュプリムさんの薙刀は風魔法で高速振動しているため、鋼鉄兵器すら両断できるほどの切れ味を誇る。
おそらく月光熊の皮膚にすら傷を与えてもおかしくないほどの切れ味のはず。
しかし、九尾狐はその薙刀を弾いた。
九尾狐は元の狐の姿に変化し、自らの爪をシュプリムさんに向ける。
空中で体制を崩したシュプリムさんは歯を食いしばった。
しかし閻魔鴉さんは予測していたかのように、既に空を駆けていた。
持ち前の身軽さでシュプリムさんを小脇にかかえながら離脱して、黒炎の斬撃を爪に向けて飛ばす。
九尾狐は悲鳴を上げながら後ろに下がる。
「なんでお前の炎は効いたんだ?」
乱暴に地面に投げられたシュプリムさんは驚きながら問いかける。
私は、その一瞬の攻防で起きた矛盾を見逃さない!
……さっきの虞離瀬凛さんの叫びを聞いてなければ、今頃なにも考えずに撤退だと叫んでいただろう。
しかし、あんなところを見せられて、黙っていられるわけがない!
思考をフルで回転させる、レミスさんの矢は直撃した。 傷を再生し始めたと思ったら次は槍が突き立てられた。
なぜ、矢は貫通したのに槍は弾いたのか……
最初から整理すると虞離瀬凛さんの拳が捻じ込まれた後、黒炎と蒼炎の斬撃を同時に食らった。
その後レミスさんの攻撃、そして次に当たったぬらぬらさんの攻撃が弾かれた。
なぜ武器での攻撃は通らないのに、拳や炎の斬撃は効果があったのか……
簡単なことだ、炎の斬撃による攻撃は魔力を帯びている。 そして拳による攻撃は、魔力も帯びているが元々は物理による攻撃。
ならば考えられるのは……
「極楽鳶さん! もう一撃お願いします!」
極楽鳶さんは首を傾げながらも蒼炎の斬撃を放ったが、予想通りこれは弾かれた。
「完全耐性! 九尾狐は変化していない状態だと超速再生と完全耐性を使います!」
虞離瀬凛さんに勇気つけられた私はすぐに答えを導き出せた。
「完全耐性? 具体的にどういう能力なのかな?」
ぴりからさんは隣で首を傾げる。
完全耐性、直前に受けた攻撃と同種類の攻撃を無効化する能力だろう。 さっき九尾狐が無効化していたのは、武器による物理攻撃。
レミスさんの矢をくらい、傷を再生させながら物理攻撃への完全耐性を得た。
だからぬらぬらさんの槍もシュプリムさんの薙刀も弾いたにも関わらず、閻魔鴉さんの黒炎の斬撃では傷がついたのだ。
そしてその次の極楽鳶さんの蒼炎の斬撃は、直前に受けた黒炎の斬撃……つまり魔力を帯びた攻撃に対する耐性を得た事で無効化できたのだ。
つまり、
「現在は魔力を帯びた攻撃に耐性を持ってます! 虞離瀬凛さんは一旦下がって傷の手当てを! ぬらぬらさん、シュプリムさんはぴりからさんや双子さんと連携して魔力による攻撃と物理攻撃を交互に撃ち続けて下さい!」
私の言葉に名前を呼ばれた全員が同時に頷く。
九尾狐を殴った直後に脱力し、その場に倒れ込んでいた虞離瀬凛さんを、一瞬離脱した極楽鳶さんが担いで私たちの方に駆ける。
「すまん、はしゃぎすぎた……もう意識を保つのがやっとだ」
「虞離瀬凛さん、今日まであなたみたいな優秀な冒険者を、安全なクエストにばかり行かせてしまっていてすみませんでした。 あなたは鋼ランクなんかで収まる器ではないと、これから先……私が証明して見せます!」
メルさんは傷だらけの虞離瀬凛さんの手当てをしながら力強い口調で声をかけた。
「そのセリフが、この一年間ずっと聴きたかったのです」
満足そうに笑いながら、虞離瀬凛さんは寝息を立てた。
☆
物理や魔法攻撃への完全耐性。 交互に攻撃しないといけないとなると連携が崩れる。
ぴりからさんの魔力弾、双子さんの炎を飛ばす魔法の飛斬撃。
対してレミスさん、シュプリムさん、ぬらぬらさんは物理系。
この二種類を交互に当てなきゃダメージは通らない、通ったとしても超速再生……
「また一撃で倒す方法を考えないとダメですね」
私は額から汗を滴らせながらぼそりと呟く。
「え? もしかしてまたあれをやるんですか?」
レミスさんは青ざめた顔で恐る恐る聞いてくる。
「まあ、当たれば一撃でしょうね。 しかし今回の相手はそんなに硬くはありません、あれだと威力が高すぎますし攻撃までに時間がかかります。 その上ちょこまか動かれると簡易電磁砲は当てられないです。 完全耐性もあるから動きを止める方法もないのでまず当てるのは不可能です」
その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろすレミスさん。 しかし、完全耐性とは厄介だ。
麻痺も効かなければ、毒も効かない。 一瞬ダメージを与えたとしても次の瞬間には何事もなかったかのように動き出し、体内に鉛玉を撃ちこんだとしてもすぐに毒の耐性を得てしまう。
接近戦で戦っていても、異なる系統の攻撃は連続で与えられない……
そうなると連携も崩れる。 初めて顔を合わせる冒険者同士で阿吽の呼吸をさせられるわけもなく。
連携なら双子さんがいるかもしれないが、二人共接近戦か中距離戦しかできない。 これでは同時にやられてしまうリスクが高く、そうなれば体制が崩れてしまうため危険すぎる。
……八方塞がり。
一撃で仕留めるとするなら多少の威力さえあればどうにかなるだろう。
問題は、どうやって時間を稼ぐか……
「手詰まりかな? お嬢さん?」
隣で銃を乱射しながら、心配そうに声をかけてくるぴりからさん。
「いえ、策はあります。 さっき落とし穴掘りましたよね? あそこにこれをありったけぶち込んで欲しいのですが手がたりません」
そう言って私は恐る恐る、とある液体がたっぷり入った瓶をカバンから取り出す。
それを見たぴりからさんはおかしそうに笑う。
「またお嬢さんは、変わった手を使うねぇ。 手が足りないならボクたちがどうにかしよう」
ぴりからさんはそう言うと攻撃の手を緩めないまま前線に駆け出す。
「双子の美男子君たち! お嬢さんを手伝ってもらっていいかな? 前線にいられると巻き込みかねない。 そこの空気を読めないお馬鹿さんも一旦離れておくれ?」
「え? 空気の読めないお馬鹿さんって俺のことかよ!」
「ぴりから!」「一体なにをする気だ?」
攻撃の手は緩めずに、ぴりからさんの意図が読めない皆が口々に質問する。
「見れば分かるさ、そう言うことだ……行けるね? ぬらぬら」
ぴりからさんは、口元を三日月の形に歪めながらぬらぬらさんに問いかける。
「ええ、無論いけます。 セリナさん、私はこれから少しばかり無茶をします。 何分ほど稼げばよろしいか、伺っても良いですか?」
ぬらぬらさんは九尾狐から距離をとり、肩の力を抜き、腕をだらんと下ろしながら私に問いかける。
「そんなに稼がなくていいです、三人もいるなら十分あればどうにかなるはずです」
「セリナ、なにをしようとしてるの?」
メル先輩は私がなにをしようとしてるのか予想がつかなかったのだろう。
虞離瀬凛さんを手当てしながら、不安そうな表情で問いかけてくる。
「名付けて、ホールインワン作戦です!」
私は手にした瓶を見せながらドヤ顔で親指を立てる。 するとメル先輩は引き攣った笑いを見せた。
「ふふ、実にいいネーミングだ、お嬢さん。 なら、落とし穴への誘導役は三人に任せて、ボクたちはここで全力を出していいんだね?」
ぴりからさんは両手を交差させて、顔の前にカッコよくショッキングピンク色の銃を構えながら、恐ろしいほどの殺気を振り撒いた。
☆
圧倒的だった……
ぬらぬらさんの動きは残像しか見えない、それに反応できてる九尾狐がおかしいくらいだ。
九尾狐は再生が間に合わず、他のモンスターに変化する余裕もないだろう。
かろうじで見えているのは、ぬらぬらさんが槍を突き刺し、九尾狐はたまらず反撃しようとする。
反撃をしようとした九尾狐をぴりからさんの魔力弾が打ち抜き、次いでぬらぬらさんの槍がまた九尾狐を突き刺す。
近距離と遠距離でポジションが明確に分かれている二人ならば、同時撃破される危険性がなく、万が一のことがあっても体制を整える時間を設けることができる。
なにより驚きなのは、展開が圧倒的だから何かが起きる気配すら感じさせないほどの強さ。
ぬらぬらさんの超高速の動きに合わせて、魔力弾を撃ち込むぴりからさんもそうだが……
なによりも圧倒的なのは、早すぎて目で追えないぬらぬらさんだ。
「哀れな九尾狐さん。 あなたは本当に愚かでした」
ぬらぬらさんの動きが一瞬止む。 九尾狐は全身の刺し傷や銃弾の傷を再生させながら、油断なく後ろに下がる。 ぬらぬらさんの動きに反応できてるのはすごいかも知れないが、再生すら間に合っていない。
歯を剥き出しにして威嚇する九尾狐。
「私たちはいつもセリナさんに教えを請うと、こう説かれます。 モンスターの能力を自分が得たならどうするかを考えるように……と」
呟くと同時にぬらぬらさんの体がブレる。 一瞬で肉薄して九尾狐の左腹部を突くが、ギリギリ回避される。
「なぜ? 避けるのです?」
回避された瞬間にそう呟いた。 そしてもう片方の槍で追撃をする。
九尾狐は身をくねらせ急所を外すが、ぬらぬらさんの槍は九尾狐の皮膚を切り裂いた。
そしてすかさずぴりからさんに目配せすると、ぴりからさんは銃を下ろす。 それを見た九尾狐は突進。
ぬらぬらさんはなぜかもう一度槍で九尾狐を切り裂こうとするが、もちろんこれは弾かれる。
「今度はなぜ、避けないのです?」
バックステップで突進を普通に回避すると、ぴりからさんが攻撃を再開する。
その瞬間、私はぬらぬらさんの言いたいことを理解する。
「愚かです、九尾狐さん。 あなたは自分の弱点を、無意識の内に私たちに伝えてしまいました。 超速再生能力を持つにもかかわらず、なぜ急所以外の攻撃も避けるのでしょう? なぜです? 完全耐性を持った時は避ける素振りも見せないのに?」
同時にぴりからさんはニッと口角を吊り上げ、二丁の銃をマシンガンのように連射する。
「ぴっ! ぴりから! 完全耐性があるのに連射は……」
ぴりからさんの攻撃に思わず声を上げてしまうレミスさん。
しかしぴりからさんはおかしそうに鼻を鳴らした。
「エルフの子猫ちゃん、君は視力がいいんだろ? 見えないのかい?」
——圧巻。
レミスさんは目を見開いて九尾狐を凝視する。 九尾狐はたった一瞬で全身に無数の切り傷と銃弾による傷を負っていた。
「い、今の——全部交互に攻撃してたとでも言うの?」
第四世代は化け物揃いとはよく言われるが、この二人は息ぴったりの連携もある。 二人揃えばその力は金ランクにも劣らないだろう。
だが世知辛いことにランクは一人一人の評価だ、二人で一つなんて例外は許されない。
ぬらぬらさんは血まみれの九尾狐に哀れみを帯びた視線を送る。
「もしも私が、超速再生などと言う権能を授かったのなら。 最小限急所を守るような行動しか取らないでしょう。 急所でなければ避ける必要もありませんから。 ですが、なんらかの制限があるとするなら話は別です。 あなたの超速再生には、一体なにが代償になっているのです? なぜ今になってコロコロ姿を変えていたその変化能力を使わなくなったのです?」
血まみれの九尾狐にゆっくりと歩み寄りながら、ポツポツと語り始めるぬらぬらさん。
「魔力の底が見え始めたからではないのですか? 先ほど鉄針鼠も食そうとしていましたね? 山間エリアにはあのモンスターは大量にいるはずです。 一年たった今も、あのモンスターの亡骸を食したことはなかったのですか? そんなはずはありませんよね? 一度食したことがあるであろう魔物も食らおうとするのは、魔力を蓄えるためなのですか?」
二本の槍を踊るように回しながら、威嚇して喉を唸らせる九尾狐の前で足を止める。
「ならばその魔力が絶えるまで……あなたの体を切り刻めばよいのですよね? 超速再生で死なないのなら、死ぬまで殺してしまえばいいのですよね?」
ぬらぬらさんは、慈愛に満ちた笑みを見せる。
腹黒要素など微塵も感じさせない彼女は、裏表がないからその笑顔が余計に怖い……
「あなたの罪は、モンスターだけでなく我々の仲間を手にかけてしまった事。 その罪
——————血で贖っていただきましょう」
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