永劫の誇り – 鹿之助、燃ゆる戦国の灯』

honyarara

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第十九章 祈りの背骨

祈りの背骨

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出雲の風は静かだった。戦を重ね、問いを巡り、それでもなお旗は揺れている。だがその揺れは、もはや迷いではなかった。旗が掲げるのは強さではなく、祈り。声なき者たちが願い続けた「尊厳の形」こそが、義軍の骨を支えるものとなっていた。

鹿之介は、峠の拠点にて一枚の布を縫い直していた。それは戦で裂け、雨で滲み、歌に歪められた義軍の軍旗。その中央に、彼はあらためて墨を含ませ、一筆で“義”の字を描き直す。「これは刃の象徴ではなく、祈りの背骨なのだ」と。

義軍では、再編成が静かに進められていた。農兵と浪人を区分するのではなく、各人の誓いを軸に「旗手隊」「護民隊」「言葉番」といった新たな役割が生まれた。軍隊ではなく、“誓いの共同体”として構築されていく様子は、軍制とは異なる響きを持ち始めていた。

民の中には、「義軍の者は恐ろしくない。あれは、我らの祈りを担ってくれている」と語る者も現れ始めた。出雲のある村では、田植えの前に「義」の字を水面に描く風習が自然と根づき、子どもたちはそれを“田の誓い”と呼んだ。

この頃、遠方から一人の旅人が義軍の地に訪れる。名は“アントニオ”。異国の風を纏い、背には書を仕込んだ細身の鞄。彼はただこう言った。「この地に、声なき者が旗を持ったと聞きました。それが真ならば、私はそれを記しに来たのです」と。

鹿之介は彼を見つめ、しばし沈黙ののちこう返す。
「語られなかった名が、旗となって立った。我らはその風を起こしただけです」

アントニオは紙を広げ、筆を取った。記された最初の一節はこうだった。

“In a land of many lords and countless swords, I found one banner that bore no crest—but only prayer.”

祈りの背骨。それは、名もなき者の願いを支える骨格であり、誇りを土に染み込ませた灯。そしてその姿が、“記録される”ことで、未来に繋がる礎となっていく。
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