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第三章 エヴァルシア開発編
133 繁栄の兆しと折れた槌
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――三日後。
この三日間、日中は南西の農業区で農業希望者の家屋設置と畑づくりを行い、夕食後は農業以外の職種を希望した人とその家族に、エヴァルシアの住民の証である指輪、もしくは腕輪を配って回っていた。
その甲斐あって、農業希望者の家屋設置と畑づくりはすべて完了し、指輪と腕輪もエヴァルシアの全住民に行き渡った。
思っていた以上に農業を希望する人が多く、南西の農業区で生産された農作物は、すでにエヴァルシアの二年分の備蓄量に達している。そのため、メディア、ターリア、エリュシアの〈植物魔法〉を用いた収穫作業は、昨日でひと区切りとなった。
メディアには本日、冒険者ギルドの建築をお願いしている。朝からレオンと一緒に、商業区にあるダンジョンの場所へ向かっているはずだ。
ターリアは、救助した住民の中に服飾経験者が六世帯十二名いたため、その人たちと、服飾職人の母娘であるエリシア、リリーナと共に、南東の生産区にある『ターリア服飾工房』で働くことになった。
そこは、メディアがあらかじめ作ってくれていた、紡績・織布・染色の工房と、仕立て工房が併設された施設だ。まずはエヴァルシアの住民が困らないよう、手ごろな価格の服を揃えていくそうだ。
エリュシアは、シアとリオナと一緒にエヴァルシア迷宮へ潜りに行った。
救助した住民の中には、酒蔵で働くことを希望した者も六世帯十二名いた。
この世界では、夫婦で同じ仕事に就くことが多いらしい。酒蔵の母娘であるカトリナ、ノエルと一緒に、『エヴァルシア醸造・蒸留所』で働いてもらうことになった。
ちなみに、最初に出したブランデーは、なんとオークションで販売されたという。
オークションになったのは、商会長オルヴェナが貴族たちに試飲させた影響が大きいが、当日、金に糸目を付けずに入札していたのはドワーフたちだったらしい。
実は、二十五年物の樽を一つ持ち帰ったドルガンが、ほんの少しだけ他のドワーフたちに試飲させていたそうで、その結果、王都にいるドワーフ全員が目の色を変えてオークションに参加したのだとか。
オルヴェナが言っていた。
「アレスさん、この二十五年物の瓶一つで、小さめの貴族屋敷が普通に買えるんですよ……」
「うそだろ……」
値崩れを防ぐために出す本数は調整しているそうだが、それでも莫大な利益が出ているらしい。
とはいえ、元になっているのはこの国の名産地カステリオのブドウだ。エヴァルシア産のブドウを使えば、さらに美味い酒になるので、そのときはいったいいくらになるのか、想像もつかない。
食堂を営んでいた六世帯については、今は店を出しても客が見込めない状況のため、エルマのもとで修行してもらうことにした。
教師として避難に参加していた六人は、いずれも独身の女性だった。彼女たちは現在、孤児院で教師をしている〈緋桜の守人〉三姉妹に預けてある。
僧侶として避難に参加していた六人も、全員独身の女性だ。人々を癒す仕事に就く者たちであるため、最優先で“治療済み”だ。
全員に〈回復魔法〉、〈性魔法〉、〈光魔法〉に加え、冒険者としても動けるスキルを複製してある。そのまま、ティアが司祭を務める教会で働いてもらうことになった。
避難民をまとめるために同行していた文官十二名は、そのままセレナに預け、エヴァルシアの文官として働いてもらうことにした。
各職業の人数が常に六の倍数なのは、避難計画の段階で職種ごとに人数を割り当てていたからだろう。第六次まで実施された計画だったから、こうなっている。
そして残ったのが、大工・木工が十二人、御者が六人、鍛冶師が六人。俺は、この人たちの扱いについて、セレナから相談を受けていた。
「大工か……家を建てる仕事は、しばらくなさそうだな。鍛冶師も、ルビナとドルガンさんがいる以上、日用品程度しか勝ち目がないだろう。しかし“御者”って、それだけでエヴァルシアで仕事をするつもりなのか?」
「どうやら、避難の際に大きな馬車を一台用意したそうなの。それは御者の人しか扱えなかったみたい。でも、森に入って間もない頃、貴族たちが馬を潰して食べてしまったんだって。元々は遠距離の乗合馬車をやっていた人たちらしいわよ」
なるほどな……しかし、どうするか。
「今、馬は何頭いる?」
「私がエヴァルシアに来るときに使った四頭と、違法奴隷商が使っていた八頭で、合わせて十二頭ね」
ふむ。馬は足りている。
「じゃあ、公共事業として“定期運行馬車”をやるのはどうだ? 街の中限定で」
「街の中限定の定期運行馬車?」
「ああ。南西の農業区の人たち、みんな端のほうに固まって住んでるだろ。そこから中心部まで、子供の足だと三十分以上かかる。定期便の馬車を街中に走らせれば、誰でも利用できる」
「利用料金は?」
「住民は無料でいいんじゃないか? 外から来た人だけ有料で」
「無料!? 本当にやっていけるの……?」
「大丈夫だ。後で商会長に蒸留酒の価格を聞いてみるといい。納得するはずだ」
「蒸留酒……わかったわ、聞いておく」
これで大工にも馬車の荷台を作る仕事ができる。いや、いっそ馬車自体を量産させるのもありか。
となると、次は鍛冶師だな。
そのとき、ルビナから〈念話〉が届いた。
『アレス! ドルガンさんが! ドルガンさんが!』
『どうした、ルビナ。落ち着け。ドルガンさんがどうした?』
『ドルガンさんが襲われて、怪我したみたい! 教会に運ばれたって! あたし、行ってくる!』
『待て! なんでドルガンさんが!?』
それきり返事はなかった。相当切羽詰まっているのだろう。
「セレナ、ドルガンさんが襲われたらしい。王都へ行ってくる。さっきの話は進めておいてくれ」
それだけ告げ、俺は全速力で地下の転移魔法陣へ向かった。
◇
「大丈夫か! ドルガンさん!」
王都の教会の一室に飛び込んだ俺の目に映ったのは、泣きそうな顔のルビナと、両腕の肘から先を包帯でぐるぐるに巻かれたドルガンの姿だった。顔にも殴打の痕がいくつも残っている。
「どういうことだ!? なぜドルガンさんが襲われる!?」
「アレス、実は――」
「ルビナ! それを言ったらクビにすると言ったはずだ! 忘れたのか!」
「ドルガンさん……」
事情はともかく、教会にいる以上、大きな怪我であれば最優先で〈回復魔法〉を受けたはずだ。それでも腕が治っていないということは――。
「ドルガンさん……もしかして、その腕、切られたのか?」
「……ああ。手首から先を、ごっそりな。もう槌は持てんわい」
なぜ、こんなことに。考える前に、まず治療だ。
「ドルガンさん。俺が治す。少しだけ、じっとしていてくれ」
俺は腕に巻かれた包帯を亜空間へ収納し、〈完治2〉を発動させた。
「お? おお!? 手が生えとるぞ! アレス、お前、すげえやつだったんだな!」
「それより事情を話してくれ。また襲われるかもしれないだろ?」
「嫌じゃ。断る。また襲われたら、そのときはアレスが治してくれりゃいい」
なぜだ……。俺はルビナを見るが、彼女は泣きそうな顔のまま、何も言わない。
「じゃあ、邪魔したな」
教会の僧侶にそう告げ、ドルガンは一人で外へ出ていった。俺たちは慌てて後を追う。
「念のため、工房までは護衛します」
「大袈裟じゃのう、アレス。これだけ元気なら、今度はワシが返り討ちにしてやるわい」
確かに、ドルガンは冒険者と比較しても、Bランク冒険者の上位くらいの実力を持っている。本来なら、そこらの連中に遅れを取るはずがない。
それでも今回は、手首から先を切り落とされた。相手は相当な手練れだ。もしかすると複数だった可能性もある。
いつも通りを装うドルガンに付き添い、『ブラスアーム鍛冶工房』が見えてきた瞬間、彼の顔色が変わった。
「ま、まさか……!」
ドルガンは工房へ駆け込み、次の瞬間、怒号が響いた。
「くそっ! やつら、樽ごと持っていきよった!」
どうやら、二十五年物のブランデーを樽ごと盗まれたらしい。
だが、俺の目に飛び込んできたのは、それだけではなかった。
「ルビナ……これは、どういうことだ?」
『ブラスアーム鍛冶工房』の扉は破壊され、窓ガラスはすべて割られている。そして壁一面には、目立つ色の文字が無数に書き殴られていた。
『女を鍛冶師にしたドワーフの恥!』
『アルトヴィアから出ていけ!』
ほかにも、『死ね!』といった、見るに堪えない言葉が並んでいる。
――完全に、俺のせいだった。
この三日間、日中は南西の農業区で農業希望者の家屋設置と畑づくりを行い、夕食後は農業以外の職種を希望した人とその家族に、エヴァルシアの住民の証である指輪、もしくは腕輪を配って回っていた。
その甲斐あって、農業希望者の家屋設置と畑づくりはすべて完了し、指輪と腕輪もエヴァルシアの全住民に行き渡った。
思っていた以上に農業を希望する人が多く、南西の農業区で生産された農作物は、すでにエヴァルシアの二年分の備蓄量に達している。そのため、メディア、ターリア、エリュシアの〈植物魔法〉を用いた収穫作業は、昨日でひと区切りとなった。
メディアには本日、冒険者ギルドの建築をお願いしている。朝からレオンと一緒に、商業区にあるダンジョンの場所へ向かっているはずだ。
ターリアは、救助した住民の中に服飾経験者が六世帯十二名いたため、その人たちと、服飾職人の母娘であるエリシア、リリーナと共に、南東の生産区にある『ターリア服飾工房』で働くことになった。
そこは、メディアがあらかじめ作ってくれていた、紡績・織布・染色の工房と、仕立て工房が併設された施設だ。まずはエヴァルシアの住民が困らないよう、手ごろな価格の服を揃えていくそうだ。
エリュシアは、シアとリオナと一緒にエヴァルシア迷宮へ潜りに行った。
救助した住民の中には、酒蔵で働くことを希望した者も六世帯十二名いた。
この世界では、夫婦で同じ仕事に就くことが多いらしい。酒蔵の母娘であるカトリナ、ノエルと一緒に、『エヴァルシア醸造・蒸留所』で働いてもらうことになった。
ちなみに、最初に出したブランデーは、なんとオークションで販売されたという。
オークションになったのは、商会長オルヴェナが貴族たちに試飲させた影響が大きいが、当日、金に糸目を付けずに入札していたのはドワーフたちだったらしい。
実は、二十五年物の樽を一つ持ち帰ったドルガンが、ほんの少しだけ他のドワーフたちに試飲させていたそうで、その結果、王都にいるドワーフ全員が目の色を変えてオークションに参加したのだとか。
オルヴェナが言っていた。
「アレスさん、この二十五年物の瓶一つで、小さめの貴族屋敷が普通に買えるんですよ……」
「うそだろ……」
値崩れを防ぐために出す本数は調整しているそうだが、それでも莫大な利益が出ているらしい。
とはいえ、元になっているのはこの国の名産地カステリオのブドウだ。エヴァルシア産のブドウを使えば、さらに美味い酒になるので、そのときはいったいいくらになるのか、想像もつかない。
食堂を営んでいた六世帯については、今は店を出しても客が見込めない状況のため、エルマのもとで修行してもらうことにした。
教師として避難に参加していた六人は、いずれも独身の女性だった。彼女たちは現在、孤児院で教師をしている〈緋桜の守人〉三姉妹に預けてある。
僧侶として避難に参加していた六人も、全員独身の女性だ。人々を癒す仕事に就く者たちであるため、最優先で“治療済み”だ。
全員に〈回復魔法〉、〈性魔法〉、〈光魔法〉に加え、冒険者としても動けるスキルを複製してある。そのまま、ティアが司祭を務める教会で働いてもらうことになった。
避難民をまとめるために同行していた文官十二名は、そのままセレナに預け、エヴァルシアの文官として働いてもらうことにした。
各職業の人数が常に六の倍数なのは、避難計画の段階で職種ごとに人数を割り当てていたからだろう。第六次まで実施された計画だったから、こうなっている。
そして残ったのが、大工・木工が十二人、御者が六人、鍛冶師が六人。俺は、この人たちの扱いについて、セレナから相談を受けていた。
「大工か……家を建てる仕事は、しばらくなさそうだな。鍛冶師も、ルビナとドルガンさんがいる以上、日用品程度しか勝ち目がないだろう。しかし“御者”って、それだけでエヴァルシアで仕事をするつもりなのか?」
「どうやら、避難の際に大きな馬車を一台用意したそうなの。それは御者の人しか扱えなかったみたい。でも、森に入って間もない頃、貴族たちが馬を潰して食べてしまったんだって。元々は遠距離の乗合馬車をやっていた人たちらしいわよ」
なるほどな……しかし、どうするか。
「今、馬は何頭いる?」
「私がエヴァルシアに来るときに使った四頭と、違法奴隷商が使っていた八頭で、合わせて十二頭ね」
ふむ。馬は足りている。
「じゃあ、公共事業として“定期運行馬車”をやるのはどうだ? 街の中限定で」
「街の中限定の定期運行馬車?」
「ああ。南西の農業区の人たち、みんな端のほうに固まって住んでるだろ。そこから中心部まで、子供の足だと三十分以上かかる。定期便の馬車を街中に走らせれば、誰でも利用できる」
「利用料金は?」
「住民は無料でいいんじゃないか? 外から来た人だけ有料で」
「無料!? 本当にやっていけるの……?」
「大丈夫だ。後で商会長に蒸留酒の価格を聞いてみるといい。納得するはずだ」
「蒸留酒……わかったわ、聞いておく」
これで大工にも馬車の荷台を作る仕事ができる。いや、いっそ馬車自体を量産させるのもありか。
となると、次は鍛冶師だな。
そのとき、ルビナから〈念話〉が届いた。
『アレス! ドルガンさんが! ドルガンさんが!』
『どうした、ルビナ。落ち着け。ドルガンさんがどうした?』
『ドルガンさんが襲われて、怪我したみたい! 教会に運ばれたって! あたし、行ってくる!』
『待て! なんでドルガンさんが!?』
それきり返事はなかった。相当切羽詰まっているのだろう。
「セレナ、ドルガンさんが襲われたらしい。王都へ行ってくる。さっきの話は進めておいてくれ」
それだけ告げ、俺は全速力で地下の転移魔法陣へ向かった。
◇
「大丈夫か! ドルガンさん!」
王都の教会の一室に飛び込んだ俺の目に映ったのは、泣きそうな顔のルビナと、両腕の肘から先を包帯でぐるぐるに巻かれたドルガンの姿だった。顔にも殴打の痕がいくつも残っている。
「どういうことだ!? なぜドルガンさんが襲われる!?」
「アレス、実は――」
「ルビナ! それを言ったらクビにすると言ったはずだ! 忘れたのか!」
「ドルガンさん……」
事情はともかく、教会にいる以上、大きな怪我であれば最優先で〈回復魔法〉を受けたはずだ。それでも腕が治っていないということは――。
「ドルガンさん……もしかして、その腕、切られたのか?」
「……ああ。手首から先を、ごっそりな。もう槌は持てんわい」
なぜ、こんなことに。考える前に、まず治療だ。
「ドルガンさん。俺が治す。少しだけ、じっとしていてくれ」
俺は腕に巻かれた包帯を亜空間へ収納し、〈完治2〉を発動させた。
「お? おお!? 手が生えとるぞ! アレス、お前、すげえやつだったんだな!」
「それより事情を話してくれ。また襲われるかもしれないだろ?」
「嫌じゃ。断る。また襲われたら、そのときはアレスが治してくれりゃいい」
なぜだ……。俺はルビナを見るが、彼女は泣きそうな顔のまま、何も言わない。
「じゃあ、邪魔したな」
教会の僧侶にそう告げ、ドルガンは一人で外へ出ていった。俺たちは慌てて後を追う。
「念のため、工房までは護衛します」
「大袈裟じゃのう、アレス。これだけ元気なら、今度はワシが返り討ちにしてやるわい」
確かに、ドルガンは冒険者と比較しても、Bランク冒険者の上位くらいの実力を持っている。本来なら、そこらの連中に遅れを取るはずがない。
それでも今回は、手首から先を切り落とされた。相手は相当な手練れだ。もしかすると複数だった可能性もある。
いつも通りを装うドルガンに付き添い、『ブラスアーム鍛冶工房』が見えてきた瞬間、彼の顔色が変わった。
「ま、まさか……!」
ドルガンは工房へ駆け込み、次の瞬間、怒号が響いた。
「くそっ! やつら、樽ごと持っていきよった!」
どうやら、二十五年物のブランデーを樽ごと盗まれたらしい。
だが、俺の目に飛び込んできたのは、それだけではなかった。
「ルビナ……これは、どういうことだ?」
『ブラスアーム鍛冶工房』の扉は破壊され、窓ガラスはすべて割られている。そして壁一面には、目立つ色の文字が無数に書き殴られていた。
『女を鍛冶師にしたドワーフの恥!』
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――完全に、俺のせいだった。
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