闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

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第四章 二つの闇

二十三話 毒の熱 2

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「な、にを……」

 喉の奥で脈が跳ね、息が勝手に途切れる。目に映るのは赫燕の瞳だけ。伽羅きゃらの香が鼻腔びこうをくすぐり、全身を支配していく。

「隙だらけだな」

 低く響く声が、玉蓮の鼓膜を震わせる。

「お、おたわむれを! おやめくださいっ」

 震える声で抗議し、唯一自由な左手で彼の胸を押し返そうとする。鋼のように鍛え上げられた体はまるで岩のように微動だにせず、逆に彼女の指先がその強靭きょうじんな筋肉に吸い付くようだった。

「ぁ……」

 太い指が玉蓮の顎を掴み、軽く持ち上げる。もがく小動物の抵抗を楽しんでいるかのように、赫燕の口角が釣り上がる。

 近づいてくる瞳に、玉蓮は金縛りにあったように動けない。彼の呼気が彼女の頬を撫でる。濃い酒の匂いと男の匂いに玉蓮がぐらりと揺らいだ。



「——お頭、朱飛しゅひです」



 天幕の外から届けられた、静かで無機質な声。

 目の前の男の動きが、ぴたりと止まる。だが、赫燕は玉蓮を解放するどころか、そのままで、「入れ」と短く返した。幕が上がる音、次に朱飛が中に入ってくる足音が耳に届く。そして——ふう、と。普段よりも、わずかに長く、深い溜め息が落ちた。

「……何を、しているんですか」

「見てわからねえか。たわむれている」

 朱飛の視線が、肌に突き刺さる。いっそ、このまま意識が途絶えてしまえばいい。そう思うのに、赫燕から目を逸らすこともできず、動くこともできない。

「……その遊びは、他でやってもらえませんか」

 朱飛の静かな言葉に、ようやく赫燕の視線が玉蓮から彼へと移った。そして、まるで飽きた玩具を放るように、少し乱暴に玉蓮を膝から下ろす。

「こいつを受け取りに来たのか?」

「……いえ、報告が」

 赫燕と朱飛の会話をよそに、玉蓮はよろよろと立ち上がり、乱れた衣服を整える。一刻も早くこの場から逃れようと出口に向かい、入り口を塞ぐ獣皮じゅうひに指先が触れた、その瞬間——

「おい。まだだ」

 背を撃つような声が落ちた。ゆっくりと振り返れば、そこには不敵な笑みをたたえた男。玉蓮は、奥歯で何かを噛み砕くように耐え、再び赫燕の背後へ戻った。

 今度は、体重を乗せて、ぐっと指先に力を込める。やはり鋼のような筋肉は、それでもびくともしない。

「まあ、ないよりはましだな」

 赫燕は、楽しげに喉の奥で笑った。指先から染み込む熱が、じわじわと血管を巡り、おかしなしびれとなって心の臓を絡め取る。赫燕の前では、朱飛が感情のない声で、報告を読み上げ始めていた。
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