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第四章 二つの闇
二十四話 誓いの道 2
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「——あ、あなたにッ! あなたに、何がわかるというのです!」
尖った声が喉から出ていく。月明かりの下で振り返った赫燕が、真っ直ぐ視線を投げる。
「……復讐をしたいなら、手を汚せ」
次々と落とされていく首。舞い上がる血飛沫。土を覆い尽くす血溜まり。
「あなたの、やり方で……」
むせかえる血の臭い、逃げ惑う悲鳴と命を乞う眼差しが蘇る。
「こんなやり方で、本当に姉上の無念を晴らせるというのですか! 姉上が、喜んでくれるというのですか!」
敵将の心の臓を貫いた時の感覚が、まだ手に残っている。人の命を奪った感触がこの手に残っているのだ。姉が握ってくれた手は、痣だらけになり、そして今や血に塗れている。
「仇を討つために、あなたと同じ、怪物になれと!」
体が支えを失ったように地へ沈んだ。土の湿り気が手のひらを濡らし、堪えていた涙が頬を伝って落ちる。
目蓋の裏にこびりついたように、この手で命を奪った敵兵の眼差しがいくらでも蘇る。戦場に出たことを悔やんでいるわけではない。あの男の喉に刃を突き立てるのだから。ただ、溢れ出てくるこの黒い炎の行き先がわからない。
玉蓮は、手の先にある土を握りしめた。
赫燕の足音が近づいてきて、やがて玉蓮の視界にその足元が見えた。そして、玉蓮の目の前まで歩み寄ると、すっとその場に膝をつく。
「——ッ!」
玉蓮の顔が跳ねるようにして上がった。
外套がはだけ、月明かりの下に晒される、あまりにも無防備な素肌。幾多の戦を生き抜いてきた、その肉体に刻まれた古い傷跡。その傷跡から立ち上るかのような、生々しい男の熱。その全てが、今、玉蓮の足元に差し出されている。
見下ろすのでも、見下されるのでもない。真っ直ぐに、深淵が深淵を覗き込むように、瞳が交錯する。
「姉がどう思うか、だと? 死んだ人間のことなんざ、俺が知るか」
冷たい言葉を放つ、赫燕の瞳の奥。そこにあるのは、嘲笑でも、憐憫でもない。静かで、深い光。まるで同じ痛みを知っているかのような昏い光。
「だがな、お前が今感じている、その腹の底が爛れる憎しみ。それだけは本物だ」
赫燕の指が、玉蓮の涙を乱暴に拭う。優しさとは程遠く、まるで邪魔な汚れを払うかのように。長年にわたり剣を握り続けてきたとわかる、硬く、節くれだった指が、一瞬だけ玉蓮の頬を包んだ。
なぜ、こんなにも荒々しい指先に、温もりを感じてしまうのだろう。なぜ、この温もりがこんなにも心を乱す。その矛盾に、さらに涙が溢れていく。目の前の漆黒の瞳を、見つめ返す。夜の闇そのものを閉じ込めたかのような瞳を。
「迷うな。その憎しみの行き場が欲しいんだろう」
彼は立ち上がり、玉蓮に背を向ける。
「お前が望むなら、俺が道を作ってやる」
見上げた先、闇のように深く、どこまでも孤独な男の背中と輝く月があった。赫燕はそれだけを告げると、再び闇の中へと消えていく。
その背が消えた先にあるのは、月すら飲み込むほどの昏道。そして、その道の入り口に、一人、玉蓮だけが残されていた。
冷たい風が吹き抜け、衣擦れの音が虚しく響く。涙を拭う間もなく、気配が差し込んだ。見上げれば、朱飛が闇を踏みしめて立っていて、銀色の耳飾りが鈍く、優しく輝く。
「……行くぞ」
いつもと変わらない低い声が、玉蓮の張り詰めていた意識を、現実に引き戻していく。
「……朱飛」
「なんだ」
「あの人は……あの人は、なんなのです。道を、作るなどと」
玉蓮は、絞り出すような声で呟いた。朱飛が、黙って、その震える肩を強く抱き寄せる。彼の指先から伝わる微かな温もりに、張り詰めていた玉蓮の体の力が、ほんの少しだけ抜けていく。
尖った声が喉から出ていく。月明かりの下で振り返った赫燕が、真っ直ぐ視線を投げる。
「……復讐をしたいなら、手を汚せ」
次々と落とされていく首。舞い上がる血飛沫。土を覆い尽くす血溜まり。
「あなたの、やり方で……」
むせかえる血の臭い、逃げ惑う悲鳴と命を乞う眼差しが蘇る。
「こんなやり方で、本当に姉上の無念を晴らせるというのですか! 姉上が、喜んでくれるというのですか!」
敵将の心の臓を貫いた時の感覚が、まだ手に残っている。人の命を奪った感触がこの手に残っているのだ。姉が握ってくれた手は、痣だらけになり、そして今や血に塗れている。
「仇を討つために、あなたと同じ、怪物になれと!」
体が支えを失ったように地へ沈んだ。土の湿り気が手のひらを濡らし、堪えていた涙が頬を伝って落ちる。
目蓋の裏にこびりついたように、この手で命を奪った敵兵の眼差しがいくらでも蘇る。戦場に出たことを悔やんでいるわけではない。あの男の喉に刃を突き立てるのだから。ただ、溢れ出てくるこの黒い炎の行き先がわからない。
玉蓮は、手の先にある土を握りしめた。
赫燕の足音が近づいてきて、やがて玉蓮の視界にその足元が見えた。そして、玉蓮の目の前まで歩み寄ると、すっとその場に膝をつく。
「——ッ!」
玉蓮の顔が跳ねるようにして上がった。
外套がはだけ、月明かりの下に晒される、あまりにも無防備な素肌。幾多の戦を生き抜いてきた、その肉体に刻まれた古い傷跡。その傷跡から立ち上るかのような、生々しい男の熱。その全てが、今、玉蓮の足元に差し出されている。
見下ろすのでも、見下されるのでもない。真っ直ぐに、深淵が深淵を覗き込むように、瞳が交錯する。
「姉がどう思うか、だと? 死んだ人間のことなんざ、俺が知るか」
冷たい言葉を放つ、赫燕の瞳の奥。そこにあるのは、嘲笑でも、憐憫でもない。静かで、深い光。まるで同じ痛みを知っているかのような昏い光。
「だがな、お前が今感じている、その腹の底が爛れる憎しみ。それだけは本物だ」
赫燕の指が、玉蓮の涙を乱暴に拭う。優しさとは程遠く、まるで邪魔な汚れを払うかのように。長年にわたり剣を握り続けてきたとわかる、硬く、節くれだった指が、一瞬だけ玉蓮の頬を包んだ。
なぜ、こんなにも荒々しい指先に、温もりを感じてしまうのだろう。なぜ、この温もりがこんなにも心を乱す。その矛盾に、さらに涙が溢れていく。目の前の漆黒の瞳を、見つめ返す。夜の闇そのものを閉じ込めたかのような瞳を。
「迷うな。その憎しみの行き場が欲しいんだろう」
彼は立ち上がり、玉蓮に背を向ける。
「お前が望むなら、俺が道を作ってやる」
見上げた先、闇のように深く、どこまでも孤独な男の背中と輝く月があった。赫燕はそれだけを告げると、再び闇の中へと消えていく。
その背が消えた先にあるのは、月すら飲み込むほどの昏道。そして、その道の入り口に、一人、玉蓮だけが残されていた。
冷たい風が吹き抜け、衣擦れの音が虚しく響く。涙を拭う間もなく、気配が差し込んだ。見上げれば、朱飛が闇を踏みしめて立っていて、銀色の耳飾りが鈍く、優しく輝く。
「……行くぞ」
いつもと変わらない低い声が、玉蓮の張り詰めていた意識を、現実に引き戻していく。
「……朱飛」
「なんだ」
「あの人は……あの人は、なんなのです。道を、作るなどと」
玉蓮は、絞り出すような声で呟いた。朱飛が、黙って、その震える肩を強く抱き寄せる。彼の指先から伝わる微かな温もりに、張り詰めていた玉蓮の体の力が、ほんの少しだけ抜けていく。
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