闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

文字の大きさ
84 / 159
第六章 首輪の在り処

四十四話 王家の血脈 2

しおりを挟む
「さらには、元々、馮貴妃付きだった奴婢が、火災よりも少し前に崔王后の宮に贈られている。その者が手先となった……そう考えるのが、最も筋が通る。芳梅ほうばい……宮女の名前には辿り着いたのですが、その者はその火災で死んでいる。結局、現段階では全て推測です。より多くの証拠が必要なのです」

 馬斗琉ばとるが、険しい顔で周囲を警戒し、さらに声を低くする。

「……崔瑾様、どうか慎重に。これは太后派に攻撃を仕掛けるのと同義です。崔家さいけは、王后おうこうを輩出すると同時に、代々王族が降嫁する名門。崔瑾様にも、王家の血が流れております」

 馬斗琉ばとるは、主の顔を真っ直ぐに見据えた。

「大王にとって、優秀すぎる貴方様は『目の上のこぶ』。太后様の入れ知恵もありましょうが、大王ご自身も、貴方様を恐れ、排除しようとなされています……」

 崔瑾は、行き場のない拳を強く握りしめた。一族に刃を向けるなど、王座を巡る歴史の中では珍しいことではない。

「……わかっている。大王は私の従兄弟だが、同時に、私の首を誰よりも欲しているのだろう。私が息をしているだけで、玉座が脅かされるとお考えだ」

「ならば、なおのこと慎重に動く必要があります。いつ敵側の手が——」

「だが、真実を知らぬまま殺されるつもりはない。叔母上の死の真相、そしてこの国を腐らせている毒の正体を暴くまでは」

 崔瑾の瞳に冷たい光が宿る。

阿扇あせん、調査を頼みます。王后おうこう宮の火災記録、太医たいい局の診簿しんぼ。そして、香の入手経路を。当時、誰が出世したか誰が排除されたか、記録を追うために人事記録も手に入れてください」

「はっ、必ず。ですが崔瑾様、侍女たちの検死を行った診簿しんぼは……すすを吸い込んだ量が少なかったという結果を太后側が残すはずが……」

 阿扇が何かに気づいたように、ハッと息を漏らした。

「そうです、阿扇。そんな記録は、ないはずです」

「……承知いたしました。『書き換えられた記録』がないか、徹底的に探します」

「お願いします。崔王后さいおうこうが亡くなった前年・当年・翌年だけ写しを。名は伏せ、決して気づかれぬように」

「はっ」

 崔瑾は、ふと視線をめぐらせて口元に手を置いた。

「阿扇、最後にもう一つ。北厳寺ほくがんじへの寄進記録を洗ってください」

北厳寺ほくがんじ……。崔王后様が眠っておられるという、あの河伯かはくの水源近くにある寺ですか?」

「はい。太后は毎年、そこへ目を疑うような額の黄金を納めている。……だが、あの合理主義者が、目に見えぬ功徳のためにこれほどの私財を投じるとは思えない。過剰な信仰心は、祈りのためではなく……」

「——何かを隠し通すための代価、ですね。即刻動きます」

 そう答えて、阿扇あせんは音もなく回廊の奥へ消えた。崔瑾は再び目を閉じ、噂を心の中で並べる。

——崔王后さいおうこうが亡くなった、宮の火災。

——ふう貴妃きひから贈られた香と消えた悲鳴。

——そして、真相を知る者たちの、不自然な栄転。

「崔瑾様」

「もはや、あちらは隠すこともしなくなってきた。早々に止めねば、我が国は沈みゆく船も同様です」

 崔瑾は、その深緋こきひの衣をひるがえし、回廊かいろうの深い闇へと歩を進めた。

◇◇◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※完結まで毎日更新 ※全26話+おまけ1話 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

処理中です...