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第八章 別離の衣
五十六話 盤上の駒勘定
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◇◇◇ 子睿 ◇◇◇
戦を終えてから二十日余りが過ぎた頃。子睿は、手に持った巻物を卓の上で広げた。そこに記されているのは、おびただしい数の名と、その横に引かれた、無慈悲なまでの線。臨万城の戦いにおける、赫燕軍の戦死者名簿だ。
「二十日、ですか。やれやれ、随分と高くついたものですな」
ぼやきながら、開いた扇でゆらりと風を送る。天幕の外から、勝利に沸く兵士たちの雄叫びが聞こえた瞬間、その扇の動きが、ぴたりと止まった。まるで、不快な音を遮断するかのように。
そして、再びゆっくりと、扇が揺れ始める。だが、その動きは先ほどまでの優雅さを失い、まるで不協和音を刻むかのように、不規則に神経質に空を切っていた。
彼らにとっては「勝利」なのだろう。地獄の釜の底を二十日間も這いずり回り、敵の屍で山を築き、生き延びたのだから。白楊国全体で見ても、五十万の敵を退けた此度の戦は、後世に語り継がれる「大勝利」として記録されるに違いない。
紙の上に、す、と人差し指を滑らせた。そこに記された無数の名。ただの記号。駒の損失勘定。彼の指が、ある一つの名の上で、ぴたりと止まる。
『俊』。確か、妹に簪を買ってやると、訛りの強い言葉で、はにかみながら話していた童顔の兵士。昨日まで、そこにいたはずの、一つの人生。その記憶が不意に蘇った瞬間、天幕の外から聞こえる勝利の雄叫びが、ひどく甲高い騒音に変わった。
(——笑わせる)
子睿は、再び指を動かし始めた。俊という名の染みを、他の無数の染みと同じ記号へと、意識的に戻していく。
国威は高まり、英雄も生まれた。結構なことだ。しかし、そのきらびやかな勝利の裏で、静かに、しかし確実に国家という巨人が流している血が見えている。失われた兵士、空になりそうな国庫。この勝利という名の巨大な負債の輪郭を、頭の中でなぞる。
論功行賞で揉めるか、増税で民が離反するか。あるいは、この勝利に怯えた朝廷の古狸たちが、我らを英雄として祭り上げ、その首に静かに毒を盛るか。どの道を選ぶにせよ、いつだって何かを支払わされるのは、前線で血を流した者たちだ。
「見ものですな」
子睿は、王都・雛許の方角の空を見上げた。ぱちり、と乾いた音を立てて、手に持った扇を閉じる。まるで、一つの計算を終えた合図のように。
戦を終えてから二十日余りが過ぎた頃。子睿は、手に持った巻物を卓の上で広げた。そこに記されているのは、おびただしい数の名と、その横に引かれた、無慈悲なまでの線。臨万城の戦いにおける、赫燕軍の戦死者名簿だ。
「二十日、ですか。やれやれ、随分と高くついたものですな」
ぼやきながら、開いた扇でゆらりと風を送る。天幕の外から、勝利に沸く兵士たちの雄叫びが聞こえた瞬間、その扇の動きが、ぴたりと止まった。まるで、不快な音を遮断するかのように。
そして、再びゆっくりと、扇が揺れ始める。だが、その動きは先ほどまでの優雅さを失い、まるで不協和音を刻むかのように、不規則に神経質に空を切っていた。
彼らにとっては「勝利」なのだろう。地獄の釜の底を二十日間も這いずり回り、敵の屍で山を築き、生き延びたのだから。白楊国全体で見ても、五十万の敵を退けた此度の戦は、後世に語り継がれる「大勝利」として記録されるに違いない。
紙の上に、す、と人差し指を滑らせた。そこに記された無数の名。ただの記号。駒の損失勘定。彼の指が、ある一つの名の上で、ぴたりと止まる。
『俊』。確か、妹に簪を買ってやると、訛りの強い言葉で、はにかみながら話していた童顔の兵士。昨日まで、そこにいたはずの、一つの人生。その記憶が不意に蘇った瞬間、天幕の外から聞こえる勝利の雄叫びが、ひどく甲高い騒音に変わった。
(——笑わせる)
子睿は、再び指を動かし始めた。俊という名の染みを、他の無数の染みと同じ記号へと、意識的に戻していく。
国威は高まり、英雄も生まれた。結構なことだ。しかし、そのきらびやかな勝利の裏で、静かに、しかし確実に国家という巨人が流している血が見えている。失われた兵士、空になりそうな国庫。この勝利という名の巨大な負債の輪郭を、頭の中でなぞる。
論功行賞で揉めるか、増税で民が離反するか。あるいは、この勝利に怯えた朝廷の古狸たちが、我らを英雄として祭り上げ、その首に静かに毒を盛るか。どの道を選ぶにせよ、いつだって何かを支払わされるのは、前線で血を流した者たちだ。
「見ものですな」
子睿は、王都・雛許の方角の空を見上げた。ぱちり、と乾いた音を立てて、手に持った扇を閉じる。まるで、一つの計算を終えた合図のように。
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