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第十章 正義の敵
七十三話 絹の首輪 1
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◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇
玉蓮が、重ねられた手を見つめていると、書斎の外から、地響きのような大きな足音が聞こえてきた。その足音はぴたりと入り口で止まる。
「この音は、馬斗琉ですね」
どこか呆れたように崔瑾は笑う。
「旦那様、馬斗琉将軍がお越しです」
「入りなさい」
崔瑾の声に答えるように、巨躯を揺らしながら馬斗琉が書斎に入る。卓の前まで進み出て、きっちりと頭を下げた。
「玉蓮様もご一緒でしたか」
「ああ、少しだけ話を聞いてもらっていたのだ」
馬斗琉は、玉蓮と崔瑾の手元を見て、どこか照れたように微笑んだ。
「側近の我々はヤキモキいたしましたが、仲睦まじい様子で何よりです」
馬斗琉は、さらに笑みを深めると、玉蓮に向き直る。
「玉蓮様、崔瑾様があのように強引に事を進めるのは、とても珍しいことなのです。そのおかげで、朝廷ではいまだに崔瑾一派への風当たりが強いこと、強いこと」
「馬斗琉」
「特に、周礼様が何かにつけて、『白楊の姫君へのご執心』と面白おかしく、吹聴しておりますゆえ。あの男は、言葉を鱗で覆った毒蛇ですな。誰にも噛みつかぬまま絡みつき、相手の呼吸すら操ろうとする」
「——馬斗琉」
崔瑾は、その大柄な男の名前を優しい声色でもう一度呼んだ。
「はっはっは! 喋りすぎましたかな」
悪びれる様子もなく豪快に笑う、その朗らかな声は、書斎の厳かな空気を一瞬だけ和ませる。
その時、崔瑾の視線が、ふと玉蓮の衣の襟元へ流れた。
「……それは、白楊国の物ですか」
「え?」
「濃紫色とは珍しいですね。国宝になるほどの色合いだ」
まるで心の臓を掴まれたような一瞬のざわめき。玉蓮は首元の石を握りしめ、隠すように手を重ねていた。指先が微かに震えてしまう。
「これは、わたくしの……」
言葉が詰まる。頭の中が白く染まり、何も出てこない。目の前の男は口角を少しだけ上げて、何も言わずに視線を戻した。
「……珍しい色合いの石だ、と思っただけです」
微かに広がる波紋のように、不規則に揺れる彼の目蓋。しかし、崔瑾はそれ以上、その石について探ろうとはしなかった。彼の顔に波は立たず、声も淡々としている。玉蓮は、その完璧な平静さに、小さく息をこぼし、「そうですか」と呟いた。
玉蓮が、重ねられた手を見つめていると、書斎の外から、地響きのような大きな足音が聞こえてきた。その足音はぴたりと入り口で止まる。
「この音は、馬斗琉ですね」
どこか呆れたように崔瑾は笑う。
「旦那様、馬斗琉将軍がお越しです」
「入りなさい」
崔瑾の声に答えるように、巨躯を揺らしながら馬斗琉が書斎に入る。卓の前まで進み出て、きっちりと頭を下げた。
「玉蓮様もご一緒でしたか」
「ああ、少しだけ話を聞いてもらっていたのだ」
馬斗琉は、玉蓮と崔瑾の手元を見て、どこか照れたように微笑んだ。
「側近の我々はヤキモキいたしましたが、仲睦まじい様子で何よりです」
馬斗琉は、さらに笑みを深めると、玉蓮に向き直る。
「玉蓮様、崔瑾様があのように強引に事を進めるのは、とても珍しいことなのです。そのおかげで、朝廷ではいまだに崔瑾一派への風当たりが強いこと、強いこと」
「馬斗琉」
「特に、周礼様が何かにつけて、『白楊の姫君へのご執心』と面白おかしく、吹聴しておりますゆえ。あの男は、言葉を鱗で覆った毒蛇ですな。誰にも噛みつかぬまま絡みつき、相手の呼吸すら操ろうとする」
「——馬斗琉」
崔瑾は、その大柄な男の名前を優しい声色でもう一度呼んだ。
「はっはっは! 喋りすぎましたかな」
悪びれる様子もなく豪快に笑う、その朗らかな声は、書斎の厳かな空気を一瞬だけ和ませる。
その時、崔瑾の視線が、ふと玉蓮の衣の襟元へ流れた。
「……それは、白楊国の物ですか」
「え?」
「濃紫色とは珍しいですね。国宝になるほどの色合いだ」
まるで心の臓を掴まれたような一瞬のざわめき。玉蓮は首元の石を握りしめ、隠すように手を重ねていた。指先が微かに震えてしまう。
「これは、わたくしの……」
言葉が詰まる。頭の中が白く染まり、何も出てこない。目の前の男は口角を少しだけ上げて、何も言わずに視線を戻した。
「……珍しい色合いの石だ、と思っただけです」
微かに広がる波紋のように、不規則に揺れる彼の目蓋。しかし、崔瑾はそれ以上、その石について探ろうとはしなかった。彼の顔に波は立たず、声も淡々としている。玉蓮は、その完璧な平静さに、小さく息をこぼし、「そうですか」と呟いた。
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