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3章 魔法をかけられて
15話 刹那の恋は瞬いて 1
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◇◇◇
今日も同じように、目覚めてすぐに公園に向かう。彼はトレーニングを一切欠かさない。そんな彼と同じようにトレーニングウェアを身にまとい、隣で汗を流せば、少しは健康体に近づいていけそうな気がする。
でも、やはり、彼のようにはいかないらしい。公園の鉄棒の前に立つ。彼が軽々と懸垂をこなす姿を見るたびに、自分もと挑戦するものの、わたしの体は一ミリメートルも上がらない。しっかりと握りしめた両手に、ぎりりと力が入って鈍い音を奏でるだけ。
腰を支える大きな手のひらから、小刻みな震えが伝わってくる。
「……っ、くく」
背中のすぐ後ろで、彼が必死に笑いを堪えているのが分かった。密着した体温と、擽ったいような振動。
「ま、た……笑ってぇ」
わたしは、ぶら下がったまま、不満な気持ちを隠すことなく彼を見る。すると、彼はもう我慢できないといった様子で、大声で笑い出した。
「あはは! やっぱりそれぶら下がってるだけだって」
「頑張ってるんです! 重力に逆らおうと!」
わたしも負けじと抗議するが、彼の笑いは止まらずに、早朝の公園に朗らかな声が響き渡る。
「クク……ヤバ……あは……ちょっ苦しっ……腹いた」
「……もう降りる」
「……はい」
笑いながらも軽々と受け止めてくれる力強い腕。わたしの体重ぐらいでは、びくともしないらしい。地面にゆっくりと降ろしてもらい、改めて不満げに彼を見上げると、龍介さんの瞳がとても近くにあった。
そして、次の瞬間、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、帽子のつばを、くいっと下向きに押し込んできた。わたしの視界は真っ暗。
「あ、なにするんですか!」
「いや、あまりにも真剣な顔してたから」
帽子のつばの向こう側から聞こえてくる、楽しそうに弾んだ声。わたしは顔を上げようとするが、深く被せられた帽子が邪魔をする。
「わたしは真剣にトレーニングしてるんですよ!」
「知ってるよ。だから、次はもっと上に上がれるように、付き合ってあげる」
そう言って、彼はわたしの帽子のつばを元に戻してくれる。一瞬の暗闇から解放され、朝の光が再び視界いっぱいに広がる。まぶしさに目を細めるわたしの視線の先には、少し照れくさそうな彼の笑顔。
彼は「まいったな」とでも言うように、大きな右手で顔を覆い、わたしから視線を逸らした。指の隙間から覗く、少し赤らんだ耳。厳つい見た目とのギャップが凄すぎて、心臓が跳ねる。
(もう、龍介さんのこういうところが、本当にずるい)
直視できなくて、わたしの方こそ帽子のつばを引きたくなってしまった。無邪気にこんな「可愛い」顔を見せるなんて。でも、可愛いと伝えても龍介さんは「なんかヤダ」と拗ねてしまうから、その感想はわたしの心の中にとどめておこうと思った。
くしゃっと崩れた無邪気な笑顔。それを見た瞬間、胸の奥にこびりついていた黒いものが、スーッと溶けていく。張り詰めていた糸が緩んで、肺の奥まで酸素が行き渡る。不思議だ。この人の隣にいると、世界中の棘がなくなってしまったみたいに、何もかもが愛おしく見えてくる。
目の前の景色も、聞こえてくる波の音も、通り過ぎる風さえも。一つひとつに感謝して、その全てを大切にできる人間になりたいと思う。人に優しくすること、周りの人を考えること、人の気持ちに寄り添うこと、当たり前のように彼はそうするから。
龍介さんが振り返って、わたしに向けて笑う。
「そろそろ戻ろうか」
「はい」
木々の緑、砂浜の白、海と空の青。全てに強い日差しが降り注ぐ。隣には、スピードを合わせて走ってくれる彼の姿。走る先を照らす大きな太陽を見上げて、目を細めた。彼の隣で見る世界は、いつも特別で、希望に満ちているから。
今日も同じように、目覚めてすぐに公園に向かう。彼はトレーニングを一切欠かさない。そんな彼と同じようにトレーニングウェアを身にまとい、隣で汗を流せば、少しは健康体に近づいていけそうな気がする。
でも、やはり、彼のようにはいかないらしい。公園の鉄棒の前に立つ。彼が軽々と懸垂をこなす姿を見るたびに、自分もと挑戦するものの、わたしの体は一ミリメートルも上がらない。しっかりと握りしめた両手に、ぎりりと力が入って鈍い音を奏でるだけ。
腰を支える大きな手のひらから、小刻みな震えが伝わってくる。
「……っ、くく」
背中のすぐ後ろで、彼が必死に笑いを堪えているのが分かった。密着した体温と、擽ったいような振動。
「ま、た……笑ってぇ」
わたしは、ぶら下がったまま、不満な気持ちを隠すことなく彼を見る。すると、彼はもう我慢できないといった様子で、大声で笑い出した。
「あはは! やっぱりそれぶら下がってるだけだって」
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わたしも負けじと抗議するが、彼の笑いは止まらずに、早朝の公園に朗らかな声が響き渡る。
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「……もう降りる」
「……はい」
笑いながらも軽々と受け止めてくれる力強い腕。わたしの体重ぐらいでは、びくともしないらしい。地面にゆっくりと降ろしてもらい、改めて不満げに彼を見上げると、龍介さんの瞳がとても近くにあった。
そして、次の瞬間、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、帽子のつばを、くいっと下向きに押し込んできた。わたしの視界は真っ暗。
「あ、なにするんですか!」
「いや、あまりにも真剣な顔してたから」
帽子のつばの向こう側から聞こえてくる、楽しそうに弾んだ声。わたしは顔を上げようとするが、深く被せられた帽子が邪魔をする。
「わたしは真剣にトレーニングしてるんですよ!」
「知ってるよ。だから、次はもっと上に上がれるように、付き合ってあげる」
そう言って、彼はわたしの帽子のつばを元に戻してくれる。一瞬の暗闇から解放され、朝の光が再び視界いっぱいに広がる。まぶしさに目を細めるわたしの視線の先には、少し照れくさそうな彼の笑顔。
彼は「まいったな」とでも言うように、大きな右手で顔を覆い、わたしから視線を逸らした。指の隙間から覗く、少し赤らんだ耳。厳つい見た目とのギャップが凄すぎて、心臓が跳ねる。
(もう、龍介さんのこういうところが、本当にずるい)
直視できなくて、わたしの方こそ帽子のつばを引きたくなってしまった。無邪気にこんな「可愛い」顔を見せるなんて。でも、可愛いと伝えても龍介さんは「なんかヤダ」と拗ねてしまうから、その感想はわたしの心の中にとどめておこうと思った。
くしゃっと崩れた無邪気な笑顔。それを見た瞬間、胸の奥にこびりついていた黒いものが、スーッと溶けていく。張り詰めていた糸が緩んで、肺の奥まで酸素が行き渡る。不思議だ。この人の隣にいると、世界中の棘がなくなってしまったみたいに、何もかもが愛おしく見えてくる。
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龍介さんが振り返って、わたしに向けて笑う。
「そろそろ戻ろうか」
「はい」
木々の緑、砂浜の白、海と空の青。全てに強い日差しが降り注ぐ。隣には、スピードを合わせて走ってくれる彼の姿。走る先を照らす大きな太陽を見上げて、目を細めた。彼の隣で見る世界は、いつも特別で、希望に満ちているから。
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