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8章 運命があるなら
32話 クリスマスの色 1
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◇◇◇
久しぶりに来ると、人の多さに圧倒されてしまう。イルミネーションに彩られた街並み。楽しげに歩く人の波。当日を迎え、東京はクリスマスムード一色だった。
多くの人が行きかう先に見つけた、懐かしささえ感じるその姿。喉の奥から込みあがってくるそれをなんとか底の方にしまい込むように、飲み込んだ。
「栞ちゃん」
会社に電話をして、ようやく彼女と連絡をとることができた。たった数週間会わずにいただけなのに、叫びたくなるほどに懐かしくて、思わず彼女に縋りつくようにして抱き締める。小さい肩が腕の中で震えている。
「あ、綾乃さんっ……心配したんですよ?」
「うん。ごめんね」
会社に電話をしたときに、初めて小百合さんが入院したことを知った。体調を崩した小百合さんを見舞いたいと、毎日夜の十時に必ずかかってくる電話で必死に懇願したわたしに、誕生日だから特別だと卓也がやっと許してくれたのだ。
しかし、持たされているものは相変わらずホテルのルームキーと卓也の連絡先が入っているスマホだけ。その中で、絶対に勝手な行動をしないことを条件にバスに乗ることが許されたのは奇跡だと思った。
卓也が手配する運転手も、タクシーだって、きっと卓也の息がかかっていて、すべてを監視されるんだと思ったから、今日だけは少しの間でも解放されたかった。
ホテルのフロントでルームキーを預けると、「田辺様より、ご指示受けております。どうぞ」そう言って、スタッフが交通用のICカードを差し出した。
「奥様がバスにお乗りになりたいとのことですので、往復分の料金をチャージするよう承りました」
「……ありがとうございます」
「奥様、往復分のみしかチャージされておりません。また、通知はされますので……」
スタッフの人が少しだけ眉根を寄せて話すのは、わたしに注意を促すため。きっと卓也に色々と言われたんだろう。
「大丈夫よ。ありがとう」
「……いってらっしゃいませ」
決められた時間に、決められたバスに乗りなさいということでしょう。ICカードも、スマホと同じように卓也に通知されるようになっているということ。
それでも、小百合さんのお見舞いに来られたことに、わたしは安堵のため息をもらす。病室の白い扉をノックすると、懐かしい声が耳に届いた。扉を開ければ、以前と変わらぬ微笑みを湛える人。それに笑顔を返して、小さく頭を下げる。
「また……そんな顔して」
「小百合さん……」
拡げられた腕に、わたしはゆっくりと身を寄せた。
「あなたは傷つけば傷つくほど、表情がなくなるの。苦しければ苦しいほど、そういう笑顔になるのよ。本当に……心配ばかりかけるんだから。困ったお姉さんよね、栞ちゃん」
何度も頭を撫でてくれる小さな手。そして、背中には栞ちゃんの手が添えられているのがわかる。
「綾乃ちゃん。わたしには娘がいないから、あなたのこと本当の娘のように思っているのよ」
「はい」
「なにがあったかは聞かないわ。聞いても、あなたは本当のことは話さないもの。心配をかけるようなことであればあるほど、誤魔化そうとする子だから」
「……小百合さん」
「でもね、綾乃ちゃん。わたしが今まで生きてきて、あなたに言えることが……違うわね、伝えたいことがあるの」
「……はい」
「相手のこと、もっと信じていいのよ。わたしの言いたいこと、わかるかしら? 綾乃ちゃんのこと、あんな風に幸せな顔にすることができる人よ。泣いたり笑ったりすることができる人でしょう? もっと信じなきゃ」
久しぶりに来ると、人の多さに圧倒されてしまう。イルミネーションに彩られた街並み。楽しげに歩く人の波。当日を迎え、東京はクリスマスムード一色だった。
多くの人が行きかう先に見つけた、懐かしささえ感じるその姿。喉の奥から込みあがってくるそれをなんとか底の方にしまい込むように、飲み込んだ。
「栞ちゃん」
会社に電話をして、ようやく彼女と連絡をとることができた。たった数週間会わずにいただけなのに、叫びたくなるほどに懐かしくて、思わず彼女に縋りつくようにして抱き締める。小さい肩が腕の中で震えている。
「あ、綾乃さんっ……心配したんですよ?」
「うん。ごめんね」
会社に電話をしたときに、初めて小百合さんが入院したことを知った。体調を崩した小百合さんを見舞いたいと、毎日夜の十時に必ずかかってくる電話で必死に懇願したわたしに、誕生日だから特別だと卓也がやっと許してくれたのだ。
しかし、持たされているものは相変わらずホテルのルームキーと卓也の連絡先が入っているスマホだけ。その中で、絶対に勝手な行動をしないことを条件にバスに乗ることが許されたのは奇跡だと思った。
卓也が手配する運転手も、タクシーだって、きっと卓也の息がかかっていて、すべてを監視されるんだと思ったから、今日だけは少しの間でも解放されたかった。
ホテルのフロントでルームキーを預けると、「田辺様より、ご指示受けております。どうぞ」そう言って、スタッフが交通用のICカードを差し出した。
「奥様がバスにお乗りになりたいとのことですので、往復分の料金をチャージするよう承りました」
「……ありがとうございます」
「奥様、往復分のみしかチャージされておりません。また、通知はされますので……」
スタッフの人が少しだけ眉根を寄せて話すのは、わたしに注意を促すため。きっと卓也に色々と言われたんだろう。
「大丈夫よ。ありがとう」
「……いってらっしゃいませ」
決められた時間に、決められたバスに乗りなさいということでしょう。ICカードも、スマホと同じように卓也に通知されるようになっているということ。
それでも、小百合さんのお見舞いに来られたことに、わたしは安堵のため息をもらす。病室の白い扉をノックすると、懐かしい声が耳に届いた。扉を開ければ、以前と変わらぬ微笑みを湛える人。それに笑顔を返して、小さく頭を下げる。
「また……そんな顔して」
「小百合さん……」
拡げられた腕に、わたしはゆっくりと身を寄せた。
「あなたは傷つけば傷つくほど、表情がなくなるの。苦しければ苦しいほど、そういう笑顔になるのよ。本当に……心配ばかりかけるんだから。困ったお姉さんよね、栞ちゃん」
何度も頭を撫でてくれる小さな手。そして、背中には栞ちゃんの手が添えられているのがわかる。
「綾乃ちゃん。わたしには娘がいないから、あなたのこと本当の娘のように思っているのよ」
「はい」
「なにがあったかは聞かないわ。聞いても、あなたは本当のことは話さないもの。心配をかけるようなことであればあるほど、誤魔化そうとする子だから」
「……小百合さん」
「でもね、綾乃ちゃん。わたしが今まで生きてきて、あなたに言えることが……違うわね、伝えたいことがあるの」
「……はい」
「相手のこと、もっと信じていいのよ。わたしの言いたいこと、わかるかしら? 綾乃ちゃんのこと、あんな風に幸せな顔にすることができる人よ。泣いたり笑ったりすることができる人でしょう? もっと信じなきゃ」
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