133 / 152
8章 運命があるなら
32話 クリスマスの色 4
しおりを挟む
幕張メッセ付近はクリスマスムードではなく、Legacy一色。見渡す限りの人、人、人。みんな、彼らに会うためにここにいる。赤と黒のグッズを身につけ、幸せそうに笑う人たち。その熱気に、めまいがする。彼は、こんなにも多くの人に愛されている「RYU」なんだ。わたしが知っている「龍介さん」は、この熱狂の中心にいる。
その事実に押しつぶされそうになりながら、わたしは群衆の中に紛れ込んだ。
「そういえば、幕張まで用事ってLegacy? ライブだよね?」
「あ、そうです! 今日のライブに!」
「そうなの……あのね、栞ちゃん。わたし、まだ話していないことが」
「綾乃さん、わたしもお話していないことがあります!」
「へ?」
わたしの言葉を遮って、栞ちゃんが前のめりになって告げる。長年の付き合い。彼女のこの顔はなにかを隠しているとすぐわかる。いたずらっ子みたいな、申し訳なさそうな顔。栞ちゃんが天井を仰ぎ、小さく咳払いをする。
「栞ちゃん?」
「いや、綾乃さんからお先にどうぞ」
「え? あ、でも栞ちゃんからどうぞ」
「あ、本当ですか? では……あのですね」
「はい」
「綾乃さんが興味ないことは知ってるんですよ」
「はい」
「こんな時にどうかなとも思うんですよ」
「はい」
「でも、気分転換にもなりますし!」
「はい」
「Legacyのライブ、一緒に行ってください!」
「……はい?」
「友達が行けなくなっちゃったんです! お願いします!」
「栞ちゃん、わたし」
「お願いします! 今朝断られちゃって。クリスマスだし、今から誘える人中々いなくて」
「でも……」
「一人じゃ寂しいし。一緒に行ったら楽しいですから!」
さっきまでのシリアスな空気がはじけ飛ぶ。栞ちゃんの手に包み込まれた、わたしの手。こちらの思考回路が止まって呆然としている間も、彼女の説得が続いている。クリスマスに一人なんてもったいないとか、卓也のことをライブで発散しましょうとか。
「アリーナの一番後ろの席なんですけどね、それでも結構楽しいですから」
「……後ろ」
一番後ろの席という言葉が耳に届く。一番後ろの席なら、彼の姿はほとんど見えないだろうか。彼の声を聞くだけなら、神様は許してくれるだろうか。あの日、最後に聞いた彼の声。驚いて、傷ついて戸惑った声が蘇る。
体の奥底で叫んでいる。一目だけでいい。遠くの豆粒みたいに見える姿でもいい。彼の声を、同じ空間で吸い込みたい。それが罪だとしても。
「……じゃあ、ステージは遠いのよね?」
「メインステージは遠いですね。でも」
「それなら……後ろの席なら行く。行きたい……」
「え! 本当?」
「うん」
その会場に長時間いることはできない。スマホをホテルの部屋に置いて行かなければならない。開演直前に入るために一度ホテルに戻ったわたしは、怪訝な顔をする栞ちゃんに苦笑いを返すしかない。
「綾乃さん、ライブも行っちゃいけないんですか? 幕張にはいるんだから、別にいいんじゃ……」
「うん、そうなんだけどね」
どんなに遅くなっても、必ず夜の十時の電話にはでる。いつもどおり、海を見てショッピングモールをうろついて戻るぐらいの時間なら、部屋を空けていてもわからないはず。
「スマホは置いていくんですか?」
「現在地が卓也に通知されるの」
「……軟禁ですよ」
それでも、この状況を受け入れる。これが唯一の方法だから。わたしが龍介さんを守ることのできる、唯一の方法。
その事実に押しつぶされそうになりながら、わたしは群衆の中に紛れ込んだ。
「そういえば、幕張まで用事ってLegacy? ライブだよね?」
「あ、そうです! 今日のライブに!」
「そうなの……あのね、栞ちゃん。わたし、まだ話していないことが」
「綾乃さん、わたしもお話していないことがあります!」
「へ?」
わたしの言葉を遮って、栞ちゃんが前のめりになって告げる。長年の付き合い。彼女のこの顔はなにかを隠しているとすぐわかる。いたずらっ子みたいな、申し訳なさそうな顔。栞ちゃんが天井を仰ぎ、小さく咳払いをする。
「栞ちゃん?」
「いや、綾乃さんからお先にどうぞ」
「え? あ、でも栞ちゃんからどうぞ」
「あ、本当ですか? では……あのですね」
「はい」
「綾乃さんが興味ないことは知ってるんですよ」
「はい」
「こんな時にどうかなとも思うんですよ」
「はい」
「でも、気分転換にもなりますし!」
「はい」
「Legacyのライブ、一緒に行ってください!」
「……はい?」
「友達が行けなくなっちゃったんです! お願いします!」
「栞ちゃん、わたし」
「お願いします! 今朝断られちゃって。クリスマスだし、今から誘える人中々いなくて」
「でも……」
「一人じゃ寂しいし。一緒に行ったら楽しいですから!」
さっきまでのシリアスな空気がはじけ飛ぶ。栞ちゃんの手に包み込まれた、わたしの手。こちらの思考回路が止まって呆然としている間も、彼女の説得が続いている。クリスマスに一人なんてもったいないとか、卓也のことをライブで発散しましょうとか。
「アリーナの一番後ろの席なんですけどね、それでも結構楽しいですから」
「……後ろ」
一番後ろの席という言葉が耳に届く。一番後ろの席なら、彼の姿はほとんど見えないだろうか。彼の声を聞くだけなら、神様は許してくれるだろうか。あの日、最後に聞いた彼の声。驚いて、傷ついて戸惑った声が蘇る。
体の奥底で叫んでいる。一目だけでいい。遠くの豆粒みたいに見える姿でもいい。彼の声を、同じ空間で吸い込みたい。それが罪だとしても。
「……じゃあ、ステージは遠いのよね?」
「メインステージは遠いですね。でも」
「それなら……後ろの席なら行く。行きたい……」
「え! 本当?」
「うん」
その会場に長時間いることはできない。スマホをホテルの部屋に置いて行かなければならない。開演直前に入るために一度ホテルに戻ったわたしは、怪訝な顔をする栞ちゃんに苦笑いを返すしかない。
「綾乃さん、ライブも行っちゃいけないんですか? 幕張にはいるんだから、別にいいんじゃ……」
「うん、そうなんだけどね」
どんなに遅くなっても、必ず夜の十時の電話にはでる。いつもどおり、海を見てショッピングモールをうろついて戻るぐらいの時間なら、部屋を空けていてもわからないはず。
「スマホは置いていくんですか?」
「現在地が卓也に通知されるの」
「……軟禁ですよ」
それでも、この状況を受け入れる。これが唯一の方法だから。わたしが龍介さんを守ることのできる、唯一の方法。
0
あなたにおすすめの小説
私、これからいきます。
蓮ヶ崎 漣
恋愛
24歳のOL・栗山莉恵は、恋人に騙され、心も人生もどん底に突き落とされていた。
すべてを終わらせようとした夜、高層ビルの屋上で出会ったのは、不思議な青年・結城大虎。
「死んだら後悔する」
そう言って彼は、莉恵の手を強く掴んだ。
それが、止まっていた彼女の人生が再び動き出すきっかけだった。
年下の彼との出会いが、傷ついた心を少しずつ癒していく――
絶望の先で“生きる選択”と“恋”を見つける、大人の再生ラブストーリー。
※完結しました※
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
少しでも誰かの心に残っていたら嬉しいです。
このあと番外編も公開予定ですので、
よろしければ引き続きお付き合いください。
【実話】高1の夏休み、海の家のアルバイトはイケメンパラダイスでした☆
Rua*°
恋愛
高校1年の夏休みに、友達の彼氏の紹介で、海の家でアルバイトをすることになった筆者の実話体験談を、当時の日記を見返しながら事細かに綴っています。
高校生活では、『特別進学コースの選抜クラス』で、毎日勉強の日々で、クラスにイケメンもひとりもいない状態。ハイスペックイケメン好きの私は、これではモチベーションを保てなかった。
つまらなすぎる毎日から脱却を図り、部活動ではバスケ部マネージャーになってみたが、意地悪な先輩と反りが合わず、夏休み前に退部することに。
夏休みこそは、楽しく、イケメンに囲まれた、充実した高校生ライフを送ろう!そう誓った筆者は、海の家でバイトをする事に。
そこには女子は私1人。逆ハーレム状態。高校のミスターコンテスト優勝者のイケメンくんや、サーフ雑誌に載ってるイケメンくん、中学時代の憧れの男子と過ごしたひと夏の思い出を綴ります…。
バスケ部時代のお話はコチラ⬇
◇【実話】高1バスケ部マネ時代、個性的イケメンキャプテンにストーキングされたり集団で囲まれたり色々あったけどやっぱり退部を選択しました◇
願わくば一輪の花束を
雨宮 瑞樹
恋愛
影山紅羽(くれは)は、自由のない裕福な暮らしを強いられていた。大学生になると、紅羽は、母の反対を押し切り、自由を求めて海外旅行へ。後藤という男と出会い、プロポーズされる。紅羽は家を出ることを決意した。
家に帰り母へ告げようとするが、拒否。しかし、会食に付き添いいうことを聞いてくれれば、話を聞くという。
その日さえ乗り切れればいいのだと、希望を持つが、その会食は政略結婚の場だった。
紅羽は、耐え切れずその場を飛び出し、そのまま後藤の元へ走ろうとしたのだが、連絡がつかない。騙されたことに気付く。それでも、紅羽は着の身着のままに飛び出した。
心機一転、カフェでバイトを始めた紅羽だったが、その先で天野湊と出会うのだった。
【花言葉】
赤いバラ……一目惚れ。
梅……忍耐、忠実。
桜……純潔、優美な女性。
ヒマワリ……憧れ、あなただけを見つめる、愛慕。
ルリマツリ……心が和らぐ、いつも明るい。
エーデルワイス……大切な思い出、勇気。
あざみ……触らないで、報復。
ジャスミン……あなたと一緒に
スイートピー……門出、別離
ネモフィラ……あなたを許す
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる