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第三章
第三十二話 イツキの過去③
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「つまり、煌くんは縁石に躓いてしまい、運悪くトラックが突っ込んできたんですね」
イツキの家の前では、大量の警察官が右往左往し、規制線が張られていた。
そんな中、一人の警察官は母親に事件当時の状況を聞いていた。
「はい、そうなんです。私も必死で助けようとはしたんですけどね……」
涙ぐみながら事件の凄惨さを語るのは、イツキの母親だった。
目の前で子どもを一人失わせてしまったという強い罪悪感からか、二度と子どもを失わせないとばかりにイツキの腕を強く握っていた。
実際のところ、腕を強く握りしめているのはイツキが何か変なことを言わないようにするためである。いざとなったら抓り痛みを負わすことで、母親の意のままにイツキをコントロールさせようとしているのである。
そんなことを知らぬ警察官は、ただまるで自身の子どもを失ったかのように心を痛めている母親を気の毒に思っていた。
「犯人は、酒気帯び運転で居眠り運転をしていたようなんです」
「え? ああ、そうなんですね。道理で……」
正直なところ、母親は自分の犯した罪が暴かれるのではないかと恐怖していた。しかし、幸いにもトラックの運転手が酒気帯び運転と居眠り運転が発覚。
責任は全てトラックの運転手に擦り付ければあらゆる問題が解決する。その事実により、母親は大きく安堵した。
だが、イツキからすれば安堵どころの話ではない。貴重な友だちを失ったのだ。しかも、自分自身の母親が原因で。
とてもじゃないが、良心の呵責に耐えられるものではなかった。けれども、悲しむ暇すら母親は与えてくれはしない。
「事件へのご協力感謝いたします」
警察は二人に礼を述べると、去っていく。誰しも事情聴取など受けたくないがイツキは、この時ばかりは延々と警察官の目の届く場所に居たかった。しかし、変なことをすれば間違いなく腕を抓られる。結果として、警察官へと伸ばそうとした手は伸びていなかったのだ。
「さあ、部屋に戻って」
近くに警察官がいるためだろう。母親はいつものような狂気を見せず繕った笑顔で息子であるイツキに部屋へ戻るように促した。
イツキの部屋は、漫画や漫画用紙が積み重なっていたあのときの面影などどこにもない。あるのは教科書、ノート、参考書、辞書。そして多数の監視カメラのみ。
「ちょっとでかけてくるから勉強してなさい?」
母親はそう告げて家を出てるも、こんな状況で勉強に集中できるほどイツキにサイコパスの自覚はない。
ノートを開き、ペンを持つも何も考えておらずノートは白紙のままである。そして、しばらくの後母親は帰ってきた。
「あなたがもっと勉強を頑張れるようにしておいたわ」
帰宅早々に告げられたその文言を聞き、イツキは妙な胸騒ぎがした。一体何をやらかしたのかと。けれども、聞いたところでそんなことより勉強しなさいと言われるのは目に見えている。ただ頷き、勉強するしかなかった。
翌日、イツキは大人しく学校へと向かう。しかし、どうも様子がおかしかった。
同級生が不慮の交通事故で亡くなったのだから、ある程度他の同級生の様子がおかしくても仕方ないだろう。
しかし、皆挙ってイツキを避けているのだ。教師陣ですら、最低限の会話しかしようとしない。孤独を感じながらも、イツキは一心不乱に勉強を続ける。漫画なんて、もう描く気が起きなかったのだ。
学校が終わり下校時刻になるとあるクラスメイトの会話が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか? イツキの母親やばいらしいな」
イツキは悲しくなった。別に母親を悪く言われたことが悲しいのではない。とうに信頼度がどん底の母親に対して、感じる憐憫の情など一欠片もありはしない。
しかし、そこまで言わせるとは一体母親は何をしたのか。
気になったイツキは会話をしているクラスメイトの死角に入り会話を盗み聞きする。
「ああ、聞いたよ。煌の家に怒鳴り込んだらしいじゃん」
……は?
イツキは、信じられなかった。ただ、頭の中が真っ白になったような、そんな衝撃を味わう。
「うちの息子は医学部に向けて勉強してるんだから誑かすなって。事故にあったのは自業自得だと」
「改めて聞くとひどいよな。よりにもよって葬儀の準備中だろ? 煌の母親ヒステリー起こしたって」
「まあ、それはしょうがないよ……」
次々と明かされていく自分の母親の悪行。母親が嫌になるのはもちろんだが、自分がそんな母親の子であり、顔色を窺っているということを嫌でも再認識させられる。
気がつけば、涙がこぼれ落ちていた。
泣くのはいつぶりだろうか。勉強を強いられて以降泣くことはなかった。ただただ勉強するだけの毎日。すっかり操り人形と化したイツキは泣く必要がなかったのだ。
「……逃げたい」
このままいけば、人間としての尊厳が奪われる。そう考えるなり、決意した。逃げようと。
そして、早速イツキは家出をすることにした。すっかり避けられているイツキに伝手なんてなく、ただ電車に乗って数駅。学校と塾と家を往復する生活をしていたイツキにとっては、たとえ数駅であってもまるで異国に来たようなそんな情緒を感じられた。
全てが新鮮に見えた。けれども、金はない。小遣いなんて渡されたことないのだ。塾の費用は引き下ろしなので、渡されるのは交通費と食事代。しかも、電子マネーで渡されるため他の用途に使うのは難しい。
ただ、なすがままに夜を迎え近くの河川敷で月光を眺める。月光を眺めたことなど、いつ以来だろうか、全てが心地よかった。
「そこの君! 佐藤イツキくんかい? 親御さんから連絡があってね、勝手に家出したそうじゃないか」
最終的に警察官が来るのは考慮していたが、想定していたよりもずっと早く、あまりにも早すぎた。
「ち、ちが……」
心の準備すら終えていないイツキは頭ごなしに否定しようとした。しかし、警察官たちは家出中の少年だと確信しているようだ。
「まあ、親と意見が合わないことくらいあるだろうさ。でも、きちんと対話で話し合う習慣をつけないと」
警察官は、対話の重要性を説いているがそんなこと関係ない。あの母親には、対話なんて通じないのだから。
「さあ、パトカーに乗って。所で親御さんが待っているよ」
このパトカーに乗れば、またあの地獄の日々の始まりだ。
「やだ……」
イツキは泣きじゃくりながらパトカーから遠ざかる。けれども、過換気症候群のためか碌に呼吸ができずその場に蹲る。警察官に必死に抵抗し、子どものようにごねる。
他人から見れば子どもっぽくとてもじゃないが他の人には見せられないが、プライドなんてどうでもよかった。
自分の母親が友人の家に乗り込んで自業自得と言い放った時から、イツキの中にプライドだの誇りだのという余計なものは全てなくなり空っぽだ。今さら失うものなんて何もなく、母親から逃げられるのであれどんなことでもできるとすら思っていた。
「落ち着いて!」
警察官二人と、非力で過呼吸気味の少年。逃げ切れるわけがなかった。
署での対応も、事にあたった警察官は母親のでっち上げた嘘に対して唯々諾々。恐ろしいまでに身なりの整った母親に連れられて家に連れられたイツキの処遇はそれはもうひどかった。
「ちょっとあんた、何してんの! 勉強は? 勉強はどうしたの? いつもこの時間ずっとやりなさいって言ってるよね!?」
耳が痛くなるような悪声。耳を塞ごうにも、ありとあらゆるところを棒で叩かれ、体を守るのに必死だ。
そして数時間。散々叩かれて痣と傷だらけになったイツキを未だに叩いていた母親は、ふと糸が切れたようにやる気をなくした。ただ単純に、飽きたのだろう。叩くのに使っていた棒をイツキに向かって投げ捨てると、目がうつろになったイツキに声をかけた。
「来週の模試、頑張りなさいよ?」
そう言って、自分の部屋へと戻っていった。
後から知ったが、イツキが使っている電子マネーは利用額や内容が瞬時に親に伝達される仕組みであったようだ。
イツキの家の前では、大量の警察官が右往左往し、規制線が張られていた。
そんな中、一人の警察官は母親に事件当時の状況を聞いていた。
「はい、そうなんです。私も必死で助けようとはしたんですけどね……」
涙ぐみながら事件の凄惨さを語るのは、イツキの母親だった。
目の前で子どもを一人失わせてしまったという強い罪悪感からか、二度と子どもを失わせないとばかりにイツキの腕を強く握っていた。
実際のところ、腕を強く握りしめているのはイツキが何か変なことを言わないようにするためである。いざとなったら抓り痛みを負わすことで、母親の意のままにイツキをコントロールさせようとしているのである。
そんなことを知らぬ警察官は、ただまるで自身の子どもを失ったかのように心を痛めている母親を気の毒に思っていた。
「犯人は、酒気帯び運転で居眠り運転をしていたようなんです」
「え? ああ、そうなんですね。道理で……」
正直なところ、母親は自分の犯した罪が暴かれるのではないかと恐怖していた。しかし、幸いにもトラックの運転手が酒気帯び運転と居眠り運転が発覚。
責任は全てトラックの運転手に擦り付ければあらゆる問題が解決する。その事実により、母親は大きく安堵した。
だが、イツキからすれば安堵どころの話ではない。貴重な友だちを失ったのだ。しかも、自分自身の母親が原因で。
とてもじゃないが、良心の呵責に耐えられるものではなかった。けれども、悲しむ暇すら母親は与えてくれはしない。
「事件へのご協力感謝いたします」
警察は二人に礼を述べると、去っていく。誰しも事情聴取など受けたくないがイツキは、この時ばかりは延々と警察官の目の届く場所に居たかった。しかし、変なことをすれば間違いなく腕を抓られる。結果として、警察官へと伸ばそうとした手は伸びていなかったのだ。
「さあ、部屋に戻って」
近くに警察官がいるためだろう。母親はいつものような狂気を見せず繕った笑顔で息子であるイツキに部屋へ戻るように促した。
イツキの部屋は、漫画や漫画用紙が積み重なっていたあのときの面影などどこにもない。あるのは教科書、ノート、参考書、辞書。そして多数の監視カメラのみ。
「ちょっとでかけてくるから勉強してなさい?」
母親はそう告げて家を出てるも、こんな状況で勉強に集中できるほどイツキにサイコパスの自覚はない。
ノートを開き、ペンを持つも何も考えておらずノートは白紙のままである。そして、しばらくの後母親は帰ってきた。
「あなたがもっと勉強を頑張れるようにしておいたわ」
帰宅早々に告げられたその文言を聞き、イツキは妙な胸騒ぎがした。一体何をやらかしたのかと。けれども、聞いたところでそんなことより勉強しなさいと言われるのは目に見えている。ただ頷き、勉強するしかなかった。
翌日、イツキは大人しく学校へと向かう。しかし、どうも様子がおかしかった。
同級生が不慮の交通事故で亡くなったのだから、ある程度他の同級生の様子がおかしくても仕方ないだろう。
しかし、皆挙ってイツキを避けているのだ。教師陣ですら、最低限の会話しかしようとしない。孤独を感じながらも、イツキは一心不乱に勉強を続ける。漫画なんて、もう描く気が起きなかったのだ。
学校が終わり下校時刻になるとあるクラスメイトの会話が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか? イツキの母親やばいらしいな」
イツキは悲しくなった。別に母親を悪く言われたことが悲しいのではない。とうに信頼度がどん底の母親に対して、感じる憐憫の情など一欠片もありはしない。
しかし、そこまで言わせるとは一体母親は何をしたのか。
気になったイツキは会話をしているクラスメイトの死角に入り会話を盗み聞きする。
「ああ、聞いたよ。煌の家に怒鳴り込んだらしいじゃん」
……は?
イツキは、信じられなかった。ただ、頭の中が真っ白になったような、そんな衝撃を味わう。
「うちの息子は医学部に向けて勉強してるんだから誑かすなって。事故にあったのは自業自得だと」
「改めて聞くとひどいよな。よりにもよって葬儀の準備中だろ? 煌の母親ヒステリー起こしたって」
「まあ、それはしょうがないよ……」
次々と明かされていく自分の母親の悪行。母親が嫌になるのはもちろんだが、自分がそんな母親の子であり、顔色を窺っているということを嫌でも再認識させられる。
気がつけば、涙がこぼれ落ちていた。
泣くのはいつぶりだろうか。勉強を強いられて以降泣くことはなかった。ただただ勉強するだけの毎日。すっかり操り人形と化したイツキは泣く必要がなかったのだ。
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このままいけば、人間としての尊厳が奪われる。そう考えるなり、決意した。逃げようと。
そして、早速イツキは家出をすることにした。すっかり避けられているイツキに伝手なんてなく、ただ電車に乗って数駅。学校と塾と家を往復する生活をしていたイツキにとっては、たとえ数駅であってもまるで異国に来たようなそんな情緒を感じられた。
全てが新鮮に見えた。けれども、金はない。小遣いなんて渡されたことないのだ。塾の費用は引き下ろしなので、渡されるのは交通費と食事代。しかも、電子マネーで渡されるため他の用途に使うのは難しい。
ただ、なすがままに夜を迎え近くの河川敷で月光を眺める。月光を眺めたことなど、いつ以来だろうか、全てが心地よかった。
「そこの君! 佐藤イツキくんかい? 親御さんから連絡があってね、勝手に家出したそうじゃないか」
最終的に警察官が来るのは考慮していたが、想定していたよりもずっと早く、あまりにも早すぎた。
「ち、ちが……」
心の準備すら終えていないイツキは頭ごなしに否定しようとした。しかし、警察官たちは家出中の少年だと確信しているようだ。
「まあ、親と意見が合わないことくらいあるだろうさ。でも、きちんと対話で話し合う習慣をつけないと」
警察官は、対話の重要性を説いているがそんなこと関係ない。あの母親には、対話なんて通じないのだから。
「さあ、パトカーに乗って。所で親御さんが待っているよ」
このパトカーに乗れば、またあの地獄の日々の始まりだ。
「やだ……」
イツキは泣きじゃくりながらパトカーから遠ざかる。けれども、過換気症候群のためか碌に呼吸ができずその場に蹲る。警察官に必死に抵抗し、子どものようにごねる。
他人から見れば子どもっぽくとてもじゃないが他の人には見せられないが、プライドなんてどうでもよかった。
自分の母親が友人の家に乗り込んで自業自得と言い放った時から、イツキの中にプライドだの誇りだのという余計なものは全てなくなり空っぽだ。今さら失うものなんて何もなく、母親から逃げられるのであれどんなことでもできるとすら思っていた。
「落ち着いて!」
警察官二人と、非力で過呼吸気味の少年。逃げ切れるわけがなかった。
署での対応も、事にあたった警察官は母親のでっち上げた嘘に対して唯々諾々。恐ろしいまでに身なりの整った母親に連れられて家に連れられたイツキの処遇はそれはもうひどかった。
「ちょっとあんた、何してんの! 勉強は? 勉強はどうしたの? いつもこの時間ずっとやりなさいって言ってるよね!?」
耳が痛くなるような悪声。耳を塞ごうにも、ありとあらゆるところを棒で叩かれ、体を守るのに必死だ。
そして数時間。散々叩かれて痣と傷だらけになったイツキを未だに叩いていた母親は、ふと糸が切れたようにやる気をなくした。ただ単純に、飽きたのだろう。叩くのに使っていた棒をイツキに向かって投げ捨てると、目がうつろになったイツキに声をかけた。
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