夜影の蛍火

黒野ユウマ

文字の大きさ
13 / 190
第二章

第三話 訪問

しおりを挟む
 友達の家に行くなんて、17年生きてきて初めてのことだった。
今までろくに友達もできず「ぼっち」だったボクにとって初めての体験。先生に届け物を頼まれて……なんてシチュエーションなのが、少々残念ではあるが。

 三栗谷先生の描いためちゃくちゃ大ざっぱな地図を頼りに、ボクは足を進める。
感覚としては、ボクが学校から家に帰るまでの距離と変わらない。地図を見て想像した通りだ。

 住宅街であるボクの家の周りと違って、一軒家ではなくアパートが多い。それこそ俗に言う「ボロアパート」から、金のかかってそうな真新しいアパートまで。
ご近所付き合いがそこそこあるボクの近所はいつでも誰かしらが道端で世間話をしているのだけれど、彼が住んでいるであろうこの地域にはそれがない。時々この辺りに住んでいると思われる誰かとすれ違うことはあれど、皆それぞれ関わり合うことなく通り過ぎていく。
 この辺りの人たちは、自分たちの世界を生きるのに忙しいのだろうか……なんて思いながら、歩みを進めていた。


(他の人は、友達の家とか普通に知ってたりするのかなぁ……)

 ぼっちだったボクには分からない。けど、友達であるボクより彼女でもない女の子たちの方が知っているという事実は、少しだけ寂しさを感じる。
この静かな空気も、住んでいる人たちの纏う雰囲気も。影人さんが家に連れ込んでいるという女の子たちは、既に知っているのだろう。
もしかしたら、ボクよりずっと良く知っている女の子だっていたのかもしれない。

(……。仲の良い友達って、お互いのことをどこまで知ってるものなんだろう)

友達――互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。辞書にはそう記されている。
ボクらは対等に交わってはいる、と思う。一緒にいてなんとなく落ち着く存在ではあるし、なんだかんだで楽しい気持ちにはなる。

 けれど、これはどうなんだろう。――「互いに心を許し合って」。
知り合って一年は経つが、彼の全てを知ったわけではない。むしろ、知らないことの方がたくさんあると最近は改めて思うくらいだ。

 「友達」というのは、相手のことをどこまで知っていたら「友達」なんだろう。
何一つ知らないまま一緒にいるなら、「ただの他人」と変わらないような気もしている……が、知られたくないことまで知ろうとするほどボクも野暮ではない。
それに、そういうことの一つ二つ、ボクにだって――。

 ……「友達になりませんか」と言ったのはボクなのに、友達というのが何なのかよく理解できていない。
そんな自分に、呆れと嘲笑しか出てこなかった。


「……ここかぁ」

 変な事を考えながら歩くこと数分、ボクが辿り着いたのは真新しそうな二階建てのアパートだった。
全体的に黒に近い茶色の外壁で、暗闇に紛れられそうなアパートだ。昼間は目立ちそうだが、夜となると見つけられるかすら怪しい。
アパートの壁にもし照明がついてなかったら、見つけることは困難かもしれない。

『……あやつはワケあって独りぼっちなのじゃよ、不破』

 ふと、三栗谷先生の言葉を思い出す。

 ──アパート暮らし、ワケあって独りぼっち。
まさか、ここに彼は独りで、…………。

(……いやいや、流石にないでしょ。ボクら、高校生ですよ?)

 高校生の一人暮らし、なんて少し現実的じゃない。バイトなどしたことないボクには詳しいことなど分からないが、学校終わりと休みの日を全部バイトに費やしたとしても、家賃や食費は賄えるのだろうか?
 学費、食費、水道光熱費、家賃。これらを高校生のバイトだけで賄えるとは思えない。
叔母さんが家計簿をつけている時にちらっと見たが、電気と水道だけでもウン千円は持っていかれてのを見たことがある。
 一軒家とアパートの違いもあるかもしれない、にしても……まさかそんなわけないよな、という考えばかりが頭を巡る。

(……考えても仕方ないか。とりあえず、影人さんの家に向かえばわかるだろう)

 階段を上り、影人さんの家の前へと向かう。影人さんの家は二階の角部屋……かなりひっそりとしているところだ。
あまり多くの人と関わりたくない人であれば、かなり落ち着く場所だろう。
ボクもいずれは……と考えているけれど、もしも一人暮らしをするなら、こういうところで静かに暮らしたい。

「突然申し訳ありません、影人君の友達の不破 蛍といいます。先生からのお届け物がありまして、お訪ねさせていただきました」

 インターホンを鳴らし、声をかける。話を聞いているかは分からないが、影人さんのご家族様がもしいるとしたら初めてお目にかかるかもしれないのだ。礼儀はきちんとしておかなければ。
少しばかり緊張しつつ待つと、ゆっくりとドアが開かれる。



 そこに立っていたのは少し顔が赤くいつもよりだるそうな影人さん。……あれ?と思いつつ、封筒を差し出して話を続ける。

「え、と……影人さん。これ、三栗谷先生からです。黒崎に渡してくれって」
「……。……ふーん、そう」
「あの、影人さん。今、もしかして家族の方は留――」

 留守ですか? と言いかけたところで影人さんの体がふらついた。前へ倒れそうになったところを慌てて支える。

「……熱、結構あるじゃないですか。早く休みましょう、影人さん」
「…………」
「あの、すみません。影人君が……。……あれ?」

 ――ボクの声だけが室内に木霊する、ような感覚に襲われる。人の声が聞こえない。
もしかして、マジで誰もいないのだろうか。……もしそうなのだとしたら、仕方ない。

「…影人さん、すみません。お邪魔しますね」

 影人さんをこのまま玄関に放置するのも心苦しい。何も言わない影人さんの様子をいいことに、ボクは彼の体を支えながら家の中へとお邪魔させてもらった。

 玄関と部屋の中を少し……くらいしか見ていないが、もしも一人で暮らしているのだとしたら、十分な広さの室内だ。

 ボクが訪ねて最初に見えた玄関にはすぐ右手にキッチンと冷蔵庫。買い物から帰ってきてすぐに食材を片付けられるのは便利だなぁ、なんて少しだけ考えてしまった。
そこからまっすぐ歩いてドアを開けると、影人さんが主に居るであろう洋室。真ん中にテーブルと椅子、入って左側にはベースだとかコンポだとかの音楽関係の道具が置いてあり、それ以外の娯楽用品は特に見当たらない。
入って左奥にはベッドと……何故か積まれた衣服の山。反対側にはタンスがある。

 他の部屋に通ずるドアらしきものは見当たらず、あるとしてもバルコニーへの出入り口とクローゼットにあるような扉のみだ。玄関にもドアはあったが、普通に考えるとトイレだのお風呂だの……かもしれない。

「……影人さん、横になってください。少し休みましょう」
「……うん」

 手を離さないように、勢いよくベッドに倒さないように……気をつけながら、ゆっくりと影人さんをベッドに降ろした。
影人さんはボクと同じ体格で、且つボクはそこまで腕力がない。情けないながら、少しの距離でも運ぶのが少々困難だった。

 部屋の中には、色々と気になるものが散乱していた。タバコの箱や細長い水風船?のようなもの……お酒らしき飲み物の缶。水風船のようなものが何かは分からないが、もしも高校生の一人暮らしであれば普通転がってるはずのないものばかりだ。
随分汚い感じが見受けられるが、父親のものだろうか。それとも、母親の?

 ……けれど、今はそれを気にしている場合ではない。影人さんの体が優先だ。

 休んでいる影人さんには悪いが、緊急事態だ。失礼しますと一言付けて、冷蔵庫を開ける。ボクの家のより一際小さく、家族で使うには少し不十分じゃないか? と思うくらいの小ささだ。一人暮らし用ならば、まだしもだが。
 冷蔵庫の中は二段。上段には手軽に食べられる冷凍食品が一、二個。下段には手作りのものらしきタッパー入りのおかずに、お酒とエナジードリンクの缶が数本。

 ……無粋ながら中を細かく漁ってみたけれど、熱冷ましに使えそうなものは何一つない。強いていうなら缶は一番冷たいかもしれないが、缶を頭の上に……なんて、そりゃただのギャグでしかない。
ついでに言うと水分補給に使えそうなスポーツドリンクもなければ、プリンとかゼリーのようなつるっと食べられそうな軽い食べ物もない。

(……この家、普段どういう生活してるんだ?)

 タッパーの中身は作り置き……かもしれないとして。普通に食事としてまともに食べられるものが少なすぎる。突っ込みどころが多すぎて、追いつかない。
とりあえず、必要なものを早急に調達しなければ。ここに来る途中、コンビニがあったはずだ。
幸い財布の中もそれなりに潤ってはいる、少し多めに買い物をしても差し支えはないだろう。

「……少し待っててください、影人さん。ちょっと色々、買い出し行ってきますんで」
「……じゃあ、これ……」

 ボクの言葉に返事をしながら、影人さんはすっと腕を上げた。その手に握られていたのは――家の物と思われる鍵。
この状態では、ベッドから動くのも難しいだろう。その間、もし何かがあったら……。
……そう考えると、血の気が引く。ボクはすぐにその鍵を受け取った。

「……わかりました。すぐ、戻りますから」





 ……幸い、コンビニは歩いて5分もかからない場所にあった。
熱冷ましの道具やちょっとした食材、体温計、スポーツドリンク、フルーツの入ったゼリーや糖分補給のプリンを買い揃えて帰宅した。
……いや、帰宅したというのも変な話だけれど。ここ、影人さんちだし。

 ベッドに横たわる影人さんの額に熱冷まし用のシートを貼り、脇に体温計を挟む。あれだけ生活力を感じられない家だから、こういうのも無いかと思って買ってみたが……正解だったようだ。影人さんに聞けば案の定、「無い」の一言で。
 食器も見当たらない、食材もない、まともな飲み物もない、洗い物の道具も見当たらない。無い、無い、無いのオンパレード。この家大丈夫か?

「……36.8。ボクの平熱と近いくらいなのに、ここまでになっちゃうんですね」
「まぁ……俺、体温低いしね」
「なるほど、そういうことですか。……影人さん、差し支えなければ一つお伺いしても?」
「……何?」

「……影人さん、ここには一人で暮らしてるんですか?」

 力なく横たわったまま、影人さんがボクに目を向ける。
表情は変えず、ただ一言。一言だけ、ボクに言葉を投げ返した。


「―― 一人だよ。ずっとね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...