夜影の蛍火

黒野ユウマ

文字の大きさ
63 / 190
第三.五章 文化祭編

第十話 差し込む影

しおりを挟む
「ねぇねぇ、そこのメイドさんー」

 心が少し落ち込みかけていたところに、くいくいと裾を引っ張られる。
また迷惑客か!? そんな風に警戒しながら振り返る。そこにいたのは、蛇澤さんだった。

「え、えぇと……なん、でしょう?」

 ゆるゆるふんわり、傍にいたら癒されるような雰囲気を漂わせながらじっとボクを見つめている。影人さん相手ほどではないけれど、これはこれでまた緊張してしまう。
何せ、大して顔が良いわけじゃないボクだ。顔のいいイケメンが、ボクなんかの顔を見てどんなこと考えてるんだろう――なんて、普通に気になってしまうもので。

 しかし、そんなボクの気持ちなど露知らずであろう蛇澤さん。屈託のないと笑みを浮かべ、

「影人と仲良さそうだけどー、もしかして彼女さん?」

 ──盛大な爆弾発言。床とおぼんがぶつかる音が教室内に響く。
彼らを一目見た窓雪さんと同じように、ボクも持っていたおぼんを落としてしまっていた。

「え、な、……何ですかいきなり!?」
「だって影人こいつ、学校のことぜーんぜん教えてくれないんだもん。可愛い彼女いるなら教えてくれたっていいのにー」
「ち、ちち、違います、友達ですよ! それにボク男ですし!」
「蛇澤、ここ男装女装喫茶だぞ」

 頬杖をつきながら冷静に突っ込む幸村さん。あーそうだっけーなんてのんびり口調で蛇澤さんは変わらず笑っている。
イケメンに可愛いと言われた、影人さんの彼女とか言われた……色んな意味で照れが生じて顔が熱い。さっきから、心の中が本当に忙しすぎる。
我孫子あびこさんと日向さんもケラケラと笑いながら「青いなー」と微笑ましそうにボクを見ている。めちゃくちゃ恥ずかしいからやめてほしい。

「あのさぁ……冷やかしにきたなら帰ってくれる?」
「えぇ!? ちょっとそれは酷くね? せっかくお兄さん達が来てやったっていうのによー」
「頼んでないし」
「あー影人ー、ケーキおかわりー」
「3000円ね」
「10倍かよ!!」

 面倒くさい、口に出さずとも表情が物語っている影人さん。その割に本気で嫌がってるようにも見えないのは、やはり心を開いた相手だからだろう。
自分がその輪の中に入りたいわけじゃない。けれど心には曇り空が広がりかけていて、ズキズキと胸は痛んでいた。

 彼がボク以外の人と気楽そうに話している姿を見たのが、こんなにもショックだったのだろうか。
……寂しい。その感情に、よく似ている気がして。少し油断すれば、口からため息が零れてしまいそうだ。

(……また、こんな気持ちになってる)

 彼らの存在ことは、以前影人さんから聞いていた話で大体分かっていたはずだった。
影人さんには、影人さんの世界がある。ボクの知らない交友関係があったって何らおかしなことはないし、それは影人さんの自由なのだ。
頭では全部分かっているはずなのに、心が言うことを聞かない。だからこそ、こんな感情を抱いてしまう自分が何より厭わしくて仕方がなかった。

 彼の幸せを願っているくせに、どうしてこんな気持ちを抱いてしまうのだろう。
こんなの、自分勝手で最低な感情じゃないか。


(ダメだ、こんな気持ちでいちゃいけない……)

 まだ、文化祭が始まったばかりなのに。どうにか切り替えようと、自分にそう言い聞かせてみる。
けれど、必死に抑えつけようとすればするほど、感情は大きくなっていくばかりだった。考えとは逆方向に、心はどんどん沼底へと沈んでいく。

 気がつくと、またため息が零れそうになった――その瞬間。


「しっかりしなさいよクソ童貞。ライバルの登場にショック受けてる場合じゃないでしょ」

 ――肩に、力強い衝撃が走る。人気ナンバーワンウェイターの黒葛原つづらはらさんが、ボクの肩を強めに叩いていた。
「しっかりしなさいよ」なんて少々当たりのきつい言葉だが、今のボクはメイドとして相当なっていない姿を見せていたのだろう。思いきりボクを睨み付けている。

「いたたた……す、すみません黒葛原つづらはらさん。……けど、ライバルって何のことです?」
「は? 何、無自覚なの?」
「いや、無自覚も何も……。別に、ボクにはライバルとかいませんし……?」
「はぁぁあ~~?」

 室内の酸素を全て吸い上げていそうなほど盛大なため息をつく黒葛原さん。しかし、対するボクの頭には疑問符以外何も浮かばなかった。

 ボクの、何に対するライバルが誰だというのか……それが、全くわからない。別にボクは、いつだって誰かと何かを競っているつもりはなく。
今ここであるとすれば、メイドとしての可愛さを競う……くらいだろう。ボクと影人さんの二人が看板娘、とクラスメイトは言っていたけれど──そんなものは、影人さんの美人メイド姿で既に勝負がついているのだ。

 だから、何の話なのか全く理解が出来ない追いつかない……そんなボクの態度に、黒葛原つづらはらさんは再度重いため息をついた。

「あんたって結構、……いや、面倒だし今は分かんなくていいわ。それより、お客さんもいるんだからシャキッとする! 男がへっぴり腰になってるんじゃないわよ!」
「え、……あっ」

 これではどっちが男か女か分からない、それほどまでに黒葛原つづらはらさんから男気に似たような強い気迫を感じてしまっていた。
けれど同時に、それが活となったのだろう。心の中のもやもやは、ほんの少し吹き飛んでしまっていた。

 そうだ、今は文化祭。マジデスのメンバー以外にも、お客さんはたくさんいるのだ。
仮にもボクは女装男装喫茶のメイドとして仕事(?)をしている最中。ここを楽しみに足を運んでくれているお客さんの目の前で、一人で悶々と悩んでいるわけにはいかない。

(そうだ……しっかりしなきゃ)

 これがもし普通のファミレスだったら、クレームの一つ飛んできてもおかしくないだろう。
両頬をぱしんと叩き、呼吸を整える。さっさと気持ちを切り替えて、笑顔でお客様をお迎えしよう。

 接客中は笑顔、それを忘れてはいけないのだ。

「……ありがとうございます、黒葛原つづらはらさん」
「ケイちゃんが死んでる今、あんたも頼りなんだからちゃちゃっとやんなさいよ」

 じゃ、あたしは向こうのテーブル行ってくるから。背を向けたままひらひらと手を振り、黒葛原つづらはらさんが立ち去る。
転入したてだったあの頃は、影人さんを傷つけようとしたクソ女と思っていたけれど。こうして接していると、まぁなんだかんだでいいとこもあるのか……と、思わず見直しそうになる。

 何にせよ、ようやく気持ちが切り替えられそうなのだ。今日一日、影人さんたちと一緒に頑張らなければ。
 クラスメイトの女子の「お客様入りましたー」の声を合図に、周りのウェイターやメイド達が「はーい」と入り口に目を向ける。


「えっ、なんかまたかっこいい人入ってきたんだけど! しかも二人!」
「うわぁ、ここ結構アタリじゃない? あそこの四人もかっこいいし、眼福~!!」

 ウェイター姿の女子や女性客が嬉しそうに声をあげる。どうやら、イケメン客がまたこの男装女装喫茶に来たようだ。

 影人さんとマジデスだけでもお腹いっぱいなのに、今度はどんな人なのだろうか……。
そうぼやきつつ、ボクも入り口に目を向ける。






(……えっ……)

 ──新しく入店した客を見た瞬間、思考回路は全停止。
全身の温度が奪われていく感覚と湧き出た恐怖心に駆られ、ボクの体は硬直してしまった。


「何名様ですかー?」
「えーと、二人だ」
「はぁい、お好きな席へどうぞー」

 耳障りのいい、爽やかな男の声。
たった一言聞いただけで、心が千々に乱れていく。


(なんで、なんで、)

 激しい動悸がボクを襲う。
リズムの狂ったメトロノームのように、どくんどくんと止まらない。


(どうしてお前がこんなところに、)

 乱れる呼吸に肺が激しく上下して、どんどん苦しくなっていく。
呼吸を整える余裕なんてない、目の前にあるのはぐちゃぐちゃに絡まり合った汚い色の感情だけだ。



(嘘だ、こんなところにあいつが来たなんて、嘘だ、嘘だ)

 嘘だ、嘘だ、嫌だ、嘘だ、嫌だ、嫌だ、嘘だ、嫌だ、



 ―― 同じ空気を吸うことすらしたくない!!






「あ、ちょっと! 不破君!?」

 黒葛原つづらはらさんの呼びかけも無視して、ボクの体は無意識に教室の外へと駈け出していた──。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...