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第四章
第一話 陰りの便り
しおりを挟む文化祭が終わってから数日、寒さも深まってきた11月。
多忙だった数日間が嘘のように、また平穏な学校生活が戻ってきた。
結局あの後は黒葛原さんに「勝手に持ち場離れて何してたのよ」と言われはしたが──窓雪さんがまた色々頑張ってくれたようで、しつこく問いつめられることはなかった。
影人さん絡みのことで黒葛原さんとドンパチしたあの時といい、窓雪さんには本当世話になってばかりだ。
いい加減、まともなお返しをしないとバチが当たるだろう。……何がいいかは、分からないけれど。
「あと二ヶ月で二学期も終わりだなんて早いですねぇ」
「そうだね」
文化祭の時はざわついていた心も、今はどうにか落ち着いている。
あれから数週間は経っているが、文化祭に来ていたあの男の気配も今は無く。とりあえず、ボクの周りもいつも通り平穏になった……と思って良いだろう。
いつも通り二人で学校に行って、授業を受けて、一緒にお昼を食べて──夕方になったら、隣り合わせで一緒に帰る。
影人さんの隣で過ごす、ささやかな日常。心を乱す嵐が過ぎ去った後となると、この瞬間がどれだけ大切なのかを痛いほど思い知る。
慣れてきた頃には、きっともっと欲張りになってしまうのかもしれないが──今は、これだけで十分だ。
「……何、にやにやして」
「え? にやにや……え? そ、そんなにしてました?」
「うん。何度も言ってるけど、お前結構顔に出やすいからね……。何か良いことあった?」
「あ、いえ……な、何でも、ないです」
「ふーん……」
良いことが無かった、といえば嘘にはなる。だから言ってしまえば図星で、見抜かれた自分がすごく恥ずかしい。
影人さんが隣にいてくれる、ただそれだけのことがこんなにも嬉しく感じている──なんて言ったら、きっと「は?」なんて呆れたように返すことだろう。
流石にそんな自爆をする勇気もなく、かといって上手い嘘も浮かばなくて。「何でもない」と、下手な言い訳をするしかなかった。
……とはいっても、人のことをよぉーく観察している影人さんのことだ。
「何でもない」 それが嘘だなんて、きっとバレてる可能性もあり得るけれど。
「……じゃあ、蛍。俺、この後練習あるから」
「練習?」
「……バンドの。今度、新曲披露することになってる」
「へぇ、新曲……ふふ、頑張ってくださいね。その日になったら見に行きますから!」
「うん」
いつも待ち合わせをしているコンビニ、帰りもここでいつも別れている。
最近はこの時間がとても寂しく感じているけれど、次の日になればまた会える。
寂しさを少し我慢すれば、また楽しみな日が来る。そう思えば、別れる瞬間もいつも通り元気でいられるもので。
明日もこの平穏が続きますように──心のどこかで、そう祈っていた。
◇ ◇ ◇
──翌朝 6:30。スマホから鳴り響くアラームで目を覚ます。
あと少しだけ寝たいと駄々をこねる体を動かし、ベッドから降りる。今日も学校だ、いつまでも布団の中でまどろんでいる暇はない。
パジャマから制服へと着替え、一階の脱衣所で洗顔する。顔に冷水を浴びせれば、眠っていた体もシャキッと平日モードへと切り替わる。
そして、次はリビングに向かって朝食を──というのが、ボクのモーニングルーティンなのだが。
(……そういえば、やけに静かだ。二人とも、まだ寝てるのかな)
いつもならリビングから何かしら音が色々聞こえてきているはずが、今日は不気味なくらい静かだった。
リビングを覗いてみれば、案の定人影すら見あたらず。もしかして……と思ったボクは、普段は触れることのない二人の寝室の扉をそっと開ける。
(……珍しい、まだ寝てるなんて)
中央に置かれているダブルベッドには、二人分の膨らみが出来ていた。
わずかながら、スゥ……と寝息が聞こえてくるあたり、二人ともまだ眠っているようで。
音を立てぬように、そっと叔父さんのベッドの横を歩く。覗き込んでみれば、そこには気持ちよさそうな叔父さんの寝顔があって。
ボクよりずっと年上なのに、なんだか子どもみたいだ。そう思ってしまったが最後、思わず笑みが零れてしまう。
(けど、叔父さんたちは今日も仕事だし……そろそろ起こさないとだなぁ)
本音を言えば、まだ寝かせてあげたい。けれど今日はまだ平日、叔父さんも叔母さんも仕事の日だ。
可哀想だけれど、二人を夢の世界から引きずり出さなければならない。心を鬼にして、ボクは二人の体をそっと揺すった。
「叔父さん、叔母さん。もう朝ですよ、そろそろ起きないと……」
体を揺すると、二人して「んん……」と、眠気の残った声を出す。
いつもならここまで長く寝ていることはないのだが、昨日の仕事で何かあったのだろうか……中々起きない辺り、相当疲れているように見える。
遅刻をするのも大変だけれど、無理やり起こすのも可哀想だろうか。せめて今日の朝食はボクが作って、二人に余裕を持たせよう。
そう思ったボクは二人から離れ、部屋を出ようとした──その時だった。
(……? 何だろう、アレ)
ふと、ベッド前にある叔母さんのドレッサーが目に入る。
厳密には、ドレッサー……の上にある、小さな長方形の封筒が気になったのだが。
真っ白な紙に小さな花のラインが引かれた、少々可愛らしい雰囲気の封筒。
もしかしたら、叔母さんの友人か身内からか……叔母さんのプライベートに関わるものかもしれない。
だというのに、何故か気になったボクは封筒を手に取った。ドレッサーの上に手紙を置きっぱなしにするなんて、なんだか不自然なように思えたからだろうか。
上向きにされていた裏面には、宛名も何も書いていない。もしかしたら、表に何か書かれているのだろうか。
好奇心のまま、ボクは封筒をひっくり返して表面を見る。
──瞬間、心臓と時間が止まったかのような衝撃が走った。
(……どうして)
(どうして あいつが ボクにこんな――)
宛名に書かれていたのは、ボクの名である「蛍」。
そして、ボクにとって何より憎くて忌まわしい──「白夜」という名だった。
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