異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第一章 魔女と子宮を失った彼女

寄り道

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 魔法というのはどちらかと言うと言語学の分野に該当する。

「変身魔法。メリム・メロイクヮーテ」

 精霊は自らの魔力を魔法として具現させる際、ほんの一瞬だけこの世の存在ではなくなる。私達はその状態の事を神化と呼んでいて、神化している精霊はこの世のありとあらゆる情報を受け付けなくなるのだ。その例外となるのが精霊言語である。

 メリム・メロイクヮーテ。私達の言語に直訳すると『メリム、猫に変身させて』。つまり呪文と言うのは結局の所、精霊言語で精霊にお願いをしているだけに過ぎないのだ。その決定権はあくまでも精霊側にあるため、メリムはやろうと思えば私のお願いを拒否する事も出来る。私がまだ小さかった頃はこいつも反抗的でしょっちゅう私のお願い拒否したものだ。今は……まぁ反抗的な事に変わりはないけど、少なくとも魔法を拒否する事はなくなったか。

 魔女は三歳の誕生日になると魔書を授けられ、それを持って王宮の精霊保管室へと連れて来られる。そこで自分の魔書に精霊が入るまで待ち続け、魔書の中に精霊が入った瞬間が魔女デビューと言えるだろう。つまりこいつは元々自分の意思で私に近づいたわけだから、私の事を嫌ってはいても憎んではいないのだろう。……ま、それは私も同じだけど。

 私達魔女は魔書と肉声を媒介に精霊言語を伝えているけれど、伝え方は魔界の種族によって千差万別。文字を書いて伝える種族もいれば、臭いで伝える種族もいる。五感では感じられない特別な刺激で伝える種族もいれば、思考でそのまま伝える種族もいる。中にはジェスチャーで伝えるアホみたいな種族もいるらしい。魔女に生まれてよかったと思う瞬間だ。

 変身魔法を唱えた事で、私の体はみるみると人間ではない別の存在、猫へと姿を変えていった。まぁ正確には人間七割猫三割の中途半端な姿だけど。

 魔法使いのお願いを精霊は自分の意思で拒否する事は出来るが、反対に魔力の塊である精霊が自分の意思で魔法を使えるという事はない。神化した精霊に出来るのは自らの膨大な魔力を放出する事だけだからだ。世の自然災害はそうやって暴走した精霊が神化する事で発生すると言われている。そして、その膨大な魔力に精霊言語を用いて方向性を定めるのが私達魔法使いである。

 一つの事象しか起こせない代わりに、その一点に精霊の放つ膨大な魔力をそのまま注ぎ込めるウィザード。様々な事象を起こせる代わりに、膨大な魔力を分散しながらでないと注ぎ込めないウィッチ。

 そんなウィッチに完全な変身魔法は難しい。完全な猫に変身してもその持続時間はたったの数秒だけだし、また元の体積より大きな物や小さな物への変身も同じく短時間しか持続せず、長時間の変身を維持するにはこうして人体をベースに体の一部を猫化させるくらいがちょうどいいと言うわけだ。私が猫化したのは手足と顔の一部感覚器、すなわち目と耳と鼻と髭。何でこんな真似をしているかって言われたらそりゃあ。

「行ってきます!」

 寝坊したからだ。

 瞬間移動の魔法は数メートルしか移動出来ない。浮遊魔法はそれなりに練習している事もあってそこそこ長く飛べるけど、しかし空を飛んで学校へ一直線とか目立つにも程がある。昔は透明魔法と組み合わせて飛んでみようとも考えてみたけど、いざ透明になるとそう上手くはいかない。なんせ眼球まで透明になってしまうと、目は光をキャッチ出来ずに何も見えなくなってしまうからだ。

 結局急いで学校へ行くにはこの程度の魔法が一番いいのだと私は学んだ。猫のヒゲや聴覚、嗅覚を用いて人間の気配を調べつつ、人目の少ない道を選びながら猫の運動能力で街を駆ける。まぁ。

「待って! お願い、ちょっとだけ待ってりいちゃん! 一分だけでいいから触らせてー!」

「お構いなくー!」

「構わせてー!」

 この魔法を使うとサチがやたらと可愛がろうとするから、普段は極力早寝早起きで普通の登校を心がけているんだけど。昨日はどうやってタロウとの関係を進展させようか、夜遅くまでずっと考えていたから寝坊しちゃって……。

「よっと!」

 学校付近で最も人通りの少ない住宅街の路地で足を止めて魔法を解く。

「冷たい冷たい冷たい冷たい……!」

 猫の手足から人の手足に戻った瞬間、朝の冷たさを存分に吸い込んだアスファルトの温度が直に素足へと伝わった。悔しいことに猫の足だと靴は履けないから、半猫の姿で移動する時は常に裸足じゃないといけない。靴下くらいならまぁなんとか履けるけど、なんていうんだろう。猫の足って靴下とか履くとバランスが取れないんだよな。だから結局裸足じゃないとダメなわけだ。

 私は急いで靴下と靴に履き替える。スマホを見ると時刻は八時二十分。八時半の朝の会に余裕で間に合う時間だ。これなら昨日のおさらいをしながらゆっくり登校出来る。私はメリムを取り出し、昨晩夜更かししながら書いた友達の作り方を読み直しながら歩みを進めた。

【俺一応魔書だから。メモ帳代わりにすんのやめてくんね? マジで】

「あ、こらメリム」

 昨日まとめたメモを読んでいると、ページにメリムの意思が文字となって浮かび上がって私のメモ書きと重なってしまった。こいつマジ最悪だ死ねよマジ。

【ってか歩き読書やめろやクズ。歩きスマホと変わんねえからなそれ】

「はっ、知ったこっちゃねえし。二宮金次郎が許されて私が許されない道理なんてねけし」

【事故れカス】

「事故らせてみろタコぶぎゃあ⁉︎」

 電信柱にぶつかった。その場でしゃがみ、今にも鼻血が滴りそうな鼻を両手で押さえる。

【草】

「文字で喋るお前にネットスラング使われると死ぬほどムカつくな……っ」

 たった一文字での煽りとは言え文字は文字。顔の見えない相手に文字で馬鹿にされるこの感覚はネットで煽られた時の感覚ととてもよく似ていた。

「くそっ、何でこんなとこに電信柱があるんだよ。歩きスマホ対策もついにここまで来たか」

【電気を供給する為に決まってんだろ】

「この電信柱消そうぜ?」

【八つ当たりにも程があるわ。この辺りの家が困るだろ】

「私は困らない」

【だからカスなんだよてめえは】

 まぁ正当な理由もなしに異世界の物や生物を魔法で傷つけたら私の評価が下がるからやらないけどさ。私はメリムを体内にしまい、マナーを守って普通に登校した。

 放課後。

「メリムぅ……っ!」

 私はメリムに泣きついた。私の味方は今も昔もこの子だけだ。大好きだよ、メリム。

【てめえ俺のページ破いて鼻かんでんじゃねえよ殺すぞ】

 メリムも私の事が好きだと言ってくれた。

 まずい。まずいまずいまずいまずい、とにかくまずい。なんだよこれふざけんなよバカ。私は無駄になった昨晩の努力の仇でも討つかのようにメリムのページを破いていく。早い話が、私は今日タロウに話しかける事が出来なかった。

「クソっ! 何が友達になるには自分から話しかけましょうだよ! 何が天気の話題が無難ですだよ! 『おはよ! 今日暖かいね?』とか、それある程度仲良くなった相手に言う言葉だろ⁉︎」

 私は今朝の出来事を思い出す。教室に入って席に着き、朝の会が始まるまでに少しでも気さくに話せるようになろうと、私は勇気を振り絞って隣のタロウに話しかけたんだ。『おい』と、朝の挨拶をしたんだ。

 そして早速今日の天気の話をしようとして、口が止まった。なんせ私たちは昨日知り合ったばかりのほぼ初対面だ。いきなり天気の話とかしても『何こいつ?』ってなるじゃんか。私だって初対面の相手にいきなり『今日は暖かいですね』とか言われたら返答に困るよ。死ねやカスキモって思うよ。いやまぁタロウは初対面じゃないけども。

 結局私はその先何を話せばいいかわからずに数秒間沈黙を続けてしまい、その隙に前の席のダイチが『佐藤、今日も一緒に帰ろうぜ! 今日はいい寄り道の場所教えてやるよ!』と、またしても私の獲物を横取りしていきやがったわけだ。あいつマジでヤクザだよな。

「昨日あんなに頑張って調べたのに……」

 私は見るも無残に破かれたメリムのページを拾ってゴミ箱に捨てた。気晴らしに破り捨てたとは言えらこのまま放置したらポイ捨てだからな。

『今日は暖かいね→私暑いの嫌いだから夏が近づいて来て参っちゃうよ→知ってる? サチから聞いたんだけど二十年前は職員室にしかエアコンなかったんだって。ヤバくない?』

 ……みたいな感じでさ。会話の広げ方ならネットを参考にして結構頑張って考えたつもりなんだ。なのにまさか最初の挨拶の時点でつまづくだなんて。

「どうすんだよ。タロウのクソ野郎、休み時間も給食の時間もずっとダイチとお喋りだよ。ホモかよあいつら。くたばれホモ。裁かれろ」

【アメリカで同じ発言してお前が裁かれろ】

「あーあ、これもう完全に詰んだよなぁ……。私がこうしてる間にも新しい人間関係築かれちゃってさ。そんで明日にはもう私の入り込む隙なんかなくなってんだ……」

【おめえは一々ネガティブ過ぎんだ。もっと楽しい未来を考えるクセをつけろ。未来の事を考えて楽しくなった事ってねえのか?】

「クソした後にお前でケツ拭く妄想するのが一番楽しい」

【このクソガキ腹立つな】

「でもお前お腹ないじゃん」

【揚げ足取ってんじゃねえよ腹立つな】

「なんか揚げ物の話してたらお腹すいて来たな。ドンキで何か買ってこうぜ?」

【寄り道すんな。腹立つな】

「どんだけ立ちたいんだよ。ラーメン屋にでも並んでろよ」

 メリムとはこんなに話せるのに、なんで他とは話せないんだろうな私は。

「いっその事SNSで友達募集しようかな。現役JSとか名乗ってさ……」

【やめろ馬鹿】

「冗談だよ。この歳で犯罪に関わっちゃまずいもんな」

【どの歳でもまずいんだよ】

 私はメリムをしまい帰路へ着く。ついでにドンキに寄ってシュークリームを買った。

【寄り道すんなつってんだろクソガキ】

 ドンキのベンチに腰を下ろしてシュークリームを頬張っていると、水を指すようにメリムが出てきて罵詈雑言が綴られたページを開いて見せた。メリムは本の範囲でならどんな形にでもなれる。ファッション誌のように広く薄い形にも、広辞苑のような厚い形にも。今はこうして腕時計程の小さな本として、ひょっこりと私の手首から姿を浮かび出している。これは外で目立たないようにメリムと話す為の形態だ。

「はっ。知らねえし。私に指図していいのサチだけだし」

【そのサチが言ってんだろ、どっか出掛けるならまずカバンを家に置いてからだって】

「私思うんだよね。悪事って言うのは誰かにバレて誰かが悲しんだ時に初めて悪事になるんだって。誰にもバレないで誰も悲しんでないなら、これは立派な善行だよ」

【少なくとも善行ではねえんだよ。つうか食うにしてもせめて行儀よく食え】 

「行儀?」

 ベンチに横になって、通学用リュックを枕代わりにしながらシュークリーム食べてるだけなんだけど。他にベンチに座りたがってる人がいたら起き上がるつもりだし。

「悪いか?」

【死ね】

「は? お前が死ね」

【いやお前が死ね】

「いやいやお前が死ね」

【いやいやいやいや】

「いやいやいやいや」

 まったく、人がせっかく美味しくおやつを嗜んでいるというのにこいつはまったく。
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