異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第一章 魔女と子宮を失った彼女

子供の特権

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 ゴーレム。男の魔法使い、ウィザード達の手によって開発されたと言われる自立思考型の精霊。一種類の魔法しか使えないウィザードの生活を補助する為に作られた、所謂お手伝いロボット。

 空中を漂う精霊というのは、個々の性質こそあれど性格と呼べるほどの個性や意思はほとんど存在しない魔力の塊だ。それを捕まえて魔書に閉じ込め、パートナーと共に生活していく中でパートナーに感化されながら自我が芽生え、そして意思を持つようになる。この場合、パートナーと精霊の関係は使役する者とされる者だ。

 対してゴーレムというのはそんな精霊を作り物の体に入れて完成させる一つの命と言っても過言じゃない。精霊が自分の意思で体を動かし、自分の意思で魔法を放つのだ。

『この体は人の物と殆ど変わらない。食べるし、疲れるし、寝るし、繁殖も出来るし、そしていつかは死ぬ。普通の人と違う点は魔法が使える事と、心がない事』

 昨晩、思いもよらない事実に絶句していた私に向かってタロウは自分の正体について淡々と語ってくれた。

『僕達は君達のように、人格形成に必要な感化を受けるべきパートナーを持たない。だからゴーレムは人体において最も多感な時期と言われる第二次性徴期に突入すると、精霊で溢れるまだ魔法の知られていない世界に飛ばされる。そこで一生分の魔力を蓄えながら、現地の人と触れ合って心を学んでいくのが僕達の使命』

 一生分の魔力を蓄える。その点については私達と共通しているものの、心の勉強というのがなんとやら……。どうりでこいつは無感情な筈だ。どうりでこいつは無機質な筈だ。なんせ有機物で出来た無機物なんだから。

「はぁ……」

 そんな昨日の出来事を思い出しながら私自身もまた無気力なため息を吐いた、そんな通学路だった。

【ドンマイ!】

「なんで他人事なんだよ! このままじゃうちら三日後に強制送還だぞ!」

 と、一応ツッコミは入れるものの今日に限ってはメリムをぶっ叩く気力がない。

【三日後に強制送還? 違えだろ、昨日強制送還される筈だったのにあいつが人間じゃなかったおかげで期限が三日も伸びたんだろ?】

「お前のプラス思考ヤクザみたいにエグいな」

 ま、メリムはタロウと違って自分の好きなように動き回る事が出来ない。何をするにも私と一緒の、そんな相棒だ。どう足掻いても私に流されるまま生きるしかない。自分の意思では何も出来ないと諦め切っている立場だからこその余裕があるんだろう。

【で、どうするよ? 言った通り友達になってくださいって、一年のガキから順番に頭下げんか?】 

(そうだなぁ……)

 校門を潜り、上履に履き替えながらのメリムとの会話。流石に校内は人通りが多いから会話は小声だ。つっても私らしくもなく早起きして学校に来たもんだから生徒の先生の姿も殆どない。普通に会話しててもバレる事はないだろうが、油断はしないに越した事はないからな。

 あーあ。無理矢理早起きしたもんだから頭が痛いよ。昨日の出来事も相まってよぉ……。

 結局あの後、私の騒ぎ声を聞きつけたサチが大慌てで部屋に入って来た。そしてサチも胸を開いたタロウの姿に腰を抜かしていた。

 ちなみに異世界人に正体を明かしていけないのは魔女の掟ではなく魔界全体の掟だ。その為サチに正体がバレたタロウにもなんらかのペナルティが発生するような気がしたが、その心配は杞憂に終わる。サチはギリ魔界の関係者と判断されているのか、タロウに特別なペナルティはなかった。

『な、なるほど……。ゴーレムね。あー、なるほどなるほど。ゴーレムだったか、なるほど』 

『あの、大丈夫ですかサチ?』

『ん? 大丈夫だよ? でもそっかー、まさかタロウくんがね。見るからに頭良さそうだもんね?』

『ノーベルじゃないです』

『仕事も出来そうだし』

『OLでもないんです……』 

 サチ、絶対大丈夫じゃなかった。まぁ大丈夫じゃないのは私も一緒だけどな。そりゃいくら待っても合格通知が来ねえはずだよ。試験内容は人間の友達作り。タロウのやつ、人間どころか人族でさえないとかさ。

『タロウ。お前もしかして強かったりする?』

『討伐対象による』

『ダイチと本気で殺し合いしたらどうなる?』

『殺せる』

『熊相手なら?』

『殺せる』

『……クジラ相手なら?』

『辛うじて殺せる』

『お前地球最強だよ』

 結局あれから友達らしい会話をする事もなければ故郷を懐かしみながら同郷トークする事もなく、私達は機械作業のようにタロウの門限が迫るまでゲームやってたんだよな。

『タロウくん。交通ルールはちゃんと守ってね。はい、ヘルメット』

『ノーヘルでもないんですよ』

 サチはタロウが帰るその瞬間まで大丈夫じゃなかった。

 ……要するに。全部無駄だったわけだ。あんなに恥ずかしい思いしながら私から握手をしてやったと言うのに、何もかも無駄だったわけだ。残り三日で友達を作らなきゃいけないわけだ。私は人の少ない校内を歩きながらため息を吐く。

 ……。

 まぁ、でもさ。確かに何もかも無駄になった友達作りだけどさ。それでもあいつがこの世界最初の私の友達である事に違いはない。あの時二人でゲームしてて、楽しいと思ってしまった感情にも嘘はない。だからこうしてわざわざ早起きして学校にも来てやってんだし。

(ま、このまま何もしないよりかはするに越した事はないだろ?)

 渡り廊下を渡り。 

(やるよやるやる。恥を忍んで全校生徒に頭下げてやる)

 早起きのガキ共が駆け上ったり駆け降りたりと忙しい階段を登り。

(……でもまずは)

 そして私の平穏を脅かす悪しき教室へと辿り着き、叩きつけるように扉をかっ開いた。

「……ッチ」
 過去の経験が生きたな。教室の中では私の想像していた通りの出来事が繰り広げられている。ま、想像していたも何も経験していたからこそわかる事だけど。だから私はまず机の主がいないのをいい事に、油性マジックで私の机に落書きをしていた男子一人を舌打ちと共に蹴飛ばした。同じく、机の主がいるにも関わらず堂々とタロウの机に落書きをしていたダイチも蹴飛ばした。

(こいつらをなんとかする)

 このまま友達が出来なきゃ私の未来は三日後には強制送還だ。本当は一分一秒でも惜しいよ。自分の為に時間を割いた方がいいのはよくわかってるよ。

 でも、タロウとは友達になっちまったんだ。それにこのいじめが起きた原因だって元を辿れば私にある。だから魔界に帰るかもしれないのなら、こっちの世界にいる内にこの問題を終わらせなきゃな。私にはその義務と責任があるし、例えなくたって見捨てるつもりはねえよ。

「百歩譲って私にちょっかい出すのはわかる。お前らをチクった張本人だしな。でもそれは違えだろダイチ。何でまだタロウにもちょっかい出してんだよ」

「……」

「せこい真似してんじゃねえよ」

 私より四十センチ近くも背の高いダイチを見下しながら啖呵を切った。四十センチ差ってのは遠くで見ても絶望的なのに、こんな近くで見ると絶望通り越して圧巻だな。

「せこい真似? 別に嫌がってなくね?」

 ダイチも自分の恵まれた体格に自覚はあるようで、ニヤニヤと余裕な表情を絶やす気配がない。

「こいつが堂々と嫌って言えない事くらいわかるだろ?」

「知らねえよ」

「殺すぞ」

「あ?」

 しかしそんな私の一言でその余裕だった笑みは一瞬で崩壊した。自分より弱い奴は好きだけど、自分より弱い奴になめられるのは気に食わないんだろう。

「やんのか? お前俺に勝てると思ってんの?」

「こっちのセリフだデクの棒。ってか何キレてるわけ? 背はデカいくせにケツの穴は小せえんだ……ゔぁっ⁉︎」

 と。そこまで言いかけた私の言葉は、身長百七十から繰り出される圧倒的なリーチによって堰き止められた。ダイチの手が私の首を掴む。……いや、これはもはや掴むとういうより握るだ。クソ、こいつ手のひらまで大人サイズかよ。

「おい。次ナメた口利いたら殺すぞ?」

 ダイチはギリギリと私の首を圧迫しながら、空いた方の手で脅すように私の頬をペチペチと叩く。しかしその直後、ダイチは悲鳴をあげた。人の頬をペチペチと叩くそのナメ腐った手のひらに噛み付いてやったからだ。

「そうやってすぐ暴力でわからせようとするからガキなんだよお前は」

 ダイチの手が緩んだ隙を見つけ、私はダイチを突き放して距離を取る。けれど別にこれは逃げるつもりで離れたんじゃない。立ち向かう為に窓際に向かっただけだ。

「……ここ、一階は職員室だよな?」

 私は窓を開け、三階の窓から首を出して一階を覗き込んだ。

「この高さなら打ちどころが悪くない限り死にはしないけど、でも騒ぎにはなるだろうな。そしたらすぐに先生達がここまで来るぞ? 飛び降りた私とその机の落書きを見て、先生はどう思うんだろうな?」

「あぁ? そんなんで俺がビビると思ってんのかよ?」

「思ってるね。今に見てろ、骨折した後病院でたっぷり警察にチクってやるよ。タロウと一緒にお前らにいじめられてたって。その後にお前らの写真をアルバムから引っ張り出して本名付きでネットにばら撒いてやる。あーあ、お前人生終わったな?」

 ダイチの拳を見ると、手首にくっきりと血管が浮かんでいた。奴のストレスを視覚的に捉え事が出来て、見ていてとても愉快だった。多分鏡を見たら今の私、さっきまでのダイチと同じいやらしい笑みを浮かべているんだろうな。

「ならつべこべ言ってねえでやってみろよ」

「やってやるよ」

 私は窓の縁に腰をかけた。そしてゆっくり上半身を後方へ傾けていく。九十一度、百度、百三十五度。そして。

「てめえっ……!」

 私の体がもう自力での復帰が不可能な百八十度まで傾いた時。私の下にあったのは地面ではなかった。

 そこからはドクンドクンという、激しい心臓の鼓動が聞こえた。そこはダイチ呼吸に合わせて上下している。私はダイチの上に覆い被さっていたのだ。

 仰向けに横たわるダイチの上に私は乗っていた。どうやら咄嗟の判断で私に手を伸ばしたダイチに、そのまま教室の中まで引き戻されたようだ。その反動でこんな体勢になってしまったんだろう。私は見るからに焦りを隠せずにいるダイチを見ながらゆっくり立ち上がって。 

「ふんっ!」

 クソダイチの顔を思い切り踏み締めてやった。下手したら鼻骨折くらいあり得たかもしれないが、まぁこいつ百七十センチあるし大丈夫だろ。身長の高い男ってのは撃たれても死なないって道徳の時間で習ったし。

「来い」

 私はタロウの手を握り、教室の外へ連れ出す。

「おいてめえら。アルコール消毒使えば消えるから私達が戻るまでにその落書き消しとけよ? 少しでも残ってたら先生にチクるかんな。いいか! これに限らずまたなんかちょっかい出して来やがったらその度に速攻でチクってやる! 喧嘩じゃ強い方が勝つのかも知んねえけど社会じゃ弱い方が勝つんだよ! 覚えとけカス共! カス! カスカス! カースッ!」

 私は腐りきった教室内にそう吐き捨てて、物置代わり使われている空き教室までタロウを連れ出した。

(最後のセリフ何?)

(春日のモノマネじゃね?)

 教室からなんか聞こえて来た気がしたけど別にどうでもよかった。

 ……で。

「ごわがっだ……っ、ごわがっだぁーっ……! おうっ、おうっ」 

 私は泣いた。人っ気のない空き教室で号泣していた。今になって込み上がって来た恐怖に心が折れたんだ。生きててよかった。飛び降りなくてよかった。

 いやさ。体が百八十度傾いた時、気づいちゃったんだよな。あれ、このまま落ちたら私頭から落ちるんじゃね? って。私死ぬくね? って。

 あまりの恐怖に正気を失う所だった。すんでの所で引っ張ってくれたダイチに感謝した方がよくね? とか思ってるくらいには正気を失いかけていた。だからこの怒りと悲しみと恐怖の矛先は。

「そーれーでーよー! おーまーえーもーいーやーだーっーてーはーっーきーりー言ーえー!」

 タロウに向けさせてもらった。やつの両頬を抓り、限界まで引き伸ばしてやった。

「てめえ答えろ! 友達が首絞められてて何で助けなかった⁉︎」

「ダイチくんに殺気がなかったから」

「それでも助けろよ! おめえ強えんだろ⁉︎ 強い奴は弱い奴を守るもんなんだよ!」

「理解不能。みほりちゃんがダイチくんより弱いはずがない」

「魔法使えなきゃ私はただの九歳児だボケ! 友達なら私の笑顔の為に行動しやがれ!」

「理解した。以降、ダイチくんの暴力行為を発見次第最優先にみほりちゃんの救出を行う。早速ダイチくんに暴力を振るって貰おう」

「そういう事じゃねえんだよポンコツロボ!」

 そして最後にタロウの頭に私渾身の拳骨をお見舞いしてやったわけだ。まぁダイチと同じくこいつもびくともしなかったが。私は一旦その場で深呼吸をし、とりあえず感情が落ち着くまで一休みする。そして。

「お前あんな事されて嫌じゃないのかよ」

 ようやく感情が落ち着きを取り戻した所で本題に突入した。私はタロウと向き合う。こいつにはイジメに歯向かう意思を持って貰わなきゃいかないと、そう思った。

 とりあえずさっきのでわかった。ダイチって、図体がデカいだけで心は思った以上に弱い。相当なチキンだ。ケンタッキーに出荷されりゃいいのに。

 ま、あの程度のメンタルしかないなら、タロウがちょっかい出される度に私がしゃしゃり出ればあいつらのいじめは止まるだろう。でもきっとそれは一時的なもんで、私がいなくなればすぐに再開されるに違いない。いじめを根本から断つにはこいつ自身に強くなって貰う必要がある。

「別に」 

「落書きされてんのにか?」

「肉体に破損はない。どちらかと言えば今みほりちゃんに抓られた頬と殴られた頭部の方が深刻だと判断している」

「てめえ恩人に対して中々言ってくれるじゃねえか……。あのな? 確かに今は落書き程度だけど、あのまま放っといたらお前は抵抗しない奴だって思われてどんどんエスカレートするぞ。そのうち暴力にだって発展する。お前は嫌がらなきゃいけねえんだよ」

「……確かに。その可能性は考慮するべきだった」

「ったく……」

「嫌がるって難しい」

「どこがだよ!」

 あーあ、参ったな。こいつあらゆる方面で人生経験が足りてないんだ。何かを理解する為にはベースとなる知識が絶対に必要だ。九九を覚えないままより難しい算数の知識を理解するようなもんだぞ。もっと基礎的な部分から説明して、なんとかこいつにわかって貰わないと。

「よし。じゃあこれだ。これ見てどう思う?」

 私はポケットから飴玉を取り出しタロウに見せた。 

「校則違反だと思う」

「うるせえよ! 今は置いとけよそんなこと! 例えばさ、私がこの飴をお前にあげるのとあげないの、お前はどっちがいい?」

「僕にくれる方」

「だろ? それはどうして?」

「摂取された糖分が解糖、クエン酸回路、電子伝達系を経て僕の骨格筋、平滑筋、心筋等を動かす動力源ATPに変換されるから。またブトウ糖は血液脳関門を突破出来」

「うるせえよ! 意味わかんねえよ! 食べたいからの一言でいいんだよ! とにかくだ!」

 私は飴玉の包装を剥がし、タロウの口に突っ込んでやる。

「これから先、お前に何かある度に考えろ。それを受け入れたらどうなるか、受け入れなかったらどうなるか。それでお前にとってプラスになる選択を取り続ければいい。言いたい事言ってやりたい事やって、自分にとって都合のいい事を選び続けながら楽しく生きろ」

 どうだろう。食欲という原始的な欲求で例えながら説明してみたけれど。これで反論されたり更なる疑問を投げられたりしたら、私の頭ではこれ以上わかりやすい説明なんて出来ないぞ……。

「言いたい事を言ってやりたい事をやる。僕の知る限りだと、それは我儘っていう他人に嫌われる悪行じゃないの?」

 と、思っていたら早速タロウからは反論であり疑問でもある言葉が返された。困ったな、と頭を抱えたいところだけど、運がいい事に私はその問いには答える事が出来た。 

「別にいいだろ? うちら子供なんだから悪行でもなんでも好きなだけやればいいんだ。もしそれが間違った事なら周りの大人が正してくれる。そうやってやっていい事と悪い事を覚えていくんだよ。子供の特権なんだから堂々とやっちまえ」

 それは留学前にお母さんに教えられた事だ。昨日の件を見てもわかる通り、私のお母さんはいい歳して悪戯が大好きなクソみたいなお母さんで、これはそんなお母さんなりの悪戯に対するポリシーだった。お母さんが異世界留学してた頃のホストの人は、きっと想像も絶する苦労をしていたに違いない。

 そしてこのお母さんのポリシーにはまだ続きがある。寧ろこっちの方が本題とも言える続きが。

「ただし! やるなら大人の前で堂々とだ。じゃなきゃ間違った事をしても大人に注意してもらえない。大人に叱られればそれは悪戯の一言で済むけど、あいつらみたいに大人に隠れてコソコソやってたら誰にも叱られずにどんどん道を外していく……気がする」 

 まぁ私は良い子だからその教えを参考にする出来事なんてこれまで一度もなかったけどな。正直、あのクソみたいなお母さんの言葉を引用するのは癪だ。クソみたいな人格破綻者の言葉だから説得力だって感じない。

「わかった」 

 でもまぁ、それでも年の功なのかな。私より長く生きているお母さんの自論なだけあって、納得出来る人には納得がいく内容なんだろう。タロウは素直に私の話を受け入れてくれた。

「ところでこの飴はコソコソ大人に隠れて持って来たものじゃないの?」

「だからうるせんだよお前は……っ!」

 余計な一言もついてきたけどな……。しかしまぁこいつは知識がないだけで物分かりはいいやつだ。わかったって言ったからには、次からはしっかり嫌がって抵抗の一つや二つしてくれる事だろうし、なんだったら私が暴力を振われていたら助けてもくれるだろう。私が言いたい事をしっかり理解してくれたならよかったよ。

「あ、やべ。そろそろ時間だ」

 時計を見ると、ホームルームが始まるまで残り一分という所まで差し迫っていた。私は埃被った床から尻を上げ、スカートを軽く叩く。

「……」

 そんな切迫した状況ではあるけど、私はこの空き教室をすぐには出られなかった。悩んでしまったんだ。今私が置かれている状況を、素直にこいつに打ち明けるべきなのか。でも友達として、礼儀として、この状況を打ち明けないのは嘘だと思った。空き教室の扉を開く前に、あの事をタロウに伝える。

「タロウ。頼むから強くなってくれよな? 私下手したら後三日で魔界に戻らなきゃだから、これ以上は守ってやれねえんだよ」 

「三日?」

「うん」

 私はタロウに打ち明けた。魔女の事、魔女の掟の事、そして最後の一年を滞在する為の年度試験の内容に加え、どうも自分はその試験をパスするのに向いていない性格であるらしい事。何もかも、同郷のよしみで包み隠さず打ち明ける。

「つっても諦めたわけじゃねえからな? 今日と明日、学校中の生徒に友達になってくれって頭下げてやる。……つもりだけど、それでもダメならもうどうしようもねえからさ。だから私がいなくなってもいじめられないように強くなれよ?」

 朝の会を知らせるチャイムが鳴り響く中、タロウにそれだけ伝えて私達は教室へ戻った。

 ……で。

「……あはは。友達作るって難しいな? メリム」

 金曜の帰り道。私はヘラヘラと苦笑いを浮かべながらメリムにそう愚痴る。この二日、私は確かに一年生から順に頭を下げ続けた。殆どは気味悪がって逃げてったけど、一応数人ほど私の手を握り返してくれる優しいガキもいた。けど、それだけだった。やはりそんな急拵えの友達を魔女達は友達と認めてくれないようで、年度試験合格の知らせは一向に来ない。

【まだクラスの連中も残ってるけどな】

「やだよ」

【……】

「いじめる奴やいじめを無視するような奴に頭下げるくらいなら死んだ方がマシ」

【そうだな】

 珍しくメリムと言い争わない、そんな帰り道だった。
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