異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第1.5章 魔女と日常の話

予防接種

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「りいちゃん。何か食べたい物とかある? 外食でもいいし、お家ご飯ならお野菜ゼロのお肉料理とかでも全然いいよ?」

「……」

 サチは私に優しい。それはもう優しいを通り越して甘いくらいだ。でも、こういう唐突な優しさを見せるって事は何か裏がある気がする。 

 サチの言動の怪しさは、およそ三十分前から始まっていた。それは稀に見るサチのだらしない所だった。郵便受けの中が広告チラシや請求書でパッツンパッツンに詰まっていたんだ。私達は協力しながら郵便受けの中身を捻り出したものの、中から出て来たとある書類を見た瞬間、サチの顔が引き攣ったのを私は見逃さなかった。きっとそれに関連する何かをサチは隠している。

「後ろに隠してるの、何ですか?」

 サチの後ろ手を指摘すると、サチの笑顔が更に引き攣った。やっぱりそうか。

「何もないよ?」

「じゃあ手を見せて」

「見せてもいいけど、何もないよ?」

「じゃあ見せてくださいよ‼︎」

「……」

 サチは観念して背中に隠したそれを私に差し出した。サチが見せた三通の封筒。それは……。

「予防摂取の予診票来てた……。日本脳炎と、二種混合と、あとHPVのやつ」

 気まずそうに、それでいて申し訳なさそうに話すサチ。

「嫌です」

 私は笑顔で答えてやった。

「ねぇ、そんな事言わないでよー。全部大事な病気なんだよ? 日本脳炎とか名前からして怖そうでしょ?」

「私来年には日本出るんで。そもそもこの世界から出て行くんで」

「いや、日本脳炎って日本で初めて報告された病気だからこう言う名前なだけで、実際は世界中あちこちで起きてる病気だからね?」

「魔界でもですか?」

「それは流石にわからないけど……」

 よし、一つ目論破完了。残り二つ。

「それにりいちゃん、喧嘩っ早くてしょっちゅう傷を作るから二種混合も絶対必要だと思う」

「なんですか二種混合って。カツカレーみたいなもんですか? なら代わりにカツカレー食べればいいですね?」 

「いいわけないよね。違うよ、ジフテリアと破傷風のこと。破傷風って聞いた事ない?」

「あーはいはい知ってます。矢にうんこを塗りたくる弓道部のあれですね」

「戦国時代のあれだよ。知識の偏りが酷いよ。それにうんちだけじゃなくて土や泥からも入って来るの。りいちゃん、すぐ傷だらけになるから心配なんだよ……」

「じゃあ傷が出来たら熱湯風呂入って消毒します。ありったけの氷だけ用意しておいてください」

「芸人じゃないんだから……。ていうか熱湯風呂に耐えられるなら注射の一本くらい耐えて欲しいな。それに加熱くらいで対策出来ると思ったら大間違いだよ? 破傷風菌は芽胞を作るからね」

「がほう?」

「一部の細菌が持つ特殊能力」

「特殊能力⁉︎ え、それもしかしてかっこいい系ですか?」

「恐ろしい系だよ。人の命を沢山奪ってる物にかっこいいとか口が裂けても言えないよ。芽胞って言うのは、簡単に言えば自分の内側にもう一人の自分を作る能力かな?」

「分身を作る……?」

「で、本体を内側の自分に切り替えて、外側の自分は超強力なバリアーとして利用するの」

「バリアー……?」

「このバリアーが中々厄介で百℃の熱にも耐えちゃうんだよね」

「百℃の熱に耐える……?」

「ほら、一晩経ったカレーを加熱して食べたのに食中毒になった、みたいな話って聞くでしょ? あれも芽胞を作る菌が繁殖しているからなんだ。どう? 怖いでしょ?」

「超かっけぇ……!」

「ダメだこりゃ……」

「ちなみにその芽胞を作る菌が繁殖した料理って、もう食べる事が出来ないんですか?」

「ううん、そんな事はないよ? 菌も芽胞を作るにはそれ相応のエネルギーがいるから、二回連続では作れないの。だから加熱した後に一旦冷まして再加熱すれば大丈夫」

「じゃあ熱湯風呂に二回入れば問題ないわけですね」

「だから二回も熱湯風呂に入れるなら注射一回で全部終わらせようよ……」

 ぃよしっ! 二つ目も論破成功。残す敵はあと一つ。しかも最後の敵は見るからに雑魚そうな名前だったな。私はケラケラ笑いながら最後の論破に取り掛かる。

「で、最後の奴は何でしたっけ? HPV? HなPV的な? ハハッ、名前からしてくだらなそう」

「……ううん」

 取り掛かった筈だった。しかし私の笑みは呆気なく途切れてしまう。サチのやつれたような落ち込んだ視線が、私から笑みを奪ったのだ。それもそのはずだ。私はHPVという単語こそ知らなかったけれど、その正式名称は知っている。

「ヒトパピローマウイルス。私が子宮頸癌になって、赤ちゃんを産めない体になっちゃった原因」

 昔サチから教えてもらったからだ。

「珍しいウイルスでもないんだ。普通に生きていたら風邪を引くのと同じくらい誰もが感染する、そんなありふれたウイルスだから。例え予防摂取を受けていない人が感染しても、殆どの場合は免疫が勝つから特に健康に問題は出ない。でも、本当に稀にだけど免疫が負けちゃうケースだってある。私みたいにね」

 私はサチの体に刻まれた傷跡を知っている。大分古い手術痕で、色も周囲の皮膚と同化しているから言われなければまず気付く事はないだろう。でも、一度でも傷の存在を知ってしまうと、嫌でも目が行ってしまうのだ。

 どれだけ周囲と同化していても、それはサチの下腹部に間違いなく残っている。周りの肌よりも微かに色の濃い直線が、サチのお腹には刻まれている。

「私がりいちゃんくらいの頃にはまだなかったか、もしくはあってもそこまで浸透していなかった予防摂取だね。それが今じゃ定期摂取扱いになって無料で受けられるんだから、いい世の中になったなーって思う」

 サチには一つの癖があった。お風呂に入ると自分の下腹部に手を乗せる癖だ。プールや海水浴に連れて行った貰った時も、サチはお腹が隠れる水着を着ているにも関わらず、自分のお腹に手を乗せていた。サチがその癖に気付いているかどうかはわからないけれど、その癖を見る度に私の胸がチクリ痛む。

「来年には魔界に帰るから必要ない。りいちゃんの言い分ももっともだよ。向こうには優秀な魔女のお医者さんだっているだろうし。……でも、最後の一年にその万が一が起きないとも言い切れない。私はそれが怖い。だからりいちゃんが予防摂取を受けてくれたら、私は凄く嬉しくて安心出来るの。……これは、そんな私の我儘だね」

「……」

 そんなサチを見てきた私だ。サチからそれを言われたら、もう私はこうとしか答えられないじゃないか。

「フグ」

「え?」

「魔界に帰る前にフグ料理とか食べてみたいです」

 サチは満面の笑みで答えた。

「うん!」



 余談。

「病気と言えば、この世界って魔女狩りとかがあった時代にとんでもない病気が流行ったらしいじゃないですか。ヨーロッパの人口が三分の一くらいまで減ったとかいう」

「あー、ペストの事?」

「はい。それ多分私の同族が持ち込んだ病気ですね」

「急に怖い事言わないでよ……」

「私もどんな病気持ち込んでるのかわからないし気をつけてくださいね?」

「五年も滞在しておいて今更言われても困るな……」

「ま、逆に言えばこの五年間特に新しい病気も流行りませんでしたし、何事もなかったって事ですよ」

「それもそうだね。こんなに医療が発達した現代に新しい感染症が蔓延るなんてないないない」

「そうですとも。マスクにアルコール消毒が必須化されて、満足に外出も出来なくなるようなそんなディストピアみたいな世界観になんかなるもんですか」

「あっはっはっはっ」「あっはっはっはっ」
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