異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第二章 魔女とタバコを吸う少年

物で溢れる理由

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 それからどれくらいの時間が経っただろう。スマホというのはあっという間に時間を奪い去っていくもんだから、程よい尿意を感じるまで、俺は自分が長時間スマホを弄っていた事に気づく事も出来ないでいた。トイレに行ってさっさと用を足そうと思い、ベットから起き上がったのだが。

 ふと、ようやく笑いの波が収まった事で静寂さを取り戻したこの部屋に、壁伝いで水道の流れる音が響いてきた。この水音……。これは台所でも洗面所でもトイレでもなく、シャワーの水が勢いよく流れる音で間違いないだろう。この家に住むようになってから何度も聞いて来た音だ。

「……」

 俺は机の上のSwitchを見ながら小さく鼻で笑った。そういえば先週、ちょうどゲームの新作を買って金がなくなっていた所なんだよな、と。

 ……………………。
 …………。
 ……。
 …。

「おい! ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 閃光玉! 誰か閃光玉使えって! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

 あれかれ一時間くらい経っただろうか。友情よりも彼女を優先した先輩や俺にのび太の監視とかいうクソみたいなおつかいを任せた先輩方がそれぞれ自分の家に帰宅したようで、俺達は眠くなるまでグループ通話をしながらモンハンのオンラインプレイを楽しんでいた。大型モンスターの攻撃を受け、フラフラになってしまった俺のキャラ。そんな俺目掛けて大型モンスターが突進してくる。この攻撃を凌ぐには、誰かが閃光玉を使ってモンスターの動きを封じてくれるしか……!

「……は?」

 なんて思った矢先の事だった。そんな緊張感マックスの戦闘中だと言うのに、俺の視線はSwitchの画面から部屋の扉の方へと移さざるを得なくなってしまう。当然だ。閉まっているはずの扉が勝手に開き、風呂上がりのお袋が無断で入って来たんだから。

「……ふざけんなよ。おいゴラ、クソババア!」

 俺は耳にはめたイヤホンを引きちぎりかねない勢いで引っこ抜き、お袋の元へと詰め寄る。

「何勝手に入って来てんだよ殺すぞてめえ!」

 風呂上がりの女独特のシャンプーの臭いと、ドライヤーで髪を乾かした際の臭い。その臭いにお袋の臭いまで紛れた不快な臭いが俺の部屋に充満していく。俺はおさげに結んであるお袋の髪を片方掴んで引っ張った。

「ま、待って! 違うの! お母さん、ちゃんとノックしたんだけど、ダイちゃん今イヤホンしてたでしょ? ……ぅあ、い、痛い!」

「関係ねえよ! 出て来なかったらそのままほっとけばいいだろが! くだらねえ用事で一々来んな!」

 お袋のおさげをより一層強く引っ張り警告する。またこんな事があるようならただじゃおかないと、言ってわからないようなら髪を引きながら痛みでわからせる。俺が髪を引っ張る度にお袋の体も激しく揺れ、それに釣られて上下する平均値を超えたお袋のデカい胸。その気色悪い動きがより一層俺の怒りを奮い立たせた。

「ち、違う……! くだらない用事じゃなくて、そ、それ!」

 スゥっと、お袋が子犬のように震えた指先で部屋の外を指した。正確には部屋の出入り口の床。そこに置かれたおにぎりの乗った皿。この部屋に入る際、一旦皿を床に置いたのだろう。

「流し台に……、オムライスが捨ててあったから。それでダイちゃん、ご飯食べてないでしょ? だから……」

「……」

 ふと、数十分前の事を思い出した。お袋が風呂に入っている間に一階のリビングに行くと、冷蔵庫の中に俺の分のオムライスがラップに包まれながら保管されていた事。それをレンジでチンした後に一口食べてみると、チキンライスに玉ねぎのみじん切りが入っていたこと。それに腹が立って流し台にオムライスを放り捨てたこと。

 まぁ、要するにだ。つまりこいつは晩飯に手をつけていない俺の為にわざわざおにぎりを作って来たと。我儘息子に尽くす母親気取りだなこのクソババアは。

「あ、そ。ならもう用は済んだろ? さっさと出てけ!」

「……あ。えっと」

 お袋の背中を押し、部屋の外へと突き飛ばす。せっかくだからおにぎりの乗った皿は拾い上げ、ちゃっちゃと部屋のドアを閉めようとした。……しかし。

「待って……いっ!」

 ドアが閉まる寸前。ドアの隙間にお袋が手のひらを捩じ込んだ。俺には少し乱暴にドアを閉める癖がある。その為お袋の手のひらは木製のドアに強く打ち挟まれ、お袋は小さな悲鳴をあげた。

 そんな不快な悲鳴が。それ以前にこのクソババアがまたしても俺の部屋に入ろうとした事が。そもそもこのクソババアの存在自体が堪忍袋の緒を刺激してくるんだからたまったもんじゃない。

「あ……、えっと。ダイちゃん……、げ、ゲーム……やってたんだよね?」

「だから?」

「……その、何のゲームなのかなーって」

「は?」

「……だ、だから……また新しいゲーム買ったのかなって思って」

「……」

 俺の目を見ようとしては、俺と目が合うとすぐに目を逸らす。そんなうじうじしたお袋の態度を見て、すぐにお袋の意図がわかった。堪忍袋の緒はとっくに切れていた。

「……あの。……あの、ね。さっき財布の中を見てみたら……その、五万円なくなってて……。お風呂に入る前は……、ちゃんとあったはず、なんだけど……」

「……」

 あぁ、なるほど。俺の為に飯を持って来たってのはあくまで建前。こいつの本当の目的はそっちというわけね。

「へぇー、そうなんだ。俺さっきからこの部屋から出てねえし知らねえわ。泥棒でも入ったんじゃねえの?」

「泥棒ってそんな……。そ、それに……。それにダイちゃん、さっき下に来たんだよね? オムライスを取りに……」

「……」

 はぁ、と。わざとらしくお袋を責めるように深いため息をついた。こうすれば気の弱いこいつの事、もう何も言えなくなって諦めるものだと踏んでいた。が。

「……あのね、ダイちゃん。お母さん、今までずっと知らないフリしてきたけど……もうダメなの。……お願い、返して。あのお金は本当に大事なお金なの……。お父さんからの仕送りはとっくに尽きちゃったし、今まではなんとかパートで食い繋いで来たけど、それももう限界で……」

 ガタガタした心の震えが喉にまで到達した声色でお袋は話す。いつものこいつならこんなに震えるまでもなく諦めて退散するはずなのに、今日はやけにしぶとい。それほど大事な金なのか? ……いやいやまさか。だってたったの五万だぞ? 今時スマホも買えないような端した金じゃねえか。

「べ、別にお母さん、ゲームを買うなって言ってるんじゃないよ? 友達と遊ぶなら同じ趣味を持った方がいいって、ちゃんとわかってるから。だから……、ね? せめて欲しい物があったらお母さんに言って欲しいなー、……なんて」

 つまりあれだ。このクソババア、俺に揺すりかけているわけか。ナメた真似しやがって。

「そりゃあ何でもかんでも全部買ってあげる事は出来ないけど……、でも、ダイちゃんが友達付き合いに不自由しない分にはちゃんと買ってあげるし……。だから……、だからお願い。こんな泥棒みたいな真似だけはやめて……? お願いだから……」

 泣き真似なんかしやがって。涙まで流しやがって。その言動の一つ一つが一々気持ち悪い。胸糞悪いし腹立たしい。こんな……、こんなクソババア如きがナメやがって。

「そのゲームも、そこの漫画の山も、全部……、全部お父さんとお母さんが働いて稼いだ大切なお金で……。お父さん、私達が生活に苦労しないくらい十分なお金を送ってくれているのに、それなのにお金が全部」

 クソババアの言葉が途切れた。とは言えクソババアの声そのものが途切れたわけじゃない。途切れたのはあくまで言葉だけ。その言葉は俺に皿ごとおにぎりを投げつけられた事で悲鳴へと姿を変える。

 クソババアの顔に皿が当たり、物理の法則に従って床に落下する。その衝撃で陶器製の皿は砕けて四散。クソババアの足元に皿の破片が散らばった。

「調子に乗んなよてめえ」

「ま……、待って。待ってダイちゃん……。今、お皿が目に当たって……」

 この後に及んでこのクソババアときたら、右目周辺を手のひらで覆いながら被害者ヅラをしやがる。そうやってりゃ俺の良心が痛むとでも思ってんのか? クソったれが。そもそも悪ぃのは何度も部屋に入るなって言いつけてあんのに、それでも勝手に人の部屋に上がってきたてめえだろうが。

「いつまで痛いフリしてりゃ気が済むんだよてめえ! さっさと出てけっつってんだろ!」

 俺はベッドの上に置きっぱなしのテレビのリモコンを拾い上げ、クソババアの顔面目掛けて投げつけた。直後、クソババアは二つの悲鳴をあげる。一つはリモコンが頭に直撃した事による悲鳴。そしてもう一つは、リモコンの直撃で体がよろけ、足元の皿の破片を裸足で踏み抜いた事による悲鳴。クソババアはそんな情けない二種類の悲鳴をあげながら、崩れるように尻から床に落ちた。

「ちんたらしてんじゃねえよさっさと出てけ!」

 俺は皿の破片を避けながらクソババアのそばへと歩み寄り、そしてその薄鈍い体に蹴りを一発放った。

「出てけ! 出てけ! 出てけ!」

 二発放った。三発放った。四発放った。その度にクソババアからは悲鳴が漏れ出る。そして五発目の蹴りが放たれる寸前。

「ご、ごめん! ごめんなさい! もう言わない! もう何も言わないから!」

 ようやくクソババアから聞きたい言葉が出てきた。俺は五発目の蹴りを寸前で止める。

「だから……、やめて。もう、出ていくから……。殴らないで……っ!」

「……っち」

 ズリズリと芋虫のように這いずりながら部屋を出て行くクソババアの背中に舌打ちを一発。ったくよぉ。結局最後はそう言うんだよ。なら最初から素直にそうしとけってんだ。

「死ね! クソが!」

 クソババアが完全に部屋を出たところで、俺は乱暴にドアを叩き閉めた。
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