異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第二章 魔女とタバコを吸う少年

妹は犬のようだった

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「よ!」

「……」

 予想は出来ていた。アキにとってはこれが俺との直接的な再会なのかもしれないが、俺にとっては昨日が直接的な再会だから。クソチビに逃げられた怒り、のび太を見失った怒り、のび太が見つかったと思ったら人違いだった怒り。それらの怒りをぶつけるように、俺はアキの髪の毛を掴み上げ、その顔に目一杯の怒りを乗せた視線をぶつけてしまったから。だから今日、あいつの前に姿を現せば、臆病なあいつは一目散に逃げ出すだろうなんて事は容易に予想出来た。

「待て待て待て! 話を聞け!」

 ま、だからといってそれをみすみす逃がしたりなんかはしないが。俺はアキの首根っこを掴み、アキの逃走を阻む。

「逃げるな!」

「……」

「落ち着け!」

「……」

「俺だよ俺!」

 それでもアキは逃亡を諦めなかった。襟を掴まれている以上、走り去ろうとすれば服が喉に食い込んで苦しいだろうに、そんなの構うもんかと言わんばかりに走り去ろうともがいていた。声も出さず、一心不乱に逃げようとするその様はまるで肉食動物から逃げる草食動物だな。まぁ。

「ダイチだ!」

「……え」

 そこにたった一言添えるだけでアキは抵抗をやめたけど。

 天気は昨日に負けず劣らずの晴天だった。空には入道雲が浮かんでいるし、道行く人々の服装も、日焼け対策をしている人以外は皆んなが半袖。言ってしまえば今日は蝉の鳴き声がしないだけの夏で、そんな中全力疾走で逃げようとするもんだからアキの体は既に汗まみれ。俺の額にもじんわりと汗が滲んでいた。

「……お兄ちゃん?」

「おう。まぁその……昨日は悪かったよ。俺もちょっと気が動転してた」

 気が動転していたか。まぁ嘘ではないよな。万引き犯の正体がのび太じゃなくて逆上したのだって、十分気が動転していたと言えるはずだし。

「ってか暑くね? マックでも行こうぜ?」

 とは言え、いくら気が動転していてもやっぱりやってしまった事がやってしまった事なわけで。

「え。……でも」

「いいからいいから」

 俺は気まずさを誤魔化すように、アキの手を引いて近くのマックまで半ば強引に連行した。連行したはいいんだけど。

「うーわ……」

 日曜のマックの混み具合を忘れていた。人でごった返す店内を見て、思わずため息が漏れる。何で休日のマックってこんなに混むんだろうな。テレビで紹介されたお店が混むとかならまだわかるけど、マックなんていつでもどこでも食べられる物なのに。まぁかく言う俺もそんないつでもどこでも食べれるマックに足を運んじまった人間の一人だけどさ。

「なぁアキ。やっぱ別の所に」

 流石に店内に入りきれない程の行列に並ぶのは気が滅入る為、もっと人が空いてそうな喫茶店に目的地を変更しようとアキに呼びかける。

「……」

 が。マックのメニューを食い入るように見つめるアキの姿が目に入ってしまった。

「……ま、いっか」

 俺は観念して行列の最後尾に並んだ。

 しかし店内に収まり切らない程の行列と言っても、そこは流石天下のマック。大手チェーン店だからこその手際の良さと設備の良さで瞬く間に商品が出来上がり次々に列が消化されていく。常に列は移動していた為、立ち止まって待つ時間なんてほとんどなく、無口なアキと無理に会話するような気まずさも味わう事はなかった。俺達の順番もあっという間に回ってくる。

「えーっと、ダブルチーズバーガーのバリューランチを二つと……」

 レジに到着し、メニューを見るまでもなくいつものお気に入りのセットを注文しようとした矢先。ふとメニューを食い入るように見つめていたアキの姿を思い出した。アキの方に視線を向けると、今もこいつは俺の服を掴みながらもじっとメニューを凝視している。で、具体的にメニューの中のどれを見ているのかと言うと……。

「あ、やっぱダブルチーズバーガーのバリューランチとハッピーセットのチーズバーガーセットでお願いします。ドリンクはどっちもコーラで、おもちゃはこの動物のぬいぐるみで」

 メニューから片時も目を離さなかったアキの視線が俺の方を向いた。

「あ、バーガーはどっちも玉ねぎ抜きで」

 この注文だけは絶対に外せない。

 こうして夏の日差しに耐えながらの行列に勝ち抜き、見事昼食とドリンクとエアコンの効いた部屋を勝ち取った俺達。出来上がった品物を受け取って二階のテーブル席に赴くと、外の行列に比べて以外と空席が多い。思ったより店内で食べる客より持ち帰って食べる客の方が多かったようだ。俺たちはここぞとばかりに、フロアの隅の人の少ない座席へ足を運んで腰を下ろした。

「おー、ここめっちゃエアコンの風来るじゃん。最高だな」

 テーブルにトレイを置き、特に食事の挨拶をするでもなくハンバーガーにかぶりつく。汗で失った塩分を補うには十分過ぎる程の塩っ気が暴力的なまでに口いっぱいに広がって、それを糖分をふんだんに携えたコーラで流し込む快感がたまらない。そして、そんな俺を羨ましそうに見つめる奴が一人……。

 アキは対面の席に座りながら、ただただジッとしていた。何か喋るでもなく、テーブルの上に置かれたバーガーやポテトに手を伸ばすでもなく、ギュッと握り拳を作りながら俺の食事風景を眺めている。多分、ハッピーセットが自分の為に頼まれた物だと理解していないのだろう。

「食えよ」

「え……」

「食えって。俺がセットメニュー二つも食うように見えるか? こっちはお前の」

 ハッピーセットを指差してアキに伝える。

「……アキの?」

「そう言ってんだろ」

「……お金、ない」

「いらねえよ。奢ってやってんの! 俺が、お前に」

「……」

 そう言われ、俺とハンバーガーを交互に見比べるアキ。それが自分のであると理解するまでに十数秒を要した後、アキは恐る恐るチーズバーガーに手を伸ばした。チーズバーガーを両手で持ち、口元まで近づけ、だがそれを口に入れる前に本当に食べていいのか再度確認するように再び俺を見てくる。

「だから食っていいっての」

「……」

 そこまで言われて、ようやくアキはチーズバーガーに齧りついた。齧りついたのに、それでもまだ警戒を怠らない。ほんの数ミリ口に入れては俺を見て、ほんの数回咀嚼してはまた俺を見る。それを何度も繰り返す……かに思われたけど。

 変化はすぐに訪れた。最初こそちまちま食べているだけだったアキのスピードが、ある瞬間をきっかけに加速度的に増していく。気づくとアキは食べる事を放棄し、貪る事に専念するようになった。

 まるで獣の食事を見ているようだった。食べかすを周囲に撒き散らし、ロクに噛みもせず、足りない分の唾液を補うようにコーラでバーガーを胃の奥へと流し込む。咀嚼音にしたってクチャラーどころの騒ぎじゃない。少しでも人の少ない隅っこの席に座って正解だったな。こんな光景、他人に見られるだなんてたまったもんじゃない。

 アキは食事をしながら声を漏らしていた。なんとか声を押し殺そうとしているのはわかるが、アキの小さな口では込み上がる声を全て堰き止める事は出来ないらしい。おまけに声に加えて瞳からは涙まで漏れ出ているし。

「これも食うか?」

 その姿に圧倒され、俺はついつい自分のポテトをアキの方へと差し出してしまう。アキは一瞬俺を見上げたあと、首を縦に振ってポテトを掴みとった。ポテトって一本ずつ食べやすいように細長い形状に加工して揚げているはずなのに、それを手のひらいっぱいに掴み取って頬張りやがるか。押し殺していた声も、もはやダダ漏れの状態だ。その嗚咽の理由は、母親譲りのデカイ胸とはお世辞にも釣り合っているとは言い難い、アキの細い手足が物語っていた。

「お前、ちゃんと飯食ってないのか?」

「……」

「服もそれ、昨日と全く同じだよな」

「……」

「……なぁ、せめて返事くらい」

 いくら話しかけても返事一つ寄越さないアキに、ほんの少しだけ怒りを覚えた。人の金で飯を食っておいて、ハイの一言も言って貰えないんだ。そりゃあ腹も立つ。だから俺はついつい大人げもなくアキに詰め寄ってしまったんだけど。

「……とう」

「……」

「……ありがとう…………お兄ちゃん。……ありがとう」

 アキに顔を近づけた事で、嗚咽に混ざって今にも霞んでしまいそうな声でアキがそう呟いている事に気がついてしまった。

 ……ま、いっか。俺は自分の椅子に席に座り直し、アキが食事を終えるのを静かに見守った。

「美味かったか?」

 結局自分の分どころか俺のポテトや俺の食べかけバーガーまでも平らげてしまったアキ。アキにそう問いかけると、アキは小さく首を縦に振る。まだ完全には泣き止み切れていないようだが、それでもまともな会話が出来るくらいには回復している事だろう。

「そりゃよかった。お前、腹減ってんなら好きな時に連絡寄越せよ。飯くらいいつでも奢ってやっからよ」

「……本当?」

「おう。金なら腐る程持ってんだ、俺」

 その一言がよっぽど嬉しかったのか、アキは再び溢れ出た涙を腕で拭い去った。

「にしても本当偶然だよな? まさかこんな所で再会するなんて」

 アキは首を縦に振る。

「俺、お前とはもう一生会わないまま生きる事になんのかなーとか思ってたよ」

 アキは首を縦に振る。

「しばらく見ないうちに色々デカくなりやがって。ま、それはお互い様か」

 アキは首を縦に振る。どんな言葉を投げかけても、どんな話題を振っても、アキは淡々と首を縦に振る。もはや俺の言う事ならどんな言葉でも首を縦に振って肯定してくれそうな勢いだった。けど。

「俺の事、恨んでるか?」

 その質問に対してだけは、アキは首を縦に振ってはくれなかった。涙を拭っていた腕をどかし、はっきり俺と視線を合わせてきた。
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