異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第2.5章 魔女と日常の話

暇つぶし ②

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「ザロン」

 ホリーの世界に着いて早々、私は残りの弾数を調べた。最も使用頻度の高い瞬間移動の魔法が残り三回、護身用の念動魔法が残り一回、万が一の為の記憶操作魔法が残り一回。後は……使用用途の限られたしょうもない魔法が一回ね。

 六月最終日となる本日。私の残弾数はこの六つの魔法のみ。しかも最後の魔法は本当に使用用途の限られた使い道のない魔法だ。

『りいちゃん。私言ったよね?』

『……』

『ちゃんとお片付けしてねって……何度も何度も言ったよね⁉︎』

 先月、そんな二人のやり取りを見てなんとなくインストールしてしまった、本当にくだらない魔法。決まった拠点を持たずに生活している私だ。結局この魔法を使う機会には一度も恵まれないまま六月最終日になってしまった。そして今日も使う事のないまま、この魔法は日付を跨いで廃棄扱いになるのだろう。

【ボランティアでもしてみたら?】

「嫌よ。めんどくさい」

 私はザロンの提案を退け、そして魔法を行使する。私に残された六つの魔法の内の一つ、瞬間移動の魔法を。

 行き先は決まっていない。強いて言えばホリーのいない所ならどこでもいい。はっきり言って、ホリーとガッキーの二人は私の抱える留学生の中で頭の悪い子トップ2なのだ。成績の良し悪しとかではなく、根本的な考え方が私とは大きく異なっている。大した用事がないならわざわざ会いに行きたいとも思わない。

 でも、だからと言って本当に無作為に瞬間移動して、深海や噴火口に飛び出されても困る。だから……そうね。何かホリーやその関係者と縁のある土地。それでいて尚且つ私が訪れた事のない面白そうな所。移動先の座標を適当に定めた私は、再び精霊の名を呼んで目的のない暇潰しに身を任せた。




「……え」

 瞬間移動の到着地点は空中だった。私の視界には無限に広がる青空だけが映し出される。次の瞬間、私の耳に纏わりつく風切り音とみるみる遠ざかって行く青空の光景が、私の体が自然落下している事を教えてくれた。

 私は体を捻り地上を見る。このまま転落死するわけにも行かず、私はもう一度瞬間移動を行使しようと思った。けれどすぐに辞めた。私の着地点には湖が広がっている。これなら落ちても死にはしないだろう。残り半日もしないうちに日付が変わるとは言え、それでも残り二回しか使えない瞬間移動をこんな所で使いたくはなかった。……が。

「……」

 その結果がこれだ。私は無事に着水する事が出来なかった。高所から水中へ落下するとして、人体への負荷を最小限に止めるにはつま先からの入水が最も好ましい。しかし他者より運動能力が劣る私は満足の行く体勢で着水する事が出来なかった。中々の高さから落下し、下手な体勢で着水しまった。

【骨、折れたんじゃない?】

「多分ね」

 足が激痛で動かない。足が動かなければ満足にも泳げない。私は全身の力を抜いて、ただぷかぷかと水面に浮かびながら漂い続ける。体が勝手に陸地へ流れ着くのを期待して。

 こういうミスは割とよくある事だ。私は上位階級入りした同期の中では最も成績が悪い。上位階級の魔女全体から見ても下から数えた方が早い程だろう。魔法の縛りも厳しめで、他の魔女達に比べてとても使い勝手が悪いのだ。

 ぼーっとしていると景色が流れる。時間と共に流れていく。真上のあった太陽が落ち込む程度の時間が流れて行く。そして。

「……冷たい」

 私の頬に、冷えた金属に触れたような不快な感触が宿った。数時間ぶりに視線を動かすと、そこはもう陸地の目の前。そして陸地からは一人の少年が私にそれを伸ばしていた。軍手を装着しながらゴミ袋を携えた少年が、ゴミ取りバサミを私に向けて伸ばしていたのだ。

「掴める?」

 少年は私にそう訊ねる。

「……汚い」

 ゴミ取りバサミを顔にくっつけられた私は、淡々とそんな感想だけを呟いた。

「何をしているの?」

 今度は私が少年に訊ねてみた。少年が湖の中に足を踏み入れ、私の体を抱き抱えて来たからだ。

「お姉さん、動けないみたいだから」

 勝手に体に触られた事に関しては不快感しかないものの、陸地に上げて貰えるのなら願ったり叶ったりだった。私は少年の行動に黙って身を任せる。私の衣服と髪は湖の水分を多量に吸い込んでいる。そんな重量増し増しな私を抱き抱える少年はどこかやりづらそうだった。

「お姉さん、地元の人じゃないね。どこから来たの?」

「遠い所」

「それって天国?」

「何それ?」

 私を運びながら少年は世間話を始める。私がどこから来たのかはいいとして、天国とは一体どう言う事だろう。何を思ってこの少年は私にそんな質問を……。

「だって急に空から落ちて来たから」

「……」

 少年は私を抱き抱えながらなんとか陸地にたどり着き、私の骨折部位に負担がかからないよう、優しく私を地面に寝かせた。

「それで実際の所どうなの? 天国から落ちて来た天使か、羽根が動かなくなった妖精か。それとも箒から落ちた魔女」

「ザロン」

 私に残された五つの魔法のうち、記憶改竄の魔法を少年にかける。少年の記憶から私という存在だけを消し去る。魔法をかけられた少年は、糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちた。彼が目を覚ました時、彼の中から私の存在は綺麗さっぱり消えている事だろう。唯一気になる事があるとすれば。

「重い……」

 少年が私の上に崩れ落ちた事。私の胸を押し込む少年の頭のせいでとても息苦しい。

 少年が目を覚ましたのは、それから数十分程が経過した後だった。

「おはよう」

「……」

「目が覚めたならどいてくれない? 重くて仕方ないわ」

「え……あー……ごめんなさい」

 少年は慌てたように私の上から飛び起きる。

「ついでにこの子達もなんとかしてくれると嬉しいわね」

「あ、うん。わかった」

 そしてこの数十分の間に寄って来た山の生き物達の処理もお願いした。そう、気がつくと私は動物に囲まれていたのだ。狸、小鹿、野良猫、鼬、猪、それに加えて各種野鳥達。まるで無防備な私達を外敵から守るように彼らは私達に寄り添って来た。その奇妙な出来事には小動物特有の愛くるしさも突っぱねて不気味ささえ覚える程だ。

「この子達は何? 野生動物よね? 随分人に慣れているようだけれど」

「僕の友達だよ。可愛いでしょ?」

「獣臭いわ」

 少年は苦笑いを浮かべた。

「悪く思わないであげて? 熊に襲われないように守ってくれてたんだって。僕はともかく、お姉さんは襲われかねないから」

 少年が私の体から動物達を引き離すと、彼らは母親にでもすがるように少年にべったりと甘え出した。少年はまんざらでも無さそうに笑いながら彼らの体を撫で回す。警戒心の塊である野生動物相手では決してあり得ない異様な光景だった。

「え? 僕がお姉さんを助けてたの?」

「……」

「おかしいな……。何も思い出せない」

「……」

「そうなの? お姉さん」

 本当に異様な光景だ。この少年、まるで動物と会話をしているように見える。この子と話していると、僧侶や菩薩のような、人間離れした何かと接しているような奇妙な感覚に陥ってしまうのは何故だろう。……なんて色々と推測を並べてはみたものの、そんな私の疑問が晴れるのにそう時間は掛からなかった。

「そもそもお姉さんは誰? 僕たち多分初対面じゃないよね?」

「……」

 あぁ、そうか。

「あなたには私がお姉さんに見えるのね」

「ん? ……あれ、そういえば確かに。言われてみれば君、同い年くらいだね。でも何でだろう。凄く年上に見える」

 この子、霊感が強いんだわ。記憶改竄の魔法も完全には効いていないようだし、魔法への耐性がほんの僅かに備わっているんだろう。

 意識が芽生える前の精霊は本能の塊。少しでも敵意を向けようものなら自ずと去っていく。精霊を貰い受ける際は腰を低くし、態度も滑らかに、野生動物と接するよう警戒心を解かせながら頼み込まなければならない。

 精霊と契約する前に母から口を酸っぱくして注意される事だ。これは言い換えれば、精霊に好かれる人物は野生動物に懐かれる傾向があるとも言える。この子がそれか。

 私達魔女に関わらず、魔界の住人の殆どは魔法によって無理矢理霊感を開花させられた、いわば養殖物の霊能力者だ。天然の霊能力者なんて随分と珍しいものを見つけてしまったわ。魔界の種馬保管庫に監禁された雄以外で見るのは初めてね。

 世が世なら。それでいてこの子が発言力のある権力者だったなら。きっとこの世界も今頃は魔法文明の発達した世界になっていたに違いない。けれど科学を信じ切ったこの世界では、きっとこの子は名前も残らないただの一般人として一生を終える事になるのだろう。

「それよりお姉さん、足怪我してるよね? 病院まで連れて行こうか?」

 少年は酷く腫れ上がった私の足を見ながらそんな提案を持ちかけた。

「構わないで。どうって事ないから」

「そんな事ないでしょ? この腫れ具合、多分骨折してるよ」

「いいの」

「よくないよ」

 少年は私の体に手を滑り込ませ、またしても私の事を抱き抱える。

「病院に連れて行く。町まで降りるよ?」

「大通りに出たら痴漢だって騒ぐわよ?」

「えー、それは困るよ。もしかして訴えられたりする感じ?」

「当然」

「わかった。じゃあ病院で怪我を治して、元気な体になったら訴えに来て? その時は僕も全力で応戦するから」

「……」

「親の力で」

「……ダサい」

 少年は面白おかしそうにケラケラと笑った。

 困ったわね。私としては一刻も早くこの子に立ち去ってもらいたいのに、この子にはこういうやり方は通用しないらしい。このまま身元不明の私が病院なんかに連れて行かれたらどんな厄介事に見舞われるやら。ただでさえ霊感のない一般人には、私の姿が中高生程の未成年に映ってしまうと言うのに。

「お願いだからやめて。ここから離れられない事情があるの。せめて日付が変わるまで放っておいて。本当に我慢出来なくなったら、その時は素直に頼るから」

 脅すやり方では通用しないと思った私は、素直なやり方で少年に頼みこむことにした。良心を持った人が相手なら、嘘ではなくこういうやり方の方が効き目があるだろう。

「……わかった。でも、我慢の判断は僕がするよ。お姉さんが我慢出来なさそうだって判断したら、その時はお姉さんが何を言っても無理矢理連れて行く。いい?」

 私はため息混じりに了承した。




 日が傾き、青空が夕闇に染まる。そんな中、私は相変わらずこの場を離れられずに黄昏ていた。少年が少しでもこの場を離れれば、その隙に魔法でどこか別の場所へ逃げるつもりだった。なのにこの少年は未だにここに居続けている。ゴミ取りバサミとゴミ袋を手に、湖周辺のゴミを健気に拾い集めていた。

 記憶改竄の魔法はもう使えない。そんな中この少年の前で瞬間移動などするわけにも行かず、私は湖のほとりで寝そべりながら、少年の行動を眺める以外にする事がなかった。

「どうしてここはこんなに汚れているの?」

 暇を持て余した私は退屈に屈してしまい、少年に対してそんな質問を投げてしまう。

「年中汚れているわけじゃないよ。この季節だけかな? ここって有名な心霊スポットだから、夏になるとガラの悪い人達が面白半分でよく来るんだ。それで一通り騒いだ後はゴミを残して帰って行く」

 確かにそれはこの湖がゴミだらけの理由ではあったけれど、しかし少年が彼らに代わってゴミ拾いをする理由にはならないと思った。

「ここはあなたの土地なの? それともボランティア?」

「ボランティアって知らない人の為に奉仕する事だよね? ならこれはボランティアじゃないよ。僕は友達のお家を掃除しているだけだから」

 友達のお家。少年のその言い方には妙な違和感を覚えた。

「友達って言うのは魚や水鳥の事?」

「それもある」

「じゃあ昔、あなたのお友達がここで亡くなったとか?」

「それはない。逆だよ」

 少年は冗談めかしく笑いながら言葉を続けた。

「死にそうになったのは僕の方。小さい頃、僕はこの湖で溺れて死にかけた事がある。そこを友達に助けられたんだ。ここはその友達が住んでるお家だよ」

「……熊とか?」

「ううん」

 少年は答える。年齢はこの世界で言う所の高校生くらいだろう。そんな子供と大人の狭間にいる彼にこんな表現を使うのは侮辱に当たるのかも知れないけれど、それでも私は彼の瞳に純粋無垢な真っ直ぐさを感じずにはいられなかった。

「怪獣。この湖にはネッシーが住んでいるんだ」

 少年は夢を語る子供のように、恥ずかしげもなくそう答えた。
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