106 / 236
第2.5章 魔女と日常の話
怪獣と出会った少年 ⑧
しおりを挟む
◇◆◇◆
「ぎえぇ⁉︎」
まさか私の人生でそんな馬鹿みたいな叫び声をあげる日が来るとは思ってもいなかった。私はこんなみっともない悲鳴をあげさせた元凶をぶっ叩く。
(てめえ何すんだこのクソ精霊っ!)
隣で寝息を立てるサチを起こさないようにぶっ叩いた。何があったのか端的に話すと、メリムのクソ野郎はいきなり広辞苑サイズで私から飛び出して、そして熟睡する私の顔面に落下して来たわけだ。これを許せるほど私の心は出来ちゃいない。
【起こしてやったんだよ。おい、出かけるぞ】
(はぁ? どこに? てめえだけあの世に送ってやろうか? あ?)
【湖だよ、この馬鹿】
(湖?)
その唐突過ぎる提案にメリムの精神病を疑ってしまった。
【お前、フクの事どう思う?】
(飯奢りマシン)
【クソだな。死ねよカス】
メリムをぶっ叩いた。
【気づかねえのか?】
(何が?)
【フクの特徴だよ】
(フクの特徴?)
フクの特徴っていうと……あれか。動物に懐かれやすくて、人の嘘に敏感で、幽霊とか見えていて……。あれ。
(霊感……?)
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。何で今まで気づかなかったんだろ。先天的に精霊を認知出来る知的生命体の特徴を、私は魔界で嫌と言うほど教えられていたと言うのに。
【そう言うこった。それでだぞ? もしフクに霊感があったとしたら、フクが昔見たっつうネッシーはなんだと思う?】
(そりゃあ……あれだろ。本物のネッシーか、そうじゃなかったら……)
【あぁ。精霊が引き起こした怪奇現象だ。それも怪獣レベルの巨大な精霊だぞ? 昼間はフクがいた手前外に出る事が出来なかった。そんで明日の昼には俺達は東京に戻る事になる。そうなるとチャンスは今しかねえよな?】
(メリム、お前まさか)
【おう。それ、もらっちまおうぜ?】
私とメリムの心が一つになった瞬間だった。
魔女は四歳から十歳までの六年間を魔法の存在しない異世界で過ごさなければならない。その最大の目的が自分の精霊を育てて一生分の魔力を補充する為だ。精霊は精霊を食べる事でより多くの魔力を蓄積する事が出来る。魔法の存在しない世界では大気全てが小さな精霊で埋め尽くされているけれど。
(怪獣レベルの精霊か……。確かにこのままさよならするのは勿体ねえな)
スマホを取り出し時刻を確認する。午前一時ちょっと前か……。こんな時間に出かけるとかサチに何言われるかわかったもんじゃない。着替えの布切れ音でさえ警戒しないとだな。私は寝巻きのまま抜き足差し足で部屋の出入り口へ赴き、音が出ないよう静かに襖を開けた。
(やぁ)
(ああああああああああああああああああああっ⁉︎)
襖を開けた瞬間、廊下を挟んだ向かいの襖からフクが顔を出してこちらを見ていた。こんな状況で小声で叫ぶ事の出来た自分の器用さに思わず惚れてしまいそうだった。
(ふ、ふふふふふ、ふふ、フク⁉︎ おめえ何してんだよ⁉︎)
(いやー。姉ちゃんの部屋から重い物が落ちる音が聞こえてね)
それは確実に落下したメリムと私の顔面が激突する音だった。
(りいちゃんこそどこ行くの?)
(え……、それはほら、トイレ)
(本当に?)
(……いや、あとなんつうの? ちょっと寝付けねえし散歩とか……)
(この時間に?)
(……)
参ったな。最悪サチなら魔法の為とか言っておけば夜中の外出もまぁ目を瞑ってくれたのかも知れない。でもフクはダメだ。こいつは魔界の関係者じゃない。こいつに事情なんか説明してみろ? その瞬間私の留学生活はジ・エンドだぞ。クソ、こんな千載一遇のチャンスを諦めるしかねえのか? ……なんて諦めかけたものの。
(あまり遠くに行っちゃダメだよ?)
(……え?)
聞き返した時には、フクは襖を閉めて自分の部屋へ戻っていった。
「……」
とりあえず……関門突破って事でいいのか? 一応念のため、襖に耳を当てて中の様子を確認してみると、襖から少し離れた場所からフクの呼吸音がする。私に鎌をかけているわけじゃなさそうだけど……。
いや、考えても仕方ないか。ここで変にフクを問い詰めた方が余計怪しまれそうだ。私は襖から耳を離し、抜き足差し足で階段を降りて家を出た。
「どうだメリム?」
精霊の食事量は決まっている。一日につき一時間だ。食事方法はメリムを私の体から出す、たったそれだけ。それだけでメリムは勝手に周囲の精霊を食ってくれる。
なら二時間外に出せば二倍の量を食べるのかと言うと、そう言うわけでもない。人が一日に吸収出来る栄養量に限りがあるように、精霊にだって一日に吸収出来る量には限りがある。つまり精霊の食事にとって大切なのは、何時間精霊を食わせたのかではなくどんな精霊を食わせたのか。量より質である。
そこら中の大気を漂う精霊と、怪奇現象を引き起こすまでに肥大化した精霊とでは得られる魔力が違う。私も昔は質の良い精霊を食わせようと色々心霊スポットを巡ったりもしたものだ。でも、ネットで探して出てくるような心霊スポットって殆どが嘘っぱちなんだよな。そのうち私は心霊スポット巡りに無意味さを覚え、結局いつも通り適当な精霊をメリムに食わせるようになった。心霊スポットが怖いから行かなくなったとかでは断じてない。断じてだ。
まぁ、そこら辺は一旦置いとくとしてだ。今までの心霊スポットは全部がパチモンだったけど、今回に限っては話が変わってくる。なんせ今回はフクという霊能力者のお墨付きだぜ? ネッシーサイズの精霊か……。そんなもん食わせた日には、リジーを追い越して私がナンバーワンの座に君臨するのだって夢じゃない。あとはメリムの感想だけど……。
湖の真前にメリムを置く事数分。メリムからそれらしい反応が返ってくる様子はない。
【……】
「おいメリム。どうした? ちゃんと食事は出来てんのか?」
【いや、それがよ。普段とあんま変わんねえんだ】
「はあ?」
【昔サチに連れられて京都旅行に行ったろ? あん時に神社や寺の精霊を食った時は間違いなく八つ橋の味がしたし、食った後の満足感も東京のそれとは比較にならなかった】
「精霊の味って地域性あんの?」
【でもなんだ? ここの精霊はりんごの味がするだけで、満足感は東京の時と何一つ変わり映えがしねえ】
「だから精霊の味って地域性あんの?」
逆に東京で精霊食ってる時は何の味がするのか気になった。
【もんじゃ焼きだ】
もんじゃ焼きらしかった。……いや、今問題なのは精霊の味云々ではなく食後の満足感だ。
「じゃあなんだ? 食後の満足感が普段と変わんねえって事はそれってつまり……」
メリムはほんの数秒考えるまでもなく、呆気なく自分の間違いを認めた。
【ネッシー=精霊説は間違いだな】
「……」
ため息が出た。あーあ、なんだそりゃ……。怖い思いして夜中の田舎道を彷徨いながはここまで来たってのに。私は地べたに腰を下ろし、勢いよく寝転がる。そして。
「……ま、いっか?」
いつもと変わらない食事を楽しむメリムに笑いかけた。
「要するにフクが見たのは精霊じゃなくてガチのネッシーだったって事だろ? そっちの方がロマンあって好きだな。私は」
そっか。精霊はいなかったか。でもまぁそれでフクの夢が守られたなら大満足だ。私は寝転がりながら目を瞑り、大きく深呼吸をする。都会じゃ味わえない土と木の香りが存分に私の肺を満たしてくれる。それに加えて目を開くと満天の星空が私の心を満たしてくれるのだ。月明かりと星あかりを含んだ、神秘的に輝く真夜中の湖を見れただけでも儲けもんだな。人工的な明かりが一才存在しない、純度100%の自然の光を堪能出来たんだ。それだけでもここまで来た甲斐があったってもんよ。十分満足してる。
「……」
十分、満足していたのに。
「ヤバい」
私はすぐに起き上がり、食事中のメリムに手を伸ばす。メリムを私の体内に収納して、私自身も木の影に隠れた。
静かな自然に包まれたおかげだろう。明度最低のスマホ画面でも暗闇で見れば十分明るいように、静かな環境に身を置いた私の聴覚もその音に過敏すぎるくらいに反応してしまった。
山の麓から光を灯したそれが近づいて来る。都会で嗅ぎ慣れた排気ガスを撒き散らしながら近づいて来る。都会で聴き慣れたガラの悪いエンジン音と陽気な音楽も健在だ。
一体どれだけのスピードを出しているんだろう。その車は日中なら確実に捕まる勢いで山道を駆け上り、けたたましいブレーキ音を鳴らしながら湖の畔に停車した。すぐに車からはロックが解除され、中から四人の人間が出てくる。手ぶらの男が一人とスマホを持った女が一人、タバコを咥えた男女が一組の計四人だ。四人の人間は奇声にも近い笑い声を交えながら湖へ近づき、そして手ぶらの男が両手を口に添えて大声で叫び声をあげた。
「幽霊出て来いやーーーーーーァッ‼︎」
一体何が起きているのかは、とっくのとうにわかっていた。フクが言っていたじゃないか。ここは心霊スポットで有名な湖。この時期になるとクソみたいな奴らがうじゃうじゃ湧いて来るんだって。……そんで。
「ねえ汚ーいっ!」「汚いって何だよ! ここ俺の便所だから! おいコラ幽霊来いやーっ!」「おい動画回せ動画!」「やばい最低過ぎる頭おかしい!」
ここを汚して行く。湖の中に何らかの液体が注がれる不快な音を聞きながら、私は頭を抱えた。
正直、フクのその話を聞いた時はただの他人事だった。例えるならニュースで犯罪の報道を見た時の感覚に近い。へー、こんな酷い事する奴いるんだなー、って。そう思う程度の感覚。でも今こうしてその現場を目の当たりにすると、一気に自分が巻き込まれたような錯覚に陥るよ。事件の当事者になっちまったような気分だ。……で。
「ここって何? 湖の中に幽霊の死体とかあんの? じゃあ俺は火葬担当」
こんな奴らが汚してった湖を、無関係のフクが一々片付けてるわけなんだな。
笑顔で湖にタバコを投げ捨てた男の笑い声が耳に障る。あの野郎共、舐めやがって……。
私は腰を上げる。こちとら半日前に湖を掃除した身だ。このまま見て見ぬふりするとか、そんなダサい選択肢、私にはない。
「……」
ないんだけど。
『お前、もうこういうのやめろよ』
あの日、ダイチに言われた事が頭の中で反響した。
『お前の気持ちの強さはよーくわかったよ。けど、世の中にはマジで殺しにかかって来る馬鹿がいるってわかったろ? 許せない奴見かける度に立ち向かってったら命がいくつあっても足りねえよ。いくら気持ちが強くても、お前は弱いんだ』
初めてあいつに心配された、そんな苦い思い出だ。弱い。そう、私は弱い。そりゃあ魔法を使えば私の方が強えよ。人間なんて屁でもない。そんな勘違いを随分と長い間して来た。
違う。魔法を使えば私の方が強いってのはとんだ勘違いだ。だって私は魔法を使えない。人間の前では魔法を使えないんだ。ダイチの連れのヤンキー共と対峙した時も、ダイチのクソ親父に目をつけられた時も、結局私は魔法を使えなかったじゃないか。私は人のいない所でしか魔法を使えないんだ。
呪文を唱える声量はどうとでもなる。けれどメリムの発光に関してだけは私の意思でもメリムの意思でもどうする事は出来ない。ここで魔法を使おうものなら、確実にあいつらは発光するメリムの姿を目撃する事だろう。だから……結局私は魔法を使えないただの弱いガキにしかなれない。そんな私があいつらに喧嘩を売りに行くのは、私の身を案じたサチとダイチに対する裏切りだ。
「ぎえぇ⁉︎」
まさか私の人生でそんな馬鹿みたいな叫び声をあげる日が来るとは思ってもいなかった。私はこんなみっともない悲鳴をあげさせた元凶をぶっ叩く。
(てめえ何すんだこのクソ精霊っ!)
隣で寝息を立てるサチを起こさないようにぶっ叩いた。何があったのか端的に話すと、メリムのクソ野郎はいきなり広辞苑サイズで私から飛び出して、そして熟睡する私の顔面に落下して来たわけだ。これを許せるほど私の心は出来ちゃいない。
【起こしてやったんだよ。おい、出かけるぞ】
(はぁ? どこに? てめえだけあの世に送ってやろうか? あ?)
【湖だよ、この馬鹿】
(湖?)
その唐突過ぎる提案にメリムの精神病を疑ってしまった。
【お前、フクの事どう思う?】
(飯奢りマシン)
【クソだな。死ねよカス】
メリムをぶっ叩いた。
【気づかねえのか?】
(何が?)
【フクの特徴だよ】
(フクの特徴?)
フクの特徴っていうと……あれか。動物に懐かれやすくて、人の嘘に敏感で、幽霊とか見えていて……。あれ。
(霊感……?)
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。何で今まで気づかなかったんだろ。先天的に精霊を認知出来る知的生命体の特徴を、私は魔界で嫌と言うほど教えられていたと言うのに。
【そう言うこった。それでだぞ? もしフクに霊感があったとしたら、フクが昔見たっつうネッシーはなんだと思う?】
(そりゃあ……あれだろ。本物のネッシーか、そうじゃなかったら……)
【あぁ。精霊が引き起こした怪奇現象だ。それも怪獣レベルの巨大な精霊だぞ? 昼間はフクがいた手前外に出る事が出来なかった。そんで明日の昼には俺達は東京に戻る事になる。そうなるとチャンスは今しかねえよな?】
(メリム、お前まさか)
【おう。それ、もらっちまおうぜ?】
私とメリムの心が一つになった瞬間だった。
魔女は四歳から十歳までの六年間を魔法の存在しない異世界で過ごさなければならない。その最大の目的が自分の精霊を育てて一生分の魔力を補充する為だ。精霊は精霊を食べる事でより多くの魔力を蓄積する事が出来る。魔法の存在しない世界では大気全てが小さな精霊で埋め尽くされているけれど。
(怪獣レベルの精霊か……。確かにこのままさよならするのは勿体ねえな)
スマホを取り出し時刻を確認する。午前一時ちょっと前か……。こんな時間に出かけるとかサチに何言われるかわかったもんじゃない。着替えの布切れ音でさえ警戒しないとだな。私は寝巻きのまま抜き足差し足で部屋の出入り口へ赴き、音が出ないよう静かに襖を開けた。
(やぁ)
(ああああああああああああああああああああっ⁉︎)
襖を開けた瞬間、廊下を挟んだ向かいの襖からフクが顔を出してこちらを見ていた。こんな状況で小声で叫ぶ事の出来た自分の器用さに思わず惚れてしまいそうだった。
(ふ、ふふふふふ、ふふ、フク⁉︎ おめえ何してんだよ⁉︎)
(いやー。姉ちゃんの部屋から重い物が落ちる音が聞こえてね)
それは確実に落下したメリムと私の顔面が激突する音だった。
(りいちゃんこそどこ行くの?)
(え……、それはほら、トイレ)
(本当に?)
(……いや、あとなんつうの? ちょっと寝付けねえし散歩とか……)
(この時間に?)
(……)
参ったな。最悪サチなら魔法の為とか言っておけば夜中の外出もまぁ目を瞑ってくれたのかも知れない。でもフクはダメだ。こいつは魔界の関係者じゃない。こいつに事情なんか説明してみろ? その瞬間私の留学生活はジ・エンドだぞ。クソ、こんな千載一遇のチャンスを諦めるしかねえのか? ……なんて諦めかけたものの。
(あまり遠くに行っちゃダメだよ?)
(……え?)
聞き返した時には、フクは襖を閉めて自分の部屋へ戻っていった。
「……」
とりあえず……関門突破って事でいいのか? 一応念のため、襖に耳を当てて中の様子を確認してみると、襖から少し離れた場所からフクの呼吸音がする。私に鎌をかけているわけじゃなさそうだけど……。
いや、考えても仕方ないか。ここで変にフクを問い詰めた方が余計怪しまれそうだ。私は襖から耳を離し、抜き足差し足で階段を降りて家を出た。
「どうだメリム?」
精霊の食事量は決まっている。一日につき一時間だ。食事方法はメリムを私の体から出す、たったそれだけ。それだけでメリムは勝手に周囲の精霊を食ってくれる。
なら二時間外に出せば二倍の量を食べるのかと言うと、そう言うわけでもない。人が一日に吸収出来る栄養量に限りがあるように、精霊にだって一日に吸収出来る量には限りがある。つまり精霊の食事にとって大切なのは、何時間精霊を食わせたのかではなくどんな精霊を食わせたのか。量より質である。
そこら中の大気を漂う精霊と、怪奇現象を引き起こすまでに肥大化した精霊とでは得られる魔力が違う。私も昔は質の良い精霊を食わせようと色々心霊スポットを巡ったりもしたものだ。でも、ネットで探して出てくるような心霊スポットって殆どが嘘っぱちなんだよな。そのうち私は心霊スポット巡りに無意味さを覚え、結局いつも通り適当な精霊をメリムに食わせるようになった。心霊スポットが怖いから行かなくなったとかでは断じてない。断じてだ。
まぁ、そこら辺は一旦置いとくとしてだ。今までの心霊スポットは全部がパチモンだったけど、今回に限っては話が変わってくる。なんせ今回はフクという霊能力者のお墨付きだぜ? ネッシーサイズの精霊か……。そんなもん食わせた日には、リジーを追い越して私がナンバーワンの座に君臨するのだって夢じゃない。あとはメリムの感想だけど……。
湖の真前にメリムを置く事数分。メリムからそれらしい反応が返ってくる様子はない。
【……】
「おいメリム。どうした? ちゃんと食事は出来てんのか?」
【いや、それがよ。普段とあんま変わんねえんだ】
「はあ?」
【昔サチに連れられて京都旅行に行ったろ? あん時に神社や寺の精霊を食った時は間違いなく八つ橋の味がしたし、食った後の満足感も東京のそれとは比較にならなかった】
「精霊の味って地域性あんの?」
【でもなんだ? ここの精霊はりんごの味がするだけで、満足感は東京の時と何一つ変わり映えがしねえ】
「だから精霊の味って地域性あんの?」
逆に東京で精霊食ってる時は何の味がするのか気になった。
【もんじゃ焼きだ】
もんじゃ焼きらしかった。……いや、今問題なのは精霊の味云々ではなく食後の満足感だ。
「じゃあなんだ? 食後の満足感が普段と変わんねえって事はそれってつまり……」
メリムはほんの数秒考えるまでもなく、呆気なく自分の間違いを認めた。
【ネッシー=精霊説は間違いだな】
「……」
ため息が出た。あーあ、なんだそりゃ……。怖い思いして夜中の田舎道を彷徨いながはここまで来たってのに。私は地べたに腰を下ろし、勢いよく寝転がる。そして。
「……ま、いっか?」
いつもと変わらない食事を楽しむメリムに笑いかけた。
「要するにフクが見たのは精霊じゃなくてガチのネッシーだったって事だろ? そっちの方がロマンあって好きだな。私は」
そっか。精霊はいなかったか。でもまぁそれでフクの夢が守られたなら大満足だ。私は寝転がりながら目を瞑り、大きく深呼吸をする。都会じゃ味わえない土と木の香りが存分に私の肺を満たしてくれる。それに加えて目を開くと満天の星空が私の心を満たしてくれるのだ。月明かりと星あかりを含んだ、神秘的に輝く真夜中の湖を見れただけでも儲けもんだな。人工的な明かりが一才存在しない、純度100%の自然の光を堪能出来たんだ。それだけでもここまで来た甲斐があったってもんよ。十分満足してる。
「……」
十分、満足していたのに。
「ヤバい」
私はすぐに起き上がり、食事中のメリムに手を伸ばす。メリムを私の体内に収納して、私自身も木の影に隠れた。
静かな自然に包まれたおかげだろう。明度最低のスマホ画面でも暗闇で見れば十分明るいように、静かな環境に身を置いた私の聴覚もその音に過敏すぎるくらいに反応してしまった。
山の麓から光を灯したそれが近づいて来る。都会で嗅ぎ慣れた排気ガスを撒き散らしながら近づいて来る。都会で聴き慣れたガラの悪いエンジン音と陽気な音楽も健在だ。
一体どれだけのスピードを出しているんだろう。その車は日中なら確実に捕まる勢いで山道を駆け上り、けたたましいブレーキ音を鳴らしながら湖の畔に停車した。すぐに車からはロックが解除され、中から四人の人間が出てくる。手ぶらの男が一人とスマホを持った女が一人、タバコを咥えた男女が一組の計四人だ。四人の人間は奇声にも近い笑い声を交えながら湖へ近づき、そして手ぶらの男が両手を口に添えて大声で叫び声をあげた。
「幽霊出て来いやーーーーーーァッ‼︎」
一体何が起きているのかは、とっくのとうにわかっていた。フクが言っていたじゃないか。ここは心霊スポットで有名な湖。この時期になるとクソみたいな奴らがうじゃうじゃ湧いて来るんだって。……そんで。
「ねえ汚ーいっ!」「汚いって何だよ! ここ俺の便所だから! おいコラ幽霊来いやーっ!」「おい動画回せ動画!」「やばい最低過ぎる頭おかしい!」
ここを汚して行く。湖の中に何らかの液体が注がれる不快な音を聞きながら、私は頭を抱えた。
正直、フクのその話を聞いた時はただの他人事だった。例えるならニュースで犯罪の報道を見た時の感覚に近い。へー、こんな酷い事する奴いるんだなー、って。そう思う程度の感覚。でも今こうしてその現場を目の当たりにすると、一気に自分が巻き込まれたような錯覚に陥るよ。事件の当事者になっちまったような気分だ。……で。
「ここって何? 湖の中に幽霊の死体とかあんの? じゃあ俺は火葬担当」
こんな奴らが汚してった湖を、無関係のフクが一々片付けてるわけなんだな。
笑顔で湖にタバコを投げ捨てた男の笑い声が耳に障る。あの野郎共、舐めやがって……。
私は腰を上げる。こちとら半日前に湖を掃除した身だ。このまま見て見ぬふりするとか、そんなダサい選択肢、私にはない。
「……」
ないんだけど。
『お前、もうこういうのやめろよ』
あの日、ダイチに言われた事が頭の中で反響した。
『お前の気持ちの強さはよーくわかったよ。けど、世の中にはマジで殺しにかかって来る馬鹿がいるってわかったろ? 許せない奴見かける度に立ち向かってったら命がいくつあっても足りねえよ。いくら気持ちが強くても、お前は弱いんだ』
初めてあいつに心配された、そんな苦い思い出だ。弱い。そう、私は弱い。そりゃあ魔法を使えば私の方が強えよ。人間なんて屁でもない。そんな勘違いを随分と長い間して来た。
違う。魔法を使えば私の方が強いってのはとんだ勘違いだ。だって私は魔法を使えない。人間の前では魔法を使えないんだ。ダイチの連れのヤンキー共と対峙した時も、ダイチのクソ親父に目をつけられた時も、結局私は魔法を使えなかったじゃないか。私は人のいない所でしか魔法を使えないんだ。
呪文を唱える声量はどうとでもなる。けれどメリムの発光に関してだけは私の意思でもメリムの意思でもどうする事は出来ない。ここで魔法を使おうものなら、確実にあいつらは発光するメリムの姿を目撃する事だろう。だから……結局私は魔法を使えないただの弱いガキにしかなれない。そんな私があいつらに喧嘩を売りに行くのは、私の身を案じたサチとダイチに対する裏切りだ。
0
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~
日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!
斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。
偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。
「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」
選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる