異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第2.5章 魔女と日常の話

とても可愛い私の天使

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 インターホンが鳴った。モニターを覗くと、そこには見ず知らずの女の人が立っている。私はその人の事を知らない。でも。

「はいはい、どちらさん?」

『え……、子供……? あの、ここってアークシアー池袋で合ってる?』

「合ってるぞー」

『有生サチさんのお宅で合ってる?』

「合ってるぞー。サチ今仕事行ってるけど」

『え。でも私、今日遊びに行く約束を……』

「……」

 インターホン越しにその人が話した内容を聞いて、私はその人の正体を察してしまった。前にサチから言われていたんだ。

『りいちゃん。二十七日に友達が来るかも』

『友達? 別に連れて来ればいいじゃないですか』

『……まぁ、そうなんだけど。ちょっと複雑な友達って言うか……』

 サチによると、その友達とはたまたま外でばったり再会したとの事だ。最後に会ったのはまさかの十年前。サチはその友達に気付かなかったものの、相手はサチの若さが十年前と殆ど変わっておらず、なんなら若返ってさえいたからすぐに気がついたらしい。それで懐かしさのあまり意気投合し、今度うちに遊びに来る話になったのだとか。

『なんて言うか……不妊仲間? みたいな』

 サチがやたらと言葉を濁していた理由はすぐに明らかになった。

『歳は私の十個上でね。病院で知り合ったんだ。友達同士って言うより歳の離れたお姉ちゃんって感じかな。私がフクに絡んでる感じで、その人も歳の離れた私を可愛がってくれたから。それでその……、やっぱり事情が事情だしね? 私が子供を育ててるって知ったらちょっとあれだし、それで……』

『わかりました。二十七日は遊びに行ってきます』

『うん。ごめんね?』

『じゃあ次は二十七日の外出活動資金についてお話しましょうか』

『……二千円渡しとくね』

『っしゃあ!』

 とまぁ、そんな事があった訳だ。だから私は焦っていた。だって私、言っちゃったじゃんか。サチは今仕事に行ってるって。それって私がサチと同居しているって言ってるも同然だぞ。やばいやばいやばい、どうしよう。ってかこいつもこいつだよ! 何で遊びになんか来てんだよ! だってお前……

「あー……その話ならサチから聞いてるぞ。でもそれって二十七日だったような……」

『あれ』

 今日二十一日じゃねえかこのドアホっ! ……なんて言ってる場合じゃねえわ。とにかくこの状況をなんとかしないと。私は走馬灯のようにこれまでの経験を脳内再生させ、なんとかあの人に帰って貰う方法を考えた。

 ……が、その時。

『ごめんなさい、私ったら勘違いしちゃったみたいで……。でもどうしよう、二十七日だったら私の予定が………………』

「え⁉︎ おい!」

 モニターに映る女の人の足取りがいきなり不安定に揺れ出した。

『あ……、大丈夫。ちょっと急に冷房の効いた所に入ったものだから』

「いや全然大丈夫じゃねえだろ⁉︎ とりあえず入れ! 早く!」

 私はオートロックを解除する。

「ちょっと待ってろ!」

 それでもなお彼女はその場から動こうとはせず、今にも倒れそうな雰囲気を醸し出していたもんだから、私は居ても立っても居られずに一階まで彼女を迎えに行った。




「ありがとう……危うく立ちくらみで倒れる所だったわ」

「倒れてたからな」

 部屋に案内した所で、私は一階ロビーで起きた出来事を嫌味ったらしく言い放ってやった。エレベーターを降りた私の目の飛び込んで来たのは、一階ロビーに横たわるこの女の姿だった。

 ただ横たわっているだけならまだ良かった。いやまぁ良くはないけどそれでも一階の"ロビー"で倒れていた方がまだ良かった。この女、オートロックのドアを潜るタイミングで倒れたようで、閉まろうとする扉に何度もガシンガシンと挟まれていたわけよ。ここまで運ぶのに苦労したもんだ。

 一応一階に着くまでの間にサチにメッセージは送っておいた。返事は返って来ないけど、時間的に仕事中だろうから仕方がないか。となると私に課せられた使命はただ一つ。

「それで、あなたのお名前を聞いてもいいかしら。さっちゃんとはどういったお関係?」

 サチが帰って来るまで、それっぽい理由を考えながらこいつの相手を引き受ける事。私はいざと言う時の為に用意してある例のテンプレをここぞとばかりに披露した。

「私の名前は谷瀬みほりです。十二歳の小学六年生です。私のお母さんがサチさんとお友達で、サチさんには昔からお世話になってます。お母さんはシングルマザーでお仕事も忙しいので本当によくお世話になってます。今日もお母さんは仕事なのでサチさんの家にお邪魔してます。よろしくお願いします。谷瀬みほりです」

「なんだか紙に書いてある文章を読んでいるみたいね……」

 サチが羅列した設定を丸暗記しただけなんだからしょうがない。

 私の自己紹介が終わると、今度はおばさんの方から自己紹介を始めた。

「はじめまして。赤海 当子(あかみ とうこ)って言います。さっちゃんとはお友達で……と言っても十年近く会っていなかったんだけど」

「おう。よろしくなおばさん」

「急に話し方が変わるのね」

「まぁ茶でも出すから待ってな」

「あ、お構いなく」

 私は一旦席を外し、おばさんをリビングに置いてキッチンの方へと足を伸ばした。

「おばさーん!」

 冷蔵庫を開け、客人に出せそうな飲み物を二つ程取り出しながらリビングのおばさんに問いかける。

「私が一人で一本飲み干せると思ってウキウキしながら保存しておいたカルピスと普通の麦茶があるんだけどどっちがいい?」

「じゃあカルピスでー」

「……」

 中々のやり手だった。

「っち。お待たせしましたー……」

 私はわざとらしいくらい不機嫌な表情を浮かべ、舌打ちも交えながらおばさんにカルピスを差し出した。カルピスを飲まれた腹いせだ。この表情を見て少しでもおばさんの良心が傷ついてくれるのなら本望だ。

「あはは! 面白い顔! 写真撮らせて?」

 中々のやり手だった。

「じゃあ私今忙しいから。とりあえずサチが来るまでテレビでも見とけよ」

 私はテレビをつけてソファに腰掛ける。まぁやれるだけの事はやったよな? 後はおばさんがテレビを見ている間、私は夏休みの宿題を続ければいい。宿題に集中したいから話しかけんなよオーラ出しとけばこの人だって無闇やたらに話しかけては来ないだろう。あとは下手なボロが出る前にサチが帰って来るのを祈るばかりだ。

「みほりちゃん、何をやってるの? ねぇねぇ、何それ? 気になるなー。おばさんとても気になるなー」

「……」

 中々のやり手だった。子供の宿題邪魔する事に引け目とか感じないのかこいつ。

「宿題の自由研究」

「へー、懐かしい。テーマは何?」

 まぁでもこの程度の会話なら変なボロが出る事もないだろう。自慢の研究結果を誰かにお披露目したい気持ちも実は少しあったし、私は胸を張って宿題の内容を教えてやった。

「サチが怒った回数とその内容だ。サチ、ちょっと前までは優しかったのに最近遠慮なく私に怒って来るからな。その周期と内容を記録して、ついでに怒りのボルテージも五段階評価で残す事にした。そんで導き出した計算からサチが怒らないギリギリの悪戯を考えてそれを夏休み最終日に実行する。マジでサチが怒らなかったら実験は大成功だ。いいテーマだと思うだろ?」

「……それ、二学期になったらクラスのみんなの前で発表するのよね?」

「おう!」

「可哀想だから別の研究にしてあげてね……」

「えー!」

 教えなきゃよかった。おいおい今になってそりゃねえよ。もう八割方終わってんのに……。

「なんだよそれー……。自由研究みたいな自由度高すぎる課題が一番嫌いなのにそれでも一生懸命考えたテーマなんだぞ? これでダメならどうしろってんだよ」

「別にテーマなんてなんでもいいのよ? 例えば一時間の間に家の前を通る車の数を調査したりだとか」

 私はベランダのカーテンを開け、外の様子を指さした。

「池袋の交通量なめんな」

「そうね、確かに数えきれないわね……」

 目の前の首都高もといその下の一般道を走る夥しい数の車を見せた事でおばさんは理解を示してくれた。

「他に何かないの? 好きな物とか、興味のある物とか」

「だからサチで自由研究してたんだよ。飯、スマホ、サチ。これ以外に興味のある物とか言われても……」

 と、その時。私の脳裏に一つの好奇心が生まれた。このおばさんは私の自由研究に茶々を入れる程サチの事を気遣っている。どうしてサチの事を気遣っているのかと言えば、それはこの人がサチの友人だからだ。十年以上も前の、それこそ私が生まれる前のサチを知る数少ない人物の一人。

「なぁ、おばさん。おばさんってサチの昔の友達なんだよな? 昔のサチってどんなんだった?」

 私はこの好奇心を抑える術を知らない。

「みほりちゃんはさっちゃんの事をどこまで知っているの?」

 少しだけ場の空気が固まったような気がした。和やかなおばさんの口調が、氷の膜に包まれながら私に纏わりつくようだった。冷たさの理由はなんとなくわかる。

「それってもしかして体の話?」

「……そう。じゃあ全部知ってるのね」

 私の予想は当たっていた。実際、それしか思い当たる物はなかったし。

「おばさんの事も少しは聞いてるぞ。病院で知り合ったんだろ? って事はおばさんも子宮頸がんってやつにかかって子宮を取ったのか?」

 するとおばさんは困ったように笑いながら私に注意を促した。

「私は違うけど……でもそう言う事はあまり人に言わない方がいいわよ?」

「あ……。ごめんなさい」

 私は頭を下げる。好奇心に身を任せて人の心を土足で踏み込んでしまった事に気がついた。知り合ったばかりの他人が同じような事をサチに言ったら、サチは間違いなく傷つくはずなのに。

 ……でも。それでも引くに引けないものが私にはあった。私は今日、本来出会うはずのなかったこの人に出会えたんだ。私は人と人との出会いに運命なんて不確かな物は存在しないと思っている。あるのはその出会いを何らかのきっかけにするかしないかの二択だ。私はこの人との出会いにきっかけを見出した。この人との出会いはきっと私の将来に大きく関わってくるはずだ。

「でも、やっぱり聞ける事は聞いておきたい」

「どうして?」

「私、将来はサチみたいな人を治したいと思ってるから。その為に必要な知識なら少しでも知っておきたい。そりゃあガキの私には全然理解出来ない話かも知んないけど……」

 私の意思を聞き取った時。おばさんはとても優しい笑顔を浮かべながら自分とサチの昔話を口にした。

「子供の頃に厄介な菌に感染しちゃってね。敗血症って言って、菌が血に乗って全身に回っちゃったのよ。集中治療を受けてなんとか菌は取り除けたのだけれど、私は生まれつき体が弱くて……。それで菌がボロボロにした内臓までは元通りにはならなかった。心臓も、肝臓も、腎臓も、子宮も、全部がボロボロ。三十歳まで生きられるかも怪しいって言われたわ」

「あれ、でもおばさんって確かサチの十個上だったよな? って事は病気はもう治ったのか?」

「ううん、治ってない。夫が腎臓を一つ分けてくれたおかげで辛うじて生きながらえているだけよ。今も定期的に病院には通っているの。今のところ直ちに深刻な事態に陥る兆しはないって言われているけれど、ある日いきなり爆弾が爆発する可能性もある。本当に健康な体に戻るには、他の臓器も全部取り替えないと難しいみたい」

「……」

 でも、おばさんから告げられた昔話は私の好奇心などと言うちんけな小皿では到底受け止めきれないものだった。一階ロビーで倒れたおばさんの姿が何度もフラッシュバックされる。

「そんな顔しなくていいのよ? 小さい頃からこんな体だったもの。私は長生き出来ない、私は赤ちゃんも産めない。そう理解しながら生き続けて来たんだから。生まれてからずっと普通の体だったのに、ある日突然子供を産めなくなったさっちゃんの方がよっぽど辛いと思う」

 おばさんの視線がどこか遠くを見つめているような気がした。ずっとマイナスだった自分より、ある日突然マイナスになったサチの方が辛い。果たして彼女は本心からそう思っているのだろうか。子宮を失った代わりに命を手に入れたのがサチなら、何もかも奪われたまま今もなお命の危機に瀕しているのが彼女だ。

 二人のうちどっちがより辛いのか。その辛さに優劣をつけられるだけの知識も、経験も、私は持ち合わせていない。

「病院のトイレでね、誰かが泣いていたの。最初は知らないふりをしようとしたんだけど、声の感じも凄く若かったし、どうしても気になっちゃった。本当はいけない事なんだけど、どんな人が出て来るのかトイレの外で座って待ってみたのよ。だけど十分経っても二十分経っても出てくる気配はない。もしかして悲しくて泣いているんじゃなくて、苦しくて泣いているんじゃないかと思ってね。慌ててトイレに入ってドアをノックしたら、目を真っ赤に腫らしたさっちゃんが出て来たの」

 目を真っ赤に腫らしたサチか。想像も出来ないな。五年以上も一緒に暮らした仲だし、サチの涙なんてそれこそ腐る程見てきた。でも、そう言う泣き方をしたサチを見た事は一度もない。

「慰めている内に色んなお話を聞かせて貰ったわ。好きな人を追って東京に来た事。好きな人と結婚するつもりでいた事。なのにある日子宮頸がんが判明して子宮を取り除かないといけなくなった事。本当は見捨てないでって言いたかったのに、つまらない意地を張って自分から彼氏さんを遠ざけた事。全部全部吐き出してくれた。落ち着くまで何時間かかったかしらね」

 辛い事があって、その悲しさに耐え切れずに泣き出すサチの姿を。自分の為に涙を流すサチの姿を私は知らない。心の強い人なのか、私の前では見せないように気を張っているのか、或いはその両方なのか。サチが私の前で泣く時は、いつだって私の為なのだ。

「落ち着いたさっちゃんは何度も私に謝って来たけど、意地を張った自覚があるならそれは彼氏さんにこそ言うべきだと思った。そう言ったらさっちゃん、次に彼氏さんと会ったらちゃんと話し合ってみるって約束してくれたの。……まぁ、それから何日経っても彼氏さんが戻って来る事はなかったけれど」

「……」

 その言い方からして、きっとこの人は知らないんだろうな。その彼氏は本当の意味で戻って来る事の出来ない体になってしまった事を。まぁ、それは私の口から言うような事じゃないだろうし、余計な事は言わないでおこうと思う。

「日に日にさっちゃんの目からは活力が消えていってね。それである日、もういいやって言われた。その日からさっちゃんは私の前から姿を消したわ。何日も、何週間も、何ヶ月も。……でも、ある日急に私に電話をかけて来たの。私の前では泣くか落ち込むか悲観するかのどれかだったさっちゃんが、凄く明るい声で話すのよ。心配かけてごめんなさいって。相変わらず生きる目標はないままだけど、生きたい理由なら出来たって。散々愚痴に付き合ってくれて嬉しかったって。そう、言って来たの。そういえばあの日も真夏日だったわね。今日からちょうど十年前だったかしら」

 今日からちょうど十年前か。だとしたらそれは私が生まれて間もない頃か。流石にその頃の記憶なんて残っていないし、残っていた所でそんな時期にサチと出会ったわけでもない。私がサチと出会ったのは四歳の頃。この世界に来て初めてサチと出会ったのだから。

「……まぁ、そんな所ね。友達だったって言っても、さっちゃんに付き添って一緒に彼氏を待ち続けたほんのしばらくの付き合いだったから。それからもたまに会ったりはしていたけれど、お互い違う生活をしていたし、会う頻度はどんどん減って行っていつの間にか疎遠になっていた。だからこの前会った時は驚いたわ。さっちゃん、今三十三歳でしょ? 十年前から全然老けていないし、なんなら十代って言われても」

「うぇっへん! うぉっふぉん⁉︎ ゲフぇッ⁉︎ いっけねえ気管支に唾が詰まった! 気管支に唾が! 唾が! うぇっ、うえっ!」

 ちょっとわざとらしいのは自分でもよくわかっている。でもこれ以外に話題を逸らす手段が思いつかなかったのだから仕方あるまい。

 そんな私の演技が面白かったのか、それともこの話に触れられたくない私の意図を察してくれたのかはわからない。わからないけれど、おばさんは慌てふためく私を見ながら小さく微笑み、自分から話を切り替えてくれた。

「じゃあ今度は交代してもいい?」

「え? 交代?」

「えぇ。今度は私の知らない、みほりちゃんだけが知っているさっちゃんの事を教えて?」

「……」

 言われて思わず戸惑ってしまう。私が知っているサチ。この人の知らない、私だけが知っているサチ。そうか。サチの旧友という間柄のせいで変な思い込みをしていたものの、サチと一緒に過ごした時期で言えばこの人より私の方が遥かに長いんだ。

 思えば私はこの人に対する当たりが少しばかり強かった気がする。この人の話を聞いていて、イライラにも近いモヤモヤを感じる事だってあった。その正体が今、なんとなくわかった。

 嫉妬か。サチからこの人の存在を教えられた時から私は嫉妬していたんだ。サチの旧友。私の知らないサチを知っている、羨ましい存在。それでいて。

「おう! 任せろ! 何から聞きたい?」

 同じ相手を好きになった仲間のような存在。この嫉妬が一方通行ではなくお互い様なのだと理解出来た時、私の中にあったはずの彼女への敵対心は、見る影もなく消え果てていた。

 それから私達は時間も忘れてサチの事を話し合った。と言っても一ヶ月足らずの付き合いであるおばさんと、五年もの付き合いがある私とではレパートリーの数が違いすぎる。最早後半は殆ど私の独壇場で、おばさんは私の口から溢れ続けるサチの自慢話も愚痴話も、何もかもを笑顔で受け止めてくれた。

 そして。

「……あら。もうこんな時間。ちょっと話しすぎたわね」

「帰るのか? もう少し待てばサチも来ると思うけど」

「そうね。でも、この後予定があるから」

「あ……もしかして病院?」

「ううん」

 彼女は最後に含みのある笑みを浮かべながらこう言った。

「天使を迎えに」

 と。

「天使?」

「うん。とってもとっても可愛い、私の大切な息子」

「……え」

「さっちゃんには内緒ね? さっちゃんだってみほりちゃんの事を秘密にしていたんだから」
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