異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第三章 続 魔女と天使の腎臓

人を殺してはいけない理由

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 ザンドと出会って一ヶ月と少し。無茶な魔法を使い続けた私の魔法の実力は劇的に上達していた。私の訓練方法は、ザンドが言うところの過酷な環境へ異世界留学する事になった魔女の子と似ているらしい。自分の命を顧みず、積極的に成功率の低い魔法を使い続ける訓練方法。そこに違いがあるとすれば、私の住む世界はお世辞にも過酷とは言い難い現代日本社会であると言う事。

 過酷な環境へ異世界留学した魔女の子は、否が応でも成功率の低い魔法を使い続けるしかない。それで成功しなければ自分自身が命を落とす事になるのだから。しかし私は安全が保障された先進国で、悠々自適に過ごしながら無茶な魔法を使い続けている。ザンドはこんな私を命知らずの馬鹿だと言うけれど、しかし私は成功を果たしたのだ。

 一度の成功は自信を生み出し、更に高度な魔法を使う為の原動力となる。その連鎖を繰り返しながら、私の魔法は飛躍的に上達する。言ってしまえばこの訓練方法は、最初の一回さえ乗り越えれば後は雪だるま式に自信が肥大化していくと言えるだろう。おかげで私はたった一ヶ月の訓練で、一般的な魔女の子で言うところの留学五年目相当の実力を身につける事になったとザンドは言う。

『ザンド』

 例えば空を飛ぶ魔法で空中浮遊が出来るようになった。スピードで言えば飛行機はおろかタケコプターにも満たないし、なんなら歩く速度と殆ど変わらないゆったりとした浮遊だけど、それでも太古の人類が夢見た空の世界を存分に味わえるようになった。

『ザンド』

 限りなく透明になる魔法も覚えた。流石に無色透明とまではいかないから、そこに誰かがいると警戒している人間の目には微かに私の形が歪んで見えるだろう。けれど何の警戒もしていない人間では、私の姿には中々気づけない。ここまで接近しても相手は私に気づかないんだ。私は信号待ちをするOLの目の前で手を振り、私の姿が認識出来ていないのを確認した上で夜の街へと飛び立った。

 魔法による空中浮遊は私に無限の満足感をもたらしてくれる。重力という地球の絶対的な力に囚われ続けた人間は、そもそも重力の理不尽さに気づく事さえ出来ない。ニュートンがりんごの落下を見るまでは重力の存在さえ知られていなかった。人は地に足を着けて歩くのが当たり前だと、昔の人々は疑問に思う事さえなかったのだろう。

 人は生まれながらにして地球に縛られている。重力からの解放は、私自身に人を超えた力が備わっている事を自覚させてくれた。

 魔法の力で地上三十メートル程まで浮遊した辺りだろうか。私はとあるビルの最上階の部屋を窓の外から眺めていた。立派な社長室だ。キャスター付きのオフィスチェアでありながら、本革を張り巡らせた高級感溢れる椅子に興味が湧く。

『ザンド』

 私は壁抜けの魔法を用いてビルの中へ侵入した。この壁抜けの魔法も浮遊する魔法や透明化の魔法と同様、万全な物とは言い難い。窓ガラスのように、部屋の向こう側を視認出来る透明な壁しか通過出来ないからだ。

 歩行時と変わらない速度でしか移動出来ない浮遊魔法。完全な透明化を果たせず、意識を集中させれば簡単に見つかってしまう透明化の魔法。そして壁の向こう側が視認出来ないと通過出来ない壁抜けの魔法。こんな魔法でもザンドは大した物だと誉めてくれるけど、魔法少女のような煌びやかなファンタジーを想像していた私からしたら少々物足りない。いや、大分物足りない。

 留学五年目の魔女の子に相当する実力。異世界留学の最大の目的は、魔法を知られていない異世界へ魔女の子を送り、自分の魔書に宿る精霊に目一杯の魔力を蓄える事にあるのだそうだ。魔女の一生分に相当する魔力を補給するのにかかる期間はおよそ4、5年。故に留学五年目相当の私の魔法の実力は、一般的な下級魔女と大差ないレベルに達している事を意味していた。

 私の魔法の腕は着実に上達している。上達しているのはわかるけど……。

『……はぁ』

 加速度的な上達を見込めない現状にため息を吐きながら、私は社長室の椅子に腰を下ろした。なるほど。ドラマやアニメの印象だと、こう言った椅子は疲れないイメージが強いけど、座ってみると案外大したものでもない。そりゃあ学校の椅子に比べればその差は歴然だけど、このくらいならクッションを敷いた椅子と殆ど大差はないように思えた。

『……げ』

 そして都会の夜景を綺麗に写す窓ガラスに目を向けた時、私は思わずそんな情けない悲鳴をあげてしまう。夜を写し、鏡としての機能を備えたそのガラスに、透明化した私の姿は写っていない。しかし、そこには私の右足に履かれた靴下の姿がばっちりと写っていた。

 透明化の魔法においてはこれも大きな問題だ。私の体だけなら、まぁ不完全ながらも一応は全身くまなく透明にする事が出来る。しかし衣類ともなると話は別だ。これが全身タイツとかならまだ簡単だけど、いかんせん一般的な服装というのはパーツが多過ぎる。靴下の一つ一つにまで気を配らなければ、こんな空飛ぶ謎の靴下とか言う間抜けな絵面を作り上げてしまうのだ。

 私自身はしっかり透明化している。小物をいくつか詰め込んだお出かけ用のバッグもちゃんと透明だ。当然服の一枚一枚にも気をつけていたはず……、なんだけど。出力の低い魔女の限界なのか、それとも私自身が間抜けなのか、私の魔法はどうも最後の詰めが甘いようだ。

『ザンド』

 今更こんな真似をしても既に遅いとは思うけれど、私は部屋の角に設置されていた防犯カメラのレンズに魔法で色を着けた。大丈夫かな。明日には社長室に忍び込む謎の靴下と、その直後に防犯カメラが映らなくなる怪奇現象が発生したとして、ネットにあのカメラの映像がアップされないか心配だ。

【いっそのこと裸にでもなってみたら?】

 茶化すようにザンドが話しかける。

『裸かー。まぁ、確かに興味はあるんだけどね。折角透明人間になれるんだし』

 私も社長椅子の背もたれに大きく体重を預けながらザンドとの雑談に応じた。透明化していない靴下を隠す為に防犯カメラを封じたものの、ザンドは文字で喋る以上、ザンドを透明化してしまっては会話が成立出来なくなる。ザンドと話す為にも防犯カメラを封じる行為は正解だったようだ。

『昔好きだった男子をストーカーして私生活とか覗いてみようかな。あ、芸能人の自宅突き止めるのとかも楽しそう』

【裸で?】

『んー……。それちょっと興奮するかも』

【イヴっちってマジで性欲お化けだよね……】

『食で欲を満たせないんだから仕方ないじゃん。幸せそうに何かを食べている人とか見てるとイライラするもん。ぶっ殺したいとか思ったりもする。……なんだったら今度そういう人を魔法で殺してみようかな。……なんて』

 私はザンドに笑いかけ、そして勢い良く足腰を捻って社長室の椅子を回転させた。一回こういう高そうな椅子でコーヒーカップみたいな大回転をしてみたかったんだ。

『しばらくは魔法の練習に専念しないとねー。色々出来る事は増えてきたけど、まだまだ出来ない事の方が多いし』

 私は地面に足をつけ、椅子の回転を止めた。従業員は全員帰宅し終えた深夜のオフィスビル。そんな静かな建物の中で椅子を勢いよく回してしまった私。その際に生じた金属の擦れる音は酷く目立った事だろう。突如社長室の扉が外からドンドンと叩かれた。

『誰かいるんですか?』

『……』

 私は外の声には応じず、静かに瞼を閉じた。

 初めて透明化の魔法に成功した時、私の視界は真っ暗になった。どういう事かと色々調べてみると、どうやら透明人間というものは科学的には盲目であるようだった。眼球が透明になると、網膜は光を掴む事が出来ないらしい。だから私は透明化をしても眼球だけは透明にはしない。その為瞼を開いた状態では、二つの眼球がぷかぷか宙に浮いているように見えてしまうのだ。しかし瞼を閉じれば私の眼球は完全に皮膚に覆われ、その姿を隠す。これでなんとかこの場を乗り切る事が出来ればいいのだけれど。

 それから数秒して、社長室のドアが開く。コツコツと革靴を鳴らしながら誰かが入って来た。恐らくこの会社の警備員だろう。その不規則な足音から、彼が警戒心や恐怖心を抱いているのは明白だった。

『誰か?』

『……』

『おーい!』

『……』

『……誰もいないのか?』

 足音が椅子の方に近づいて来た。懐中電灯であちこちを照らしているのだろう。薄目を開けると、私の顔に強い光が数回降り注ぐ。それからしばらく続く無言の時間。しかし三十秒も経った頃には再び足音が鳴り、私から次第に遠ざかって行った。どうやら気のせいだと思ってくれたらしい。

 心臓の鼓動が高鳴っている。小さい頃に隠れんぼをした時の感覚と似ていた。見つかるかも知れない恐怖がスリルとなって私の心をくすぐって来るのだ。じわじわと熱い何かが込み上がって来る感覚が癖になる。とてももどかしい。

 警備員の警戒をやり過ごそうとした反面、警備員に見つかりたいと願ってしまう気持ちも密かにあった。こんな時間に、こんな場所に忍び込む女子中学生。あの警備員が私を見たらどう思うだろう。私は彼にどう思われ、そして何をされてしまうのだろう。しかしそんな私の期待とは反対に警備員は去ってしまった。大きな安心感と僅かなもどかしさのせいで肩の力がどっと抜ける。それがまずかった。

 ギリ、と。椅子から音が鳴った。それは体から力が抜けた事で、私の体重を一度に受け止める事になった椅子の背もたれから鳴ったものだ。当然、警備員の足も止まる。警備員が振り返り、私が座っている椅子目掛けて懐中電灯の光を浴びせて来た。

 再び接近する革靴の足音。懐中電灯の光も私の方だけを照らし続けている。椅子になんらかの異常があるのはもうバレているらしい。それでも私は一筋の望みに全てをかけ、彼がもう一度この場を立ち去ってくれるのを祈ってみたけれど。

『……人?』

 しかし無理だった。だって彼は警戒している。この場に何かがいると思い込んでいる。完全な透明化を果たせない私だ。彼の目は、社長室の椅子に腰を下ろす透明に近い何かの存在を認知した。

『……え』

 彼の間の抜けた声と同時に、人肌程の暖かさが私の頬に宿った。警備員の手が私の頬に触れている。その手は私の形を確かめるように頬から首、首から肩、そして肩から胸目掛けてゆっくりと下降して行き。

『あーあ。バレちゃった』

 彼の手のひらが私の胸に触れかけた所で、私は薄目の瞼を全開にして彼の手首を掴んだ。

 瞼と言う檻に閉じ込められた二つの目玉が解き放たれる。彼の目には、空中に浮かぶ私の眼球の姿が間違いなく写っていた。ここまで見られてしまっては、わざわざ隠す意味もないだろう。私は透明化の魔法を解除し、彼の前に堂々とこの姿を曝け出した。

 静かなオフィスビルに中年男性の絶叫が鳴り響いた。警備員は年甲斐もなく叫び、喚き、腰も抜かしている。それでもなんとか足腰に鞭を打ち、この部屋から逃げ出そうとしていた。それだけならまだ彼を拘束して、今後の処遇について話し合う選択もあったのだけれど。

『もしもし! 誰か!』

 彼はあろうことか無線機に手を伸ばし、仲間を呼ぼうとしたものだから。

『あ、それはダメ。ザンド』

 私は慌てて自販機で買った300mlのボトル缶を取り出し、そして魔法を使ってしまったのだ。

 魔法は自分の力を超えた現象程失敗しやすいが、他にも失敗を誘発する要因として曖昧な魔法を使うと言うものがある。魔法は具体性を持てば持つ程成功率が上がるのだ。このボトル缶は、まさに魔法の具体性を上げる為の便利アイテムである。

 例えば魔法で空気を瞬間移動させるとしよう。その場合の空気とは果たしてどこからどこまでを指すのだろう。固体と違って形を持たない空気の移動は、いまいち対象が分かりづらい。

 だから私はこのボトル缶を利用している。この中には空気と僅かな水滴しか入っておらず、故に移動させる空気の範囲が具体的でわかりやすい。この缶の中の空気をそのまま瞬間移動させれば良いのだ。

 次の瞬間、私の手中のボトル缶が一気に潰れた。中の空気を瞬間移動させた為、内部が真空状態となったのだ。そして空気の送り先は、言うまでもなく警備員さんの体内。正確には彼の血管。更に正確に言えば肺動脈の中だ。

 数日前。深夜と明け方の境目に魔法を使い、林田の病室に忍び込んだ。そして高次機能障害でまともな意思疎通も出来なくなっていた林田にこれと全く同じ魔法を使ってやった。

 人は血管内に空気を送り込まれると死ぬ。点滴や注射で僅かに混入する量ではどうって事ないけれど、200ml以上の空気を一度に注入されればほぼ助かる事はないらしい。空気が栓となって血流を止めてしまうのだ。特に肺動脈に多量の空気を流し込めば、空気の栓が肺の中の血流を塞いでしまう。すると血液は酸素を得る事が出来ず、すぐに処置を施さなければ絶命は免れない。

『もー。変な事しなきゃ話し合いで終わらせるつもりだったのに』

 私はしばらくもがき苦しんだ後に絶命した警備員を見ながらぽつりと呟いた。

 魔法が未熟な内は、あまり目立つような事にはなりたくない。林田の脳から米粒が出た時も、何故脳内に米粒が存在しているのかと、かなりの大事になった。だから林田にトドメを刺す時は、可能な限り自然死に見えるように色々調べた上でこのやり方で遂行したんだ。私は警備員の前でしゃがみ、彼が本当に絶命したのかを確かめるべく、彼の頬を指先でつついてみた。そしてふと気がつく。

『手』

【ん?】

『手だよ手。見て? 全然震えてない。まだ二人目なのに、もう慣れちゃったのかな』

 二人目。そう、二人目だ。私は林田に続いて二人目の人間を殺してしまった。けれど最初に林田に魔法をかけた時も明確な殺意はあったし、それを思えば実質三人目と言えない事もない。

『前に病院の先生とこんな話をした事があるの。先生は学生時代、動物実験とか死体を切る事とかに抵抗はなかったのか? って。そしたら先生、最初の一回は凄い躊躇ったけど、実習が終われば「なんだ、こんなもんか」って気持ちになったんだって。二回目の時は精神的なハードルも大分落ちてて、三回目からは全然躊躇わなくなったとも言ってた。多分、これもそんな感じなのかも』

 ネットで調べれば、一人で数十人もの人間を殺したサイコパスの情報は山のように出てくる。ネットの人達はそんなサイコパスを見て有り得ないとか、理解出来ないとか言ってたけど、きっと彼らのようなサイコパスもこんな感じだったんだ。

 ハードルが高いのは最初の一回だけ。最初の一回さえ乗り越えれば、後は自然に慣れて行く。医者が手術に慣れる仕組みも、サイコパスが殺人に慣れる仕組みも、きっと根本的には変わらない。私達学生が部活の初回に物怖じするものの、一週間後には当たり前のように練習に励んでいるのだって同じ仕組みなんだ。

 人は慣れる。最初の一回さえ乗り越えれば、大体の事には慣れてしまう。

 よく厨二病を拗らせた人が「どうして人を殺しちゃいけないの?」とか聞いたりするけれど、これがその答えでもあるのだろう。人を殺せば人殺しに慣れてしまう。だから人は人を殺してはならないのだ。

【ねぇ、アダム】

『私そいつの肋骨』

【イヴっち】

『何?』

【綺麗な顔。天使みたい】

 ザンドに言われ、窓ガラスに写る私の表情を確認してみた。確かにそこには純真無垢な笑顔を浮かべる少女が一人写っているものの、しかし彼女の笑顔の理由は殺人だ。果たしてそれを本当に天使と言っていいのだろうか。

『天使? 悪魔じゃなくて? 天使ってほら、幸せの象徴じゃん。全然違うと思うんだけど』

【幸せの象徴? 私はこう思うな。天使って言うのは人を戒めてあの世へ導く存在。昔天使って呼ばれたうちの元ゴシュがまさにそんな人だった】

『……』

【イヴっち、やっぱちょっとずつ元ゴシュに似て来てるよ】
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