異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第三章 続 魔女と天使の腎臓

カエルの子は血が繋がっていなくてもカエル

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 ◇◆◇◆

 他人に厳しく自分にも厳しい。三十年以上も高校教諭として、異常なまでの正しさを磨き上げた私の父は、潔癖である事に一切の妥協を許さなかった。

 そんな厳格な父を持つ我が家では、異性関係にだらしがなく、自由奔放に我が道を突き進み、しまいには家族に何の相談もせずに男を作って妊娠までした私の妹は、名前を出すのも憚られる存在だった。それこそ妹が帰らぬ人となったあの日でさえも、私の父は涙の一つも流さなかったのだから。

 私の妹は、娘を産んだその日に、旦那諸共交通事故で亡くなった。詳しい原因は本人達以外知る由もないのだろうが、街頭カメラの映像やドライブレコーダーの映像、妹夫妻と最後に電話で連絡を取り合った産婦人科の職員の証言、そして交通事故の目撃者の証言から、真夜中の産気に気が動転し、冷静さを失った事による運転ミスが濃厚ではないかと警察からは聞かされている。

 妹の葬式は、体裁をとる為だけに必要最低限の規模と費用で済まされた。妹の遺影を見る父の顔も、棺で眠る妹を見る父の顔も、どちらも酷く険しく、そこには親としての情や愛着が微塵も感じられなかったのをよく覚えている。数年ぶりの再会が遺体との再会となった母はあんなにも泣き喚いていたのに、これではまるで母の反応の方が異常に思えた程だ。故に私の父は、そんな妹が残した忘れ形見にだって、ほんの欠片程の興味さえ持とうとはしなかった。……そして、それは私も同じ事。

 父が絶対的な主導権を握る我が家である。私の姪に当たるその赤子は、父の意向によって一切の話し合いがされるまでもなく、児童養護施設へと引き渡される事になった。

『……』

 そんな私の父は、イヴを引き取った翌年のお正月に脳梗塞で亡くなった。最後の最後までイヴを引き取った私と主人の事を理解しようとはしない頑固者だった。

 納棺された実の父を見た私は、泣く事が出来なかった。父が妹の遺体をそう見ていたように、私も父の遺体をそのように見る事しか出来なかった。……が、すぐにそんな私の心は悪い意味で突き動かされる事になる。

(ほらあの人。腎臓に釣られて結婚したって言う)

『……』

 多数の親族と知人が集まるその席で、私はそんな陰口を聞いてしまったのだ。

 私は田舎のこう言う風習が嫌いだった。私の知らない所で私の噂をある事ない事吹きつけ合い、そのくせ私が目の前にいると何事もなかったかのように愛想良く接してくる。だから東京の大学に進学する為に、中学も高校も必死になって勉強をした。けれどそうやって東京に逃げ出した私の姿は、田舎に留まる親族からすればただの異端者としてしか映らなかったようで。私が東京で長く暮らし続けているうちに、私は随分と人気の笑い者になってしまったらしい。

 笑われる事には慣れている。他でもない、私自身がそう言う生き方をしてきたのだから当然だ。

 自虐。読んで字の如く、自らを虐げる事。けれど人間というのは不思議なもので、同じ内容で虐げられるにしても、他者に虐げられるのと自ら虐げるのとでは、心の有り様が全く違うのだ。誰かに傷を抉られると深く落ち込むのに、誰かに抉られる前に自分で抉ると、何故か痛みは感じない。だから。

『私は無理よー、子供なんてとっくに諦めているもん』

 親しい相手や、或いは初対面でも今後長い付き合いになりそうな相手の前では、私は自虐するように自分の体の事を打ち明けていた。

 この気持ちの正体はよく知っている。異性とお付き合いした経験のない人物が言う「自分は異性に興味がない」や、勉強に励まなかった人物が言う「世の中には勉強よりも大切なものがある」と同じだ。僻みであり、強がりであり、痩せ我慢でもある、そんな小さな自尊心。

 中学生の頃、異性に興味がない、男が気持ち悪いと頻繁に愚痴を漏らしていた私の友達は、化粧を覚えてから垢抜け出すと、呆気なく彼氏を作って惚気るようになった。

 高校生の頃、人生は勉強が全てじゃないと先生に歯向かったクラス一番の問題児と同窓会で再会すると、彼女は名のある大学を卒業した商社の旦那と結婚し、今は自分の子供にもエリート教育を施しているのだと、とても自慢気だった。

 だから、私も同じなのだ。子供なんてとっくに諦めていると笑顔で言いつつ、いざ子供を授かれる体になれるなら、私は他の何を犠牲にしてでも手に入れようとするはずなのだ。……でも、その事を誰かに指摘されるのが怖い。指摘を受け、自分の脆弱な自尊心を笑われるのが怖い。だから私は自分から体の秘密を打ち明けて、笑わせた。私はこの体に満足しているし、既に気にもしていない。だからどうか皆んなも、私のこの体を笑って欲しいと。そんな薄っぺらい自虐に手を染めた。

『笑えません』

 ……だから。

『笑えないです』

『……』

『何も面白くありません』

 そんな私の事を笑わなかった冴えない顔の男に、私は惹かれたのだろう。私はあの人を人生の伴侶に選んだ事を微塵も後悔していない。あの人と人生を共有する事が出来て本当によかったと思っている。

(でも旦那さん、そうでもしないと結婚出来なさそうな顔しているものねー……)

(でもあの人、良家の一人息子なんでしょ? 良い大学も卒業して銀行員にまでなったって言うのに跡取りが生まれて来ないだなんて……。ご両親も気の毒ね。手塩にかけて育てた結果がこれだもん)

(私、前に一度お会いした事があるんだけどね? 息子の前では隠していたみたいだけど、やっぱり孫の顔が見れない事を心底嘆いていて)

(あらら……。旦那さんもさぞ居心地が悪いでしょうねぇ。まぁでも、腎臓で女を買わなきゃ結婚出来ないような人だし)

(ねぇー、そう言うの辞めましょうって。本人に聞かれたらどうするの?)

『……』

 だからあの人を笑い者にされた事だけは、どうしても我慢ならなかった。あの日、何十年も自虐で取り繕う事が出来た私の建前に、小さなヒビが入ったのを感じた。

(それにこのお家だって他人事じゃないわよ。だって肝心の長女があれじゃあ……)

 あの人はあなた達のように、誰かを笑わない真摯な人。

(あの子は? トウコさんが連れて来た女の子。あの子って確か妹さんの)

 自分とは全く血縁関係のないイヴの事を、二つ返事で受け入れてくれた優しい人。

(ダメよ。ここのご家族、人の目とか凄く気にするんだから。高校卒業した途端家出して、どこの誰かもわからない男の子供を産んだのよ? 誰が受け入れるのそんな子)

 ……でも、この日私は知ってしまった。……ううん。本当はもっと昔から気付いていたのだ。気付いた上で気付かないふりをしていたのだ。あの人が私の親族からどう思われているのか。手塩にかけて育てた一人息子が子供も産めないような女と結婚して、あまつさえ腎臓まで明け渡した事について、彼のご両親がどう感じているのか。そのせいで彼が、自分の親族の中でどれだけ肩身の狭い思いをしているのか。

 彼は何度も私に言ってくれる。気にするなと。私の意思で引き取ったイヴはこんなにも可愛いと。冴えない顔で、懸命に笑顔を浮かべてくれる。

『あなた』

 だから。

『代理母出産って知ってる?』

 そんな彼の優しさを退けてまで世間体に屈した私には。私達を慕う娘の思いを踏み躙ってまでアスタを欲した私には。

「何? その格好」

 どれだけの憎まれ口や殺意を抱かれようとも、二度と彼女を見捨ててはいけない義務と責任がある。

「まるで芋虫ね」

 地べたに這いつくばるイヴを見ながら、そう思った。

「ほら」

 私はイヴの元まで歩み寄り、彼女の体を抱き上げた。私のようなひ弱な人間でも、軽々と抱き上げられる彼女の体重に驚きを隠せない。この子が左足を失ったのを加味しても、まるで小物でも持ち上げているような気分になってしまう。

「……ほらじゃねえよ離せ……っ、このクソババア……っ!」

 当然、イヴは抵抗した。その抵抗の結果、自分の体が床に衝突するのも気にも留めずに暴れ回った。……暴れ回ったと言ってもいいのだろうか。こんな無力な抵抗を、私はこれまでの人生で一度として見た事がない。私の体を押し退けるイヴの腕力も、私の顔を叩く振り回されるイヴの握力も、何もかもが弱々しい。

 結局イヴの抵抗が意味をなす事はなかった。彼女は私にされるがままに抱き抱えられ、ベッドの上へと戻される。イヴは怒りで顔を赤く染め上げながら、その興奮を微塵も隠さずに荒い息を漏らし続けた。私はそんな彼女を黙って見守った。彼女が少しでも冷静さを取り戻せるようになるまで、彼女を見下すように眺め続けた。

「可哀想に。真っ暗な部屋で独りぼっちにされて、死ぬのが怖くなったのね」

 それから数分が経ち、イヴの鼻息が落ち着いた所で私は言葉をかける。

「お母さんがよしよししてあげよっか」

「……っ、殺すぞクソババアッ!」

 イヴは私の挑発に乗っかり、自分の枕を私に投げつけた。彼女が私のどこを狙って投げたのかはわからない。何故ならその枕は、私に届くまでもなく、零れるように床に落ちて行ったからだ。彼女はもう、枕程の重量さえもまともに投げる事が出来なくなっている。

「面白い事を言うのね。あなたの方が死にそうなのに」

 イヴはギリギリと歯を食い縛りながらも、しかし今の自分では決して私に勝てない事は理解しているのだろう。攻撃性を必死に抑え込めながら、そっぽを向くように窓の方へと視線を向けた。

「……死んで上等。私はお前と違ってプライドがあるんだ。ブサイクに体を売って生きながらえたお前なんかと一緒にするな。お前らの子供として生きて行くくらいなら、私は喜んで死んでやる」

 ……言うほど攻撃性は抑え込めてないようだった。私はこの呆れた気持ちを溜め息に込めて吐き出しながら、そっぽを向く娘の背中に語りかけた。

「あなたは口を開けばそればかりね。言っておくけどお母さんは、お父さんがブサイクで良かったって思っているのよ?」

「……強がんな」

「強がりなんかじゃない。だってお父さんがハンサムだったら、私はお父さんの顔に惚れたのか内面に惚れたのか、未だにわからないままだったはずだもの。お父さんがブサイクなおかげで、私は今、堂々と胸を張ってあの人の内面を好きになれたって言い切れるの。あなただって健康になれば、将来は色んな人とお付き合いするようになると思うわ。そしたら一度くらいはブサイクな男性とも付き合ってみなさい。案外いいものよ?」

「……健康になればじゃねえよ。私に移植なんかしてみろ。毎日のように汚ねえジジイ相手に援交してやる」

 本当に呆れが止まらない。これではまるでどっちが強がっているのかわかったものじゃない。けれどイヴの発したその言葉は、言い換えれば移植を受ける条件であるようにも受け取る事が出来る。だからと言って援助交際を認めるわけにはいかないけれど……。

「そうねぇ。援助交際は関心しないけれど、でも正式な交際ならいくらでも目を瞑ってあげる。好きなだけお付き合いしなさい。何人でも、何十人でも」

 私は少しでも彼女の心に揺さぶりをかけようと、そんな軽口を叩いた。けれどそれは全てが軽口というわけではない。私なりの経験を踏まえた上でのアドバイスでもあるのだ。

「……上等だよ。だったら30股くらいして、誰の子供かもわかんないガキを孕んで」「お母さんだって大学時代の経験人数は30人は超えているし」

 だから。

「え」「あら」

 私は驚いた。確かにイヴと私の間に直接的な血の繋がりはない。それでもこの子は妹の血を引いているし、それに子供は親の背中を見て育つとも言う。探せばどこかは私に似ている部分があるのではないかと、そんな淡い期待を抱いた事は数知れない。けれどイヴは私に似るような事は決してなくて、それどころか私には理解出来ないような勉強にも興味を持ち出し、どんどん私の事を突き放して進んで行くようだった。

「……」「……」

 それがまさか、こんな変な所で重なる事になるだなんて。

「もう。なーに? それ」

 私は直前までこの場に漂っていた凍てついた空気の事も忘れ、面白おかしく、微笑むように笑みを溢してしまった。

「でもまぁ、考えてみたらそれっぽい事は何回もあったわよね。覚えてる? イヴ。小学生の頃の話」

「……」

「あなた、学校の宿題で調べ物がしたいからってお母さんのスマホを持って行って、それでエッチなサイトを見てたでしょ?」

「……っ」

 イヴの顔が、怒りとは別の色彩で真っ赤に染まっていった。
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