異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第三章 続 魔女と天使の腎臓

魔女と天使の腎臓

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 ◇◆◇◆

「……」

 膵腎同時移植を行なってから九日が経った。私は特別病棟の一室で、二周目となる読書に洒落込みながら、来客の訪問を待っていた。……とは言え。

「つまんねえ小説」

 その小説に抱いた感想は一周目の時と変わらない。私は誰に言うでもなく、私以外の人間が誰も存在しない病室で、愚痴でも漏らすように独り言を呟いた。……あー、いや。私の中の異物を一人とカウントするのなら、この部屋には私含め二人の人間がいる事になるわけだけど。

 麻酔から覚めて少し経った後。私の執刀医が移植コーディネーターの人を引き連れてこの病室へとやって来た。この古本は、その移植コーディネーターの人から貰ったものである。

 通常、日本臓器移植ネットワークを介した臓器移植において、ドナーの親族にはレシピエントの個人情報が一切明かされない。同じようにレシピエントである私にも、ドナーやその親族の個人情報が明かされる事はない。

 レシピエントがドナーの個人情報を知ってしまえば、その親族に引け目を感じながら一生を生き続ける事になる可能性がある。ドナーの親族がレシピエントの個人情報を知ってしまえば、家族の臓器を明け渡した弱味に漬け込み、恩着せがましく接しながら金銭を要求する恐れだってある。故に脳死患者や心停止患者からの移植というのは100%の善意が絶対条件であり、お互いの個人情報に干渉する事は決してあってはならないのだ。……が、そこには唯一の例外も存在している。それが一回限りの文通である。

 レシピエントが望むなら、レシピエントはドナーの家族に一度だけ、匿名の手紙で感謝の気持ちを伝える事が出来るのだ。当然私は私を生かしたこの臓器の持ち主並びにその家族に感謝の気持ちなんて微塵もないけれど、そんな私の元に例外中の例外が訪れる事になる。

『……私に?』

『そう。ドナーになった子から預かっているの』

 私に膵臓と腎臓を明け渡したドナーが、自分が死んだ時に備え、いつか自分の臓器を受け取る事になるレシピエントに向けて手紙を書いていたと言うのだ。こうして私は移植コーディネーターの人から、一通の手紙と一冊の小説を預かる事になった。……なったのだけれど。

 手紙を読んで、肩透かしを食らう。自分が死ぬのを見越した上で手紙まで書いて、一体この人はどれだけの聖人なのだろうと期待しながら手紙を読んだのに、そこに書かれていた内容はやれ『私の分も一生懸命生きてください』だの『絶対に幸せになってください』だの、そんな当たり障りのないつまらないものばかり。まぁ、手紙に個人情報なんか載せられては元も子もないし、移植ネットワークの検閲を抜けた上で届けられた手紙なのだから、健全な内容しか記せないのは分かりきった事ではあるのだが。

 でも一つ、この手紙からはドナーに関するとっておきの情報を読み取る事が出来た。その秘密は、手紙に綴られた漢字の歪みにわかりやすいくらいに表れていた。

『私は心臓に病気を持っています』の私と臓。

『私の分も一生懸命生きてください』の私と懸。

『絶対に幸せになってください』の絶。

『私の大切な友達がくれた小説を送ります。私はこの小説にとても励まされました。レシピエントの人にも是非読んで貰いたいです。きっと励みになると思います』の私、是、励、貰。

 このように、手紙の主はとても丁寧な字を書いているにも関わらず、文中の漢字のいくつかはどこか歪つで書き慣れていないような印象が見受けられたのだ。その違和感の正体はすぐにわかった。この手紙は小学校三年生までの漢字はしっかりと描かれていて、小学校四年生以降で習う漢字が歪んでいたのである。

 よって、ドナーの年齢は十歳前後の小学生。性別は文字の丸っこさや、一人称が私なのを踏まえた上で女の子である可能性が濃厚だ。小学四年生の女児の内臓。これまたとんだ重い代物を私は受け取ってしまったらしい。

 死因は拡張型心筋症による心不全と言った所だろう。彼女の病名は、私の移植が決まった日にお母さんから聞かされている。病名だってドナーの個人情報である事に変わりはないけれど、しかしどうせ言おうが言わまいが、ドナーが心臓病である事はすぐにわかる事だ。移植手術を終えた私がこの特別病棟にいるのが、何よりの証拠である。

 お母さんは言っていた。腎臓は移植したらすぐに好きな物を食べられるようになると。しかしそれは半分嘘である。確かに脳死ドナーからの移植や、親族からの生体間腎移植であれば、腎臓移植を行ったその日の内に尿が出るようになり、好きな物も食べられるようになる。

 が、私は見ての通り、現在特別病棟にて療養中だ。何故ならこの腎臓は、心停止患者の腎臓だからだ。心停止患者がドナーとなる場合、心臓が完全に停止してから20分が経つまでは死亡判定を下す事が出来ない。故にこの腎臓と膵臓は20分間血液の供給を受けられなかった不健康な臓器であり、これらの臓器が私の体に完全な生着を果たすには、およそ二週間の期間が必要なのだ。

 私は麻酔から覚めてもなお、食事制限と透析を続けなければならなかった。しかしその透析も、遂に手術後三日目からは完全な撤収を果たす事が出来た。おしっこが出たのだ。私の陰部から尿道に入り込み、膀胱へと到達したカテーテルを伝って、ちょろちょろと液体が漏れて行く。尿瓶に注がれる私のお漏らしの音が、移植腎が順調に生着している事を私に教えてくれた。

 三年ぶりのおしっこだった。体に溜まった水分が、機械を介さずに私から抜け出て行く。体中を循環する余分な水分に老廃物、毒素、最終代謝産物などが混ぜ込まれ、私の体から抜け出て行く。気持ち良い。尿が溜まって膨らんだ膀胱が、排尿をする形で萎んで行く感覚が、たまらなく気持ち良いと思えた。それと同時に。

「……きみのご主人様のせいで、天国行きは延期になっちゃった」

 今年中に死ぬ事が出来なくなった自分の運命を自覚した。

「きみのご主人様は随分とつまんない女の子なんだね」

 私は入院着の上から、すっかり塞がった手術痕を撫でながら小さく愚痴を漏らした。それは半分、私にこんな運命を押し付けたドナーへの八つ当たりである。けれど彼女がくれた手紙の内容もそうだし、何より彼女が薦めてくれたこの小説が本当につまらない。彼女はこんなつまらない小説のどこに励まされたと言うのだろう。

 それはとある人物の闘病生活を描いた物語だった。起承の部分では主人公が病に苦しむ様が描かれ、転結の部分ではそんな主人公が順調に回復していく様が描かれた、本当につまらない物語。特に目立った山場もないまま、主人公がただただ回復して行くだけの物語である。

 せめて主人公の容態が一度くらいは大きく崩れるみたいな、そう言った波を物語に付けたりは出来なかったのだろうか。困難も、挫折も、挫折からの復帰も描かれないまま、淡々と回復して行くだけの主人公に、感情移入なんて出来るはずもない。読者を楽しませようとする作者の思いが一つとして感じられない、そんなクソみたいな物語だった。私に臓器を明け渡したこの子が本当にこの物語に励まされたと言うのなら、私はその子の感性を疑う他ない。……と、その時。

 病室の扉がノックされる。

「はーい」

 ノックに返事を返すと、廊下からお医者さんと数名の看護師が入室して来た。その中に一人、私と目が合うと気まずそうに視線を逸らした看護師さんがいる。今朝、採血をする際に中々の痛みを私に味わわせてくれた看護師さんである。

「あ……えっと……、今朝はごめんね?」

 困ったように苦笑いを浮かべながら謝罪をする看護師さん。

「……」

 私はそんな看護師さんの姿を見て。

「ううん。いいよ、別に」

 何も感じなかった。何故だろう。おしっこが出て来て透析から解放されたあの日から、なんか、イライラしない。今朝の痛みは今も鮮明に思い出せる筈なのに、私は彼女を憎いとは思えない。

「私もごめんね。大袈裟に騒いじゃって」

「え? ……や、いいのいいの! 悪いのは私だし……」

 なんだろう。私は一体どうしてしまったのだろう。この違和感に気付いた日から、様々な方法で怒りを呼び起こしてみたりもした。ぶちゃみと呼ばれ、迫害を受けた小学校時代の事。私には出来ない買い食いと言う行為を、何の躊躇いもなく行う同級生に苛立ちを感じた中学時代の事。車椅子で登校するようになった事で、散々クラスメイトの皆んなに悪態を突かれた高校一年一学期の事。

 当時はあんなにも苛立ちを抑え切れずにいたのに、それらの忌々しい記憶をどれだけ呼び起こしても、私の中に怒りという感情が生まれて来ないのだ。今だってそう。気まずそうに私と接してくるこの看護師さんに苛立ちを感じる所か、彼女にこんな表情をさせてしまった事実に罪悪感さえ覚えてしまっている。原因は採血に失敗した彼女にあるはずなのに、彼女の困り顔が辛い。そんな顔をしないで欲しい。

「……」

 そんな顔をされると、私の方まで辛くなってくる。そんなこれまで感じた事のない未知の感情に、心と頭が沈んでいった。

 もしかしてあれかな。記憶転移。臓器移植を受けた事で性格が変わってしまう、オカルト寄りな現象の事。フィクションの題材としてよく描かれる話ではあるけれど、実際に80年代のアメリカでは、そのような出来事が発生したという事例が報告されている。

 アメリカ在住のユダヤ人、クレア・シルヴィア。彼女は1988年に原発性肺高血圧症の治療を受けるべく、コネティカット州にある大学病院にて心肺同時移植を受ける事となる。その際、クレアにはドナーはメイン州に住んでいた18歳少年である事だけが伝えられたそうだけど、移植を受けた数日後から大嫌いだったピーマンやジャンクフードが好きになる、歩き方が男性的になる、内向的な性格が活動的になるなど、彼女の性格及び嗜好に変化が訪れるようになった。また、その日から彼女は夢の中で見知らぬ少年と頻繁に会うようになり、少年は夢の中で自らの事をティムと名乗ったのだそうだ。

 その後、自身の変化が気になり居ても立っても居られなくなったクレアは、数少ない手がかりを頼りに、ドナーとなった少年の情報を突き止め、その家族との対面に成功する。そこでクレアはドナーの家族から、ドナーのファーストネームはティムであり、ピーマンとジャンクフードが大好きな活発な少年である事を告げられたのだそうだ。

「……」

 私の体にも、そのような変化が訪れているとでも言うのだろうか。この臓器の持ち主はとても温厚な性格であり、その温厚さが私の脳に影響を与えている、みたいな。

 ……そんな馬鹿な話、あるはずないのに。

「こんにちは。ご気分はどうですか?」

 先生に体調を訊ねられた事で、私は馬鹿馬鹿しい妄想の世界から現実世界へと呼び戻された。

「あ、はい。良いです。その……、凄く」

 私の無難な受け答えに対し、先生は自然な笑みを浮かべた。

「それは良かった。やはり若いだけあって、腎臓の生着も早いですね。当初は二週間ほどここで過ごして頂く予定でしたが、この様子なら一般病棟に移っても問題ないでしょう」

「じゃあ……」

「はい」

 そして先生は、本来の目的である病棟の移動と、その後の生活について教えてくれた。

「一般病棟でもう何日か過ごした後、退院となります。その後は何日か自宅で過ごしていただいて、リハビリ施設への転院はそれからになるでしょうか? 義足の準備も順調に進んでいると聞いています」

「……そうですか」

 一般病棟への移動。それは即ち、特別病棟で過ごす事で九日間も会わずに済んだ、あの悪魔達との再会が迫っている事を私に教えてくれた。その事実を前にして、私は自分の性格が温厚になった原因を知る事になる。なんて事はない。あの悪魔達と九日間も合わずにいたおかげで、穏やか気持ちになれただけなのだ。臓器移植による記憶の転移なんて、所詮はフィクションが作り上げたロマンチックな御伽噺でしかない。一般病棟に戻り、あの悪魔達の顔を見ればまたかつての私に戻る事が出来るはずである。

『殺しでやる……、健康になっだら、真っ先に……お、お前ら全員……ぶっ殺しで……っ、私を生かした事を……ご、後悔……さ、せてやる……。今に……見てろクソババア……っ!』

 あの女を絶対に殺すと誓った、十日前の私に。
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