異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第三章 続 魔女と天使の腎臓

天使の心臓と天使の腎臓

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「……んっ」

 目覚めには大きく分けて二種類ある。心地の良い目覚めと、不快感に纏わりつかれる目覚め。外部からの刺激に干渉されない自然な目覚めは比較的心地の良い目覚めになるものだけれど、その日の私は外部からの刺激に無理矢理起こされた事で、すこぶる機嫌が悪かった。

「いたた……っ」

 体の節々がじわりと痛む。筋肉痛だろうか。昨日はちょっと張り切り過ぎたし、まぁ筋肉痛か。筋肉痛になるのも何年ぶりだろう。糖尿病を患ったあの日から、私の人生は運動とは縁のないものになっていたから覚えてないや。

【おはよ】

 目を開いて数秒。次第に明るさに慣れてきた私の視界にザンドの姿が飛び込んだ。

「……おはよ」

 ザンドに手を伸ばし、その体を抱き締めた。すると私の皮膚に、ザンドの表紙を伝って冷気が宿る。そういえば私、裸で寝てたんだ。

 久しぶりの魔法。久しぶりの憂さ晴らし。それも私史上最大規模の憂さ晴らしである。世界一周旅行を終えて家に戻っても私の興奮は収まらなくて、それで私は別の方法を用いてその興奮を発散させた。全ての衣服を脱ぎ捨て、私の親友であり婚約者でもあるザンドを使って、それで……。

【激しい夜だったね。あんな意味でも、こんな意味でも】

「……うん。だね」

【私の好きなイヴっちらしいイヴっちに戻ってくれて、超嬉しかった】

「そう? 良かった。ザンドが嬉しいなら私も嬉しい」

 私は上体を起こし、筋肉痛による不快感を飲み込むように大きな欠伸を漏らした。そして現代っ子の日課であるスマホのチェックに勤しむ。今の私が一番気になる旬のニュースは、言うまでもなく世界情勢のニュースだ。長い間、私もザンドもあの狭い病室に引きこもりっぱなしで、超常殺人には一切手を染めていない。それが昨晩、何の前触れもなく、世界規模で24575人の人間がこの世を去る事になったのだ。一体世間はどれだけの騒ぎに包まれているのだろうと。そう思ったのだけれど。

「……つっまんねえ」

 殺し方がまずかったのだろう。世界中を不規則に飛び回り、殺す対象だって私にしては珍しく完全な無差別で選んだわけだ。世界の死者は、一日辺りおよそ6000万~7000万人。一つの地域で一度に24575人が死ぬならまだしも、数時間をかけて世界中のあちこちを飛び回りながら24575人を殺した所で、それはただの誤差にしかなり得なかった。

 各国のニュースサイトを見てみると、その不審な死に方からニュースになってはいるらしい。でも、これが同一犯によるものだなんて。それも一時期日本中を騒がせた超常殺人の真犯人によるものだなんて、誰も思ったりはしていないようだ。

【気分はどう? ……まぁ、なんとなくご機嫌斜めっぽいけど】

「……そうだね。思ったよりもイライラは収まらなかった」

 私はスマホを放り投げ、下腹部に刻まれた手術痕を触りながら呟いた。

「まだまだムカつく。……それもこれも、全部こいつのせいだ」

 私の中で生き続ける、どこかの誰かを恨みながら呟いた。

「わかってんのかー? 全部お前のせいだぞー? この野郎ー」

 傷口に爪を立てながら、静かに呟いた。

「やっぱり私ってさー。絶対に生きちゃいけなかったんだよ」

【まーたそんな事言って】

「しょうがないじゃん。本当の事なんだもん。あのまま移植を受けずに死ねていれば、こうしてイライラする事も、一晩で24575人の人間が殺される事もなかったのに。……それに」

 あの女の子の憎悪も見る事なく、安らかに死ねていたはずなのに。私はベッドに寝そべりながら、ベッドの下に手を伸ばした。指先で床をうろちょろと触りながら、それの在処を探してみる。上体を起こして直接床を見れば、すぐにそれは見つかるだろう。でも、なんか体を起こすのも怠い。

 暫く床の上を触っていると、私の指先にコツンとした感触が宿った。私はそれを掴んで、引っ張り上げる。それは昨日、ベッドの下に乱雑に投げ捨てた例の小説だった。

 オンボロの表紙、つまらない内容。外面にも中身にも魅力のない、ただの中古本。私に腎臓と膵臓を提供してくれたドナーからの贈り物。本を開くと、中に挟まっていたドナーからの手紙がひらりと落ちて、私の顔に当たる。私は手紙を拾って、既に死んでしまった手紙の持ち主へ、愚痴でもこぼすように返事を送った。

「『私の分も一生懸命生きてください』じゃねえよ。……まったく、ドナー登録とか余計な事してくれてさー。まぁ、でも」

 口だけではなく、動作を用いる事でも返事を送った。具体的には。

「私の為に犠牲になってくれてありがとう」

 その手紙を真っ二つに引き裂いて、近くのクズカゴへと放り投げた。しかし私の八つ当たりはまだまだ終わらない。ここには手紙以外にも、壊せる物がまだ残っている。

「きみがくれたこの命は、死ぬまで大切に使ってあげる」

 私は小説の表紙を指先で摘み、力を込めて引き裂いた。表紙の素材には厚紙が使われているものの、この小説自体がとても風化している事もあって、魔法を使っていない虚弱な腕力でも簡単に破る事が出来るのだ。

「きみが私を生かしたせいで、この国はどうなっちゃうと思う? とりあえず私さ、今年中にはこの国の人口を半分にまで減らしてやろうと思ってる」

 表紙を破り終えたら、次は中身の番だ。とは言えいくら風化していた所で、流石に200ページ近い紙の束を一度に破る事は出来ないから、少しずつ、回数を分けながら中身をビリビリと引き裂いていった。

「この国の人間がほぼゼロになるか、もしくは私がこの国に飽きたら、次は全世界で同じ事をやってやる。全部きみのせいだよ? 死ぬなら自分一人で死ねばよかったのに、ドナー登録なんかして私を巻き添えに生かしてくれた、きみのせい」

 一枚千切り、十枚千切り。三十枚千切り、五十枚千切り。一枚一枚、着実に薄くなっていくオンボロの本。次第にページ数も後がなくなり、いよいよ残すは10ページ前後の本編と、最後尾の表紙のみとなる。

「あの世でじっくり見てなよ、どこかの誰かさん。……ううん、違うね。私の中でじっくり見てなよ。きみと私は一心同体の共犯者だ」

 そして。

「これから起きる全ての惨劇は、私ときみで起こす共同作業なんだから………………………………」

 最後尾の表紙である厚紙を千切った瞬間。

「……え」

 私は一つの既視感を覚え事になった。私の顔に、何かが落ちてきたのだ。何が落ちて来たのかはわからない。何故ならそれは私の顔の右半分に落下したからだ。視力を失った私の右目では、落ちてきたそれの正体を視認する事が出来ない。私はすぐに顔の右半分に手を伸ばし、落下物の正体を確かめてみる。

「……手紙?」

 既視感の正体は、手紙だった。破り捨ててしまった手紙とは、また別の手紙が二枚、私の顔に落ちて来たのだ。一体どこから落ちて来たのだろう。その疑問の答えは、小説の最後尾の厚紙に隠されていた。

 最後尾の厚紙と小説の最後のページが、接着剤か何かを用いてくっつけられている。この手紙はその隙間にでも入っていたのだろう。私が最後尾の厚紙を引き裂いた事で、そこに隠れていた手紙が落ちてきたのか。

【イヴっち? 何それ?】

「さぁ。なんか、手紙なのはわかるんだけど……」

 手紙。そう、二枚折りにされた手紙が二通、私の顔に落ちてきた。腕を伸ばして日光に翳すと、中の文章が僅かに透けて見えた。ぎっしりと文字が詰められた長文の手紙が一枚に、簡潔に数行程度の文字列が並んだ短文の手紙が一枚。紙質は比較的新しい。間違いなく、ここ一ヶ月以内に書かれた手紙である事が窺えた。

 一体誰がこんなものを仕込んだのだろう。そんなの、言うまでもなく一人しかいないけれど。じゃあ、その人物は一体何の為にこんなものを仕込んだのだろう。私は好奇心が赴くままに、まずは長文がぎっしり詰め込まれた方の手紙を開き、そして。

『Fack you。何で私が死ななきゃいけないんだ畜生』

「……」

 初っ端から盛大なスペルミスをかましてくれた一文と相見えた。私はすぐに確信する。この手紙の送り主は、間違いなく私のドナーになった女の子だと。既に破り捨ててしまった手紙と筆跡が同じだし、それに『畜生』の『畜』の文字。小学校で習わないその漢字の筆跡も、やはりそれまでと同様に歪んでいるのが何よりの証拠だ。……でも、なんて言うんだろう。このもやもやした感覚。最初の手紙が移植ネットワークの検閲を抜けた健全な手紙である事を加味した上でも、ドナーの人物像が当初の私の予想とは大きくかけ離れているような。

『どうですか? 移植コーディネーターの人から貰った手紙とはキャラが違い過ぎて驚きましたか?』

 驚いた。

『でも、これが本当の私です。はじめまして、私の腎臓か膵臓か角膜を受け取ったレシピエントさん。私の名前は佐藤 豊莉(サトウ トヨリ)。あなたが生きる為に死ぬ事になった、あなたの命の恩人です』

「……」

『もう一度言います。あなたの命の恩人です』

「……」

 その清々しいまでの恩着せがましさに、私の額に血管が浮かぶのを感じた。どうしてこの子はこんなにも上から目線なんだろう。しかしそんな私の疑問は、次の一文にとてもわかりやすい形で記されていた。

『あなたに一生のお願いがあって、この手紙を書きました』

「……一生のお願い?」

 私は手紙を読み進めた。

『きっとあなたは今頃、こう思っている事でしょう。死んでるくせに一生のお願いとかギャグレベル高いなって』

 思ってなかった。

『冗談です』

 笑えなかった。

『ごめんなさい。ただの強がりです。これを書いている今も、私は死ぬのが怖くて怖くてどうにかしそうなんです。こういう冗談でも書かないと、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃうんです。どうかわかってください』

 私のドナーによるくだらない前置きが、ここでようやく終わりを告げた。

【なんかこいつ性格悪そう】

「あ、やっぱりザンドもそう思う?」

 ここまで読んだ時点でのドナーに対する感想をザンドと話し合った。

 なんというか、文の節々からこのトヨリというドナーの性格の悪さが滲み出ている。私が破いてしまった方の手紙では、ひたすら私の安否を憂う文章ばかりが綴られていただけに、そのギャップも相まってドナーに対する印象は絶賛急暴落中だ。筆跡が完全に一致しているにも関わらず、本当にこの子が最初の手紙の差出人と同一人物なのかと疑ってしまう。ドナーの本音が書き綴られたこの手紙を読む限りでは、この子が自分の意思でドナー登録なんかをするような子には到底思えないのだけれど。

 ……。

 ……いや、違う。よく見てみると、彼女の性格の悪さと、彼女が自らの意思でドナー登録をしたその行動に、矛盾はない。彼女は性格が悪いからこそ、自ら進んでドナー登録をしたのだ。その根拠はこの手紙にしっかりと記されているじゃないか。執拗なまでに私の命の恩人である事を連呼し、そしてそんな私に一生のお願いを依頼しようとしている。命の恩人という、常人には到底返し切れないような重過ぎる恩を人質にとって、赤の他人である私に自分の言う事を聞かせようとしているのだ。

 良い性格をしている。本当にこの差出人は十歳前後の女の子なのだろうか。私はそんな性悪な彼女の目的を知るべく、手紙の続きを読み進めて行った。

『あ、もしかして今、こいつ良い性格しているなとか思いました?』

 思った。
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