宇宙のくじら

桜原コウタ

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第一幕/出立

[家出]第1話‐3

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 ヴゥンと小さく重低音を響かせ、エレベーターは動き出した。慣性で体に掛かるも重力ほぼ無いに等しい。パネルには階層等は表示されておらず、下方向への矢印が流れているだけだ。
‐一体どの位まで下に降りるのだろうか‐
ラファエルはそう思いつつ、後少しとなったエナジーバーを口へ放り込み、咀嚼して、飲み込む。ポンッと到着音と共にエレベーターの扉が静かに開いた。自分を待っていたであろうエレベーターの先に広がる光景にラファエルは唖然と口を開く。想像以上の人の数。目視だが、ざっと千人位はいるだろう。それ以上に驚いたのは、その数の人を余裕で収容できる巨大な部屋。格納庫とは言っていたが、これほどまでの規模の格納庫は見たことがなかった。ラファエルは前へと進みつつ、格納庫の様子を観察する。集められた人間は、殆どが軍人で、陸軍や空軍、ラファエルと同じ宇宙軍の人間もちらほら見える。集団で纏まっていたり、荷物を置いて一人で立っていたりなど様々であったが、聞こえてくる話の内容は、「何故こんな所に集められたのか」、「ここで一体何をするつもりなのか」等、戸惑いや不安、推測の声ばかりであった。格納庫の天井は高く、およそ200m以上はあるだろう。十年ぐらいは経っていそうだが経年劣化による壁や床の腐食等はなく、埃もあまり積もっておらず比較的綺麗だ。軽く擦った様な跡やへこみ等も見られ、最近まで誰かが出入りしている様な痕跡も存在した。重機や機器の類は見当たらないが、左手方向には囲んである作業用デッキが小さく見える程の巨大な布に覆われた〝何か〟が格納庫のほぼ半分を占拠していた。
‐この人数、やっぱり秘匿性もへったくれもないじゃないか。しかし・・・‐
ラファエルは苦笑いしつつも、近くの壁に背を預けながら難しい顔で周りの様子を伺う。千人規模を余裕で、さらに巨大なモノも悠々と収容できる広さ。壁や床は綺麗だが、最近まで誰かが使われていた。遺棄された研究施設に、その地下にこれ程までの格納庫があったとは。
‐なんなんだ、ここは?‐
言い得ぬ異様な怪しさに、ラファエルの眉間に皺が刻まれる。
「おや?少佐じゃないですか。」
「!おやっさん!?」
不意に掛けられた声の方向を向いたラファエルは、そこに立っていた人物に驚きで目を丸くする。「おやっさん」と呼ばれた少し背の低い、だが腰が曲がっておらず背筋がピンと伸びた老人は宇宙軍に所属しており、宇宙軍設立以前・・・元より技州国建国当初の宇宙開発黎明期から活躍しているベテランエンジニアだ。過去には新型シャトルやワープドライヴ、E動力の開発にも携わっている。宇宙軍にも設立当初から所属しており、ラファエルとは旧知の中である。長年の経験からくる広い視野や鋭い観察眼、幅広い知識を持ち合わせており、宇宙軍だけではなく、出張として、陸軍や空軍で使用する機器の整備まで行っている。・・・というよりも、他箇所での業務が殆どだ。各所では敬意を込めて「エンジニア(技術者)」ではなく「マイスター(巨匠)」と呼ばれたりしているが、当人は苦手で「そんな偉そうな呼び方じゃなくていい」と語っている。
「まさかおやっさんまで呼ばれているとは・・・そこまで大規模な指令なのか・・・」
「いやいや、宇宙軍トップの少佐が呼ばれている時点で大概だとは思うんだがな。」
「カッカッカッ!」と、おやっさんは笑いながら答えたが、直ぐに真面目な顔つきになり、ラファエルを見据える。
「で、少佐。この指令だが・・・どう思う。」
「どうって・・・」
ラファエルは再び眉間に皺を寄せた。
「秘匿性の高い指令のくせに招集人数が多すぎる。これじゃぁ、外部に情報が漏れてもおかしくはないでしょう。それにこの格納庫。この辺りで地下に建設したなんて事、聞いたことありませんし、つい最近まで人が出入りしている痕跡まである。」
おやっさんは頷きながら聞いている。
「自分としては、謎や疑問点、矛盾点も含めてかなり怪しい指令かと。」
「厄介なことに巻き込まれそうだ」と付け加え、ラファエルは溜息を吐いた。おやっさんも溜息を吐きながら天井を仰いだ。
「まぁ、大体そうだろうねぇ。俺もそう思っている。けど、この格納庫については少しだけ答えられるかもしれん。」
「本当ですか!?」と、ラファエルは驚きで目を見開きながら少々食い気味におやっさんを見た。おやっさんは気圧されながらも、目を細めながら少し懐かしそうに口を開く。
「ここはアイツ、アイ・・・ゴホン、前国家元首にとっては思い出の地でな。ここに格納庫を作るというのは本人から聞いたことがある。〝何の為の格納庫なんだ〟と聞いてみたが、当人は笑いながら〝秘密〟と答えやがった。まぁ、そう語った3年後に死んじまって、結局本当に作ったのかどうか、作ったとして何の為に作ったのかまで確認はできてないんだ。しかし、目の前にあるアレの正体に関しては見当がつかないな。」
腕を組みながらシートで覆われた巨大な〝何か〟を顎で指した。ラファエルは改めて目の前にある〝何か〟を観察する。殆どシートに覆われて分からないが、所々が出っ張っていて、鳥の様なフォルムを形作っている様に見える。
「ただ・・・もしかしたら・・・アイツは目の前のアレの為にここを作ったのかもな・・・」
おやっさんは遠い目で〝何か〟を見つめつつ、呟いた。
「しかし、おやっさんの口から前国家元首の話が聞けるとは・・・。親しかったんですか?」
軍帽を被り直しつつ、ラファエルはおやっさんに聞いた。「まあな」とおやっさんは答え、
「色々あったんだが・・・〝人に歴史ありって〟やつだ。伊達に歳だけは食っていないさ。」
自嘲気味に鼻で笑った。
「ただ一言言えることは・・・前国家元首は、俺達技術屋から見れば間違いなく天才であり、化け物だったって事だけだな。」
「カッカッカッ」と笑いつつおやっさんは目深めに帽子を被る。口元は笑っているものも、その表情は少し悲しそう‐寂しそう‐であった。
「皆様、お集まりいただき本当に有り難う。」
突然、ハツラツとし透き通った女性の声が格納庫内に響き渡る。何事かと集められた軍人たちは辺りを見渡した。
「九時四分・・・少々遅れてしまったわね。申し訳ないわ。」
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