宇宙のくじら

桜原コウタ

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第一幕/出立

[家出]第1話‐4

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 カツンカツンと上方の作業用デッキから足音がする。ラファエルとおやっさんは足音の方向を見た。綺麗に整った顔。白いブラウスにこげ茶のスカート。そこから伸びる美しい手足。アキレア・ローゼンバーグと、その双子の妹であるリリィ・ローゼンバーグが作業用デッキを優雅に歩いていた。格納庫内に居る軍人全員が、列を成していないながらも、アキレアとリリィに向かって敬礼をする。ラファエルは、敬礼をしながらも目の端で双子が出てきた方向を見る。作業用デッキの端に巨大な扉があり、そこから出てきたようだ。どうも作業デッキは格納庫外に繋がっているらしい。双子の後ろから黒いスーツの男が二人追従する形で、さらにそのキョロキョロと周りの様子を伺っている挙動不審な男が一人歩いてきた。黒いスーツの男達は専属のSPだろう。一人は長身長髪。口を真一文字に結んで腰に日本刀を帯刀している。もう一人は褐色の肌で口元には穏やかな笑みを浮かべていた。国の式典等で出席している国家元首一家をよく警護しているのを覚えている。二人は首を動かさず、視線だけで周りを警戒していた。もう一人の挙動不審な男は見ない顔だった。よれた白シャツに紺のスラックス。その上に同じくよれた作業ジャケットを羽織っている。エンジニアかと思い、ラファエルはおやっさんに視線を送る。おやっさんは知らないと首を横に振った。
‐顔の広いおやっさんでさえ知らない人間か・・・‐
ラファエルは改めて出てきた五人を見据えた。五人が作業用デッキの五分の一を渡り切った時、五人の足音をかき消す様に重たい金属音が格納庫内に響き渡り、デッキ端の扉から
2mを超す巨躯が姿を現した。全身漆黒の甲冑に包まれた騎士、戦闘用に開発された自動人形(オートマトン)、技州国が誇る戦闘行為への抑止力・・・「パペット」シリーズ、その一番機である「No.1(エヌオーワン)」だった。他のパペット達は技州国軍の中心的な基地に配備されているが、「No.1」だけは護衛という名目で常に稼働し続けており、国家元首一家・・・主に娘のアキレアとリリィに付き従うように行動している。「No.1」を最後尾に扉から出てきた一行は、デッキの中央に辿り着くとアキレアとリリィを護る様に彼女達の左右にSPが展開する。「No.1」も二人の右側に立っている褐色のSPの隣に移動し、じっと階下の軍人達を睨みつけた。エンジニア風の男はオドオドしつつ、長身のSPの隣に小走りで移動した。格納庫中を見渡しながら、アキレアとリリィは答礼をする。
「皆様、楽にしてください。」
アキレアが口を開いた。
「無事に招待した全員が集まったこと、そして誰もこの集会について他者に密告していない事を、皆様の愛国心故の行動と思い、非常に嬉しく思います。」
アキレアは、スカートを横に広げつつ仰々しく頭を下げた。姉の行動に真似るようににリリィも‐少しぎこちなく‐頭を下げる。
‐誰も密告していないだって?‐
ラファエルは腕を下げながら眉を顰めた。ラファエルの他にも、アキレアに言動に険しい表情や疑いの目を向けている軍人がちらほら出てきた。そんな格納庫内に溢れてきた自分への不信感を察知したのか、アキレアは安心させるような笑顔を作り、口を開いた。
「ええ、ええ。皆様が不審がるのはごもっとも。ですが、情報局・・・まぁ、私達の協力者からですが、そういった報告は一切受けていないとの情報を得ております。」
‐これで納得したでしょ?‐
アキレアは笑顔を崩さず格納庫を見渡す。アキレアに険しい表情や疑いの目を向けていた軍人達はバツが悪そうに下を向く。アキレアへの不信感は霞が消えていくように薄らいでいった。「んな馬鹿なことがあるかよ」と呟きながらラファエルは腕を組みなおす。
「さて、本題に入りましょう。皆様にお集まりいただいたのは、この国を助けて欲しく、お呼び致しました。」
「まず、お聞きいただいた方が早いでしょう」とアキレアはエンジニア風の男の方を見る。エンジニア風の男はアキレアからの視線に飛び上がりつつも、端末を自分のポケットから取り出し‐途中落としそうになりながらも‐一生懸命操作し始めた。やっと目的の画面に到達したのか、男は安堵の表情を浮かべ、端末の画面をタッチする。それと同時に格納庫内のスピーカーから低い、威厳のある男の声が聞こえてきた。
「ええ、はい。大丈夫です。計画通りに進んでいます。後三年後には全ての準備が整い、お約束通りにあなた方合衆国へ、この技州国をお渡しできるかと思います。その際には、私達の身の安全は保障されている、という認識で宜しいのですね?・・・はい。そうですね、それも契約の内に入っていましたが、念の為の確認ということで・・・」
スピーカーからの音声は途切れた。男の声は聴いたことがある。いや、技州国民なら誰もが知っているだろう。現国家元首、ラルフ・ローゼンバーグの声だった。
「この会話は我が父、ラルフ・ローゼンバーグとアメリカ合衆国大統領との密談を録音したものです。ええ・・・そうです。愚かにも、わが父は・・・自分の身を安全と引き換えにこの国を・・・技州国をアメリカに引き渡そうと考えております。」
アキレアは少し涙ぐみ、言葉に詰まりながらも説明した。
「ええ、父の考えていることは分かります。祖父が亡くなって十数年。他国への技術提供もそれほど盛んに行われなくなりましたし、新技術の開発も滞って・・・正直な話、国力が落ち続けていて国を維持出来なくなっていること位、いっそ、アメリカに国を渡した方が国民の将来の為になることも、私でも理解しているつもりです・・・ですが、それでも。」
声が上ずり、目に一杯の涙を浮かべながら訴えかける様に格納庫内に居る軍人達を見渡す。
「いくら父・・・国家元首の考えであっても・・・私は、偉大な祖父が作ったこの国を、自分の身なんかの為に他国に渡すようなことは見過ごせない!」
アキレアの嗚咽交じりの叫びが格納庫内を木霊する。ラファエルは、アキレアの事を芝居臭いと思いつつも、近年、技州国内の企業の株価が下がっており、次々と倒産に追い込まれている事実から、国力が下がっていることを薄々感じていた。「ごめんなさい」とアキレアは涙を拭う。
「皆様をお集めしたのは、他でもありません。この国の国力を回復させ、現国家元首に技州国のアメリカへの譲渡を撤回させることです。」
アキレアは少し赤く腫れた眼で再び軍人達を見渡す。その瞳からは[]強い意志を感じられた。「ミハイル」と、アキレアはエンジニア風の男を見ながら小さく呟く。ミハイルと呼ばれたエンジニア風の男は頷くと、今度は落ち着いた様子で端末を操作した。すると、格納庫のあちこちから携帯端末の着信音が鳴り始める。何事かとラファエルはポケットから携帯端末を取り出した。おやっさんも鳴り響く着信音に五月蠅そうにしながらも、親指と人差し指でジャケットの胸ポケットから携帯端末を取り出す。
「今、皆様の端末にその為の計画書をお配り致しました。送信されたメールに添付してあるファイルからご覧ください。」
軍人達は届いたメールに添付されているファイルを各々開いていった。
「は?」 「なんだこれは?」 「正気か?」 「こんな事で俺達を集めたのか?」
戸惑いと驚愕の声が格納庫内に響き渡る。あまりにも荒唐無稽。絵空事。空想。ファイル内の計画書に記載されていた現実離れした内容に軍人達は唖然とし、そして騒めき始めた。ラファエルもその内容に目を丸くした。
「馬鹿げている・・・」
力なく笑い、端末をスリープモードにする。この双子は元々聡明で要領が良いと聞いたことがあるのだが・・・
‐もうそういうお年頃じゃないだろ?なんだ?技州国が無くなるからショックで頭がイカれたのか?‐
格納庫中が、計画の内容への失笑や嘲笑、呆れ果てた反応で溢れかえっていた。中には荷物をまとめて帰ろうとする人も居る。ただ一人、おやっさんだけが真剣な眼差しで計画書を読み続けていた。
「ええ、ええ。至極真っ当の反応ね。」
デッキの上から様子を見ているアキレアは頷きながら余裕の笑みを浮かばせている。笑みを浮かばせたまま、アキレアは口の前で手の輪っかを作り、その中に声を通すような形で大声で叫んだ。
「皆様!もし、この計画書が我が祖父の〝禁書〟を元にして作成されたと聞いたら・・・いかが致します?」
アキレアの言葉に、失笑や嘲笑に溢れた格納庫内が静寂に包まれる。帰り支度を整えていた軍人達の手も止まった。その後、計画書が公開された時を上回る喧騒で格納庫内が溢れかえる。
〝禁書〟
それは、前国家元首であるアイク・ローゼンバーグが自らの判断で世に出さなかった技術群である。何故、世に出さなかったのか。理由は、作成した当人が死亡しているので分からないが、単純に「危険だから」や「有用性が無いから」等が多いが、「世界を掌握できる、滅ぼせる」と行き過ぎた意見も少数ながらも存在する。〝禁書〟と言っても紙媒体ではなく、何故か技州国のスーパーコンピューター内にデータベースとして保管されている。しかしながら、アイク以外〝禁書〟へ直接閲覧できるアクセス権限を持っていなかった為、他者がアクセスを実行しようとすると、プロテクトとして画面に科学者や数学者でも分からない謎の数式が表示され、それを解かないとアクセスできない仕様になっている。過去に数式を無視してクラッキングを試みたが、別な特殊なプロテクトによって弾かれてしまい、逆にクラッキングに使用した端末がウィルスに感染し、クラッシュしてしまった。その時クラッキングを試みた技州国一のハッカー曰く、「世界中のハッカー達が全員でハッキングしても破られない程の強度を持っている」とのことだった。はずだが・・・
「つい先日、このミハイル・カークマンが『私達の目の前』で〝禁書〟へのアクセスプロテクト・・・画面の数式を解きまして、閲覧できるようになった〝禁書〟からこの計画を立案致しました。」
「ちょ、ちょっとしたクイズでした・・・」と、エンジニア風の男・・・ミハイル・カークマンが恥ずかしそうに身体をモジモジとしながら小声で呟く。数多の科学者、数学者、技州国一のハッカーでさえ、白旗を挙げるプロテクトを突破した。軍人達は信じられないという表情でデッキ上に立っているミハイルを凝視した。
‐こいつ、技術者に見えるが、数学や科学系の専門家なのか?‐
‐見た目と雰囲気は頼りなさそうだが、もしかしたら途轍もない奴なのかもしれない。‐
軍人達の視線と密語が自分に向かっている事に気づいたミハイルは、恥ずかしさからか隣に立っている長身のSPの後ろに隠れてしまった。
「閲覧後に〝禁書〟は、別な数式でアクセスプロテクトが掛かりまして、その数式をミハイルに尋ねても「解けない」ということなので、他の誰かが脅したりしてミハイルに協力を強制しても〝禁書〟にはアクセスできない状態になっております。」
SPの後ろから顔を出したミハイルは申し訳なさそうに頬を掻いた。
「しかしながら、私達は一度の閲覧でもこの〝存在〟が実在するという確信を得ました。同時に計画に必要なものも全て調べ上げ、少数ながらも人員の選定や場所の確保等の準備を着実に進めてきました。後は・・・皆様のご協力だけとなります。」
アキレアは背筋を伸ばし改めて格納庫内の軍人達を見渡す。
「どうか皆様、この国の為、計画にご協力願いませんでしょうか?」
アキレアとリリィ、二人のSpとミハイルは深々と頭を下げた。アキレア達の突然の行動に格納庫内は戸惑いの声に包まれる。
‐んなこと言ったって・・・‐
ラファエルはチラリと「No.1」を見る。「No.1」は微動だにせず、妖しく光る双眸で軍人達を睨みつけている。
‐計画に反対したら、あの守護騎士に反対した見せしめにされるに違いない・・・‐
「大丈夫です。この「No.1」は武装を一切所持しておりません。例え皆様がこの計画への参加を断っても、我々は危害を加えないことをお約束致します。ただ、この集会の事を黙っていてくれれば、それで充分です。」
空気察知したのか、アキレアは頭を下げながら説明した。〝禁書〟からの情報と言われても、明らかに突飛すぎる内容。前国家元首も妄想に憑りつかれていたとも考えられる。仮にその〝存在〟が実在したとしても、それがどう国力に影響されるのか。戸惑いの声が、計画の是非に対しての議論の声に変わっていく中、計画書に目を通しつつ、静かにおやっさんが手を挙げた。
「すまねぇ、少し聞きたい。〝こいつ〟を探し回るために「足」が必要になるとは思うんだが、「目」の事は書かれていても「足」についてはなんも書かれちゃいない。そこの事について教えちゃくれねぇか?」
おやっさんの質問に、「待ってました」と言わんばかりに目を輝かせながら、アキレアは素早く頭を挙げた。
「ええ、ええ。その言葉を待っていました。流石マイスター。その事については、此処で説明するという事で、意図的に記載は致しませんでした。」
アキレアは腕を挙げる。それを見たミハイルはまたも急いで端末を操作し始めた。
「祖父が残してくれた遺産。当初は軍事利用・・・「パペット」と同じく外部武力への抑止力として考えていたらしいのですが、過剰ともとれるこの艦の存在は各国の反感を買ってしまうと思い、完成間近で開発が中止、最近議会によって解体が決定しておりました。」
アキレア達の後ろにある巨大な〝何か〟のシートが徐々に取り払われていく。
「それを私達が何とか延期させて、この〝存在〟を追いかける為に、そして技州国を再び力ある国にする為に、この偉大な祖父の遺産を使おうと思います。」
シートが完全に取り払われ、巨大な〝何か〟の姿が露わになった。
少し丸みを帯び、先端が少し尖っている艦首。艦体は艦としては珍しく曲線が特徴的で、所々装甲や塗装が剥がされているものも、しなやかで美しいラインを描いている。艦体から伸びている大きく広がった翼は、開発が中止になったからか、左舷は真ん中で折られた様になっており、右舷に至っては形そのもの擦らない。艦尾に尻尾の様なパーツが取り付けられているが、これも翼と同様に途中で折られたような形になっており、開発が中止になった名残が見える。
鳥を模したその艦は美しくも、経年による破損や開発途中になっている箇所が痛々しく、見る者にどこか憐みを覚えさせてしまう。
アキレアは軍人達に向かって、両手を大きく広げる。
「これが、私達を導く艦。大型宙間高速航行機動艦[ストレリチア]です!」
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